帰ってきたメイド
昨日の夜、伸二は長々と電話をしていて朝起きるのがしんどかったが、彼女に会えると思うと胸が高鳴ってすぐに目が覚めた。
伸二は朝食を食べた後、皆に相談を持ちかけた。
「あざかは知ってると思うけど、今日帰ってくるんだ」
「おお!あいつ帰ってくるんだ!」
あざかは2年前突如居なくなった彼女の存在を知っていた。
「あいつって?」
あざかと伸二以外はその彼女の存在を知らず、彩乃がその彼女とは誰なのかを問う。
「鍵かかってる部屋あるよね?実はあの部屋に住んでいた子が帰ってくるんだよ」
「あぁ、確か外国に行ってるとかって?」
京はその鍵のかかっている部屋のことについて、伸二昔に少し触れていた事を思い出して言った。
「昼頃から空港まで迎えに行ってくるから、みんなで準備して待っていてくれないかな?」
7時頃には戻るとそう言い残し、伸二は彼女の降り立つ空港へタクシーで迎えに行った。
彼女は伸二と飛行機の到着ロビーで待ち合わせしていた。
伸二がしばらく椅子に座って待っていると、彼女の乗っている便から降りてきた団体がぞろぞろと現れる。
伸二は思わず立ち上がってその方向へとかける。
団体の最後の最後に綺麗な金色が揺れた。
「ノエル!!!」
伸二は人だかりの中周りの目も気にせずに声を上げて彼女の名前を呼んだ。
伸二の声に気がついたノエルは一目散に伸二の元へと駆け寄る。
そして二人はここが空港だろうがどこだろうが、そんなことはお構いなしに抱き合う。
「会いたかった・・・・・・ずっと、会いたかったです!」
ノエルは涙ながら、2年間募った思いの丈をぶつけた。
「おかえり」
伸二は心から彼女の帰りを喜び、その一言にその思いを乗せて、強く抱きしめた。
二人は空港を出るとタクシーに乗って街へ向かった。
「何かと入り用の物があるだろうし、少し街を回ってから帰ろうよ」
「そうですね、ご主人様」
伸二がノエルのキャリーバッグをコロコロと引きながら、街の中を歩いていると、突如ノエルが足を止めた。
「ご、ご主人様!あ、あれが・・・・・・私あのぬいぐるみが欲しいです!」
ノエルが足を止めたのは、随分ファンシーな雰囲気漂うぬいぐるみ専門店。その店のど真ん中に陳列されている1m以上はありそうな、持って帰るのには苦労するサイズのクマのぬいぐるみを指さしてそう言った。
「あはは・・・・・・変わらないね、良いよ持って帰れないから送ってもらおうか」
ノエルがこういう可愛らしいぬいぐるみが好きなのを良く知っている伸二は迷わず購入することにした。これは生活必需品なのかはともかく、せっかく2年振りの再開なので、細かい事は気にしなかった。
伸二はレジで代金を支払い自宅に届くように発送手続きを済ませた。
「今すぐにでも飛びつきたいです・・・・・・けど、我慢します!」
店員によって売約済と紙の貼られた大きなクマを見て、ノエルが今にもクマに飛びつきそうになる。
「偉いね」
伸二はノエルがクマに飛びつくのを我慢したことに対して、頭を撫でて褒めると、ノエルが少し顔を赤くして笑った。
その後、本当に要る物を購入した後。
「お食事は外で済ませますか?」
そろそろ夕食の時間だと思って、ノエルが伸二に問いかける。
「昨日話したみんなが作ってくれてるから」
「そうですか、それではそちらを楽しみにさせていただきますね」
二人は再びタクシーに乗り、伸二の家に帰ってきた。
「ここに帰ってくるのも久しぶりです」
ノエルは伸二の家の前に来ると、懐かしそうに呟いた。
ノエルがリビングの扉を開けると。
「「「「「おかえり!!!」」」」
予めノエルの帰宅知らされていたみんなが出迎える。
一先ず自己紹介の始まった。
まずはノエルから。
「皆様お出迎えありがとうございます。ノエル・ニグロ。17歳です。生まれはフランスで、日本とフランスのハーフです。お気軽にノエルとお呼びください。三年前ご主人様に拾われ、それ以来私はこの方に一生使えると心に誓いました」
ノエルの少し変わった自己紹介に伸二以外は唖然としている。
取り敢えず質問は後にして、みんなが自己紹介をした。
「私は弍栞京。私も拾われた身だ」
こっちは妹だ、と京が叶の背中を押す。
「妹の叶です。お姉ちゃんとは名前の呼び方は一緒だけど書き方は違うの、よろしくね」
次にあざか。
「花里あざか、覚えてるだろ?」
「はい、勿論覚えております。お久しぶりですね、あざかさん」
中学時代にあざかはノエルと何度か顔を合わせたことがあるので、あざかはノエルの事を知っているし、ノエルはあざかの事を知っている。
次に彩乃。
「鏡彩乃、私の事はお姉様と呼んでね」
彩乃が冗談で変なことを言うので、伸二がお姉様とは呼ばなくていいと訂正する。
みんなの自己紹介が終わる。
「それにしても、ノエルちゃんって何でこんなにかしこまってるの?それにご主人様って・・・・・・伸二くんの趣味?」
ノエルが伸二を「ご主人様」と呼ぶことに対して彩乃が疑問に思って、伸二に問う。
「違いますよ!!!ノエルは昔からメイドになるのが夢で、昔からこう言う喋り方なんです。僕の呼び方はご主人様とか旦那様とか色々あるみたいですけど」
呼び方が変化するのはその時の気分次第なのだろうと伸二は思っている。
ちなみにノエルは機内は勿論、ここまで来るのもメイド服。普段着はメイド服を着ていて、メイド道を徹底している。
「はい、ご説明の通り私はご主人様に相応しい完璧なメイドになるべく、2年前より英国で修行をしておりました」
「何だ、てっきり伸二くんの趣味かと思ったのに」と彩乃がニヤリと笑う。
それぞれの素性を知ったところで、みんながノエルのために作った料理を食べた。
食事を食べ終わった後、インターホンが鳴った。
伸二が玄関の扉を開けると、宅配便のおじさんがやたらと大きな箱を持ってやってきた。
「ご苦労様です」
もう届いたのか、と少し関心しながら伸二は受け取りのサインを書き、大きな箱を両手で受け止める。
伸二が箱をリビングまで持ってきて、箱を開けると、ノエルは箱の中のクマを見るなり、クマに飛びかかって抱きついた。
「可愛い!!!」
ノエルの大きな声に気がついたみんなが、リビングに集まってきた。
「うっわ、何このでっかいの」
彩乃さんがあまりに大きなクマに驚く。
「うわぁ!可愛い!」
「何だ、等身大のぬいるぐみなのか?」
弐栞姉妹がそれぞれ、デカイクマに対して感想を述べる中、あざかは一人もじもじして何か言いたそうにしていた。
「そういえば、ノエルの部屋はどんな感じなんだ?」
鍵が掛かっていて今までノエルの部屋を見たことがない京は中がどうなっているのか気になっていた。
「良ければご覧になりますか?」
とノエルはみんなを自分の部屋へと招く。
ノエルの部屋の扉を開けるとそこは大小様々なぬいぐるみの山。
どこを見てもぬいぐるみ、ぬいぐるみ、ぬいぐるみ。ノエルは裁縫が得意なので、全部が買ったものではなく、中には自作品も数多くある。
そして今日買った大きなクマのぬいぐるみも仲間に加わった。
みんなが溢れかえるぬいぐるみの数に驚愕している。
「良くここまで集めたものねえ」
それぞれが部屋の感想を述べている中、突如あざかがぬいぐるみの山に飛び込んでいった。
「て、天国だぁ・・・・・・」
あざかはぬいぐるみに埋もれながら、満足気に呟いた。
「「「え・・・・・・?」」」
「へぇ、意外ね」
それは誰から見ても意外な光景だった。あざかがこういう可愛いものには無頓着だと、伸二を含めてみんなが思っていたので、どう反応していいか分からない。
あざかはしばらくノエルの部屋に居座った。
「また来て良い?」
あざかは随分ノエルのぬいぐるみ部屋が気に入ったようだった。
その後、伸二を除いてみんなで一緒にお風呂に入ることにした。
お風呂場での会話。
「ノエルちゃん、髪きれーい、お肌もすべすべー」
ノエルと彩乃は洗いっこしていた。
というより、彩乃が一方的にノエルにセクハラしていた。
「あははっ・・・・・・ありがとうございます。彩乃さんもとてもお綺麗ですよ?」
彩乃のセクハラをノエルは笑顔で躱す。
「あら?てっきり彩乃様何て呼ばれるのかと思っていたんだけど」
彩乃はノエルの言葉使いから見て、自分の事も「~様」と呼ばれるのではないかと思っていた。
「はい、昔は彩乃さんの言うとおりでした。でもご主人様がそれでは友達と仲良くなれない、みんな名前で呼んでくれた方が嬉しいと思う。と私におっしゃったくれましたので」
今、もしもノエルが彩乃の事を「彩乃様」と呼んでいたら、彩乃の方から「彩乃様」と呼ばないように訂正しただろう。
「へえ、そうなの・・・・・・また色々聞かせてね」
そろそろあがりましょう、と彩乃が言い、彩乃に続いてノエルもお風呂から上がった。
女子軍団がお風呂に入っている間、伸二はクーラーのついたリビングで涼んでいた。何故クーラーが直っているのかというと。
実はノエルがお風呂に入る前にクーラーを直してくれた。
どうしてノエルがそんなことを出来るのか?
「メイドとしてこの程度の事は出来て当たり前です」
とのこと。
「向こうで何勉強してきたのかな・・・・・・?」
変なスキルアップを見せたノエルにイギリスでノエルは何をしていたのか伸二は疑問に思っていると、ノエルがお風呂から上がってきた。
「ご主人様お先に失礼いたしました」
お風呂といえば、と伸二は少し昔のことを思い出した。
昔はお背中お流しいたします。とか何とか言ってノエルがお風呂に入ってきた。
伸二がやんわり断ると、「いえ!そういわけにはいきません!」歯向かって来る。
「大丈夫だから」
「でも・・・・・・」
「命令だから」
「わかりました・・・・・・しゅん」
この命令と言う一言でノエルは何でも言うことを聞く。メイドならでのはのルール。基本的には都合の良い逃げ道に良く使う。
しかし、伸二はこの命令を使うとノエルが少し拗ねてしまうのであんまり使いたくないと思っているが、放っておくとノエルはとんでもないことをしかねないので、仕方がない。
ノエルは早速明日から学校で、伸二はいつか帰ってくる時のためにノエルの制服を用意していた。
「メイド服じゃなきゃ登校できません!なんて言わないだろうか?」
ノエルの部屋に制服を持って行って伝えた。
「学校ですか・・・・・・分かりました」
「それじゃあ、ここに制服おいておくからね」
と制服をノエルのベッドの上に置いて、伸二は自室に戻りベッドに寝転がった。
少し横になって、そろそろ眠気がやってきたと思ったところ。
「ガチャッ」と伸二の部屋の扉が開いて誰かが入ってくる音がしたが、もう寝る寸前で、扉に背中を向けていたので伸二は誰かの侵入に気がつかなかった。
誰かはそのまま伸二の布団の中に入っていき、伸二は背中に体温を感じる、その時にようやく部屋に誰かが居ることに気がついた。
「ん?」
(誰だろう?)
伸二が背中の方を向こうとすると。
「だ、だめ!こっち向いたらダメです!」
突如背後からノエルの声によって後ろを向くのを止められる。
「どうしたのノエル?ていうか何でそっち向いちゃだめなの?」
「わ、私寝るときは裸なので・・・・・・」
「・・・・・・え?」
(今までそんなこと聞いたこと無かったけど)
伸二はドンドン鼓動が早まってくるのを感じる。
「そ、それまずくない?」
「大丈夫です・・・・・・それより聞いてください」
ノエルはギュッと伸二の体に抱きついた。
「私この2年間寂しかったです・・・・・・修行だからって帰ってくるまで連絡をしない事に決めていましたが、ずっとずっと会いたかったです。毎日毎日会えない思いをこらえるのが凄く辛かったです」
伸二はノエルが英国に修行に行くといった時、連絡ぐらいしたらいいのにと言ったが、それでは甘えてしまうという彼女なりの覚悟があったのだろう。
「僕もだよ、ノエルがいない間は一人暮らしだったからね・・・・・今は皆もノエルもいるけど」
ノエルが差し出した手を、伸二は暖かく包み込んだ。
「今夜だけ・・・・・・今夜だけこのまま居させてください」
ノエルがぬいぐるみ以外の事でお願いをしてくるのは稀で、2年振りの再開だということもあり、聞いてあげない訳にはいかない。
「今日だけね」
ノエルのお願いを了承し、伸二が目を閉じると。
「ちょ、ちょっとこっち向いてください。か、顔だけしか見ちゃダメですよ?」
ノエルがそういうので、伸二はゆっくりと体をノエルの方へ向ける。
伸二の目の前には綺麗な青い光が見えた。思わず引き込まれる程の綺麗な目。
「・・・・・・っ!」
「どうしたの?」と聞こうとした伸二の口は、ノエルの口によって塞がれた。
「も、もう・・・・・・向こうを向いて頂いても結構です」
ノエルは真っ赤な顔をして言った。
「は、はい!」
伸二はすぐに反対側を向く。
密着しているせいでノエルの鼓動が伝わるのを感じながら目を閉じた。
次の朝。
驚くことに全く姿勢が変わっておらず、伸二は昨夜寝た時のままの状態で起きた。
「なっ!・・・・・・本当に裸だったんだ」
てっきり昨日のことは冗談だと思っていた伸二の目の前には、生まれたままの姿でノエルが眠っている。
この状況をどうにかしようと思った伸二は、考えた末にタオルケットでノエルの体を包んでみることにした。
「よし、このまま部屋まで持っていこう」
伸二はサンタのように、タオルケットで包んだノエルを部屋から運び出した。無事誰にも見つかることなくノエルをベッドに寝かす事に成功し、安堵して学校に行く準備に取り掛かる。
数分して起き上がってきたノエルは昨日のことについて何も触れなかった。既に着替えを済ませていて、同様に着替えを済ませ、制服を着ていた伸二のネクタイを直す。
これは昔からの習慣で、家を出る前は勿論、ことあるごとにと言うのは言いすぎかもしれないが、割と頻繁に「ご主人様、ネクタイが・・・・・・」と言ってノエルは良く伸二のネクタイを直す。
ノエルに取っては軽いコミュニケーションみたいなもので、伸二も悪い気はしないので特に何も言わない。
みんな揃って家を出ようとしたところで、伸二は足を止める。
「ノエル、いつまでメイド服着てるの?」
「メイドはいつでもどこでもメイド服が基本ですので」
「でも学校では制服着たら?」
「私は学校でもご主人様の」メイドですから」
結局ノエルは着替えずに学校に行くことにした。
ノエルも弐栞姉妹同様、転校生という形になる。
取り敢えずは理事長に挨拶。
例のごとく、理事長に挨拶し、職員室にノエルを連れて行った。
伸二が先に教室に行き、ホームルームが始まる前に「またこのクラスに転校生だー」
と太郎先生が廊下に控えているノエルを呼ぶ。
教室に入ってきたノエルを見て、クラス中が静止する。金髪のメイドが現れたのだ、驚くのも当然だ。
「あ、あの子知ってる。確か中学の頃留学したとか・・・・・・」
「何でメイド服着てるの?」
周りからはノエルに向けて興味の声が向けられる。
「じゃあ、軽く挨拶してくれ」
「はい」と一言言って、ノエルは教壇に立つ。
「ノエル・ニグロと申します。フランスと日本のハーフで、氏神伸二様のメイドさせて頂いております。皆様どうかよろしくお願いします」
一礼。
そして、クラスが騒ぎ出す。
ノエルは伸二の斜め左前の席になった。
「おおっ!久しぶりだな!ノエルちゃん!」
「お久しぶりです、袴さん」
あざかと同様に、大輔はノエルと面識がある。
こうして、新たな転校生を向かえ、夏休みまでの数日の学校生活が始まった。
伸二からすれば普段と何ら変わりはないが、ただ何処に行くにしてもノエルがついて回る。
叶がノエルを香奈女に紹介したいと言っていたので、伸二は休み時間にノエルを連れて・・・・・・まあ勝手に付いてくるのだが、叶と香奈女のクラスに向かった。
伸二が一年棟にノエルを連れて行くなり、一年生連中がその二人の姿を見て騒ぎ出す。
(うおぉ!!!何だよあの美少女メイド!・・・・・・と、隣に氏神先輩がいるぞ・・・・・・)
(専属メイドって奴?・・・・・・ずるくねえ)
一年生の熱い視線を背に、伸二とノエルは何とか教室の前まで到着する。
「おーい」
伸二は二人を呼ぶ。
「あ、お兄ちゃん、ありがとう!」
「どうして学校にメイドがいるんですか・・・・・・その服、校則違反じゃないんですか?」
その眼帯と刀はどうなんだよ!!!
と、ツッコミを入れたいところだが、伸二はギリギリで抑えた。
「まあ、特別にね」
「ノエル・ニグロです。ご主人様のメイドをさせて頂いております」
ノエルが香奈女に向けて丁寧に頭を下げる。
「は、はあ・・・・・・どうも、伊達香奈女です」
「はい、よろしくお願いします。香奈女さん」
ノエルは自分から香奈女の手を取って握手をする。
ノエルは社交的なので基本的に誰とでも仲良くなる。
それから伸二は休み時間を使ってノエルに学校を案内した。休み時間が終わって授業が始まるが、勉強は向こうである程度やっていたようでノエルに勉強面での心配は要らないようだ。
伸二は自分の席の周りを、大輔、あざか、京、ノエルが囲んでいる事を改めて確認すると、口角が上がる思いだった。




