* Recreate
翌日の夜、午前零時を過ぎた頃。
ベラは再び、ひとりでアゼルの祖父の墓を訪れた。花は持たず、“Pray”とタイトルをつけた曲の入ったCD-Rを持っていき、彼の墓石の前で土を約十五センチほど掘って、それを埋めた。彼のためだけに書いた詞に、ディックと一緒に曲をつけたものだ。これでやっと、店でもうたえるようになる。ミッド・オーガスト明けの土曜、アゼルの父親に向けて作った“Nero”と一緒に、初披露しようと決めた。
墓地をあとにした彼女は、待っていたアゼルの車の後部座席にキャリーバッグを置いてから、助手席に乗りこんだ。
「さて。帰る? ドライブ行く?」
彼は煙草を吸っている。開け放った窓の外に向かって、煙を思い切り吐き出した。視線を合わせないまま口を開く。
「──ローア・ゲート、行くか」
「アマウント・アイランド? 湖みたいなとこ? 連れてってくれる?」
「道わかんねーよ」
「標識はちょこちょこ出てる。施設のほうじゃないの。東のほう。そこにさえ辿り着ければ、あとは記憶を辿ってなんとか」
灰皿で煙草を消す。「ほんとかよ」
「適当よ、適当」
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迷いながらもそこに辿り着いた時、時刻はすでに午前一時をまわっていた。
ベラは気づいていないが、上空から見るとそこは“C”のような形になっている。一方は小さな川に繋がり、もう一方は少し先の細くなったところで水門を経由して海に繋がっている。けれど川や両脇に山を抱えたその水門が目立たないこともあり、その光景を最初に見た時、彼女はそこを湖と勘違いした。
川の傍にはオレンジ色の外灯に照らされたハーバーがある。相変わらず静かな場所だった。月も星も綺麗に見える。暑さは当然、市内と変わらないけれど。
車一台分の幅しかない道の脇にある、山のふもとの空き地に車を停める。ベラがはじめてここに来た時、マルコの車を停めた場所だ。ふたりは車を降りた。
「見事になんもねえな」と、アゼルが言う。
彼のあとをベラも追いかけた。「でも好き。疎外された感じが好き」
通ってきたばかりの川のほうを見やる。「むこうに家がある」
「どうでもいいのよそんなことは」
彼は湖のようなそこを囲む低い防波堤に腰かけた。
「潮くせ」
彼女も隣に座る。「こういうところをなんて言うのか知らないけど、海は海でも、リバー・アモングとはぜんぜん違うよね」
身体は少しだが彼女のほうに向いているものの、彼は視線を合わせない。反対岸にあるちょっとした住宅街のほうを眺めている。「行ったか? 去年」
「海に?」
「リバー・アモングの」
「行くわけないじゃない」
「マルコとじゃなくて、ツレとも?」
「行ってない。去年の夏休みは文化祭の準備で忙しかった。ルキの家でプールに入ったりはしてたけど」
やっと彼女へと視線を戻す。「水着は着たわけか」
ベラは口元をゆるめた。「ビキニ。パレオつき」
「へえ」
「あとね、夏祭りも行った。去年の今日、十三日かな。リトル・パイン・アイランドのニューポートのに、ルキやアドニスたちと一緒に。私の部屋に銃型のライターがあったでしょ、あれとったのがその祭り。射的が楽しくて」
アゼルはポケットから煙草を取り出している。「浴衣か」
「着てないよ。ロックテイストの私服。わりと遊んだっていうか食った。今年もやってたかも。行けばよかったね」
「祭りなんか興味ねえ。ああいうとこは喧嘩売ったり売られたりってのが普通だし」煙草に火をつけた。「けどそれなら、お前は行きゃよかったのに」
「たぶん誘われてないし。わざわざ自分から誘うほど行きたいわけでもないし。散財するし。疲れるし。でもあんたが一緒に行ってくれるなら、来年は行く」
「喧嘩になんのがオチ」
「まだするんですか」
「俺が売らなくてもむこうから来る」
「買わなきゃいいじゃない」
「俺が買わなくてもお前が買う」
否定しかけたものの、可能性があることに彼女は気づいた。「わかった」と言って立ち上がり、水門のほうを指さす。「今度はあっち。あっちも行かなきゃ」
彼もそちらを見やる。「──あの白っぽいのが水門?」
「そう。行かなきゃ──あ、でもその前に」
アゼルの前に立ち、彼にキスをした。煙草の味がした。フレンチ約四秒で、どちらともなく唇を離す。
「──なに」彼が訊いた。
「キスされそうになったから。ここで」
「マルコに?」
「そう。笑いすぎなのを止めるために」
「拒否できたのか」
「いいタイミングで電話が鳴ってくれたから、助かった。ナイルに感謝しなきゃ」
なにも言わず、アゼルは右手で彼女の顔を引き寄せまた、ベラにキスをした。
それは、彼の持つ煙草の火が短くなるまで続いた。
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教育大学を通りすぎ、川にかかる短い橋を渡ってから、突き当たりを左折、狭い道を少し進むと右側に、最初に車を停めた空き地がある。その道をさらに進むとやがて、ベラが“湖みたい”と呼ぶところから海へと繋がる、小さな水門に辿り着く。水門と一緒になった橋を渡ればやはり正面は山になっていて、その山ふもとにやはり車を停められるスペースがある。そこは去年、彼女がマルコと二度目にそこに訪れた時に車を停めた場所だ。
そこに車を停めてもらうと、去年マルコにしてもらったことを再現するため、ベラは助手席で彼に背をあずけ、ドアのほうを向いた。アゼルを促し、彼の腕を自分の腰にまわす。運転席と助手席を仕切るコンソールボックス越し、彼は彼女の髪に頬を寄せた。
「──こんな変な体勢にまでなったわけか」
「なぜかね」と彼女が答える。「私がちょっと病んでたから」
「これでヤッてねーっつーのがホントに意味わかんねえ」
「信じたの?」
「ヤッてたらこんな再現、しねえだろ」
「そうね。さすがにそこまで無神経じゃない」
「再現してるあたりでもう無神経なんだけどな」
ベラは苦笑った。「内緒ね。ここに連れてきてもらった時は、この湖みたいなとこに来たの、二回目だった。なんか文化祭終わって、体育館でのクリスマスパーティーを仕切れって校長たちに言われたんだけど、すんなりやる気になれなくて。でもムカつかせてくれればできる気がして、なぜかあいつに電話した。すぐ我に返って、あいつも遊んでたらしいから、やっぱりいいって電話切って。でも用件言わなかったからそれが気になったとかで、けっきょく来てくれた。で、ここに」
「──で、ムカついたか?」
「微妙だった。逆にあいつがキレてた。わけわかんないって。私もどうすればムカつかせてもらえるのか、わかんなかった。あんたなら絶対できるのになって思いながら」
「んなもん浮気すりゃ確実」
「ヤな方法ね」
「それ以外にも、方法はいくらでもある。お前短気だし」
「あなたに言われたくないんですけど」
「短気さは変わんねーだろ。喧嘩買う方法が違うだけ」
「そうだけど」
「エアコンつけてても暑い」
車はエンジンをかけたまま、エアコンは全開にしている。
「マルコと来たのは秋だったからな。十月──そんなに暑くなかったんだけど」
アゼルは彼女の耳のうしろにキスをした。
「──ベラ」
彼女の心臓が、とくんと小さく反応する。
「ん」
「──ここは、まずい。ヤれる」
「知ってるけど無理」
「わかってるけど無理」
彼の左手が彼女の服の下、下着の下にある胸へと伸びる。右手はショートジーンズのベルトをはずしにかかった。
快感に彼女の息が乱れはじめる。「──だめだって」
「こっち向け」
従うと、彼はまた彼女にキスをした。続けながら、アゼルの右手がジーンズの中へとすべりこむ。唇を離し、ベラは小さく声をあげた。
「──三回、イカせてやる」彼が言う。「そしたら、どっかホテル探す」
質問を返そうとしたがそのまえに、彼の手は下着の中にまで来た。彼女は自分が濡れているのがすぐわかった。
「──泊まるの?」
「朝か昼かに帰る。起きたら。夕方までには帰る」
ベラの欲望はもう、戻れないところまできていた。けっきょく、自分には彼を止めることなどできないのだと思い知る。
「──ならもうひとつ、先に言っとく」
「なに」
「ダッキー・アイルでも、後部座席でこんな体勢になった。カツアゲされかけた時──」
「へえ」アゼルは自分の指をベラの中へと入れた。声を抑えようと必至になる彼女の頬にまたキスをする。「そこはまたそのうちな」




