* Pause
夜、ベラはアゼルのコンドミニアムに行った。明日が仕事なことを理由に彼は拒否したが、冷蔵庫に食材が残っているからとわがままをとおしたのだ。
「そーいや」と、ベッドの上でアゼルが切りだす。「ケイと四人で飯行くって話。やっぱマルコはお前に訊けって」
彼女は彼のほうを向き、彼の腕を枕にしている。「これも終わらない議論ね。私はやだって言いたいけど、ケイのことを考えればそれもできない」
彼女のほうに向きなおると、アゼルは右手指を彼女の頬に置いた。
「なんでそんなにマルコのこと嫌ってんだ」
「見ててわからなかったの? 相性最悪。仲が悪い」
「あちこち一緒に行ったくせに」
「あれはほとんど無理やりよ。強引な性格、わかるでしょ」
「無理やりでわざわざアマウント・ウィズダムまで行かねーだろ」
「行くかもって言っちゃったから、連れてってくれるって言われただけ。タクシーだとどれくらいお金がかかるかわかんないし、施設に辿り着いたとしても、そのあとどうするんだって話だったから。最初はひとりで行くって言ったのよ、結果的には一緒に来てもらってよかったとは思ってるけど」
「ホテル入れたし?」
むっとして、彼のほほを軽く叩いた。
「ひとりだと、あんたに会うために大騒ぎしたり、施設に忍び込んでたかもしれないじゃない。あんたがどこにいるのかもわからなかった。捕まってたら、最悪なことになってた」
アゼルは目を閉じてベラを引き寄せる。
「施設の人間脅せばどうにかなったかも」
彼女は笑った。「脅してくれた? 警察に連絡したらどうのこうのーって」
「それどころか、一回ヤらせねえと殺すくらいは言ったかも」
「それはさすがに、よけい警察に連絡される気が」
「お前がどんだけ意地張ってても、三分ありゃ落とせた。二分追加でお前をイカせられた。プラス五分でヤって、お前を二回はイかせられた」
「すごい自信」
「実際そうだっただろ」
時間などカウントしていないものの、間違ってはいないだろう。「──あんたの声聞いただけで、一気に引き戻された」
「迷惑な特技だよな」
「騙されづらいかもしれないけど、わりとどうでもいい特技よね」
「わりとな」
アゼルは彼女の髪にキスをした。一年半の空白と、今現在の自分たちを受け入れたからか、この頃の彼は、昔以上にやさしい気がする──そんなことを考えながら、彼女は彼の腰に腕をまわした。
「マルコにどこまで訊いた?」
「なにが」
「たとえば、とある女とつきあってたとか」
「リーズのイトコのツレだろ、クソ女」
「昔あんたを好きだった女よ。あんたの第二ボタンを三万フラムで競り落とそうとした女。センテンス・ロジック高校に行ったのに、二学期からウェスト・キャッスル高校に転校するらしい女」
「俺はさすがにアレは喰えねえ」
「男の趣味はよくわかんない」
「マルコもさすがに、アレが趣味だとは言わねーだろ」
「喰えるのと趣味とは違うの?」
「あたりまえ」
ベラにはよくわからない。「じゃああの話は? 年末、あのバカがよけいなことしたからそれをぶっ潰しに行って、そこで会ったクソ女のこと」
「写真見たけど、ぜんぜん覚えてねえ」
「あなたの元カノですよ?」
「知るか。ヒトのいねーところでばっか喧嘩しやがって」
彼女が反論する。「いなかったのはあんたじゃない」
「んじゃ今から誰か捜して喧嘩してこい。見に行く」
「なにわけわかんないこと言ってんの」
「事後報告とかいらねえんだよ。喧嘩すんなら俺の目の前でやれよ」
「私は平和に生きたいの」
「無理」あっさりだ。
「戦争はベッドの上だけでいいじゃない」
アゼルが笑う。「そりゃ戦争だけど、ふたりだと戦争にはなんねーだろ」
「じゃあリングの上?」
「なんの話だ」
「ボクシング!」
彼はまた笑った。「ヒト殴んなとか言いながら、ボクシングって」
「じゃあ乗馬」
「乗馬っつーのは、お前が上になった時」
「でもそしたら、あんた仰向けじゃない」
「その前に乗馬は戦いじゃねえよ」
「じゃあゴルフ?」
「シャレになんねえ」
彼女もその言葉の意味を理解した。「それ認めたら、自分はボールだって言ってるみたいになるわよ」
「誰がボールだアホ」そう言うと、アゼルは突然身体を起こしてベラの上にまたがった。「もう黙んねえと、もっかい突っ込むぞ」
手を伸ばして彼の首に触れ、指で頬を撫でる。
「黙ったら寝るの?」
顔をしかめると、彼はベッドに肘をついて彼女に覆いかぶさった。
「──マジでしんどい。明日仕事。もう一時過ぎてる」
彼の首に腕をまわして抱きしめた。
「じゃあ黙るから、寝よっか。どっちにしても明日の夜、また来るし」
アゼルも腕を滑りこませて彼女を抱きしめる。頬にキスをした。
「なんで来たんだ、今日」
「朝食はあったほうがいいでしょ。毎日コンビニだと飽きるって、昔言ってた」
「──今さら」
「ごめん。会いたかった。こうしてると、落ち着く」
「今月、電気代がすげーことになってそうだよな」
「こうやってひっつくためだけに冷房ガンガンだもんね」
「どっちかが風邪でぶっ倒れるかもしれねーのにな」
「私が風邪ひいたらうつしにきてあげる」
「今年の一月、俺も風邪ひいた」
「ほんと? どのくらい熱あがった?」
「ぎりぎり三十八いかないくらい」
「勝った。私、余裕で三十八度超えた」
「なんの勝負だよ」
「病院行かずに市販の薬だけでどうにかしました」
「勝った」と彼が言う。「俺は市販の薬すら飲んでない」
「なんで?」
「寝てりゃ治るんだよ。しかも時期も俺のが早いから俺の勝ち」
「なんの勝負よ」
シーツの下、アゼルは脚を動かしはじめた。彼女の身体に快感が走る。
「──寝るんじゃなかったの?」
「どうせ話すんなら、突っ込んで話す」
彼は彼女の髪に顔をうずめたまま、ゆっくりと、ベラの身体の、奥の奥まで、自分を埋めた。そのまま動かず、静かに切りだす。
「──ミッド・オーガスト」
「うん」
「十四日以外で、ケイトマルコに言ってみるか。飯」
「ゲーム持ってくるとか言ってなかったっけ」
「何時間もいるとかはイヤだな。一日中お前がいんのに、ヤりたい時にヤれねーってのは」
「じゃあ私が仕事あるって言って、昼間はいないことにしようか。あっちもどこかで親戚の集まりはあるはずだし、夕方から会う。で、夕食のあとここに呼ぶ?」
「素直に帰ってくれりゃいいんだけどな」
「ケイはだいじょうぶよ。車で来てくれれば、マルコは飲みもしないはず。その日の昼間は大掃除する。シーツやクッション洗濯して、バルコニーに干す」
「乾燥機でよくね」
「たまにはいいじゃない。バルコニーがあるんだから、使わなきゃもったいない。そんでリビングを全速力でモップがけするとかね」
「窓全開にして、暑い暑い文句言いながらアイス食うとか」
「ロックを大音量で流してうたうとか」
「コンポをリビングに持ってって流してればいいんじゃね。それうたいながらお前は掃除。俺はずっと観察してる。邪魔しながら」
「やっぱり手伝わないのね」
「窓拭きする俺なんか見たいと思うか?」
ベラは笑った。「見たくない」
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翌日の昼間、キーズ・ビルの二階にある作業部屋──うなりながら、ベラはおもいきり背伸びをした。
「終わった!」
「今日持ってってもいいんじゃないの、これ」ヤニが言った。
「だめ。サイラスに挨拶したいって、ヒラリーが言ってるから。ほんとは残りのこれ、こっちでやっちゃうっていうのも拒否してたのよ。今日やるって言ったら、だったら来るーとか。入り浸りになってるからって、さすがに断ったけど」
彼がつぶやく。「ディスクや歌詞カード入れるだけじゃなくて、袋に入れるのまで手伝わされるとは思わなかった」
ヒラリーのアルバムはすべて、CDと歌詞カードをケースに入れたあと、それをCDケース専用の透明袋に入れた。ゼスト・エヴァンスに運ぶため、さらにダンボールに詰めた。
「だから、ごめんて」ベラは素直にあやまった。「じゃあこれ下に運ぶついでに、アイスかなにか買いに行こうか。奢ってあげる」
「子供に奢ってやるって言われたら、なんかムカつくよな」
「あんた文句多い。じゃあムーン・コート・ヴィレッジに行って、クレープ買う。ついでにマーケットに寄って、アイスを大量に買う。たぶん今日バンドたちが押し寄せるから、その差し入れに。それを理由に、お金はディックに出してもらう。ノエミたちにはケーキのほうがいいかな」
ヤニは呆れた。「お前、やりかたがめちゃくちゃだな」
彼女は笑う。「いいじゃない、バンドたちに差し入れ買うのをあんたに手伝ってもらうって言ったら、ディックは絶対に金出すんだから。その代わり車出してね」
「俺もいいように使われてる気がする」
「気のせいよ」
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夜、ベラは赤白会議室で携帯電話のメールや着信履歴をチェックしていた。既読にしたからといって、読んだとは限らない。読まずにまとめて既読扱いにすることのほうが多いのだ。レジーからのメールに気づいたので、彼に電話をかけた。
電話に応じた彼が不機嫌声で言う。「何ヶ月ぶりだ」
「おひさしぶりです。三ヶ月ぶりです」と、ベラ。
レジーは笑った。「楽しいことしたんだってな。チームの奴らに聞いた」
「そう。みんな爆笑だったよ。何人かはチームの子、ちょっとやられちゃったみたいだけど。それは弱いのが悪いんだーとか言ってね。チェーソンとマルコと、あとアルフレッド。あの三人が揃ってるだけで、こっちがかなり有利だったみたい」
「あとお前のオトコだろ」
「やっぱ聞いたの」
「オレらも呼べっつの。見たかったのに」
「チェーソンたちがそっちにいたら呼べたかもしれないけど、なぜかこっちにいたし。来てないのが悪いんじゃない」
「聞いてくれる?」
「なに」
「オレとパーヴォ、夏休み限定だけど、バイトしてる。トッシュのとこで」
「あら。どういう風の吹きまわし? お小遣いはカツアゲやひったくりで稼ぐんじゃなかったっけ」
「だからやめたっつの。いや、喧嘩ふっかけてきた奴から奪うっつーのは、まだやってるけど」
「田舎者は暇ですね」
「だからバイトしてるっつってるだろ。平日ほぼ毎日だぞ。褒めろ。で、飯奢って」
「ねえ、バイトしてるのよね。そこは初給料で奢ってあげるって言うところじゃないの?」
「え、無理。単車買うのに金溜めてるっつってんじゃん。九月から教習通う。教習代は親説得して、金出してもらうけど」
「九月が誕生日なの?」
「オレは八月。パーヴォが九月。待ってやってる。やさしーだろ、オレ」
ベラは顔をしかめた。「ねえ」
「なに」
「単車乗って、あなた足届くの?」
「お前ぶっ殺す!」彼は怒った。「マジキレる!」
彼女が笑う。「ごめん。届くよね。っていうか届かないのなんて買わないよね」
「あたりまえだろ。どうせいつになっても百七十にならねえっつーの!」
「厚底履けばいいじゃない」
「誰が履くか!」怒っていたその口調はすぐ元に戻った。「けどな、たまに靴屋に、かっちょいー靴とかあったらな。ちょっと惹かれる。イカついやつだと、底高いのもあるだろ。自分のボロボロの安物スニーカー見て、その丈夫さと自分の成長のなさがイヤになる。今のスニーカー、もう二年くらい履いてんだよ。どんだけヒト蹴っても雨ん中歩いても、まったく穴開かねーんだもん」
「買ってもらえないの?」
「無理。うちの親はスニーカーなんて一足あればじゅうぶんだろって、足がデカくなったわけでもねーのになんで新しいの買うんだーって言うような奴。雨で濡れたのが乾かなかったら、んじゃジジイのサンダル履いて学校行けーって言うような奴」
ベラはまた笑った。「で、行ったの?」
「行ったわ。中学ん時それで先公に怒られて、それでも買わなかった。けどそのサンダルがすげー履き心地よかったもんだから、いつのまにかそれがマイ・シューズになってたり」
彼女の笑いは止まらない。まるで自分だ。「サッカーとかできないじゃない」
「できねーよ。ボール蹴ったらサンダルが一緒に飛んでくもん。ボールはゴールはずれるのに、サンダルだけゴールインしたりな」
とうとう、ベラは天を仰いでけらけらと笑った。
「キーパーにサンダルが当たったりは?」
電話のむこうでレジーも笑っている。「それができたら神業。さすがにムリ。けどわかるだろ、そんなんだったらもう、金は持ってる奴から奪うしかねえじゃん」
選択肢はそこまで限られていないと思うが。「まあまともにバイトできない中学生なら、その考えになってもしかたないかもしれないけど。じゃあ今度会ったら、靴屋に行こうか。誕生日プレゼントに買ってあげる。上限一万五千フラムで」
「は? いや、それはさすがに高すぎだろ。飯だけでいいって」
「私のこっちの友達に会うことがあるとして、バイトとかよけいなこと、喋ったらキレるけど。私もちょっと稼ぎあるから、それくらいなら平気。貯金もあるし。なんならパーヴォにも同じ条件で買う。あ、オンナ巻き込んでめんどくさいことにはなりたくないから、私がそんなことしたってのは一切言わなくていいけど」
「ええー」悩んでいるらしい。「ちょい待てな」
「うん」
電話越し、なにかを言う声が聞こえた。そのうち声が戻ったが、それはレジーではない声だった。
「もしもし、ベラ?」パーヴォだ。「俺、パーヴォ」
「うん、なに」
「お前もオトコいんだろ? さすがにまずくね、喧嘩激強って話だし、額も」
もしかしなくても怖いのか。「私が誰になにしようとなにも言わないわよ。五月だっけ。ジョンアの件でこっちに来た時、わかったでしょ。私がそういうお金の使いかたをする人間だってのは、むこうも知ってる。まあ無理にとは言わないけど」
「ちょ、わかった。待て」
また待たされた。
声が戻る。「わかった。行く」レジーだ。「っつーかお前、暇な日あんの? 土日はダメとかだろ?」
「金曜もダメよ。来週は? 平日に休みある? 金曜以外で」
「えーと? 確か木曜がどっちも休み──だ」
「じゃあ木曜。ランチ食べるならお昼ね。でも私は夕方には帰ります。あ、ひとり女、呼んでいい?」
「お。可愛い?」
「一度見てる。まえに会った時、私と同じクラスの四人組が通りかかったでしょ。その中の、パーヴォがカワイイって言ってた娘」
「おお、あれな。あんま覚えてねーけど。あー、でもあれか。んじゃ昼前は? 昼前に待ち合わせて、一時間くらいは三人で話して、飯はどうするかしんねーけど、そのあと四人で? 靴はどっちのタイミングでもいい」
おそらくこれは、ベラの言う“よけいなこと”を確認するためだ。外部の人間がいては、突っ込んだ話もできなくなる。
「わかった」と彼女は答え、待ち合わせの時間と場所を決めた。
その後エフィに電話すると、彼女は待ってましたといわんばかりに、すんなりと誘いに乗った。




