○ Only
ダイニングコーナーでビールを飲みながらゲルトたちと話をしていると、ベラの携帯電話が鳴った。セルジからだ。めずらしいと思い彼女は電話に応じた。
「はいはい」
セルジの第一声。「あほ」
「うるさいよバカ」と、ベラも返す。「なんか用?」
「夏休みに何人かで遊ぶっつー話、どーなったんかなと思って」
「本気だったの?」
「なんとなく言ったことだったけど、何人かは期待してるっぽいような、そうでもないような?」
曖昧だ。「ハンナたちでいいの? ササあたりはわかんないけど」
「べつにいい。んでまたカラオ──」
「絶対イヤ」彼の言葉を遮った。「けどちょっと待って。考えてみる。ミッド・オーガスト明けの平日になるけど、いい?」
「再来週? いーけど」
「じゃあちょっと待って、電話かけなおすから」
「りょーかい」
電話を切ったベラに、隣にいるセテが訊く。「高校の奴?」
携帯電話を操作しながら、彼女は彼に背を向けて彼の肩にもたれた。
「そう。女友達からも遊ぼーって言われてんの、無視してる。もうほんとめんどくさい」
「ひどいなお前」
「黙って、電話するから」ナイルに電話をかけた。
彼が電話に出る。「なーに」
「カラオケ以外の遊びって、なんかない?」ベラは訊いた。「十人くらいで遊べるようなの」
「いきなりなに言ってんの」
「カラオケには行きたくないの。でもなにも思いつかない。助けて」
「海にでも行けばいいじゃん。夏なんだし」
「それもイヤ。この微黒以上に焼けたくない。しかも同期の女は水着姿を無駄に恥ずかしがります」
「まあ、そーか。んじゃボウリングは?」
ベラはぽかんとした。「ボウリング?」
「うん。知らない? フォア・リブレット駅の近くにあるボウリング場」
ボウリングなど一度も行ったことがない。フォア・リブレット駅の近くのショッピングモールには去年、マルコとケイと三人でドライブがてらゲームセンター巡りに行った時に立ち寄った。別館だったが、確かにあった。存在を忘れていた。
「あんたたち、そんなので遊ぼうなんて一度も言ったことないじゃん」
「ないな。だって俺ら、小学校の時から無駄に行ってる。小学校と中学の遠足、ボウリングあったし。同期が集まって暇になったらカラオケかボウリングになるし。もういいってくらいやってるし。お前と遊ぶのはたいてい五人とかだったし、わざわざこっちから誘わないよ」
盲点だった。「平日でも平気だよね、それ」
「むしろ平日昼間のほうが安いよ。時間もゲーム数で延長できるし。あとなんなら、お前の学校の近くにもあるはずだけど。オフィング・ステイトの川沿いに、ゲームセンターやショッピングモールと一緒になって」
ベラは思い出した。そういえばゲームセンター巡りの時、そこに行ってはいないけれど、マルコがそんなことを言っていた気がする。ボウリング場の存在は知らなかったが。
「わかった、ありがと。またね」
電話を切ると、リビングのソファコーナーから彼女たちのほうに来たアニタが声をあげた。
「ボウリング行きたい!」
「うるさい黙れ」と、ベラ。再びセルジに電話をかけた。
彼が電話に出る。「はいよ」
「ボウリングは?」ベラは訊いた。
セルジは微妙な反応をした。「マジで?」
「やっぱ行ったことある?」
「そんなしょっちゅうじゃないけど、わりと行ってる。長期休みに入ったら、最低でも一回は行くくらい」
「だめ?」
「まあいいけど──できんの?」
「やったことない。縁がなくて」
「んじゃ人数揃えてチーム戦やるか。負けたほうがなんか奢るとかで」
「あんたうまい?」
「どーだろ。暇つぶしとしか思ってないからスコアも気にしてないし」
「じゃああんたと同じチームにしてね。ハンナにもメールしとくから、再来週の月曜から木曜までのあいだで曜日決めて」
「またそんな限定?」
「週末はダメ。フォア・リブレットじゃなくて、ミュニシパルの近くのとこでもいいから。むしろそっちのほうがいいのかも、学校に行く感覚で」
「その考えはイヤだな。けどキレーなのはオフィング・ステイトだから、そっちでいいか」
「うん、あとはそっちで決めて。朝十時以降ね」
「条件細かいな。んじゃ、ハンナにはオレからメール入れてみる。ダメだったらその次の週?」
「そこまでいったらもう学校はじまるわって感じだけど、そーね。でも条件は変わらない、月曜から木曜の朝十時以降」
「はいはい」セルジは呆れた声を返した。「んじゃまたあとでメールする」
「わかった」
ベラが電話を切ると、またもアニタがボウリングに行きたいと騒ぎだした。エルミも一緒にだ。しかたないのでハンナたちとは週をずらして、おそらくもうすぐ帰ってくるだろうジョンアも連れて、そのうちという約束をした。
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コンドミニアム。
リビングのソファの上、ベラはアゼルに携帯電話のメール画面を見せた。
「見て、これ」
受け取った彼がそれを読む。「──“今年ウェスト・キャッスル中学を卒業して高校生になった野郎共へ。高校生活にはもう慣れたか、夏休みは楽しんでるか」かなり乱暴に読みあげている。「突然だけど同窓会開くぞ。来週の土曜にランチ会するから、来れる奴は下の番号もしくはアドレスに連絡しろ。追伸、これを同期の奴らに転送して広めろ”。──なんだこれ」
「今日アニタたちが帰る間際になって、みんなに届いたの」
「中学卒業してからまだ半年しか経ってねーのに?」
「バカだよね」
「で、行くんか」
「まさか」と、ベラ。「おもしろいから転送だけしてもらった。あんたに見せてあげようと思って」
「おもしろいっつーか、アホだろ。しかも誰だよそれ」連絡先と称して番号とメールアドレスを載せている二人のことを言っている。
「説明が難しいな。どっちかっていうとエデたち側。私やアニタはほとんど話さなかった。でも性格悪い半面勉強もできたりするから、ペトラがいちばん近い。カルメーラってのが今日、こいつらと遊んでたらしいから、そのせいかもって言ってた」
「あー、自分たちも同期を集めたいみたいな」
彼女が苦笑う。「そんな感じ。今すぐって呼び出せばよかったのにね。そしたらうちに来てた連中は平気だっただろうし」
「んで他の連中は? 行くって?」
「私やゲルトたちが行かないって言ったら、アニタたちも行かないって。エルミやナンネが行くわけないし。ペトラは悩んでた、こいつらと同じ高校なんだよね。地元の人間と遊ぶ約束があるって言い訳、通じないじゃん。遊ぶなら来いよ的な。でも高校の友達とってのは、今から約束とりつけてもバレる可能性がある。正直アホらしーから行きたくないし、たぶん曖昧な返事しといて前日ドタキャンするって」
「そもそも集まんのかが微妙だよな。グループ的に考えりゃ、地味なのは行くわけない。男からすりゃめんどくさいしやっぱりアホらしい。けっきょく連れまわりが普段よりちょっと人数多く集まるかもって程度」
「だと思う。で、企画したこいつらと行った人間は恥をかく。もうちょっとタイミングと方法考えるべきだよね。制限のない宣伝でメールが広まって、でも集まらない。たとえば同期百五十にメールが届いて、でも実際集まったのが二十人だったら? やる意味あるの、それ。白紙に戻すのもかっこ悪い」
「十年後くらい、同窓会でこの話持ちだせよ」
「それは無理よ」彼女はあっさりと答えた。アゼルの手から取った携帯電話をソファの傍らにあるキャリーバッグの上に置き、向き合うよう彼の脚にまたがって首に手をまわす。「十年後は私、あんたと一緒に棺の中に入ってる」
アゼルは彼女の腰に手をまわし、もう一方で髪を撫でた。
「十年後っつったら、お前は二十六か。入っててもいい頃だな」
「お墓買わなきゃね」
「いや、ちょっと待て」と彼が言う。「お前が二十六ってことは、俺が二十八ってことになる。なんか微妙」
「あんた誕生日遅いから、二十七の可能性が高い」
「それでも微妙」
「じゃあ私が二十三で、あんたが二十四か二十五」
「あっさり縮めたな」今度は彼女の頬を撫でた。「──ずっと思ってたけど、二コ違うはずなのに、実際ふたつ違うのは三ヶ月だけだよな。ちょっとずれてたら、ひとつ違うだけだったかも」
「そしたらもう一年、一緒に中学生できた?」
「可能性はある。それどころか俺がもーちょい遅くて、お前がもーちょい早く生まれてたら、同期だった可能性も」
考えたこともない話だ。「そしたら小学校の時からずっと一緒にいられた可能性があるのね」
「けっきょくやることは変わんねーだろうけどな。俺は他の女とばっかヤッて、そのうちお前の処女奪って、また浮気する」
ベラは少々むっとした。「今さらなこと話してる時くらい、浮気しないって言えないの?」
「信憑性ないだろ」
確かにない。「覚えてる? 私、あんたとつきあう前、あんたのことキライだったの」
アゼルは微笑んでまた、そこに残したままの手で彼女の頬を撫でた。
「やたら喧嘩腰だったよな。クソ生意気なことばっか言って俺をイラつかせたり、勝手にキレてたり」
「だって勝手にキスするんだもん」
「けどそれそのものにはキレてなかった気がする」
「意味わかんない」
「キレてたのはキスされたことじゃなくて、俺がどうでもよさそーにしてたこと。特に意味なさそーにしてたこと。お前にとってキスじたいはどうでもよくて、気に入らなかったのは、特に気にしてないお前自身と俺の態度」
はずれてはいない。「でも最初のキスから、ずっと避けてたのよ。避けきれなかったけど」
「ホントに避けてたらマブに来るなんてこと、しねーよ。フツーに俺に会いにきてた。避けられなかったんじゃなくて、実は待ってた」
「あんたに会いに行ってたわけじゃない。リーズたちと遊んでたの」
「けど二回目はけっきょく、お前も応えただろ。したかったんだよ」
二度目は学校の階段だった。こうして話しているせいか、あの頃の感覚が彼女の中に戻ってきた。ベラも彼の頬を撫でる。
「あんたがくち開けろって言ったんじゃない──でもあの時ね、キスしながら、ドキドキしてたの。ムカつくのにドキドキしてた。はじめてだった、あんなふうにドキドキするの。イヤじゃなかった。好きとかわかんないのに、むしろムカつくのに、やめたくなかった」
アゼルが微笑む。「それは初耳。よかったな、押し倒されなくて」
彼女は笑って、彼と額を合わせた。
「そっちこそよかったね。あんたの理性より私の魅力のほうが勝ってたら、強姦だかレイプだかで大騒ぎになってた」
「さすがにあんなとこで突っ込みはしねえだろうけど──いや、けど理性が働かなきゃ、もしかしたら触りはしてたかも」
「なんで触らなかったの?」
「それこそ止まんねー可能性がある。それに、強引にいって獲物逃がすようなことはしたくなかった」
「獲物だったの、私」
「ただの雑魚だと思ってたら違った。しくった」
「極上すぎて手に負えない? 味知っちゃって、もう中毒?」
「誰が中毒だあほ」
そう言いながらも、アゼルはベラにキスをした。キスを続けながら、身体がまたゆっくりとリズムを刻む。ふたりはひとつにつながった。
「フィッシングの基本はキャッチ・アンド・リリースだろ」と彼が言う。「そう考えたら俺のやりかた、間違ってない気がする」
フィッシングと一緒にされても困る。「リリースしたらもう戻ってこないじゃない」
「川じゃなきゃいい。湖とか池みたいな、海や川に繋がってないとこなら、また釣れる可能性はある」
「それで私は、罠だってわかってるのにまた釣られるのね」
「これ欲しさにな」
彼に身体を突き上げられ、彼女は声をあげた。服の下で身体を撫でまわされながら何度も続くその快感に、昔話のせいもあるのか、彼女はすぐ果てそうになった。けれどそれがわかる彼は動きを止めた。
「──違う」息を乱しながらベラが言う。「──私がほんとに欲しいのは、あんたの命。あんたの魂」彼の髪を撫でた。「この快感は、絶望に似てる。私にはどうしようもない──だけど、あんたと一緒に味わう絶望が欲しい。キレイじゃなくてかまわないから、一生変わらないものが欲しい。傷つけられてもいいから、物理的じゃなくて、精神的な意味でいいから、一生そばを離れないものが欲しい。そんなのないって知ってるし、最初から諦めてるけど、嘘でもいいから、一瞬でも永遠だって信じられるものが欲しい。私はそれを勝手に繋げて、自分の中で永遠にする」
アゼルは両手で彼女の髪を、頬を撫で、彼女のヴァイオレットの瞳を見つめた。
「──嘘でもいいなら、いくらでもやる。考えは昔と変わってない。俺らは長くは続かねえ。そのうちまた別れる。けど、物理的じゃなくて精神的にって意味で、お前がまた俺のもんになるなら、お前の欲しいもん、ぜんぶやる」
ベラは意味を理解した。彼の頬に触れ、キスをする。
「──なる。今も昔も、これからもずっと、私はあんたのもの。中毒なのは私のほう──」彼の首に手をまわして抱きつく。「──ねえ、アゼル──私にはもう、あんたしかいない」
ベラを抱きしめ、アゼルは彼女の髪にキスをした。
「──知ってる」




