○ Alumni Association
「ミッド・オーガスト。どうすんの?」
寒すぎるといってもいいほどのエアコンを効かせたアゼルの部屋のベッドの上、ベラは彼に訊いた。眠そうなアゼルは彼女のほうを向いて彼女に腕枕をしている。彼の腕の中、彼女もやはり彼のほうを向いていた。
目を閉じたままアゼルが訊き返す。「どうって、なにが」
「一緒にいられる? 四日間ずっと」
「なにすんだよ」
「ドライブ。もしくはずっと家でごろごろ」
「避妊具がぜんぶなくなりそーだな」
「まさか」
「遠出はめんどくさい」
「どこまでなら行ける?」
「あんま道わかんねーよ。マルコやチェーソンとは違う」
なぜここでその名前を出すのだろう。「迷いながら進むのもまた手だよね」
「帰れなくなったらどーすんだ」
「警察呼べば平気よ。道案内させるの」
「自分がどこにいるかわかんねーから道に迷ってんのに?」
ベラははっとした。「ほんとだ。説明のしようがない」
「あほだろお前」
彼女が笑う。「方位磁石持ってけばだいじょうぶかも。もしくはひたすら地平線に向かってみるとか」
「んじゃ西のほうは行けねーな──マルコとは? どこ行ったんだっけ」
「ローア・ゲートの、アマウント・アイランドってとこ。湖みたいになったハーバーがあるの。正確には小さな水門があってそこから海に繋がってるから、湖じゃないんだけど」
「なにしに行ったんだ」
「ドライブだって」
「そりゃさぞかしいい雰囲気だろーよ」
「ハーバーはキレイだけど、なんにもないよ。山だし。海が見えるわけじゃないし。でもあそこは好き」
「ヤれるか?」
「できると思う。夜はほんと静か。別世界に行ったみたいだった」
「で、ヤッたと」
「してないって言ってるじゃん」
「ムキになってるとよけー怪しい」
アゼルはおそらく、どんな態度をとってもなにか言う。
「信じないの?」
「どうでもいい」
また答えがはぐらかされた。彼とマルコがどんな会話をしたのか、しているのか、それをベラが知る術はない。
「──じゃあ」彼女は切りだした。「マルコは、なんて言ったの?」
「んなこと、俺が訊くと思ってんのか」
思っていない。「マルコはなにも言わなかったの?」
「“ヤッてねーから心配すんな”ってのは言ってた」
怪しすぎる言葉だ。実際はしていないのに、したと疑われてもしかたがない気がする。
「マルコのことは信用してないの?」
「──最近はよくつるむけど、そこまで知ってるわけじゃねーし。もともと他人信じるタイプじゃねーし」
それもそうだ。「ならもう、私を信じてもらうしかないんですけど」
「無理」
あっさりしすぎだ。なにを言っても無駄だ。さすがにむっとした。「私とマルコがしてたら、そんなにイヤ?」
「嘘がムカつく」
こういう言いかたがあったか、とベラは思った。なにが本音なのかもわからない。完璧に嘘をつけるのはアゼルも同じだ。見極めることなどできやしない。
「わかった」と言って、彼の頬に触れた。目を合わせる。「もういい。したよ。流された。ローア・ゲートの施設に行った時、思わず泣いちゃって、慰めに抱きしめられて。キスして、そのままホテルに行った。すがったの。あんたを忘れたかった。マルコを好きになればいいと思った」
暗い部屋の中、アゼルは探るように彼女の瞳を見ていた。彼女の頬に触れる。
「──それは、嘘だな」
本当のことを言っても信じないくせに、嘘を言っても信じないというのは、なんなのだろう。「してないって信じるの?」
「少なくともそん時じゃねえってのはわかる」
「あんたムカつく」
「ヤッてねーって信じてほしいのか信じてほしくねえのかどっちだ」
「それはこっちのセリフよ。しててほしいのかしててほしくないのかどっちよ」
「そういう問題じゃねえ」
「ならなに」
「めんどくさいから言わね」
「ほんとムカつく」
自分の頬にある彼の指が少し動いたので、呼ばれた気がして、ベラはアゼルにキスをした。
「──ミッド・オーガスト」彼女が切りだした。「四日間、ずっと一緒にいる。どこかに行くのも、どこにも行かないのもいい。ずっと一緒にいて、おじいちゃんのお墓行って、また埋めて。携帯電話の電源は切っとく。あんただけ見てる」
今度は彼がキスをした。
「──約束するか?」
「約束する」
「そりゃ残念だな」とアゼルが言う。「十四日は夕方から、職場の連中と飲み会がある」
ベラはぽかんとした。「はい?」
「だから、飲み会。俺が酒飲むとは限んねーけど、一応行くことにはなってる。クソ暑いのに焼肉だっつーし」
「──つまり?」
彼は微笑んだ。「無理」
衝撃だった。「あんた、さっきからミッド・オーガストの話してて、今の今までそんなこと、言わなかたったじゃない」
「お前が勝手に平気だって決めつけただけ。四日間とも暇だとは誰も言ってねーよ」
「こんな嫌がらせ」
アゼルは彼女の髪を撫でた。
「さて、どーするかな」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「一分で約束破るか」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
彼は笑った。「あほ」
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翌日。
ベラの部屋に、地元であるウェスト・キャッスルの同級生が集まった。
女はアニタ、ペトラ、それほど痩せてはいないもののBガール系ヤンキーギャルへの変貌に磨きがかかったナンネ、そしてメイク映えのしないエルミに、なぜかサビナとカーリナがいる。男はゲルト、セテ、イヴァン、ダヴィデ、カルロ、そしてアニタが予告したとおりトルベン。それぞれにランチやお菓子を持ってきていた。
「ねえ、なんであんたたちが来てるの?」
リビングダイニングのコーナー部分に置いてあるダイニングソファに座り、ベラはサビナとカーリナに訊いた。ダイニングソファは、最初はL字になるようにしか置いていなかったが、今はソファが増えてボックス席のようになっている。ダイニングテーブルに灰皿を置いてあったせいか、そこが喫煙場所になり、イヴァンとサビナとカーリナがいたところにベラが行くと、カルロもついてきた。
サビナは苦笑った。「ごめん。なんか、誘われたから」
サビナはゼインのカノジョだ。中学三年になる前からつきあっているので、もう一年半ほどになる。煙草は吸わないはずだが、カーリナにつきあっているのだろう。
「だって、エデが」メンソール煙草片手に、複雑そうな面持ちでカーリナが言う。「なんで?」
「私に訊かれても」と、ベラ。
「お前ら、学校でどーしてんの?」カルロが訊いた。「昼飯とか食う時」
カーリナが答える。「どうって、日によって違う。女友達とだったり、男友達がいたり、週に一回か二回は、サビナとサビナの彼氏、その友達と食ったりもする」
この二人、中学一年の時少しのあいだ、つきあっていた。
サビナがベラに説明する。「ナイルがいたりいなかったりする。二学期からエデが来るみたいって言ったら、それならもう絶対一緒にランチとったりしないって言われた」
「そりゃそーでしょ。ナイルは好き嫌いはっきりしてるしこだわりが強い。自分は意味わかんないことで他人にむちゃくちゃ注文するくせに、他人に対して厳しい。一度嫌ったらなかなか覆せない」
イヴァンが笑う。「お前みたい」
「あら、私はそんなことないわよ。嫌ってても、話してればすぐ平気になることもある。くだらない理由で嫌ってればだけど。基本的にはどうでもいい」
カーリナはサビナに苦笑を向けた。「今でこそ普通に話すけど、うちらもたぶん最初、わりと嫌われてたよね、ナイルに」
彼女も苦笑いを返す。「だよね」
「確かに嫌ってた」とベラが答える。「ゼインに別れろなんてのは言わなかったけど。ゼインのカノジョはそーゆー奴なんだってイメージが抜けないって。でも去年の冬のことなんかは、ゼインの行動が悪いってのもあったし。私も悪いんだろーし」
「え、なに?」カーリナが口をはさんだ。「去年? 冬?」
サビナが照れ交じりの苦笑を浮かべる。「なんでもない。けど」ベラに言う。「ごめん」
彼女は、ゼインがベラのことを好きなのではないかと疑っていた。当時借りた金を返すためにゼインがやたらとベラに会おうとしていたので、二人の仲をというより、彼の気持ちを疑ったのだ。ベラの発案で、インターネットからダウンロード、印刷した婚姻届にゼインが名前を書き、渡すことで、サビナへの気持ちを証明してみせた。
「いいけど」ベラも煙草に火をつけた。「ナイル、今はもう平気みたい。カーリナのことも。サビナに惚れすぎなゼインのことは、たまに少々うざいみたいだけど。でもエデのことはたぶん無理だって言ってた。ゼインが巻き込もうとしたら、あいつと友達やめるとまで言ってる」
「そこまで!?」
彼女たちは声を揃えたのだが同時に、リビングのソファコーナーでエルミが声をあげた。
「マジで!?」
エルミはベラたちのほうを振り返った。呆気にとられているというかなんというか、とにかく不快そうな面持ちで立ち上がり、ダイニングコーナーへと歩いてくると、しかめっつらで確かめるように訊いた。
「エデが来るって、マジ?」
苦笑うサビナが答える。「二学期からね。転校してくるって」
「なんで!?」
「よくわかんない。めんどくさいからって言ってる」
エルミは大袈裟に天を仰いだ。「最悪!」
仲が良くない(というか相手にされていなかった)し、めったに話さなかった、だからこそ嫌っている。けれどこの反応は大袈裟すぎる。彼女はダイニングテーブルにあるカーリナの煙草を差した。
「一本もらっていい? あとで返す」
彼女のこの反応に対してカーリナはおそらく、お前に関係ないだろと思っている。「いーけど」
エルミはベラの隣でダイニングソファに座り、取り出したメンソール煙草に渋い表情で火をつけた。
「理由、なんだと思う?」カルロがベラに訊いた。「わざわざウェ・キャス高校に転校する理由」
「さあ。イジメとかではないと思う。でも馴染めないって理由なら納得できる」
カーリナが口をはさむ。「でもセンテンス・ロジック中学にだって、うちらとかエデみたいなのがまったくいないってわけでもないよね」
「だって外部入学でしょ。普通に考えれば中学や高校からわざわざあそこに外部入学するのって、真面目で勉強できる奴だけじゃないの? 大学行くのがラクになるからとか。だとしたら外部入学組で仲良くってのは、それほどできないような。性悪グループがいるとしても、中学からのグループはすでに出来上がってるはず。しかもなぜかうちの中学からは、エデ以外誰もあそこに行ってない。だとしたら、馴染めなくても不思議じゃない」
「馴染めねーって」イヴァンが言う。「よーするにかなり気まずい思いしてるってことだろ。あのエデからはあんま、想像できねーな」
「そーか? オレはわりと想像つくけど」と、カルロはあっさりと口にした。
エルミが割って入る。「友達に、センテンスから来たって子がいる。ちょいワルくらいならいたけど、そーいうのはたいていウェスト・パイン・アイランド・ハイスクールとか、市内の別の高校に行ってるって言ってた。校則厳しいし、進級すると同時に勉強、レベル高くなってくんだって。中学にあがる前に近くの別のとこに移る子だっているくらい」
突然、カルロが指を鳴らした。
「勉強についてけなくなったってのはどーよ?」
イヴァンが呆れる。「どうよって、なんだよ。諦めるにはまだ早いだろ、一学期しか過ごしてないんだから。まだほとんど、中学の復習にちょっとなんかつけたしたって程度だぞ。そりゃ科目は増えてるけどさ」
「え、アリだと思うけど。オレなんか高校の教科書見た瞬間、あーもうだめだ、卒業できんのかこれ、って思ったもん」
ベラが笑って同意する。「私も思った。なんの暗号だろうね、あれ。どこの宇宙人と交信するんだろうみたいな」
彼はけらけらと笑った。
「だろ? 予想どおり、期末は赤点が三枚もあったっつの」
「あ、それはないな。ちゃんと勉強したから」
「マジか」
「追試だの補習だのを受けたくない一心で一夜漬けです」
「コノヤロウ」
「その点、うちらはゼインやナイルに救われた」カーリナが言った。「勉強教えてくれたから。わかんなかったら、わざわざルキやアドニスに電話で訊いたりしてくれて」
サビナは嬉しそうだ。「ね」
「けどあれだろ」イヴァンが言う。「エデがきたら、サビナのカレシはわかんないけど、ベラみたいなほうには勉強、教えてももらえなくなるわけだ」
サビナと一緒に、カーリナはがっかりして見せた。「そーいうこと」
バッグの中で電話が鳴っていると、トランプゲームで遊んでいるリビングコーナーから、アニタがエルミに声をかけた。エルミが誰からかと訊き返すと、彼女の携帯電話を確かめたナンネからハヌルだという返事が返ってきた。
少々迷ったもののエルミは電話に応じることにし、全員がリビングのソファコーナーに集まって、主にアニタとエルミによる、ハヌルをからかう遊びがはじまった。
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ソファに座っているナンネの背後に立ち、ベラはクロス・ハーツのペンダントをぶらさげて彼女に見せた。
「これあげる。たんじょーびプレゼント」
彼女はぽかんとした。「え」
ナンネの隣でアニタが言う。「お、シルバーアクセだ」
「クロス・ハーツの“フレーム・イン・スター”」癖のある赤毛をよけ、ベラはナンネの首に勝手にペンダントをつけた。「Bガールのアクセはシルバーアクセって決まってるはず。長めのチェーンだから、冬にパーカーの上からつけても表に出せるよ。邪魔かもだけど。派手なの着たらさほど目立たないかもけど」
「ちょっと待て、クロス・ハーツって」リビングテーブルをはさんだ向かい、ダヴィデが割り込んだ。「まさかホンモノ?」
「当然」
彼はあからさまに唖然とした。「なにお前、なにそんな高級品、あっさり出してんだ」
「高級なん?」ペトラが訊いた。
ゲルトが応じる。「世界的ブランド」
「二万とか三万フラム、ヨユーでするよな。十万くらいのもあるっぽいし」トルベンがつぶやいた。
セテがつけたす。「男の憧れ」
「マジか」
「ちょっと待って」値段を聞いたせいか、ナンネは躊躇した。「誕生日プレゼント、先払いでもらったって。もういいって」
「気にしなくていいよ。わざわざ金出して買ったんじゃないもん。大量にもらった中古品。おさがりのひとつ。同じクラスの何人かにも、別のだけど、あげてる」
「なんかすげー恐ろしいこと言ってんだけど」ダヴィデがセテに言う。「なにこいつ。頭おかしーんじゃないの?」
セテが苦笑う。「昔からだけどな。本物知らなくても相場知ってたら、さすがに恐ろしいな」
「大量にもらったってことは、他にもあんの?」ペトラがベラに訊いた。
「あるけど、見せねーよ」
「なんで」
「盗られるとイヤだから」
「誰が盗るか」
「いや、見せろ」またダヴィデが言った。「何個かでいい」
ベラは悩んだ。普段はリビングに置いてあるアクセサリー類を、わざわざ寝室に置いている。無駄に羨ましがられると、うっとおしくなってあげると言ってしまうかもしれない。少人数ならかまわないような気もするけれど。
「ならダヴィとセテとトルベンにだけ見せてあげる」なんとなくの人選だった。「でもひとつしかあげない」
「べつにいらねーよ」と、トルベン。
彼女は寝室へと歩きだした。「いらないならダヴィにあげればいいじゃん。本物見たらそれ、言えなくなるんだよね。無駄にかっこいーんだもん。指輪をペンダントに加工したのとか、一部パーツを変えたのとかがある。だから商品価値はちょっと下がるかもしれないけど」
「ニセモノになるってわけじゃないだろ」
そう言ったセテと一緒にダヴィデも立ち上がる。
「いらないなら俺がもらう」
「ちょっと待て」トルベンもあとに続く。「実物見てから」
けっきょく彼ら、それぞれひとつずつを手に入れた。




