○ Believe
閉店後、幹部全員とヒラリー、そしてウェル・サヴァランのメンバーがメインフロアに集まっていた。ボーカル兼ギターのトーマ、ベース兼コーラスのタフィ、そしてドラムのステファンはステージでそれぞれに楽器を構える。エイブとサヴァラン以外は、彼らが演奏し、うたうこの曲を聴いたことはない。
機材の前で準備を整えたエイブとの最終打ち合わせを終えたトーマたちに、ベンジーやピートがなにか言えとからかったが、彼らは笑って無視した。合図でトーマから演奏をはじめる。タフィのベースとスピーカーから流れる補助音楽が加わり、ステファンがドラムを叩く前にトーマはうたいだした。
君は俺の勘違いだって言うけど 最初からわかってたんだ
君は俺だけだって言うけど 俺には無理だってわかってたんだ
君たちのあいだには強い絆
ふたりの心は何かで結ばれてる
そして俺はそこに入っていけない
入っていけないんだ
信じようとしたよ
だけど心の不安に耐えられない
君が悪いんじゃないってわかってる
彼が悪いわけでもない
信じたかったんだ
だけどあいつと笑う君を見るたびに
彼の代わりにはなれないって思ってしまうんだよ
たぶん俺が弱すぎるだけ
でもこれ以上信じられない
君は昔 特別な理由で彼の元を去ったんだろう
俺には理解できないよ だって君たちは最強じゃないか
何が愛で 何が本当なのか
君は誰を愛してるんだ 俺なのか彼なのか
これ以上気持ちに背を向けないで
君自身に嘘をつかないで
信じようとしたよ
だけど心の不安に耐えられない
君が悪いんじゃないってわかってる
彼が悪いわけでもない
信じたかったんだ
だけどあいつと笑う君を見るたびに
彼の代わりにはなれないって思ってしまうんだよ
たぶん俺が弱すぎるだけ
でもこれ以上信じられない
君と彼には強い絆
ふたりの心は昔から繋がってて
俺はそこに入っていけない
入っていけないんだ
信じようとしたよ
だけど心の不安に耐えられない
君が悪いんじゃないってわかってる
彼が悪いわけでもない
信じたかったんだ
だけどあいつと笑う君を見るたびに
彼の代わりにはなれないって思ってしまうんだよ
たぶん俺が弱すぎるだけ
でもこれ以上信じられない
たぶん俺が弱すぎるだけ
だけどこれ以上は信じられないんだ
想像以上の完成度に拍手がフロアを包んだのだが、それはすぐにやみ、みんなの視線は一気にベラへと集まった。唖然としていた彼女がトーマに言う。
「結婚してください」
「いきなり!?」パッシとマトヴェイ、それにジョエルとベンジー、ピートが声を揃えた。
ベラにはツボだった。音楽そのものが、なによりトーマの声がツボすぎた。
彼女が笑う。「いや、ごめん、間違えた。なにその素敵すぎるハスキーボイス。天才なの?」
ギターをおろしながら、トーマは照れを隠すように苦笑った。
「ちゃんとうたうとこうなるんだよ。人前でうたうの、あんま好きじゃなかったんだけど」
「なんで? パワーバラードなら生かされる。や、でももっとハードなのも作りたい。これ、曲は? エイブの好み?」
「僕はそれほど手を出してないよ」機材から出したCD-Rをケースへと戻しながら、エイブが彼女たちのほうへと戻る。「どういう楽器をどう使えばどんなふうになるかってのを教えて、あとメロディ作りは協力したけど。この子たち、わりと独学で勉強してたから。ツボすぎてビビるよな」
ディックがつけたす。「だから言っただろ、お前の好みだって」
「超好み」ベラは即答した。「もうサヴァランなんかどうでもいい」
「お前、ヒドイぞそれ」と、ベンジー。
「でも素敵だった」ヒラリーも褒めた。「口ずさむくらいならよく一緒にやってたけど、思いっきり声を出すとそうなるのね。知らなかった」
「ベースとドラムは?」ヒルデブラントがマトヴェイとデトレフに訊いた。「どうなんだ、プロ的には」
「プロじゃねーし」と、マトヴェイ。タフィに言う。「けどお前、曲としては弾けてるけど、ちょっとめんどくさい弾きかたしてる。いかにもマニュアルどおり。もーちょっとラクなやりかたあるのに」
「マジっすか」
「ドラムもだな」デトレフも続いた。「この曲ならもっと叩ける。ボーカルに遠慮しすぎ」
パッシが訊く。「サヴァランに教わらんかったん?」
「いや、無理だの忙しいだのばっかりで──」
トーマとタフィの隣に並んだステファンが遠い目をしてつぶやくように答えると、幹部たちは少々の苦笑いを返した。
「じゃあベラ」ヤンカが切りだした。「彼らのこと、正式に迎えてもだいじょうぶね?」
「むしろ大歓迎だけど、手持ちの曲がもっといる。アーティストの曲なんて覚えるの、時間の無駄」トーマに言う。「ミッド・オーガストまではヒラリーのアルバム作りでバタバタしてるの。だからそれが終わったら──再来週? 十六日以降、暇があったら店に来て。詞書く。もっと完成度、上げられるはず」
「ベタ褒めだな」パッシが言った。
ヤンカが提案する。「なら来週の平日は技術的なこと、デトレフたちに教わればいいわ。って言っても夜しかいないし、上のスタジオを借りることになると思うけど」
「ディック、金出して」ベラのその言葉は頼みではなく命令だった。「話とおして割引き使うから。最低でも六曲くらいは欲しい。練習は上を使うけど、ステージにあがるのは来年にする。来年デビューしたら、そこからはスタジオ料、自分たちで払ってもらう」
「いいけど──」彼がトーマたちに確認する。「それでいいか? 確かにゼロからオリジナルをはじめたわけだから、アーティストのカバーなんてのは時間の無駄だ。ただこいつの言う方法だと、新しい曲ができたとしても、こうやって閉店後にスタッフ相手にライブする以外じゃ、客たちの前に出るのは先延ばしになる」
割引だのなんだのというのは理解できなかったが、二言、三言でお互いの意志を確認しただけで、トーマたちは迷わなかった。
「よくわかんないけど、そっちがいいなら、そうしたいです」トーマが答える。「一貫だからそれほど勉強しなくてもいいけど、一応受験生だし。全体的な流れを完コピするカタチで今のを演奏したけど、まだまだ技術が足りてないってのもわかってる」
ヤンカは笑顔で手を叩いた。
「なら、決まりね。今から来年が楽しみだわ」
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火曜の朝、アゼルのコンドミニアム。音をたてないよう静かに寝室に入ったベラは、彼のベッドに勢いよく飛び乗った。
「起きて。朝。朝食できた」
上半身裸の、横向きになっているアゼルが眠そうにうなる。目を閉じたまま手探りでシーツを探し、見つけたそれを適当にかぶった。だが彼女がすぐにそれを引きはがす。
「起きてってば。遅刻するっつの」
「飯、なに?」
「トースト。目玉焼きとソーセージとハッシュドポテト。ベーコン」
彼は起きる気がないらしい。「ここで食う」
「本気?」
「じゃなきゃ飯諦めてお前喰う」
とんでもないわがままだ。シャワーを削るという選択肢は最初から除外され、早起きして作った朝食と自分を天秤にかけられている。どちらかといえば当然、朝食を食べてもらうしかない。
彼女は溜め息をついた。
「わかった。持ってくる」
今日ほどトレイを買ってよかったと思ったことはなかった。トレイに載せた朝食二人分をコーヒー、カフェオレつきでベッドに運び、彼と食べた。アゼルから起きあがる面倒が減るぶん、彼女の面倒が増えることは明らかなのに。
朝食のあとはいつも、彼がシャワーを浴びるあいだにベラが片づけを済ませる。前日の夕食や朝食であまった食材で簡単ななにか──この日ならサンドウィッチを──作って置いておくこともあった。そうすると、仕事を終えて帰ってきたアゼルが、夕食だかつまみだかはわからないが、食べてくれる。
ベラが帰り支度を済ませた頃、アゼルは寝室チェストの上に置いてある財布や鍵を黒いツナギのポケットに入れていた。背後から、彼女が彼の腰に手をまわす。
「やっぱこの格好、好き」
「迫ってもヤらねーぞ」と彼が言う。
「変だよね。私の格好には文句言ってとりあえずしようとするのに、自分の格好はちっとも気にしないんだもん」
「この格好でヤッたことって、なかったっけ」
「たぶんない。今も昔も、帰ってきたら即シャワー。仕事帰りに迎えにきてくれたとしても、帰ってきたら即シャワー」そう言いながら改めて、彼がいる生活にすっかり慣れてしまっている自分に気づいた。「最近私、いつも襲うタイミングを探してる」
「知ってる」
「わかってて拒否してるの? “どけ。暑い。重い。シャワー浴びる”って」
「エアコン効いた涼しいとこで事務仕事してるわけじゃねーんだよ。炎天下でもないけど」
彼は彼女と同じで夏が嫌いだ。仕事では油まみれになるらしく、それをさっさと落としたいのだろう。
「だから朝しかないと思ってるのに、ちっとも起きてくれないんだもん」
アゼルが右腕を上げたので、腰に手をまわしたままそこから頭をくぐらせ、彼女は彼の前へと移動した。
「マルコがすげームカつくこと言ってた」アゼルが言った。
「なに?」
「お前がここに来るようになってからモノが増えたって」
「ムカつくの? それ」
「ムカつく」
「でもコンポと、あとは食器類や調理器具くらいよね。それから掃除道具がちょっと。言うほどじゃないと思うけど」
彼女の髪を彼女の耳にかける。
「部屋がキレーになったとかも言ってた」
「私が家政婦呼ばわりされてるからムカつくの?」
「家政婦呼ばわりしてんのは俺のほう」
ベラはむっとした。「ムカつく。なんかムカつく」
彼は気にしない。「家政婦とヤれとか言われても」
「あんたムカつく」
「こーやって話してる時間が無駄。俺に対してだけだろうけど、お前は高確率で方法間違ってる。甘い」
意味がわからない。「攻めが甘いと?」
「諦め早すぎ」
ひらめいた。「つまり、朝あんたが着替えた瞬間に襲えばいいのね」
「拒否するけどな」
「拒否できないところまで持っていけばいい。ベッドに押し倒して勝手にいれるとか」
「遅刻させてクビにさせる気か」
彼女は愕然とした。そして怒った。
「そんなこと言われたらできるもんもできなくなるわ!」
アゼルは笑う。「お前が今日の夜また来るんなら、指でイカせるくらいのことはしてやる」
無理だとわかっていて言っている。「今日はヒラリーが泊まりにくるって言ってるじゃない」
「なら諦めろ」




