表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
R E D - D I S K 0 4  作者: awa
CHAPTER 14 * STAND AND SCREAM
88/198

○ Inconsolable

 翌日、営業中のブラック・スター。

 メインフロアへ向かおうとベラがフライリーフ地下一階のドアを開けると、マトヴェイとバイトの大学生がID確認のために立っていた。気づいたマトヴェイが彼女に言う。

 「ちょーどいいところに。こいつ休憩行かせるから、お前ちょっとここにいろ」

 「はい」

 彼女が素直に従ったので、大学生はID確認用の機材を残してメインフロアの人混みの中へと消えた。

 「ブライアンたちは?」

 マトヴェイの質問にベラが答える。「もーすぐ来る。さんざん合わせてオッケー出したのに、ニックとパッシがまだ不安なんだって。もう一回合わせるって聞かないの。バンドのほうもあるのに、ニックの喉が潰れるわってつっこんだけど、ダメだった」

 彼は笑った。「マジで一日で仕上げてうたうんだもんな。お前以外誰もやれねーと思ってた。これで歌詞間違わんかったらすごいよな」

 「昨日の営業時間中の空き時間ほぼぜんぶ使って、閉店後は夜中の二時前までがんばったのよ。今日だって空き時間ほとんど使って練習につきあってる。これで間違われて失敗したら、私はショックで三日泣く」

 「そーやってプレッシャーかけるから、あいつらがなかなかおりてこれねーんだろうよ。パッシがプレッシャーに追われるって、よっぽどだぞ」

 彼女が笑う。「いつもはノリで突っ切れとか言う側だもんね。でもそういう曲じゃないもん」

 「ま、そーだけど」と、彼。「昨日デトが愚痴ってた。最近お前とディックとヤンカばっかり曲作って、こっちは覚えるもんが増えるだけでぜんぜん曲作れねーとかって」

 「昼間のうちに仕事済ませようとしてるからね。バンド用ロックにしようとしても、けっきょくディックと一緒に作っちゃう。なんか投げてもいいけど、それするならデトがイメージしやすいのがいいでしょ。そこまでのテーマってのが──」

 マトヴェイは少々感心した。「意外と考えてるな」

 「考えすぎかな」

 「いや、そのとおりかもしれんけど。とりあえずなんか詞書いたとして、メロディ考えずに渡してやればいいんじゃね? そしたら一曲作るのにもわりと苦労する。オレもあいつも、お前やディックほど天才じゃないから」

 「一週間くらいは遊べる?」

 「たぶんな」

 「じゃーなんかできたらそうする。ただテーマがね──ただ怒ったり見下したりっての、作りすぎな気もするし」

 「んー」少し悩むと、彼は小声で切りだした。「デトしか知らない話、教えてやろーか」

 「なに?」

 「オレが今つきあってる女、知ってるよな」

 「魔性を絵に描いたようなヒトよね。あなたより年下なはずなのに、なぜか年上に見えるっていう」

 「それは言ってやるな。あいつな」マトヴェイはベラの耳元で、さらに声を潜めた。「結婚してる」

 彼女はぽかんとした。「は?」

 「内緒な。最初は離婚したっつってたけど、実はぜんぜんだった。別居とかでもない。平日は旦那が残業ばっかだから、子供いなくて金あんのをいいことに、毎日遊び呆けてるんだわ。だから土日はめったに来ないだろ」

 「それ、つきあってるって言うの?」

 「一応。むこうがそう言ってるから、そうなんだろ」

 「浮気レベルじゃないってこと? 不倫?」

 「まあ、そーか」

 話の内容と場所を考えれば大きな声では言えなかったが、ベラは彼に警告した。「やめたほうがいいって。詞とか言ってる場合じゃないよ。見つかったらどんだけ慰謝料とられると思ってんの。いや、知らないけど」

 彼は苦笑う。「わかってるって。そのうち別れる。ただなー、浮気とはまた違う感覚なんだよ。人妻ってところが妙に興奮する」

 うすうす感じていたことだがやはりマトヴェイは、マスティとタイプが似ているようだ。「デトレフはなにも言わないの?」

 「いや、お前と一緒。さっさと別れろって言ってる。けどオンナもな、気持ちがあるわけじゃねーんだわ。ただヤりたいだけだな、あれは」

 「それはあなたも一緒じゃない」

 「あ、バレた」

 彼女は呆れるしかなかった。「全員じゃないんだろうけど、男ってなんでそうなの? 変なところに魅力感じて、カラダ目的でしか女見ない」

 「いやいや、だからむこうもそれだって。旦那に相手してもらえないから他の男で穴埋めしようとしてる。旦那と別れないのはめんどくさいのと、あと金だろうな」

 ベラがつぶやく。「あー。そういやブランドモノで身かためてるもんね、いつも」

 「そうそう。寂しいんだよ。浮気されるほうにも問題があるっての、わかるだろ」

 「ねえ、なんかチクチク刺されてます」

 彼の口元が悪戯に緩む。「浮気されたことあんのか」

 「ある」

 「理由は? 言い訳なかったか」

 「私が悪いって。ムカついたからだって、いろいろと。あと私を怒らせるため」

 「わざわざ?」

 「怒った時がいちばんイイ女になるって言われたことある」

 「あ、それはわかるかも」まさかの納得だ。「キレた時、お前すげーオトナっぽくなる。いや、わめいてる時じゃなくてな。マジギレした時、なぜか冷静すぎるくらい冷静になるだろ。自信でいっぱいっつーかなんつーか」

 彼女には意味がわからない。

 客が一気に三組入ってきたのでマトヴェイがIDを確認し、成人の印にベラは客たちの手に特殊インクのスタンプを押した。客たちがメインフロアへ向かったところで再びマトヴェイが訊く。

 「お前、オトコは?」

 彼女は素直に答えた。「いる」

 「いつのまに」

 「ちょっとまえにやっと口説き落とした」

 「お前がか」

 「中学の時につきあってた男。しばらくヨリ戻してもらえなかったけど、やっと」

 「ベタ惚れか」

 懐かしい言葉だった。昔一度だけ、アゼルに言われたことがある。

 「そーね。でもこれ以上訊いたらキレる。ステージジャックして、不倫のことみんなにバラしてやる」

 彼はまた笑う。「わかったって。んじゃなに、言わねーほうがいいか、オトコできたっつーのも」

 「できれば。ディックとカレルヴォだけ知ってる。あ、あとサイラスとヒラリーも」正確には、サイラスにはディックが喋った。「それほど訊いてこない人間には話す。幹部だけならいいけど、でもあとはヤだ。めんどくさい」

 「気にしすぎだと思うけどな」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 ひさしぶりに店に現れたトーマが、ステージ近くの壁カウンター席に腰かけていたベラにブラウンの紙袋を差し出した。

 「おみやげ」

 受け取ったそれは見覚えのある紙袋だった。頭に浮かんだとおりのものが中に入っていたので、ベラは思わず笑顔になった。

 「チョコクレープ!」

 トーマが訂正にかかる。「正確には、チョコレート生クリーム──なんだっけ」できなかった。

 彼女はさっそくクレープを出した。

 「“生チョコ・アンド・生クリームクレープ、カラースプレーがけ”?」

 彼は笑った。「そうそう、それ。エイブが、とりあえずチョコと生クリームが入ってるクレープが好みだって教えてくれたから」

 「ありがと」素直に礼を言い、ベラはさっそくクレープを食べた。とろけそうな表情になる。「ああ、マジうま」

 ベンジーが口をはさむ。「オレらにはねーのかよ?」

 「ごめん、ない。けどヒラリーには買ってくればよかったな」

 「あ、食べる?」ベラは隣にいる彼女に訊いた。

 「いいの?」

 「うまいよ」

 ヒラリーは遠慮なく、その贅沢なクレープにかぶりついた。

 「ん! おいしい!」

 「ね」ベラもまたクレープを食べる。「で、なにしに来たの? っていうか生きてたのね。ぜんぜん店に来なかったし、今日ディックたちに言われるまで、すっかり存在忘れてたんだけど」

 トーマが反論する。「完璧にするまで来るなって言ったの、そっちじゃん」

 「今日店が終わったらお披露目するのよね?」ヒラリーが訊いた。

 「うん、そう。明日だとヒラリーがいないからって、今日」

 彼女は申し訳なさそうな顔をした。「ああ、ごめんね。遅くなっちゃうよね」

 「それはこっちのセリフだよ。夏休みだし、俺たちは平気。金曜や土曜だと他のバンドが閉店後に練習することもあるし、幹部とベラとヒラリー、確実にみんな揃ってるのが週末しかないって話で」

 「もうやだ」ヒラリーは、ひたすらクレープを食べているベラの肩にもたれた。「迷惑かけっぱなしな気がする」

 「あなただけが悪いんじゃない。私も最近よく夕方に帰るし、ディックとヤンカ以外は平日の昼間、みんな仕事だもん。それにこいつら、正式スタッフじゃないから目立つ行動はできない。しょーがない」ブラウンの包み紙を破いて食べやすくしたクレープを彼女へと向ける。「食べないとなくなる」

 すぐに身体を起こし、ヒラリーはさっきよりも大胆にクレープにかぶりついた。交互に繰り返し、二人はあっという間にクレープを食べ終えた。その傍らで、ベンジーやジョエルはタフィとステファンに向かって、スタジオを貸してやったのに、といった文句をぶつけている。

 そこにやっと、ブライアンとニック、そしてパッシが来た。パッシはマイクをベラに差し出した。

 「ステージに立てとは言わねーから、コーラス」

 「あんたのパート?」

 「そう」

 パッシは主にコーラスとして参加する。ベラとの“Breaking Free”でコーラスを入れる楽しさを知ったので、こちらにもその立場で参加することにしたものの、さすがにそれを一日で覚えるというのは不安があった。というより、ベラがオーケーを出したからには練習の段階ではできていたものの、この曲を作るきっかけも、ブライアンの気持ちも、そこにベラが込めた思いも、自分なりに──つまり、いつもの“ノリ”を通用させるべきではないと──わかっているので、真剣に向き合うことで感じるプレッシャーからか、ここまできても、間違えるかもという不安を拭いきれなかった。

 「ただの保険」と、パッシは言い添えた。

 つまり自分がコーラスを入れておけば、もし彼らが歌詞を間違ってもどうにかごまかせるだろう、という算段らしい。ベラはマイクを受け取った。

 「じゃあ脇でやる」

 ベラが席をおりると、ヒラリーも続いて席を立った。

 「私もついてく!」

 「あ、じゃあこれあげる」ニックはクリアファイルにはさんだ歌詞を彼女に渡した。「あげるって、変だけど。持ってて」

 「ええ」

 ちなみにニックは身長が百八十五センチあるのに対し、ヒラリーは百五十七センチしかない。この二人が並ぶと、身長差がすごいことになる。

 ブライアンには不安などなかった。この曲の詞には、ベラの手によって、“あの時”の感情が、ほとんどまるまる詰め込まれている。この曲は、自分の物語そのものだった。

 ブライアンとニック、パッシはステージに立った。そんな彼らに背を向けるよう、ベラはヒラリーと並んでステージ脇で柵にもたれて座る。

 合図代わりの音が流れるまでのほんの数秒間の視線を、ブライアンは泣きそうな瞳で自分を見つめる“元”恋人に向けた。これで終わりだとわかってくれと、心の中で彼女に言った。

 そして、彼は“Inconsolable”をうたいはじめた。



  ドアを閉めた

  君と君への想いを断ち切るために

  君が僕の中に入ってこれないように

  君が言うどんな言葉も

  もう信じることができないから


  君は謝罪する

  でもそれは別の機会にとっておいたほうがいい

  君が今日と同じ過ちを繰り返した時のために

  今の僕に必要なのはそんなものじゃないし

  望んでもいない


  そして僕はこの場所から立ち去るんだ

  君や ふたりの思い出を残して

  終わらせたのは僕だけど この結末を望んだのは君だよ

  君が僕にできることなんてもうなにもない

  繋ぎとめようとするほど 僕の心は

  より慰めようのないものになっていく


  もしかしたら泣くかもしれない

  だけどそれは君をまだ愛してるからじゃなくて

  自分のことがどうしようもなく惨めに思えるから

  君の心が揺れたことに気づけなかった

  だけど許したりはできない

  君は僕たちのすべてを台無しにしてしまった


  だから僕はこの場所から立ち去るんだ

  君や ふたりの思い出を残して

  終わらせたのは僕だけど この結末を望んだのは君だよ

  君が僕にできることなんてもうなにもない

  繋ぎとめようとするほど 僕の心は

  より慰めようのないものになっていく


  だけどできることなら

  時間をずっと巻き戻して

  そして君をしっかりと抱きしめておくよ

  君がどこにも行けないように


  それでも僕はこの場所から立ち去るんだ

  君や ふたりの思い出を残して

  終わらせたのは僕だけど この結末を望んだのは君だよ

  君が僕にできることなんてもうなにもない

  繋ぎとめようとするほど 僕の心は

  より慰めようのないものになっていく


  僕を裏切った時 君は僕を見捨てたんだ

  僕が知った時 ふたりは終わった

  救うことなどできはしない

  君が繋ぎとめようとするほど 僕の心は

  より慰めようのないものになっていく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ