* Heartbeat
ウェスタン・パークへは、グラナリー・イシューという町から行くのがいちばん近い。ナショナル・ハイウェイに背を向けてブロウ・マウンテンを目指し、住宅街の奥にある山道へと入る。山道の途中には小さな霊園がいくつか存在していた。
ただひたすら道なりに進むのだが、その道はパークを越え、ベンジーたちがやられたというブロウ・マウンテン・パークへも、さらにそれを越えてエイト・ミリアドにも繋がっている。マルコによると、エイト・ミリアドからウェスタン・パークに来るとしても、単車なら十五分ほどで、信号を無視すればもっと早く着くそうだ。
ウェスタン・パークはパーキングエリアと、春は桜の名所として人気らしい遊歩道、そして普通の公園と大きめのアスレチック広場がある以外、たいしたことはなく、それでもきちんと整備はされている。
その場所が、ベラには懐かしかった。小学生の時に遠足で来たし、そのまえに両親とも訪れたことがあった。よく覚えていないけれど、アスレチックで遊んだ記憶がある。だが、そんなことを思い出しても意味はないということは知っている。
一時的に、彼らはそれぞれの“アシ”を、入口近くのパーキングエリアに停めた。ベラが静かな状態で電話できるようエンジンを切る。
彼女はひとり、パーキング横にあるコテージ風のベンチコーナーへと向かった。外観はしっかりしているのに、中には灯かりがない。ドアや窓があるわけではないので外灯の光は少し入ってくるものの、内側は妙に薄暗かった。
それっぽい雰囲気を演出するため、ベラはベンチに脚を立てた。演技に切り替えようと深呼吸し、イリヤに電話をかけて顔を伏せる。四コール目の途中、呼び出し音が声に変わった。
「はいよ」イリヤの声だ。
演技。「──殴られた」
「は?」
涙など出ていないのに鼻をすする。「会ったの。別れるって、好きなヒトができたから別れるって言ったら──殴られた」
「マジか。お前今どこ?」
また鼻をすすった。「ウェスタン・パーク──置いてきぼりにされた。バッグも返してくれてない。そいつ今、グラナリー・イシューに住んでて。スクーターでパークまで来て、そこで話してたの。それで、別れるって言った。そしたら、私のバッグ持ってひとり帰った。財布入ってるのに──」
「は? マジで?」設定を盛りすぎたかと思っていたが、イリヤはあっさり信じたらしい。「ちょ、行くわ。今もう、センター街の近くまで来てる。十分もかかんねーと思う。ツレも全員連れてくけど、そしたらお前、そいつに電話しろ。バッグ返せって。来ねえようなら家に乗り込んでやる」
どうやら彼は、本物の自惚れ勘違いバカ紳士らしかった。
「うん──ごめんね」彼女はまたも鼻をすすった。こんなバカに三度も唇を許したのかと思うと、本気で泣けてくる。「待ってる」
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ウェスタン・パークへと続く道はどちらかというと狭いのに、パークに入ったとたん、死角というものがほとんどなくなってしまう。なのでアゼルの車だけは入口から見えない場所に停め、ギャングたちの一部は単車やスクーターを入口のすぐ脇、木々で死角になってすぐにはわからないだろう位置に待機させた。もちろんエンジンは切るし、話すにしても声を潜める必要がある。
ベラはイリヤに電話した場所、コテージ風のベンチコーナーの中に、アゼル、マルコ、チェーソンと一緒にいた。
「だから、ただのゲームみたいなもん」アゼルがチェーソンに言う。「こいつがどんだけの男落とせるか試してるだけ」
説明されてもやはり、彼もその感覚は理解できないらしい。「それはそれで楽しいだろうけど。よくムカつかないな。いや、嫉妬しろとは言わんけど。俺もしないけど。なんかこう──」どう言えばいいのかわからないようで、マルコに続きを託した。
しかし彼にも理解不能だ。「だから、イカれてんだよ。落としてみろってとこまではわかるわ。言おうと思えば言える。けどさすがに、キスしろとかは無理。キレる」
「だよな。惚れなかろーとムカつくよな。相手を殴るためにやらせるっていうならまあ、二百歩譲ってわかるけど。そうでもないわけだろ」
ベラが口をはさむ。「殴ったらまた捕まる可能性があるからダメ。っていうか基本的に、私はムカついたら自分でカタつける。今のこれは、人数と状況的に無理だけど」
「うん。それはつまり、俺らは捕まってもいいってことか?」
「マルコはダメよ。この二人は絶対ダメ。しかもマルコの場合、勝手に捕まったんならともかく、私が関わって捕まっちゃったら、私がケイに顔向けできなくなるんだから」
「ぬかしてんじゃねー」マルコが言った。「そのケイを春休みから放置してんの誰だよ」
彼女が反論する。「こないだメールしたもん。電話番号とメールアドレスが変わりました!」
「その後のメール無視じゃねーか。音沙汰なしじゃねーか」
「私は忙しいのよ。ほんとならこんなところでこんなことしてる場合じゃないのよ。でも来週か再来週には連絡入れます」
「言っとくけど俺、アゼルのこと、ケイに言ってねーからな」
「は? なんで」
「お前が言えよ。俺が言うのは変だろ。つーか俺が言ったってけっきょく、お前に訊くだろ、あいつは」
確かにそうだ。「わかった。来週。一度電話する」
チェーソンが呆れ顔で彼女に言う。「お前、なんかほんとにめんどくさそーだな。いろいろと」
「同情するなら平和をください」
「平和すぎんのも問題なんだけどな」彼のポケットの中で携帯電話が震えた。「お、電話。来たかな」
チェーソンは電話に応じた。入口にいるギャング仲間からで、何台もの単車が上がってくる音がするという報告だった。打ち合わせどおり、単車がぜんぶ上がったと思った時点で入口を塞ぐよう言った。おそらく別の人間から、パークの少し奥で前方を塞ごうと待ち構えているチームの連中にも連絡が入っている。
「お前らふたり、それなりにカタつくまで出てくるなよ」ベラとアゼルに言いながらチェーソンは立ち上がった。「かなり血なまぐさいことになるから」
マルコも立ち上がり、両手の指をポキポキと鳴らす。「さー、どんだけ来るか楽しみだな」
「お前、鈍ってんじゃないの? 無理すんなよ?」
「ナメんなボケ」
「チェーソン」ベラは呼び止めた。「捕まっていいなんて思ってない。そうじゃないの。私は、根拠はないけど、自分は捕まらないって思ってる。自信がある。そういう運はあると思ってる。だから私と一緒にいる時は、あなたたちも捕まらないって思ってる」
「なんだそれ。勘か?」
「そう。ただの勘」
彼は笑った。「んじゃま、その勘とお前の運に賭けるわ。捕まる覚悟はいつもしてるけど、捕まらないほうがいいのはあたりまえだし。最悪ポリが来て見つかったら、お前らは単にデートしてただけだって言えよ。マルコもできるだけ逃がす。心配すんな」
せっかくかっこよく決めたチェーソンの背中に、マルコは蹴りを入れた。
「逃がしてもらわなきゃいけねえ理由なんてねえよ。こいつが勝手に言ってるだけだアホ」
感動的ストーリーが大好きなチェーソンは当然、ショックを受けている。「お前、今の感動的なセリフ、台無しにすんなよ」
「うっせー。行くぞ」
二台や三台ではすまない単車のエンジン音は、ベラたちにも聞こえるところまで近づいていた。
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「お前、今日家に泊めるっつってた奴、どーした」アゼルがベラに訊いた。
彼女は窓のない窓枠から入口のほうを見ている。爆音と言ってもいいほどのエンジン音をふかしながら、何台もの単車がパークに入ってきた。
「その子のオトコもやられてるから、今日はもうそいつと一緒にいろって言った」
目を合わせずに答えた。ベラの視線の先、入口付近では、脇に控えていたギャングたちがエンジンをかけた単車やスクーターを使って一斉に、一瞬にして道を塞いだ。蛇行運転する族たちの単車が違和感に気づいたのか、速度を落として止まるタイミングを探すように蛇行しはじめる。それらのヘッドライトの光で、正面から向かっていくチェーソンとマルコの後姿も見えた。それを後方から、道を塞ぐために奥にいたギャングたちの単車やスクーターが追いかける。
「あっそ。で、今日はどーすんだ」
アゼルがまた訊いたものの、ベラは答えなかった。それどころではない。数十メートル先で起きているその光景を、自分の目で見ていなければならなかった。
それが気に障ったのか、アゼルは彼女の首に手をまわして自分のほうを向かせた。
「聞いてんのか、ヒトの話」
「今それどころじゃないじゃない」
「マルコがいるのがそんなに気に入らねーか」
「誰もそんなこと言ってない」
後方からいくつもの大声があがる。怒鳴り合う声だ。まるでスイッチを入れられたかのように、彼女の心臓の鼓動がどんどん早くなっていく。
「今日どうすんだって訊いてんだよ」
「マルコといるのがもういいなら、泊ま──」
誰かがまた大声で怒鳴った。思わず彼から視線をそらしたベラの身が硬くなる。
アゼルも違和感に気づいた。「──お前──」
彼女が苦笑う。「ちょっと、気づくのが遅かった。気づいたのはほんの数分前。チェーソンたちが出てったあと。まずいかもって──近くで見てるのは平気なの。でもなんか、怒鳴り合うのを半端な距離で、その光景を見られない状況にいるっていうのは、苦手かもしれない。度合いがわかんなくて、いつ終わるかもわかんないようなのは、ちょっと──」
何年もまえの、真夜中の両親の喧嘩を思い出す。
「あとやっぱり、あんたやマルコがいるせいかな。捕まらない自信があるのはホントだけど、あんたはともかく、マルコは行っちゃったし、これだけ距離があって、そこまで私の運が届くかっていうのも、ちょっと微妙な気が」
もしも警察沙汰になったとして、その時自分が彼らを見捨てて逃げられるかというと、自信がない。けれど逃げなければ、自分も警察に捕まるようなことになれば、それはいいものの、“あのヒト”に連絡がいくことになる。会うことになってしまう。
それだけで済めばいい。もしアゼルまで捕まってしまったら? 彼にはおそらく、もうあとがない。また離れることになってしまう。
彼は、彼女の頬を撫でた。
「──シャワー、浴びてるよな」
なにをするつもりなのかはわかっている。「なんなら歯も磨いてる」
「バレたらキレられるかも」
「じゃあやめればいいんじゃないの?」
「無理」
そう言ったアゼルにキスをされると、イヤな速度で動いていた心臓の鼓動がおさまり、それどころか不思議と、ギャングたちと族たちの怒鳴り合う声も、さっきよりもずっと小さく聞こえた。
唇が、離れる。
「──いける気がしてきた」彼が言う。「捕まらねえ気がする」
「意味がわからないんですけど」
「ちょっと殴ってくる」
ベラはぎょっとした。「なんで!?」
「暇つぶし。つきそい」
「それはマルコの言葉よ」
「半殺しにしろって言ったよな」
「してくれるか訊いただけで、しろとは言ってません」
「してほしいっつってんのと一緒だろ」
なにを言ってもおそらく、彼は行く気だ。止めるためには少々強引にいかなければいけないらしい。
「言うこと聞いてくれるってこと? 頼みを聞いてくれるってこと?」
「そういう嫌味聞く気分じゃねえ」
嫌味かはともかく、見抜かれた。「怖いからイヤ。ひとりになりたくない」
「そういう安い言葉はよけいムカつく」
これすら通用しないならもう、手段が思いつかない。アゼルが殴りたがっているのはわかる。彼は誰よりそういう性分だ。たとえば反抗する力が残っていないほどボロボロになったイリヤがいるとして、そんな男を殴っても、なにも楽しくないのだろう。自分たちもすることになるだろうカード投げや鍵投げなどは、彼の場合、いくらやったとしても、それが相手の精神にトドメをさす行為だとしても、彼の闘争本能を満足させるわけではない。彼は相手に身体的ダメージを与えたい派だ。
溜め息の代わりに、ベラは唇を尖らせた。
「怪我したら今日、できなくなるんだからね。動くたびに痛いだのなんだの言われたら引くから」
予想外の言葉だったのか、彼は微笑んだ。「お前が動きゃいい」
「足りないって言うじゃない」
「お前がイク回数が減る。お前のいろんな顔見るには、お前が動くだけじゃ足りねえからな」
よくわからないが、彼が自分とするのが好きだというのはやはり、ぜんぜん変わっていないらしい。彼女も彼の頬を撫でた。
「じゃあ警察に捕まらないための私の運ぜんぶ、あんたとギャングたちにあげる。持ってって。殴っても無傷で、私のためだけに使う体力残したまま、ちゃんと帰ってきて」
そう言うと、ベラはアゼルにキスをした。




