* Crush
半泣き状態のヒラリーは、ケイトの手当てを受けていた彼の元へと駆け寄った。
「ジョエル! やだ、なんでこんな──」
ブラック・スターのメインフロア。スタッフやバンドたちはすでに帰ったあとで、ケイトと幹部メンバーから手当てを受けるウェル・サヴァランのジョエル、ベンジー、ピート、ルースがいるだけだった。
四人は上着を脱いでいて、擦り傷や打撲痕がいくつか見てとれた。今はそれほど目立っていないが、時間が経てば、打撲痕はもっと酷くなるだろう。そしてパッシの言うとおり、そういった傷はジョエルとピートが特に酷く受けていた。二人は頭部からの流血もあったらしく、傷口と思われる部分を黒いタオルで押さえている。けれど拭ききれていない血の乾いた痕が、顔にまだ残っていた。
「ねえ、やっぱり病院に行ったほうが──」
心配するヤンカの言葉を、ベンジーは即拒否した。「行かねえ! こんなアホらしい理由で病院なんか行けるか!」
「アホらしいって」呆れた様子のディックが言う。「理由は知らんが、そんだけやられといてアホらしいもクソもないだろ」
「そうよ。病院じゃなくても、警察には──」
「絶対無理!」
「けどお前、ピートとジョエルは頭もやられてんだぞ」パッシが言った。「頭ってのはさすがに──」
「へーき」とジョエルが答える。「頭蓋骨割られたわけじゃないし」
ヒラリーは泣きながら声をあげた。「どこが平気なの! ぜんぜん平気じゃないじゃない!」
「平気だよ。はじめて殴られたわけじゃないし。久々だけど」
ルースがつぶやく。「だからやめろっつったのに」
「もうやだ」手当てをしてくれていたエイブのことも気にせず、ピートはテーブルにうなだれた。「ぜんぶオレのせいだ。どれもこれも、オレのせいだ」
「おいおい」とマトヴェイ。彼はルースの手当てをしている。「だから、なにがあったんだよ」
「とりあえず、消毒液が足りない」エイブが言った。「病院行かないなら、買ってこないと」
「あとタオルも」ケイトも言った。「どこか開いてるかしら」
ヒルデブラントが応じる。「この時間で開いてる薬局って言ったら、ナイトタウンが確実だろうな。あっちなら、小さいけどマーケットもある。タオルも置いてるかも」
「ああ、なら──」
「ベンジー」様々なやりとりを黙って見ていたベラが、やっと口を開いた。「相手が誰なのか、だいたいの予想はつくけど。言って。なにがあったの」
彼は顔をそむけた。「言わねえ」
「言わないなら今すぐ警察と救急車呼んで、ついでにあんたたち全員の保護者に連絡して、とんでもないくらいおおごとにするわよ。明日の朝刊に載るわよ。明日営業できなくなるか、できたとしても野次馬だらけよ」
「ああ!?」彼は声をあげたがその瞬間、身体のどこかに響いたらしい。「──っ」
デトレフが笑う。「アホだ」
かまわず、ベラはカウントをはじめた。「三」羽織ったカーディガンのポケットから携帯電話を出して開く。「二」緊急医療ダイヤルの番号をプッシュし、その画面を彼に見せた。「一」
「わかった! わかったって!」と言いつつも、彼はまた痛がった。どうにか落ち着き、改めて説明をはじめる。「店閉めたあと、ロッタの携帯電話からジョエルんとこに電話があった。けどかけてきたのはあいつがつきあってた男で、ロッタが勝手にしたことだって言うまえに、十一時半までにブロウ・マウンテン・パークに来いとかって言われた。ルースは放っとけっつったけど、オレら三人は行くって聞かなかった。で、行ったらこれだよ。二十人かそこらいて、なにを話すわけでもなくいきなり囲まれてリンチ状態。わけわかんねーまま、そいつらはボコるだけボコってどっか行った。終了」
「警察!」パッシがディックに言う。「け・い・さ・つ!」
ベラの予想したとおりだ。この件に、ロッタがどう関わっているのかは知らないが。「ロッタは? その場にいたの?」
ルースが答える。「見てねえ。つーかあいつのオトコが、あのクソ女とはもう別れたから、マワして捨てるなり好きにしろとか言ってた」
「私のことは言わなかったの?」
「んな暇あるか。ベンジーと二人で応戦すんのに必至だっつーの。人数的にさすがに無理だったけど」
「あっそ」彼女は携帯電話をしまい、勢いで持ってきたキャリーバッグに手をかけた。ディックに言う。「とりあえず薬買って、どうにか手当てしてやって。あとできれば、医療関係の知識があるヒト、誰か呼んで診てもらったほうがいいかも。せめて骨が折れてないかどうかくらい。みんなの中に知り合いがいなくても、サイラスやカレルヴォに頼めばなんとかなるかもしれないし。何日か様子見て、それでも痛みがおさまらなきゃ、病院に行かせる。その頃にはある程度の傷はどうにかなってるだろうから、言い訳の幅も増えるし。ヒラリーは今日、ジョエルと一緒に居なよ。着替えは明日持ってくるから。ってことでごめん、もう行く」
「おいおい。どこ行く気だ」
ディックの問いにベラは苦笑った。「大嫌いなの、こういうの。やることはひとつよ」
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素顔のうえにサングラスをかけたベラは、タクシーを拾うために通りをナショナル・ハイウェイへと向かって歩きだした。アゼルに電話をかける。
「なに」
「予想以上におおごとになりました」
「あ?」
「今どこ?」
「家。ツレと酒飲んでる」
アゼルはときどき、施設で一緒だった男だったり、同じ職場の歳の近い男だったりとつるんでいたりするらしい。そこに女がいるかどうかなど、ベラが訊くはずもない。
「そ。今からチェーソンに電話する。暴力的被害者が出たの。やったのはイリヤと、なんとかっていう族の一部だと思う。チェーソンに電話して、彼が行けそうなら、話してみる」
「──誰がやられたんだよ。何人が何人をやったんだ」
「二十人くらいが四人を相手にした。細かく説明してる時間はない。下手したら捜しまわらなきゃいけないんだから」
「だったらチェーソンと落ち合う場所、決まったら教えろ。行く」
「飲んでんでしょ。絶対イヤ」
「お前が言わなくても、チェーソンに訊きゃすぐわかる」
「ねえ、気遣いを無駄にしないでよ。捕まってほしくないのよ」
「よけいなお世話」
ベラは舌打ちした。
「わかった。私は今センター街。店出たとこ。電話終わったらちゃんと言う」
アゼルとの通話を終えると、そのままチェーソンに電話した。前方にナショナル・ハイウェイが現れる。いきなりタクシーに乗り込むのもどうかと思うので、とりあえず電話を済ませることにした。
呼び出し音がチェーソンの声に変わる。「はいよ」
「今なにしてる?」
「お、デートの誘い?」
彼女は心なく笑った。「ふざけてんじゃないの。用がなきゃあなたには連絡しないんだから」
彼も笑う。「ひどいなお前。今な、市内に走りに来てる。チームの奴らと」
「どこにいるの?」
「センター街の脇。サウス・アーケードの裏にある公園で休憩中」
タイミングがよすぎる気がする。「質問がみっつある」
「なに」
「ブラック・ギャングは今、なんとかっていうエイト・ミリアド方面の暴走族とモメてますか。まだチームを動かす力はありますか。相手を捜し出してでも喧嘩する気はありますか」
「えーと? あとのふたつの質問に対する答え。俺を誰だと思ってんだ」彼は言いきった。「で、ひとつめ。よく知ってんな。クイーン・オブ・ザ・ナイトってゆー族とモメてる。今日も狩りに来たんだけどな、見つからねーんだわ。走んの控えてるうえ、なんか分散して行動してるらしくて」
ビンゴだ。「私がマトにしてやりたいのは、その族の連れなの。でもその族の一部もマトに入る。名前がわかるのは連れのほうひとりだけ。電話番号は知ってるから、私がうまく言えばもしかしたら、居場所がわかるかもしれない。賭けてみてくれる? 今からがダメでも番号を渡すか、呼び出すのに協力するから」
「お? いーね。どーせ暇だし、やってみるか。今どこよ?」
「ナショナル・ハイウェイに出てる。ファイブ・クラウドの近くなんだけど」
「逆方向だし。そっち行くな。迎え行ってやる」
「タクシーが目の前で客待ちしてるから、それに乗りますよ」
「相変わらず贅沢な奴。んじゃヴィレの前まで来い」
「わかった」
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ナイト・タウンのはずれにある、小さくさびれた公園内。単車やスクーターが合わせて二十数台停められ、黒い服に身を包んだギャングたちがたむろしていた。半分ほどはなんとなくだが、ベラにも覚えのある顔だ。彼女のことを覚えているらしい男たちは彼女に手を振り、残りの男たちは物珍しそうに彼女を見ていた。
ベラが簡単に事情を説明すると、チェーソンは短髪サイド刈り上げの男を呼んだ。
「覚えてる? こいつ」呼び寄せた男を指してチェーソンが言う。「新しいアタマなんだけど」
ベラは小首をかしげた。「あのデブの顔面を地面に叩きつけたヒト?」
刈り上げの男が笑う。「そうそう、やったやった」
彼は名前をアルフレッドというらしい。
「なんて羨ましい名前」ベラが言った。
「え、なんで」
「名前に“red”が入ってる」
「いや、羨ましがる意味がわかんねーよ」
チェーソンが彼女に訊く。「で、呼び出せる自信、あるんか」
「たぶん平気。ちょっと別件でね、連れのほうをその気にさせてるのよ。その気って、恋愛で落とすって意味で」
「なんだ。浮気すんのか」
「違います」彼女は即否定した。「で、今日オトコと別れ話するって話してあったの。殴られる可能性があるとかもほざいてみてる。で、さっきタクシーの中でアゼルに電話したあと、そいつに電話して、今から別れ話してくるって言った」イリヤもロッタと別れたと言っていた。「殴られる可能性ってのを気にしてくれてるみたいでね、今エイト・ミリアドのコンビニだけどなんかあったら呼べ、すぐ行ってやるって言ってもらいました」
さすがのチェーソンもわけがわからないらしい。「なんのゲームだそれ。アゼルは? なに?」
ベラは遠い目をした。「もう言わないで。私にもよくわかんないのよ」
近づいてきた車が公園の外に停まったのに気づき、アルフレッドがそちらを見やった。
「あれ?」
彼女もそれを確認する。アゼルの車だ。だが、運転席から降りてきたのはアゼルではなかった。よく知っている相手だ。あまりの衝撃に、彼女はかたまった。
「あれ、マルコ」チェーソンが言った。「なにやってんだお前」
助手席から降りたアゼルよりも先に、彼が木製の低い柵を越えてこちらに来る。
「なにって、つきそい? 暇つぶし? よお、リトル・ボス」
「リトルじゃねえし! ニューだし!」と、アルフレッド。
ベラはまだかたまっている。そんな彼女を見て笑い、マルコがアゼルに言った。
「ほらな、かたまってる」
「そりゃそうだろ。言ってねえんだから」
どう反応すればいいのかがベラにはわからなかった。そんな彼女の肩を組み、彼らから少し離れるよう、マルコは引きずるようにして彼女をいくらか歩かせた。
「どういうことか説明してみるか? ん? お前、俺になんつった? “絶対戻らない”? “自分は頑固”? どのくちが言ったんだっけ」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」あやまるしかなかった。どうにか彼の腕から逃れてアゼルに怒る。「なんでコレがいるのよ!」
「なんでって、一緒に飲んでたから」
「ツレって言ったじゃん!」
「ツレはツレだろ」
マルコが再び彼女の肩に腕をまわす。「ツレはツレだ」おそらくからかっている。「なんか他に言うことは?」
「ゴメンナサイモウシマセン」
笑って腕をほどいた彼は、髪をくしゃくしゃにするよう、彼女の頭を撫でた。
「で、どーすんだ」
チェーソンとベラは状況を簡潔に説明した。
「舞台はウェスタン・パークだな」チェーソンが言った。「その四人がやられたのがブロウ・マウンテン・パークだっつーの考えたら、ちょっと不自然な気はするけど。グラナリーにいたって言や、なんとかなんだろ」
「しかし相手の男もなー」煙草片手にアルフレッドが言う。「リンチするつもりがあるなら普通、どこに行ってんのかくらい訊くだろ」
「それはあれよ、私の会話力。声が聞きたくてとか言ったから」
「これから潰すつもりの相手にそれ言うか。恐ろしいな」
「キス三回ぶんの恨みは晴らしてやる」
「二回だろ」アゼルが口をはさんだ。「一回はお前、自分からしたっつったじゃねーか」
「違う。正確には“もう一回して、勇気が欲しい”よ。そしたらむこうがしたのよ」
「けしかけたのがお前なことには変わりねーよ」
ベラが反論する。「けしかけさせたのはあんたよ!」
マルコは呆れ顔だ。「マジで理解不能。なんだこいつら」
「俺もよくわかんないけど」と、チェーソン。「とりあえずむこう行って、そっからベラが電話する。そいつらもこっちに向かってる可能性はあるから、ちょっとバラけて行く」




