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R E D - D I S K 0 4  作者: awa
CHAPTER 01 * BLACK STAR
8/198

* Offer

 夜の十時前。出番を控え、通しで合わせてくるというウェル・サヴァランからヒラリーの相手を頼まれ、断るわけにもいかず、ベラは渋々了承した。

 フロアではさきほどの、緊張から二曲目をうたえなかったバンドが再びステージに立ち、リベンジだといわんばかりに二曲をうたっている。ベラはドリンクカウンター席の端にヒラリーと並んで座った。

 ベラは年齢を言わなかったが、ヒラリーは自分のことを話した。この春から高校二年生になる、つまりベラよりひとつ年上で、インセンス・リバーから来ていると。まだ先の話だが、大学はこちらに通う気でいるらしい。そして見たとおり、彼はジョエルとつきあっている。

 「作詞って、すぐにできた?」ヒラリーが訊ねた。

 “すぐ”の意味がわからないなりに、ベラはひとまず答える。「ふざけた詩も含んでいいなら、去年替え歌を作ったのよ、学校で使うために。学校ではウケたけど、ちゃんとした詞としてはダメだと思う。ボスもツメが甘いって。ここでうたうなんてとんでもない。そのあと、ボスとオープニング曲の話をしてて、なんでもいいから書けって言われた。六行くらいでって言うから、そのとおりに。で、ボスが目の前で音をつけてくれた。それが今日最初にうたった“Black Star”」

 「あれもあなたが?」

 ベラはうなずいた。

 「嫌味のつもりだったのよ、大きいことを書いてやろうと思って。今までいろんな曲を聴いてきた。気に入るものは限られてるけど、いろんな歌詞を見てきた。それっぽくする方法も、同じ言葉を繰り返していいってのも知ってた。それであれ。次は言われたわけじゃないけど、ふざけた詩をボスに送ってあげようと思って、本当にふざけた詩を書いたの。ボスはそれにも音をつけてくれた。ポップロックになった。そこからね、どんどん詞を書いた」

 ヒラリーは感心しきっている。「すごいのね。やっぱり才能があるヒトって違う」

 「あなたは? ライブハウスでうたってるんでしょ? こっちでもインセンス・リバーでも」

 質問を返すと、彼女は苦笑った。

 「私はぜんぶカバー曲よ。父の知り合いが小さなミュージック・カフェを経営してて、小さい頃、よくそこでうたわせてもらってたの。三歳上の姉と一緒に、遊びでね。姉は高校生になってからバンドを組んだわ。それがきっかけで中学の時からライブハウスに通うようになって──まあ、そのバンドはすぐに解散しちゃったんだけど。代わりに私が中学二年の時、時々だけど、姉と一緒にそのライブハウスでカバー曲をうたうようになったの。今は姉さん、それも辞めちゃったけど、私はひとりでうたってる。それがきっかけでサヴァランと知り合って、こっちのライブハウスを紹介してもらって、ゼット・バグでもうたわせてもらうようになったの」

 この純粋そうな女のどこから人前でうたうという度胸が出てきたのか不思議に思っていたが、ベラはこの話で納得した。小さい頃から人前でうたって、ちやほやされてきた。成長してステージに上がった時、姉が一緒にいた。途中で姉が抜けたからといって、今さら辞める気にはならなかったのだろう。

 「ベネフィット・アイランドのヒトたちは、すごくやさしい」ヒラリーは言葉を継いだ。「特にゼット・バグのお客さんたち。カバー曲でもポップスでも、みんな温かく迎えてくれるのよ。最高にノリがいいの」言葉を切って苦笑う。「だから、サヴァランたちがこっちに移るって聞いて──もう、同じステージに立てないんだなって」

 またくだらない嫉妬だ、とベラが思った次の瞬間、彼女は慌てて訂正した。

 「ごめん、今のなし。ちょっと浸りすぎちゃった。この店は好きよ、すごく素敵。あなたの曲だって、どれもすごくかっこよかったもの。特に──」

 彼女があとを続けようとしなかったので、ベラは一応促した。「なに」

 小さく深呼吸してから、彼女は再び口を開いた。

 「──“Dangerous To Know”。すごく、ずしんてきた。誰でもってわけじゃないけど、人間て──特に女の子って、うわべを作ってる部分、あるでしょ? 時々自分でも、なにが本音なのか、どれがほんとの自分なのか、わからなくなる時がある──と、思うの。それを知られたくなくて隠してる。あの曲は、そういう部分をうたってるんだなって」また苦笑う。「あなたはきっと、ちゃんと“自分”を持ってるのね。見失ったりしない。本当に歌が、ロックが好きなんだってのが、今日あなたを見ててわかった。フラフラしてる私なんかとは大違い」

 彼女はそれ以上言わなかったが、ベラにはなんとなく、彼女の考えていることがわかった。

 おそらくヒラリーは、シンガーとしての活動を辞めるつもりか、決意はしていなくてもそうしようかと考えたのだろう。理由はただひとつ──ウェル・サヴァランが、ライブハウスでの活動を辞めたからだ。それが理由としてどうなのかは、ベラにはわからなかった。

 いつのまにかステージにはウェル・サヴァランがスタンバイしていて、彼らはライブをはじめた。ベラの知らない曲だった。

 「明日もあなた、うたうの?」

 ヒラリーの質問にベラが答える。「うたう。明日はハードロックとかゴシックロック系も入れて」

 「ゴシック? そんなのもうたえるの?」

 「ロックの仲間だもん。今日の客のノリしだいって話だった。でもそれはじゅうぶんだから、たまにこういうのもあるって感じでね。この土日は、私たちにとって勝負なの。自分たちを知ってもらう。この二日間がきっかけで、またシンガーやバンドマンが増える。事実、今日も何人か、バンドじゃないけど楽器はできるとか、やりたいんだけどとか、そういうのを希望する人間が名乗り出たみたいよ。今は週末だけの営業だけど、そのうち店休日を週一にまで減らすつもり」

 なにか言いそうで言わない彼女に向かって、ベラは微笑んだ。

 「明日もくる?」

 「ええ、その予定よ」

 「ロックは好き?」

 「好き。よく聴くわ」

 「ステージでうたわないだけで、うたえるのよね」

 「ハードなのは自信ないけど──喉があまり強くないから、“Brick By Boring Brick”みたいなのは無理だと思うんだけど、そうじゃないなら、たぶん」

 「曲を覚えるのは早いほう?」

 次々とされる質問に、ヒラリーも必至な様子で答えていく。

 「どうかしら──数時間聴いてれば、それが気に入れば、覚えられると思う」

 「CDを一枚渡せば、覚えてこられる? 明日までに」

 彼女はきょとんとした。「え」

 「録音してるデモがあるの。私も一緒にうたうから、フォローはする。私がしないだけで、ここはシンガーが詞を見ながらうたうこと、許可されてるし。間違っても平気、私がノリで突っ切るから」

 戸惑いを見せる。「でも、上のヒトたちが──」

 「説得するからだいじょうぶ」と言い、ベラは彼女に向かって声を潜めた。「サヴァランにも他にも内緒だけど、私、ここじゃわりとわがままをとおせるのよ。私は貴重なシンガーだからね。サヴァランには適当に、私に誘われたって言えばいい。で、明日は彼らと同じ時間? に、ここに来て合わせる。私は通しリハなんて出ないけど。せっかくこんなところまで来たんだもん。一曲くらいうたったって、バチは当たらないでしょ」

 戸惑いながらも、ヒラリーは嬉しそうに笑った。

 「わかった。絶対、ちゃんと覚えてくる」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 午後二十二時三十分すぎ。ブラック・スターは最後の客を見送り、閉店した。スタッフたちがメインフロアに集まって乾杯する。営業初日は大成功だった。

 「さっきヒラリーになんか渡してたの、なに?」

 カウンターに腰かけたベラにジョエルが訊いた。彼女に渡したのはデモCDと詞のコピーだ。あのあと、ベラは無線を使ってディックに話を持ちかけ、幹部たちにも頼んだ。特に曲を作ったデトレフとマトヴェイに。ベラが一緒にうたうなら問題はないんじゃないかと彼らが答え、ディックも一曲だけならと了承し、すぐにコピーを用意してくれた。ヒラリーはそれを受け取ってすぐに店を出た。

 「内緒です」と、ベラが答える。「本人に訊けば」

 言うまでもなく、彼女の“演技”は終わり、すでに素の状態に戻っている。ヒラリーを誘ったのは、過去三年間のあいだに身についた妙なおせっかい癖と、くだらないことで悩む人間や、今もまだ完全には消えない、カバー曲ばかりを我が物顔でうたう人間への嫌悪感。それから、演じていた“それなりにヒト当たりのいい人間”というキャラクターが原因だろう。

 ジョエルは肩をすくませた。

 「訊く前に行っちゃったんだけどな。なぜかCDプレーヤーはあるかとか訊かれて」

 「そのCDプレーヤーから“Brick By Boring Brick”が出てきたらびっくりするわね」

 「マジで?」

 「まさか」

 「なんだよ?」

 デトレフとマトヴェイが来た。

 「どっちがいいか決まんねえ」デトレフが言う。「ハードロックが一周めか? それともエイブとのが先か?」

 「私はどっちでもいい」

 マトヴェイは彼女の左隣の席に腰かけた。

 「それじゃ困るんだよ。どっちも流れを考えると、マジで難しい」

 そう言われ、ベラも唇を尖らせて考えた。彼らの言っていることはわかる。明日の予定だ。ハードロックとゴシックロックを一気に三曲うたう気でいたが、エイブとのバラードが予定に入った。どれもテーマは“哀しみ”に近い。そこから“怒り”に繋げる必要がある。ディックの考える、基本的な人間の感情の流れ。彼が理想とする音楽の感情の流れだ。営業時間内に二度、それをまわすことになる。

 彼女は答えた。「三と一で考えるからおかしいんじゃないの? 一周め、“I'm So Sick”と“Going Under”。二周め、“If I Knew Then”と“Red Sam”。こっちの順番はどっちでもいいけど」

 マトヴェイは納得した。「ああ、ほんとだよ。二と二でいきゃいいんだ」

 「“Red Sam”ならどうにか繋がるか」と、デトレフ。

 「なんだ。悩むことなかったじゃん。“I'm So Sick”と“Going Under”はライブなんだし──って、あれ、“Rock This World”は?」

 ベラははっとした。「ああ、それがあるんだ。なら“Rock This World”から“Red Sam”。これ、ディックしか無理でしょ? もしかしたら私の単独。で、“If I Knew Then”。ポップバラードで切ってもいいでしょ。私の相方がころころ替わることになるけど」

 「だな。やっぱ“Red Sam”、無理やりにでも練習しときゃよかった。“Dangerous To Know”だって、今日実際聴いて思った。ライブがよかった」

 デトレフが苦笑う。「暇がなかったもんな。“Going Under”優先させたし」

 ジョエルが割って入る。「“Going Under”はなに? ロック?」

 「ゴシックロックだな。明日ベラがうたうのは、ほぼ完全に俺らの趣味。詞はぜんぶベラだけどな」

 「マジで」

 「もうオレ、仕事辞めようかな」マトヴェイがつぶやく。「ベラとディックがぽんぽん作る曲に追いつく暇がない。時間が足りねえ」

 「お前まだいいだろ、ノルマさえこなしゃいいんだから」と、デトレフ。

 マトヴェイは営業の仕事をしている。デトレフは車を販売する仕事だ。

 「お前はノルマなしで夕方四時に上がれるじゃん。こっちは毎日プレッシャーと戦いながらだな」

 「成績落としたら給料下がるぞ、気つけろ」

 彼は天を仰いだ。

 「そういうこと言うなよ頼むから」

 ベラが口をはさむ。「でもぽんぽん曲作れるのなんて、今のうちだけだし。学校はじまったら、それも無理でしょ」

 「受験控えた身でぽんぽん詞書いてた奴がよく言うよ」

 「あなたが仕事辞めたら、私も学校辞めようか。っていうかみんなで本職辞めようか。で、全員でディックに土下座するの。ここで一生食わせてくださいって」

 彼らは笑った。

 「ここだけで食ってけるならいいけどな。儲け重視じゃねえから、まあ完全に無理ではないんだろうけど、今とおんなじようにってのは無理だわ。けど限界が来たらここを優先して、もーちっとラクな仕事探すかも」

 「その前に出世すりゃいいんじゃねえの?」デトレフがマトヴェイに言った。「そんでこう、どっかの誰かさんみたいに、ヒトを掌で転がすような奴みたいになってだな」

 そんな彼の肩にディックが腕を乗せる。

 「誰がヒトを掌で転がしてるって?」

 「誰もお前だとは言ってねえよ」

 「お前は転がってないだろ。むしろ暴れてるだろ。ベラとおんなじくらい暴れてるだろ」

 「俺よりベラのが暴れてるわ」

 「それに異論はないけど、とりあえずこの暴れん坊娘、先に送ってやってくれ。待たせてたらいつになるかわからん」

 ベラはひとりで帰れると言ったが、意味はなかった。コンビニに寄ってビールを買ってもらったあと、同じセンター街、ウェスト・オフィスタウンにある、先週日曜に引っ越したばかりのアパートメントに、デトレフとマトヴェイによって送り届けられた。

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