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R E D - D I S K 0 4  作者: awa
CHAPTER 12 * SK8ER BOI
78/198

○ Kiss

 日曜の午後、キーズ・ビル地下二階の赤白会議室。

 「やっぱヒラリーがいるとぜんぜん違うな」と、満足げにパッシが言った。

 エイブも同意する。「歌詞が可愛い。たいていの男は落とせる」

 「ベラひとりが書いたとなると、絶対なんか裏があると思うもんな」と、マトヴェイ。

 三人はけらけらと笑った。

 ベラが不機嫌に返す。「ぶっ飛ばされてーのかこら」

 ヒラリーは苦笑っている。「でも発案はベラなのよ。キスひとつで変われるって、すごく素敵な発想。つきあってからが普通だと思ってたけど、そうじゃないんだもの。両想いなのに進展しない恋をキスひとつで変える。すごく素敵」

 「やばいやばい、天使がいる」パッシが言う。「ヒラリーが言うとこうなるんだな。ベラ的に考えれば、単に半端な状態がイヤってだけなのに」

 「いや、けどベラもメイク落として演技すれば、天使になるんだよ。喋って地を出すから悪魔になるだけで」失礼なセリフだとは思っていないらしく、エイブはけろりと言ってのけた。

 「小悪魔程度にしてやれよ」マトヴェイが言った。「たぶん本物の悪魔になんのはキレた時だけなんだから」

 なにを言われようとかまわないが、こんな無駄話をしている暇はない。

 「とりあえずレコーディング、行く」ベラは言った。「それが終わったらまだ書きたいのがあるの。作りたいのがあるの。時間がないの!」

 マトヴェイが言う。「まだ出てくんのか。恐ろしいな、お前」

 彼女は遠い目をした。「だってヒラリーがいるうちにできること、やっとかないと。曲作りも、ヒラリーがうたうのは一緒にいる時のほうが覚えやすいでしょ。それに私たちだけだと、気を緩めたらなんでもかんでもロックにしようとしちゃう」

 パッシが同意する。「それは言えてる」

 「ごめんね」ヒラリーはあやまった。「いつもジョエルのところに泊まるんだけど、あんまり来すぎるっていうのも、ベンジーやみんなに迷惑がかかる気がして──」

 ベラはふと思いついた。「うちに泊まる? 残念ながらソファで寝ることになるけど、ひとつはソファベッドだし。私はソファだろうとラグだろうと眠れるし。そしたら夜うちで作詞して、次の日に作曲っての、できる。平日でもディックとヤンカはいるから」

 「いいの?」

 「あなたがいいなら。私はひとり暮らしだから、誰に気遣うこともない。他にも作りたいのがあるから今週の平日はパスだけど、とりあえず今週土曜の夜とか。来週からは、どっちも予定がなくてあなたが来られそうな時、平日でも週末でも。シンガーとしてじゃなくて、作詞作曲者としての扱いで夏休み中の交通費出せって、あとでディックに言うから」

 「交通費はいいわよ、そんな──」

 ヒラリーの言葉をエイブが遮る。「そうすればいいよ。ベラが押したらディックは必ず折れるから。遠慮することない。いつもベラの手伝いしてくれてるし」

 「もらえるもんはもらっとかないとな」と、マトヴェイ。

 彼女は嬉しそうに笑った。「じゃあ、そうする」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 翌日月曜、午後になろうとしていた頃。

 午前中にたっぷりと眠ったベラは、携帯電話の番号とアドレスがまた変わったと、メールを送って周りに知らせた。ブラック・スターのスタッフたちに対してもこのタイミングだった。午前中に手続きをしたという設定で、“無駄に質問するようなら縁を切る”とメールに書き添えたので、理由や方法を訊いてくる者はいなかった。その代わり、いつ遊べるのだという電話がしつこいほどあったことは言うまでもない。

 それから木曜までは、主にディックとヤンカと一緒に、あれこれと詞を書いては曲を作り、レコーディングしていった。特に結婚生活を書いた“I Could Get Used To This”という曲は、やはり奇跡だという声がうるさくあがる中、ヤンカが大喜びだった。ベラにとっては、ヒントが多く見えたからそれが書けただけで、結婚生活を信じてるとはやはり、言いがたいのだけれど。

 火曜と木曜の夜にはアゼルのコンドミニアムに行き、また夕食を作った。彼はやはり、イリヤを落とせという意見を変えない。“Sk8er Boi”と題した詞を見せると、聴かせれば完全に落とせると断言した。

 ベラは少々後悔していた。自分になにかをしたからといってアゼルが怒ってくれるのだとすれば、素直に嬉しいと思える。だがそれが最悪、また彼を失うことになるかもしれないのだ。

 なにかあっても言わなければ済む話なのかもしれないものの、おそらく自分は言ってしまう。隠し事はしたくないし、彼にすべてを知っておいてほしい。タイミングを逃して言えなかったことももちろんあったが、そうでなければ昔はずっと、彼にはそうしてきたのだから。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 土曜日。すでにオープンしたブラック・スターはいつもどおり、客とバンドたち、スタッフたちで賑わっている。

 地下二階で夕食をとり終わってメインフロアへあがったベラに、友人と一緒に来ていたイリヤが声をかけた。二人はドリンクバーのカウンターに並んで座り、カフェオレと微糖コーヒーを注文した。

 「めずらしく二週続けて来た」とベラが言う。「どーしたの」

 イリヤが答える。「十時から連れと走りに行くから、その前の暇つぶし」

 「友達は“その前のナンパ”、しようとしてるみたいだけど」

 彼は笑った。「女連れてくほうが盛り上がるからな、いろいろと。まあ引っかけらんなくても、他の奴らが女連れてくるだろうから、べつにいいんだけど」

 「そんなに大勢で行くの?」

 「大勢ってほどでもねーかな。“クイーン・オブ・ザ・ナイト”っていう族、知ってるか? 暴走族」

 そういう不良たちを知ってると思われていることそのものが、彼女には心外だ。「知らない」

 「ま、エイト・ミリアド方面のチームだしな。それの一部が集まる。なんのイベントってわけでもないから、単車やスクーターだけで言や十から十五台くらいだろうけど。人数は二十ちょいくらいか」

 「あなたもチームのメンバーなの?」

 「いや、単車持ってるからってだけ。走んのはいいけど、正式にチームに入るといろいろ面倒なんだよ。上下関係うるさいし、集合かかったら行かなきゃなんないし。今は特に、なんか西のほうのギャングとモメてるらしいし」

 西のほうのギャングといえば、ベラにはブラック・ギャングしか思いつかなかった。それでもそんな存在を知っているなどと言うわけはない。「へー」

 大学生がカフェオレと微糖コーヒーを二人の前に置くと、続いてヤンカがサービスだと言ってチョコレート味とバニラ味のアイスクリームをくれた。

 「ご機嫌なのよ、彼女」ベラがヤンカの後姿を示しながらイリヤに言う。「今週作った曲がツボだったらしくて。あと先週のもかな。旦那ともいつも以上に仲いいの」

 彼が笑う。「詞は? お前が書いたんじゃねーの?」

 「よくわかったわね。書いたわよ。だから私にだけ、無駄にやさしい」

 「うたわねーのか」

 「それは私がうたうのじゃない。今シンガーの姉様たち二人が覚えてる最中。来週以降なら聴けると思う」

 「へー。んじゃそのうちだな。あれは? 俺とアホ女の」彼はとうとう、“ロッタ”という名前を口にするのをやめたらしい。

 「もちろんできてる。なんならうたうけど」ベラは答えた。「とりあえずアイス食べようよ。溶けちゃう」

 「チョコとバニラ、どっちだ」

 「どっちでも。あなたは?」

 「どっちでも」

 「じゃあ両方私が食べる」

 イリヤはまた笑った。「なんでだよ。おかしいだろ」

 「チョコのあとにバニラ食って、またチョコ食べる。これがいちばん」

 「んなわけあるか。んじゃ半分ずつ」

 アゼルの言う“脈あり”というのが、ベラにもわかった気がした。

 「オーケー。じゃあ先にバニラ食べる。チョコで締めたいから」

 二人は本当に、アイスクリームを分けて食べた。彼女にしてみればそれそのものはたいしたことではなかったのだが、ドリンクバーを担当するバイトの──以前酒を飲もうとしたベラを怒り、そのことを無線を使ってスタッフたちに告げ口した──大学生のにやつきのほうが気になった。

 アイスクリームが乗っていた皿をさげてもらったところでイリヤが訊く。

 「お前、オトコは? いつ来ても、それっぽいのがいねーよな」

 ベラの中でまた迷いが生じた。口説かれたくなどない。なにかされたあとでアゼルが怒ってくれるのなら嬉しいとは思うが、面倒はキライだ。なのにけっきょく、アゼルの言うことを聞くしかない気がした。

 「来るわけない」と彼女が答える。「来たことないの」

 「なんで」

 「私がここでうたってるのが気に入らないから」

 「は? 嫉妬?」

 「まさか」アゼルは嫉妬などしない。イリヤのことは単におもしろがっているだけで、彼が施設に入っているあいだに他の男となにがあったかを訊いたのは、彼にとっては単なる確認であり、今後彼が浮気してもこちらにはなにも言う権利がないと言いたかっただけだ。「私、もともと目立つのがキライでね。ずっとそう言ってたのに、突然ここでうたいはじめちゃったから。それに、あることないこと詞に書いて歌にしてるし。そうじゃなくても喧嘩ばっかりなのに」

 「ふーん」彼はおそらくよくわかっていないだろう。ベラ自身も、なにを言っているのかよくわかっていない。「長いんか」

 「半年ちょっとかな」彼女は適当に答えた。「去年末につきあいはじめたの。地元が一緒だから、昔から知ってはいたんだけど」

 適当すぎるくらい適当だった。メルヴィナたちにすら、“つきあってる男”のことを訊かれても──もちろんアゼルと再会するまえからの嘘の延長ではあるものの──“内緒”でとおしてきたのに。

 「何歳?」イリヤが訊いた。

 「十七歳。あなたと一緒」

 「マジか。どんな奴?」

 今も昔も、アゼルのことを説明するのがこれほどイヤになったことはない気がする。「浮気魔。女ったらし。自己中。短気」間違ってはいない気がするのに、それでもイヤだ。

 「へー。なんでつきあってんだ。こっちも問題なんだろうけど、お前のほうもかなり問題な気がする」

 ベラは苦笑った。「なんだろうね」アゼルは最近、やさしい。「よくわかんない。実は今も喧嘩してる」真っ赤な嘘だ。「たぶんもうそろそろ、別れるんじゃないかな」

 これほど自分の嘘がイヤになったこともないだろう。なぜこんなふうに言ってまでイリヤをその気にさせなければならないのか、本当にわからない。こんな嘘のせいで、意識しなくても、テンションが下がってしまう。

 「本気か」

 答えず、彼女は話を変えることにした。「いいもの見せてあげようか」

 「なに」

 リングでまとめた歌詞カードを取り、ベラはラミネートされた“One Kiss From You”の詞を探して彼に差し出した。

 「そろそろうたうやつ。もうひとりのシンガーと一緒に詞書いて、スタッフと一緒に作った。今日だけうたうの。あとは別のシンガーにまわる。だからあなたとロッタのをうたうの、そのまえかな」

 イリヤは歌詞カードをとって歌詞を読んだ。

 「アホ女とのは?」

 「用意してない。でも聴きとりづらいだろうから、あとで配ってもらう」

 「そりゃいい」

 微笑んでそう言うと、彼はドリンクバーにいるスタッフたちに見えないよう歌詞カードの束で自分たちの顔を隠し、ベラの腕を引き寄せて、キスをした。

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