○ Present
ベラはアゼルのコンドミニアムにいた。時刻は深夜一時をまわり、すでに日曜になっている。シャワーを浴びたあと、オレンジの照明をいくらかつけたリビングで“For You I'll Die”の詞を彼に見せた。
煙草片手にアゼルが言う。「これは確実に勘違いするだろ」
「Aメロとサビまでしか読んでないはず」
「女がいるっつってんじゃねーか」
「だって浮かんだんだもん。そういう感じの曲だったんだもん」
「意味わかんね」
返されたクリアファイルをベラがキャリーバッグに戻す。もうひとつ書きかけがあると言い、今度は作詞用ノートを開いて渡した。
「──確実にくる」
「別の子のために書いた詞なんだけど。しかもヒラリーと一緒に書いてる。インセンス・リバーの娘。来週の土曜あたりかな、一度だけ彼女一緒にうたう予定」
「ネタ元が誰かなんて言い訳しても、普通は信じねえよ。ひとりだろうと二人だろうと、それが耳に入ってくりゃ、たいていの人間は自分に言ってんだって思うだろ」
返されたので、彼女はノートもキャリーバッグに戻した。煙草を消したアゼルの左肩にもたれる。
「こんなので勘違いしたら、ただのバカよ」
「けど脈はあるよな。女とじゃなくてツレと店に来て、お前見つけたらお前に声かけるわけだから」
「ねえ、その言いかたは変よ。ただ話してるだけじゃない」
「女の愚痴言ってるわけだろ。別れんのも時間の問題。っつーか別れるとか別れねえとか関係ないかもな。いけそーなら口説きにくるかも」
倒れるように、彼の左脚を枕にして寝転んだ。彼を見上げる。
「二股ですか? こっちは相手の女知ってるのに?」
「けど仲が微妙だってのも知ってる。お前を落とせると思ったら、古い女は完全に捨ててお前に乗り換えるかも」
「古い女ってなに。私は古いの?」
「誰がお前の話したよ。どけ。灰皿テーブルに置くから」
「やだ」
「ひっくり返したら掃除すんのお前だぞ」
「明日早起きして掃除しようかな、リビングとキッチン。なにげに埃だらけだし」
彼はベラの髪を指で弄びはじめた。「また家政婦か」
「通い妻じゃなかったっけ」
「ようするに家政婦」
「立場が違うわこのやろう」
「口説かれてると思ったら、乗れよ」
「やだよ」
「お前が相手をその気にさせれば、糞カップルが別れる。惨めな大学生は女とヤれる可能性が高くなる。一石二鳥」
「その気にさせてガツンとフッてやればいいの?」
「なんならつきあえばいいんじゃね」
「やだっつってんのに」
「キスくらいはされるかもな」
「そしたらあのバカのこと、半殺しにしてくれる?」
「死なねー程度に殺してやる」
「それは殺すの? 殺さないの?」
「鍵とカード投げがやりたい」
アゼルは、去年ベラがチェーソン率いるブラック・ギャングと一緒になってやったことを、マルコから聞いて知っている。一度ではあるものの、チェーソンにも会ったらしい。
手を伸ばし、彼女は彼の頬に触れた。
「そしたら殴らなくてすむ?」
「殴っても捕まらなきゃいんじゃね」
「そういう問題なの?」
「殴ってほしいのかほしくねーのかどっちだ」
「怒ってもらえるのって嬉しいのね。知らなかった」
「あほだろ。誰も怒ってねーし。いいからどけって、灰皿」
渋々身体を起こすと、アゼルは右脇に置いていた灰皿をテーブルに乗せた。彼女の腰に腕をまわし、彼女身体を再び引き寄せる。
「寝るか。お前、寝そう」背後から彼が耳元で言った。
ベラはうなる。「でもまだ、ここ来て二時間も経ってない」
「だからやめろっつったのに」
「だって長電話禁止されてるし」
「けどお前、二、三十分くらいは話そうとするよな」
「せっかく電話するのに、すぐ切るってのもね」
「おかげで寝るのが遅くなる」
「だから、夏休み中はだいじょうぶだって。昼間のうちにできるだけ仕事終わらせる。毎日毎日うるさいバカ共の相手も」
「どーだか」彼女の首筋にキスをした。「お前の眠気覚ます方法って、なんだろな。寸止めしてやりゃ目は覚めるだろうけど、イッたら一気に眠気くるし」
「お菓子をくれるとか、ビールを飲むとか」
「ベッドルームのチェストの上に紙袋がある。取ってこい」
「なに?」
「さっさと行け」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
紙袋には携帯電話会社のロゴが書いてある。中には、ベラが使っているのとまったく同じの、赤い携帯電話が入っていた。
わけがわからないといった様子の彼女が訊く。「使えるの? これ」
「使えねーもんわざわざ買うか」と、アゼル。
「買ったの? くれるの? 使っていいの?」
「メインをそれにしたら、番号変えただのアドレス変えただのって言わなきゃなんねーから、面倒にはなるけどな」
「メインにしてもいいってこと? あんた専用じゃなくて?」
「それはそれでめんどくさいだろ。お前はストラップつけねーし、どっちがどっちだかわかんなくなるわ」
彼からちゃんとした“物”をもらったのは、彼の中学時代の学ラン以来だ。携帯電話を持ったまま、ベラはアゼルに抱きついた。
「長電話し放題?」
「それより寝ること優先しろよとは思うけどな。通話料ごときでまた話すはめになったり、振り込み額が減るよりはいいだろ」
そのとおりだ。彼はちゃんと、自分がイヤなことを知っていてくれている。
「目、覚めた」
「喧嘩しようと別れようと、それは払っててやる。遺産が入ってるほうの口座からの引き落としにしてるから、また俺がぶち込まれることになったり、仕事辞めても止まったりはしねえ。明細も取り寄せてないから、お前がどんだけ使ったかなんて俺にはわかんねーし。いくらでも使える」
彼女は笑った。「それで私はあんたに電話しすぎて怒られるのね、また寝不足だとか仕事に遅刻するとかって」
「だな。んで俺はありえねー眠気に襲われながら、よけーなことしたって後悔する。転送機能って手もあるかと思ったけど、それだとアナウンスが流れるらしいし」
「いい。しつこく訊かれたら適当に言い訳する。ストーカーがいたからどうにか番号だけ変えたって。電話確認はしたけど会わずにすんだって」
「適当だな」
「またあのヒトを捨てられる。嬉しい。ありがとう」




