○ Love Or Leave / For You I'll Die
「今日の私、久々にすごく機嫌がいい」ステージに立ったベラがマイクを使って言った。機嫌がいい理由はただひとつ、アゼルだ。「楽しいの。今日またひとつ、新しい曲ができた。数時間前にできたばかりの曲を、さっそくうたいます。もしかしたらみんなの中にも、身に覚えがあるヒトはいるかもしれない。でもこんな悩みすら、楽しんでるヒトたちもいると思う。この曲からさっきの“Better Off Alone”にいくべきだったかもしれないけど、まあ気にしない。歌詞カード、用意しなさすぎでごめんなさい。他の曲もそうだけど、ちゃんとカード見ながら聴きたいってなったら、日付指定でスタッフにリクエストを伝えるか、当日リクエストで歌詞カードを要求してください。とりあえず今日は、聴きとってもらえるよう努力してうたいます。いきます。はじけます。“Love Or Leave”」
ベラだけでなくディックもかなり満足した、“Brick By Boring Blick”とはまた少し違った、かなりノリのいい音楽がフロアに流れはじめる。彼女はうたいはじめた。
また同じ道を辿ろうとしてる
言い訳との葛藤
情よりも理由が必要なのに
くだらない感情に振り回されて
反論もせずに口を閉ざしてしまう私
こんな章の終わりになんかに
慣れるべきじゃないのに
なにが正しいの
いつもどこか諦めてる
なにが悪いの
愛を優先してたのは間違いなのかもしれない
今あなたを愛するべき? それとも別れるべき?
毎回そんな決断に迫られてる
今度こそうまくいきますようにって願うけど なにも変わらない
今あなたを愛するべき? それとも別れるべき?
もしも私が本気であなたを断ち切ったら
あなたはすべて忘れて 次に行くのかな
お互いに悪い部分はある
ちっぽけなプライドのせいで意地を張る
譲り合えないのが私たちの悪い癖
理由が積み重なって別れるのに
時が経てばどうでもよくなってしまう
その場しのぎで切り抜けてる
保証なんかないってわかってるのに
助けてよ
ぬかるみにはまってる気がする
わからないの
私は誰と戦ってるの 相手はあなた? それとも自分?
今この愛を選んだら 次の終わりはいつ来るの
こんな不安を抱えたままじゃ眠れないよ
もう数えたくなんかない
何度誓って 何度それを破ったかなんて
ただあなたを永遠に愛したいだけなのに
今あなたを愛するべき? それとも別れるべき?
毎回そんな決断に迫られてる
今度こそうまくいきますようにって願うけど なにも変わらない
今あなたを愛するべき? それとも別れるべき?
もしも私が本気であなたを断ち切ったら
あなたはすべて忘れて 次に行くのかな
どうしよう どうすればいいの
あなたはどうするの
どうしよう なにが私たちに必要なの
なぜ私たちは
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閉店後、赤白会議室にベンジーが来た。テーブルに腰かけた彼は、わけのわからないことをベラに言った。
「なんかお前とロッタのオトコ、そのうちひっつきそーな雰囲気になってる気がすんだけど、気のせい?」
「あるわけないじゃない。興味ないしそんなことする気もない。詞のインスピレーションはもらったから、感謝はしてるけどね。それよりピートは? けっきょくどうしてるの、あれ」
「それがよくわかんねー。オレらはメルとかとよく遊ぶだろ、マーヴィンとフィービーがくっついてからは特に。ロッタは何事もなかったように連絡してくるし、メルたちと遊ぶ時もたまに来る。よくわかんねーから、ピートも普通に相手してる。ただルースは気に入らないっぽいな。ただの男好きだろうからやめとけってピートに言ってるし、あんまつるみたがらねーんだけど」
「ほんとによくわからないわね。ロッタは、イリヤの話はするの? オトコの話」
「たまにする。メルたちが話聞こうとしないから、細かいことはわかんねーけど。喧嘩が多いとか、浮気魔だとかどうせ遊ばれてるとか、なんでつきあってんのかわかんねーとか。あと別れるって言ったらキレられるとか。そんなのは言ってる」
少々初耳なことが入っている。「なにそれ。ほとんどこっちと一緒じゃない」
ベンジーは肩をすくませた。
「だな。ただここだけの話、ピートに脈があるかっつったら、ビミョーだ。ロッタはオレらにも連絡よこすからな。その気があるように見せるのはピートにだけなんだけど──ルースからすりゃ、誰にでも愛想振りまきつつ、自分に気がある奴にそれっぽく振る舞ってるだけだって。で、ピートがそれに引っかかってると」
ルースの意見は、ベラにもわからないわけではなかった。そういうタイプの人間は確かに存在する。相手の気持ちに勘づいているという意味でならそれは、男でしか見たことがないけれど。
彼女は質問を返した。「ピートはそれ、わかってて相手してるってこと?」
「それなりに? ルースが忠告してるけど、もうどうでもいいとかっつってるみたいだな。変に意地っ張りだから、一度は喰えると思った相手を喰わずに引くってのがイヤっぽい。あとメルたちのことはキライなわけじゃねーから、なんかロッタとだけ距離置くってのもな、やりにくいだろ」
彼らはまだ、彼女たちが仲良しだと勘違いしているらしい。
「でもオトコがいるって知ってるわけだから、あからさまに押しにかかるのも変よね」
「それだよ。ルースと違って、オレやジョエルはなにがなんでも落とせって言うタイプなんだよな。なんかムカつくだろ、このまま引くって、負けたみたいで」
なぜ彼らが必死になるのだろう。「オトコがいるってわかったからって変に遠慮して、みんなで遊ぶなんていうまわりくどいことするからダメなんじゃないの? もう二人で遊ばせればいいじゃん」
彼は力なく笑った。「それがなー。ピート、ルースの影響で最初はがっついてみせるんだけど、根はピュアなほうだからな。普段はぜんぜんそんな素振りないけど、実は奥手。二人で会っても相手からの押しがなきゃ、ただドライブして飯食って終了なんだわ」
「掴む気がないからかもしれませんが、ピート像がいまいち掴めません」
ベラがそう言うと、少し悩んだ素振りを見せた彼はテーブルに腰かけたまま腕で身体を支えて半分寝転ぶような体勢になり、“耳を貸せ”と言うよう手振りをして彼女を招いた。ドアの鍵は閉めているしその必要はないだろうと思いながらも、ベラはテーブルに身を乗り出した。
「言うほど女の扱いに慣れてない」彼が小声で言う。「イイ奴だから女のツレはそれなりにいるけど、モテるわけじゃねえ。モテんのはルースのほう。あれは本物の遊び人。ルースとピートは中学からのつきあいだからよく一緒にいて、ピートもノリはいいしよく喋るから、両方女慣れしてるみたいに見えるけど。蓋開けてみりゃ、ピートはそういうんじゃねーんだよ」
彼女は納得した。「ああ、なるほど」
そう振る舞っているだけと言える部分もあるのだろう、ようするに、エルミの男版のようなものだ。もっとも彼女は行動が空回りに終わるばかりで、地元では相手にされず、男友達は多くなかったが。
彼女が結論づける。「つまりルースにひっついてる、みたいな感じなわけね」
「そこまでは言わねーけどな。ま、そう見る奴もいるってことだ」
ベラの携帯電話にディックからの着信が入り、彼女は応じた。片づけが終わり、幹部とケイト、キュカとエルバを残して他は帰ったという報告だ。メインフロアの準備もできたらしい。すぐに行くと言って電話を切った。
「準備できたって言ってるから行かなきゃ」と言い、ベラはエグゼクティブチェアから立ち上がった。
「準備? 帰る準備か?」
「違う。シークレットライブ」
「なんだそれ」
キャリーバッグに手をかける。「一曲だけね、ヤンカが作った曲に詞をつけたから、それをうたうの。みんなはじめて聴く。歌詞すら知らない」
「マジ? オレも聴いていーんか、それ」
「いいけど、ロックじゃないわよ。ピアノバラード」
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マトヴェイが機材にディスクをセットすると、ヤンカの作ったピアノの音楽が流れた。ステージに立ってマイクを握ったベラは、なにを考えるわけでもなく、ただ自分がメロディの中に感じたキャラクターになりきって、“For You I'll Die”と名づけた曲をうたいはじめた。
夏の終わりが近づく
また少しあなたが遠くなる
もう何度目だろう
グラスに挿した一輪の花は
けっきょく枯れてしまった
なのに私の愛はまだ眠らない
どのくらい待てばいいの
どうやって受け入れればいいの
期待させたあとのその裏切りを
だって
あなたが見せてくれたものは輝いてた
他のなによりも
あなたが私の瞳にみた未来を
私もみていたのよ
目の前で彼女と一緒に笑うあなた
なぜわからないの
あなたのためなら私は死ねる
泣きたくなくて
この歌をうたってる
この心をあなたに届けたくて
床に落ちた一滴の雫は
時間が経つと乾いてしまった
なのに私はまだ希望を捨てられない
どのくらいあなたを待てばいい
どうやって伝えればいい
今 私のことをどう思ってるの
あなたのためなら私は死ねる
いつになったらわかってくれるの
あなたが命をとり留めるなら
私はこの血をすべて捧げてもいい
いつになったらわかってくれるの
あなたが本当に望むのなら
私は海の底に沈んだっていい
だって
あなたが見せてくれたものは輝いてた
他のなによりも
あなたが私の瞳にみた未来を
私もみていたのよ
目の前で彼女と一緒に笑うあなた
なぜわからないの
あなたのためなら私は死ねる
あなたのためなら私は死ねる
うたい終わると、壮大だ、めずらしくメロメロの恋歌だ、などという感想が飛び交う中、席を立ったヤンカがステージの柵越しにベラを抱きしめ、ありがとうと言った。
その言葉の理由は、キュカとエルバとベンジーが帰ったあと、幹部メンバーとケイトだけではじめた飲み会の席でわかった。
数年前、ヤンカは流産を経験した。そしてその流産の結果、ヤンカは子供ができない身体になってしまった。自分を責め続けた彼女は一時期手がつけられないほど自暴自棄になり、夫であるヒルデブラントにも八つ当たりして、いつものような冗談ではなく、本気で別れると言ったことがあった。離婚届にサインし、もらった指輪と一緒に突きつけたそうだ。けれどヒルデは応じず、それどころか彼女に婚姻届と新しい指輪を用意して、ヤンカに二度目のプロポーズをした。
感動を通り越して呆気にとられたヤンカは、思わず大笑いしたらしい。そしてそのプロポーズを受けた。そこからふたりの新しい人生がはじまったと、ヤンカは少し照れながら、懐かしそうに語った。この曲は、その時会えなかった子供のことを想って弾いた曲だ。
婚姻届といえばと思い、ベラはゼインとサビナのことを話した。高校生と中学生でそれをできるのはすごいと、ヤンカはなぜか褒めていた。そして言いきった。そのふたりは必ず結婚するわね、と。
曲のほうは、キュカがうたいたいと言っていた。イメージ的にいえばキュカだという意見が多かったので、ヤンカのピアノなのにと怒っていたエルバは折れるしかなかった。キュカがうたうとシャレにならないような気もするのだが、彼女はぜんぜん気にしていないらしい。




