○ Better Off Alone
キーズ・ビル地下二階、赤白会議室。
完成した音楽に合わせてベラがうたい、それが終わると、ディックは満足そうな顔をした。
「天才的だな」
「だよね」と彼女も同意する。「メロディもテーマも、突如頭の中に浮かんだとおりよ。このノリでこの歌詞、最高じゃない?」
「だな。なんならライブでやりたいくらいだ」
「確かに。デトレフたちには、時間かけて覚えてもらお。それまでは私がひとりでうたう。あなたとエイブとパッシは、なんなら曲を分けて覚えられるけど。デトマトはそうもいかないし」
「まあな。つってもパッシはぜんぶ覚えようとするんだろうけど。バンド経験がないからあいつ、かなり楽しんでる」
「それはよかった。とりあえずオープンまでに雑用、できるだけ済ませる。兄たちが来たら、開店前にマッサージしなきゃだし」
「そろそろ値上げしてもいいんじゃないのか、あれ」
彼女は笑った。「いいの。そのぶんたまに夕飯奢ってもらってるから」
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オープンの時間が迫った頃、赤白会議室にこもっていたベラの元にヤンカがやってきた。
「昨日なんとなくピアノを弾いてたら、できちゃったの」
そう言った彼女は、ベラに一枚のCDーRを手渡した。
聴いてみると、ピアノの音だけが録音されていた。ICレコーダーで録音しながらピアノを弾いているとひととおりの流れができてしまったので、PCを使ってひとつの曲にしたのだという。
「ただ、問題があるの」とヤンカが言う。「聴いたとおり、詞のメロディは考えてないの。曲を作ろうって意識したわけじゃなくて、なんとなくできちゃったものだから。難しければそのうち、こっちでどうにかするけど──」
「書く」ベラは言った。「書ける。メロディも作る。平気。頭に浮かんだままを詞にする。テーマ、なんでもいい?」
「いいけど──だいじょうぶ?」
「うん。できるだけ今日中に仕上げる」
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オープン後、メインフロア。
先日“A Cup Of Coffee”を聴いて泣いてしまった客がまた来ていて、ヨリを戻せていないどころかまったく見込みがなく、相当落ち込んでいるという情報が入った。
ベラは先日できたばかりの曲を持ち、ステージに立った。拍手の中、マイクを使って彼女が言う。
「自分が本当に一緒にいるべき相手は誰なのか。それはわからない。でもこれだけは言いきれる。別れたほうがいい相手ってのは、絶対いる。もっと客観的に捉えたら、時間はかかるかもしれないけど、わかるはず。そのうちきっと、ぜんぶあほらしくなる。なんでも考えかたしだいだと思うから」
言葉を切り、彼女は左手をあげた。
「私、指鳴らせないの。だから指鳴らせるヒト、私の代わりに次の曲を流す合図をしてください。私は指で三から一までカウント、“ゼロ”で腕を振りおろします。それと同時に指を鳴らしてください。んじゃいきます。“あれは間違った相手だったんだ”って悟る新作、“Better Of Alone”」
彼女は高々と挙げた左手で三から一までをカウントし、“ゼロ”で腕を振り下ろした。同時に半分以上の客たちが指を鳴らす。曲がはじまった。
先日泣いた客には、ケイトの手から歌詞カードが渡された。他の客たちがベラに合わせて手拍子でリズムをとる中、彼女はうたった。
突然、自由になんでもできる気がしてる
あなたとの時間の片隅で 自分がなにに怯えていたのかわからない
空気を換える それだけで新鮮な気分を味わえる
ずっと忘れてたの
あなたの世界に閉じこもってたから
だけど今は違う
どこにだって行ける
なんだってできる
選択肢が増えた
あなたといた時より自由なの
あなたはあなたの道を行ってよ
私は私の道を行く
これってすごく簡単なこと
派手なドレスを着られる
好きなものを買える
世界のすべてが変わった
もう我慢なんかしない
私は私の道をいく
今ひとりでもすごく幸せ
寂しくなったら夜の街に飛び出すの
人混みに紛れてればぜんぶどうでもよくなる
行き詰まったときは叫びながらロックをうたうわ
あなたがキライだったあの歌を
だってもうあなたはここにいないし
そんな権利もないでしょ
窮屈なあなたの世界
退屈で静かすぎる
どうして平気なの
刺激のない日々
愛に隠れて見えなかった
ぜんぶあなたのエゴでしかない
あなたの名前も番号も もうリストの中にないの
すべて手遅れ あなたのことなんかもういらない
どこにだって行ける
なんだってできる
選択肢が増えた
あなたといた時より自由なの
あなたはあなたの道を行ってよ
私は私の道を行く
これってすごく簡単なこと
派手なドレスを着られる
好きなものを買える
世界のすべてが変わった
もう我慢なんかしないよ
私は私の道をいく
今ひとりでもすごく幸せ
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ドリンクカウンターの隅に座ったベラは、数時間前にヤンカから預かった曲を、CDプレーヤーとヘッドフォンを使って聴きながら、レポート用紙に詞を書いていた。
金曜の営業を開始してからというもの、一日の出演バンド数に少々の差が出ることもあり、いつ呼ばれるかわからないので、最近は営業中でもよく、メインフロアの隅で詞を書いている。スタッフたちが言ってくれるので、よほどでなければ客たちにも邪魔はされない。
ヤンカから預かったのはピアノバラードだった。それもとても哀しそうな曲だ。彼女がなにを思ってピアノを弾いていたのかはわからないし、訊くつもりもないので、ベラは頭の中でメロディを組み立てて詞をつけていくという方法をとった。
やっと一番のサビまでを書き終えたベラは、一息つこうと音楽を停止してヘッドフォンを首にかけ、バイトの大学生にカフェオレをオーダーした。すると、隣にイリヤが座った。
「来てたの」
「今来た」と彼が言う。「なにやってんだ」ベラのレポート用紙を覗きこんで小首をかしげた。「──歌詞?」
「そう。音楽聴きながら」
「え、お前曲作ってんの? 他のも?」
「曲はスタッフと一緒にだけどね、作詞はしてる」
「マジか。店的には半分カバーで半分店のオリジナルだってのは聞いたけど、お前が作ってるとは思わんかった」
ベラは笑った。「基本的に性格悪いテーマばっかりだけどね。お客さんたちから話聞いたりして、書けそうなのは詞を書いて曲にするの。そういえばあなた、あんまり長居しないから、私がうたうところにそれほど遭遇してないんだっけ」
「だな。こないだ会った時にうたってた二曲? は聴いたけど」
おそらく“A Cup Of Coffee”と“Me Without You”だ。
頼んだカフェオレが出てきたので、お金を払うついでになにか飲むかと彼に訊いた。微糖コーヒーという答えが返ってきたので、ベラは千フラムを渡してイリヤのぶんも頼んだ。そしてそれはすぐ彼のもとに届いた。
「頼みがあるんだけど」と、ベラが彼に切りだす。
「なに」
「頼みって言いかたはおかしいかな。完全にじゃないんだけど、あなたとロッタみたいな関係をモデルに、詞、書いてもいい?」
「そやって言われたら怖えーな。けど別れたり戻ったりしてる奴らって意味なら、そんなんいくらでもいるだろ」
「そう、いくらいでもいる。と、思う。でも今私の身近でいちばんそれをしてるの、あなたたちなのよ。だからあなたたち色が濃くなると思うのね。どんなのにするかはまだ決まってないんだけど」
「ふーん。ま、いーんじゃね」
「後悔しない?」
「なんで脅しみたいになるんだよ。べつにいいだろ。俺らがどうこうとか、誰にわかるわけもないだろうし」
「それはそうよ。でもロッタにはわかるかもしれない」
「あいつがどう思おうと、それは知らね」
「また喧嘩したの?」
「いや。つっても、常に喧嘩してるよーな、してないよーな状態だし」
本当によくわからないふたりだ。「ちなみにね、勢いで詞書いて、今日できたばかりの曲があるのね。それもなんか、ひっついて別れてってのを繰り返してるカップルの曲になった」
「訊くまでもなく作ってんじゃねーか」
予想していた返しだったが、その速さにベラはまた笑った。
「違う。それっぽくなったけど、これはもっと、いろんなカップルに当てはまる。ちなみに訊きたいんだけど、ひとつ選ぶとしたらあなたはポップス派? ロック派? パンク派?」
「パンクだな」イリヤが答える。「ロックも聴くけど、それよかヒップホップのほうが好きな時もある」
「あら。ハードロックは?」
「モノによる。ポップスはあんま聴かねーけどな。っつーかそこまで歌が好きってわけじゃないし」
「ふーん。私は音楽なしじゃ生きてけないけどね」
彼が笑う。「そんな感じだな。っつーか曲作ったら、俺が次来た時、聴けんのか」
「だいじょうぶ。私は当日リクエストも受けつけるタイプだから。でも今のペースでいけば、あなたが次にくるのは再来週くらい?」
「たぶんな。あんま来れねんだよ。アホ女はうるさいし、ツレと遊ぶのもたいてい、ヴィレとかアーケードのほうだから。ここ、女は多いけど年上ばっかだし」
「まあね。ロッタたちを除けば、他は十九歳──大学一年って年がいちばん若いかな。ときどきスタッフや客の身内だとかで高校生も来るんだけど、エリアがエリアだからね、やっぱり気まずいみたい。常連にはならない」
「だろーな」
ドリンクバーにいるヤンカがベラに声をかけた。なんでもいいから一曲か二曲うたって空気を変えろとヒルデブラントたちが言っているらしい。
「行かなきゃ」と言って、ベラは立ち上がった。
「ちょうどいいわ。ロッタだ」
イリヤの視線の先にロッタがいた。常日頃からポーカーフェイスに近い彼女は、こちらに気づいているものの、不満そうな表情をまったくといっていいほど見せない。ひさしぶりの地味男、ウォルターやメルヴィナたちも一緒だ。
「さっき言ってた、あなたたちをイメージしたわけじゃないけど別れたりひっついたりしてる曲、うたっていい?」ベラはイリヤに訊いた。
「いいんじゃね。どんなのか知らねーけど、あいつが変に反応したらツレ放置してそのまま連れて帰るわ」
おそらくそんな心配はない。「うん」
イリヤの元へ来たロッタに軽く挨拶すると、ベラはレポート用紙を持ってその場をあとにした。




