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R E D - D I S K 0 4  作者: awa
CHAPTER 12 * SK8ER BOI
73/198

○ Sick Bay

 声が聞こえた気がして、ベラはふと目を開けた。

 見慣れない天井がある。額のあたりがずきずきしていた。それに、そこには不自然な感触がある。

 あくびをし、ゆっくりと身体を起こす。額から淡いブルーの濡れタオルが落ちた。彼女はベッドの上にいた。保健室だ。ベッドを仕切るカーテンが少し開いていて、そこから保険医と思われる、白衣姿に黒縁眼鏡をかけたボブカットの女が見えた。彼女がこちらに気づく。

 「あ、起きた?」保険医はこちらに来てカーテンを開けた。「覚えてる? 体育館でドッジボールしてて、男子の投げたボールが額に当たって倒れたの」

 ベラの頭はまだぼーっとしていた。が、なんとなく思い出した。体育の時間、体育館で男女混合のドッジボールをしていた。眠気なのか眩暈なのかよくわからないが、とにかくぼーっとしていて、敵チームからのボールを額で受けた。倒れた気がするものの、よく覚えていない。

 額を手で押さえながら「なんとなく」とベラは答えた。

 「そう。頭は打ってないと思うけど、もう予鈴が鳴るし、四限は休んでなさい。っていうかあなた、ちゃんと食べて寝てる?」

 「はい?」

 保険医は(説教してやるといわんばかりに)腕を組んだ。

 「気を失ってるのかと思ったけど、ここに運ばれた時にはもう寝てたわ。ぐっすりすやすやと。倒れたのは今から三十分くらい前かしらね。クラスの子が、眠そうだったしぼーっとしてたって言うから。もしかしたら貧血もあるかもしれない。それにあなた、入学直後の健康診断で“痩せぎみ”の結果が出てるでしょ」

 「それは昔からです」

 「ああ、太らない体質なのね。でもちゃんと食べなさいよ。太らないにしたって、身体に必要な栄養素ってのはあるんだから。あと睡眠。ちゃんと寝なさい。学校の体育の時間で、なにもなかったからいいものの、道路なんかだと大変よ。なにかあってからじゃ遅いんだから」

 知識ある人間というのは説教くさくてイヤだ。「はい」

 彼女は肩をすくませた。

 「とりあえず、もう少し寝てなさい。私は職員室にいるから、なにかあったら電話、内線の一番で連絡して」

 ベラは再びベッドに寝転んだ。

 「はーい」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 予鈴が鳴り終わったあと、足音とドアを閉める音で、保険医が保健室を出たのがわかった。シーツの下に携帯電話が隠されていることに気づく。ベラの携帯電話だ。メモが一緒にあり、“ほんとにびっくりした。先生が大丈夫って言ってたから、たぶん大丈夫なんだろうけど。暇になるかもしれないから、ポケットから発掘した携帯電話を置いときます。四限が終わったらすぐ迎えにくるね。ハンナと愉快な仲間たちより”、と書かれていた。

 こんな時間に携帯電話でどう暇潰しをしろと言うのだろう。などと思いながらも、シーツの中に潜り、ベラはアゼルに電話した。

 仕事中なはずなのであまり長く鳴らすつもりはなかったのだが、めずらしく、彼は二回目の呼び出し音の途中で電話に出た。

 「なに」

 「大変なの」と彼女が言う。

 「今仕事中」

 学校で彼の声を聞くというのは、とても不思議な気分だ。「無理なら切る」

 「んじゃ切れ。休憩してくる」

 「言ってることがめちゃくちゃよ」

 「用件はなんだ」

 「だから、大変なの」

 「なにが」

 「倒れた」

 「あ?」

 「さっきね、体育してたの。男女混合ドッジボール。なんかぼーっとしてたみたいで、額でボール受けちゃったらしくてね。気づいたら保健室でした」

 「なにやってんだお前」

 「わかんない。気失ったのかと思ったら、ぐーすか寝てたらしいです」

 「──なに。寝不足か」

 「よくわからない。寝不足か貧血じゃないかって、怒られた」

 「ふーん──で?」

 「え、なにその反応」

 「どーしろっつーんだ。もう会うのやめるか。会ったらまた寝不足になるし」

 「ねえ、セリフ間違ってる」

 「なにが」

 「そこは、迎えに行ってやろーかって言うところ」

 「──で? また寝不足になんのか」

 「ならないよ。明日終業式だから少々遅れても平気だし。店には、今日は行かないって連絡する。まあさすがに迎えは冗談だけど、午後の授業終わったら、一回家に帰って着替え持ってあんたのところに泊まって、そこから学校に行く。食事もちゃんとしろって言われたから、買い物行って食料買って、夕食作る。だめ?」

 「──作れんのか」

 「作れるよ、失礼だな。ついでに明日の朝食も作る」

 「けっきょく寝不足になりそうな」

 「もう夏休みに入るから平気」

 少し間をおいて、アゼルは吐息をついた。

 「──仕事、どうにかしてみる。四時すぎに電話しろ。出なかったら一回帰れ」

 自然と彼女の口元がゆるむ。「うん、わかった」

 「ひとつ問題があるんだけどな」

 「なーに」

 「調理器具の類は一切ない」彼は言いきった。「あと食器もほとんどない」

 「そこから!?」

 電話のむこうでアゼルは笑った。再会してからというもの、一緒にいる時に微笑むようにはなったものの、ちゃんと笑うことなどゼロに等しいのにだ。

 「そこからだな。だから早めに仕事あがんねーと、飯が遅くなる」

 「なんで言わなかったの、こないだ。作るって言ったじゃん」

 「けっきょく作らねーとか作れねーとかなったらな。買う意味ないし」

 「一年ぶんくらいはおばあちゃんの料理手伝ってたのよ。ナメんな」

 「俺が知ってる話は、オーブンのスイッチ入れただの盛りつけしただの、型抜いただのつまみ食いしただのがほとんどだからな」

 彼女が反論する。「それは料理手伝いはじめた頃の話でしょ。あんたがいなかった去年、これでもかってほど作ったっつの」

 「あんま嫌味言ってると行かねーぞ」

 ベラは黙ることにした。「ごめんなさい。もう言いません」

 「あほ」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 少し眠っていたのだが、音が聞こえた気がして、ベラはまた目を開けた。

 「あれ、悪い。起こしたか」セルジだ。

 「なにしてんの」

 「みやげ」と言って、彼は紙パックのストロベリージュースを彼女の目の前に置いた。学校にある自販機のジュースの中で、彼女がいちばん好きな飲み物だ。

 「ありがと」と答えて身体を起こす。あくびがでた。「っていうか、まだ授業中じゃないの?」

 「そだな。抜けてきた。歴史の波に溺れて寝そうだったから」

 つまりサボッたということらしい。「なに言ってんの。波に溺れたら苦しくて眠れないわよ」

 「たまに細かいよな、お前」ベッド脇にあるスツールに腰をおろす。「誰がボールぶつけたか、覚えてるか?」

 「覚えてない」彼女は紙パックにストローを挿した。「まさかあんた?」

 「いや、ニルス」

 「あいつか!」

 彼が笑う。「超気にしてた。ササがあとから殺されるかもとか言うから、さらにびびってた」

 「今度体育でドッジボールやることがあったら、五倍にして返してやる」

 「女ひとり倒すボールの五倍って、どんなだよ」

 「本気でやったらあんなもんじゃないの。本来なら得意なんだけどね、ドッジボール。相棒がいないと、どうもやる気になんなくて」

 「なに、相棒って」

 ジュースを飲んでから、彼女は簡単に説明した。「中学の同級生。私とタイプが一緒なの。男だろうと女だろうと、容赦なく剛速球投げる。二人で最後まで残ってね、球技大会のトーナメントで優勝したのよ、二年の時」

 「へー。お前でもそんなにやる気出すんだな。基本的に適当なんだと思ってた」

 「その時だけよ。去年のドッジボールは散々だったし。体育はキライじゃないけど、チームプレーってのが苦手。めんどくさい」

 「性格的には単独で突っ込むほうだよな。ハンナやマーシャは、お前はバレーボールでスパイク打つ時がいちばん生き生きしてる気がするって」

 彼女は笑った。「そーね。あからさまな“攻撃”だから。ゴールを決めるのとは違う。バスケやサッカーでゴール決めても、なんにも嬉しくない。可能性があるだけで、ヒトに向かってあからさまな攻撃ってできないじゃん」

 「なんだ。まさか攻撃したいのか。怪我させたいのか」

 「怪我とまでいかないよ。ただ突き指させたり思いっきりボールをぶつけたり──とか思ってたら、自分がされたわけだけど」

 「一学期最後の体育だからって、せっかく遊び感覚だったのにな」

 ベラは遠い目をした。「ほんとだよ。あんだけ人数いたら気が緩む。バレーボールとかバスケとかなら、人数少ないから常にボール意識してられるのに」

 「そういやお前、どうやってここに運ばれたか覚えてんの?」

 「瞬間移動?」

 「アホだろ。体育の先生に連れてこられた。若いしハンサムだから、女子たちが羨ましいってキャーキャー言ってた」

 「バカじゃねーの」

 「ハンサムとかの感覚がわかんねーっての、マジだったんか」

 「わからない。どうでもいい。他人に興味ない」

 彼は身を乗り出した。

 「んじゃ、質問」

 「なに」

 「なんでジャックのこと、キライなわけ?」

 以前カラオケに誘われた日の翌日、ジャックだけは連れてこないでくれと彼に言った。ジャックを避けているのはサイラスの甥っ子だからだ。同じ学校の人間に、ブラック・スターのことは知られたくない。

 「キライってわけじゃない。嫌うほど知らないし。でも苦手。ああいう聖人タイプは苦手。誰にでもやさしいみたいな男は無理。モテる男も、周りの詮索がうざくなるから興味がない。話が合わないのは話さなくてもわかる。それに彼、カノジョがいるみたいだし」サイラスからの情報だ。「カノジョ持ちの男とも関わりたくないの。めんどくさいことになりたくないから」

 「──なんか、こっちがグサグサと攻撃されてる気がすんのはなんでだ」

 「意味わかんない」

 「どうせカノジョなんかいねーし。聖人でもないし。モテないし。誰にでもやさしくとか無理だし」

 物事は捉え方しだいだ。「ついでに、ひとつ教えといてあげようか」

 「なに」

 「あんたやニルスと話すのは、席が隣だってのもあるけど、それほどジャックとつるんでないから。あからさまにつるみだしたら、私はあんたたちのことも避ける可能性があります」

 「マジでか。どんだけ苦手なんだよ」

 「優柔不断な人間は見てるだけでイライラするでしょ」

 「ひどいなお前」

 どれもサイラスから聞いた話から導き出した答えでしかないが。「ま、この学校、登校日もないみたいだし。しばらく顔見なくてすむ」

 そう言うと、彼女はまたジュースを飲んだ。

 「──暇な時、一回くらい遊ぶか。みんなで」セルジが言った。

 「みんなって言っても、ササやネアなんかは、こっち来るまでかなり時間かかるし」

 「無理にみんなとは言わねーよ。市内の奴だけでもいーし。まえのカラオケの人数ほど揃えなくていいだろ」

 「で、なにすんの」

 「カラオケ?」

 ベラは笑った。「絶対イヤ」

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