* A Cup Of Coffee
「ねえ。いつになったら部屋に入るの?」
ベラはアゼルに訊ねた。時刻はすでに午前一時を過ぎ、日付は六日になっている。コンドミニアムのアゼルの寝室にいて、ベッドの上、彼女は彼の腕を借りて彼と向き合っていた。
アパートメントまで迎えに来てくれたとしても、アゼルは部屋に入らない。食事はいつもどこかで食べるか外で買うかで、アパートメントまで送ってくれたとしても、あがらずに帰ってしまう。
「入る用がない」と、目を閉じたままアゼルは答えた。
「まあそうだけど」
「寝そう」
ベラは彼の頬を撫でた。
「夏休みになったら、もうちょっと泊まりにきていい? 平日」
「送んのめんどくさい」
「平日は送らなくていい。タクシーで帰る」
「続けたら金いる」
「じゃあバスで帰る」
「めんどくさいな。睡眠優先したらヤる時間ないし」
「それは考えなくていいかと」
「夜はともかく、朝は起きて用意して仕事行くだけ。意味なくね」
「ひとりで寝るより、一緒に寝るほうがいい」
「ヤること優先して、仕事に遅刻する気がする」
「何時に行くの?」
「九時前に行きゃいい。起きるのは七時くらい」
「起きるの早いな」
「シャワー浴びるしコンビニ寄るからな。朝飯買いに」
「じゃああんたよりちょっと早く起きて、朝食作ってあげる」
彼は目を開けた。「昔は作れっつっても作らなかったくせに」
「せっかくレシピもらったんだもん。作らなきゃとは思ってた。今はバタバタしてるから無理だけど、もう夏休みに入るし、やってもいいかなって」
また目を閉じる。「夏休みは朝から晩まで店に閉じこもるもんだと思ってた」
ブラック・スターで仕事をしていなければ、毎日でもここに泊まりにこられた。そうでなくても彼が戻ってきたのは、金曜の営業を決めたあとだった。自分が拒否していれば金曜の営業を先延ばしにできたというのも確かなので、早まってしまったのかもしれないという考えがまだ、ベラの頭に残っている。
彼女は彼の胸に顔を寄せて抱きついた。
「週末以外はできるだけ、あんたが仕事してるあいだに仕事終わらせる」
アゼルは彼女の髪を撫でた。
「それよりお前、無駄に長電話しようとすんの、どうにかしたほうがいいんじゃね」
「なんで?」
「あんま使ってると通話料がかかる。度超えたら控えろって電話くるかもしんねえ」
「きたことない」
「だから、あれを週に一回か二回、しかも毎週続けてたら。なんも言われなくても、振込み額は減るかもしれねえぞ」
意味を理解した。可能性はある。指定した番号への通話料金が一定で済むというプランというのがあり、今からでもインターネットを使ってアゼルの番号を設定することは可能なものの、万が一母親に彼の番号を知られてしまったらと考えると、それもできない。
「なら、控える」振込み額が減るのはイヤだ。お金は貯め続けたい。彼に会いたくなった時のタクシー代にもなる。特別なことでもない限り、ディックが他の幹部たちと同じ扱いで手渡してくれる、ブラック・スターのじゅうぶんすぎる給料だけでやっていけるけれど。「ねえ、訊いていい?」
「なに」
「昔買ったスクーター、どうしたの?」
「あいつらんとこにある。施設に運んだ。つっても行動範囲や自由時間は限られてるから、しょっちゅう乗りまわせるわけじゃねえけど」
「無駄になったわけじゃなかったんだ」
「実家から学校に通う奴もいるみたいだしな。そいつらだってスクーターだの電車だのを使うから、寮に入る奴が使えないのはおかしいって話」
「あんたは買ってないの?」
「いらね。すぐそこにコンビニあるし」
「マスティとキスしたことは怒らないの?」
「なんだいきなり」
「あいつにキスしてもいいって言ったあんたの心境が、今でもわからない」
「どうでもいい」
「あんたがいなくなったあと、またしてる」
彼は再び、彼女の視線を受け止めた。
「──俺が施設入ったあと?」
「そう。なぜかあいつ、すごく落ち込んでて。なんかムカついたから、怒らせた。その勢いで、された。勝手にしたのはあいつだけど、私はされるのわかってて怒らせた気がする」
「なんで今言うんだ」
「黙ってるのもどうかと思って」
「だったらなんでこないだ言わなかったんだよ」
「数に入れるのかどうか、わからなかったから」
「まあ入れねえよな。その前に俺の目の前でしてるし」
「させたのはあんたじゃない」
「殴ってでも拒否すればよかったんじゃね。目覚ますのが目的だったんだし」
「そんなめちゃくちゃな」
「よかったな、ブルにはされなくて」
そのとおりだ。ベラは彼の首に腕をまわし、彼にキスをした。
「たぶんマスティ、あわよくばって思ってた」
「──なんで」
「なんか変だった。キスもそうだけど、私がスクーターに座って煙草吸ってたら、うしろに乗ってその煙草とったり。肩組んだりするのは昔からだったけど、雰囲気が違ってた。さすがの私も、なんか変だって思うくらい。狙われてるのがわかるくらい。だから言ったの、あんたがなんかやらかしそうだ、みたいに。そしたら、“未亡人てよくね”、みたいなこと、言ってた」
「──お前さえその気になったら、慰めよーとしたんだろ」
「それこそイヤじゃないの? あんたもマスティも」
「あいつがどう思うか、なに考えてたかなんて知らねえよ」
そう言うと、アゼルはシーツの中に潜った。
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ブラック・スターのメインフロア──ベラはエルバと二人、客たちの拍手を受けながらステージに立った。“A Cup Of Coffee”の曲が流れる。
この詞のヒントをくれたのは、マルコだった。彼と最後に会った日に聞いた話が元になっている。去年末、こちらからの電話で一緒にいた女を置きざりに彼が自分のところに来てくれたと知り、その女の気持ちを書いた。
誰にでも起こりうること──それを曲にしたかった。ややこしい書きかたをしてしまったせいで、曲作りはディックと一緒にずいぶん悩んだ。
最近のエルバは、コーラスを楽しむというベラの考えかたにずいぶん賛同してくれている。やりたいようにうたわせようとしてくれているらしく、一緒にうたえるものでベラがコーラスにこだわったものは、ベース部分をしっかりと覚え、彼女につられないよう努力していた。
ある日町で声をかけてきたあなた
私が答えて、この恋がはじまった
ときどき会いにきてくれて
私はまっすぐ恋に落ちた
共通点を探したわ
あなたとのあいだに
だけどそんなの見つけられなくて
だけどそれは哀しいことじゃなくて
だからこそ惹かれてた
あなたに
あなたは知ってることを話し
私も知ってることを話した
思いもしなかったの、まさか
そういう時間が無意味だったなんて
最初に言ったわ
散らかっててごめん
次に訊ねた
コーヒーでいい?
あなたの電話が鳴って
そうしたら、今すぐ行かなきゃって
あなたは私にそう言って
部屋を出てしまった
一杯のコーヒーを
飲むこともなく
なにが起きたのかわからなくて
置き去りにされて、独りになった
次の約束をすることもなく
一杯のコーヒーは
熱を失って
もしかしたら展開を
急ぎすぎていたのかもしれない
あなたの気持ちも確かめずに
気持ちはここにあると勝手に思い込んだ
私は浮かれてただけ?
あなたにとっては遊びだった?
最初から、そんなに簡単だった?
他のひとを想ってるの?
あなたも恋をしてるの?
私じゃない誰かに
それはいつからなの?
最初に言ったわ
散らかっててごめん
次に訊ねた
コーヒーでいい?
あなたの電話が鳴って
そうしたら、今すぐ行かなきゃって
あなたは私にそう言って
部屋を出てしまった
一杯のコーヒーを
飲むこともなく
なにが起きたのかわからなくて
置き去りにされて、独りになった
次の約束をすることもなく
一杯のコーヒーは
熱を失って
あなたは行かなきゃって言って
部屋を出てしまった
一杯のコーヒーを 飲むこともなく
なにが起きたのかわからなくて
置き去りにされて、独りになった
次の約束をすることもなく
あなたを待ってたの
あまりにも静かすぎて
あなたを待ってたの
でも電話は鳴らない
私はまだひとり
あまりにも静かで でもわかったの
あなたは戻ってこない
それがあなたの、私に対するすべて




