* Changing
七月四日、金曜日。
「お前のその、電話もメールも完全無視な性格、どうにかなんねえの?」電話越し、アドニスが呆れた声で言った。
ベラは反論する。「だから、夜は忙しいっつってんじゃん。用があるなら二十三時以降に電話をしつこく鳴らしてください。もしくは平日の昼間、学校から。放課後はほんとに無理。忙しい」
「せめてメールくらい見ろよ」
「たまに見てる。電話に出ろだのかけなおせだの、用件がはっきりしないメールにいちいち返信するほど暇じゃない」
「なんだお前」
「で、なに」
彼は呆れというよりも嫌味のような溜め息をついた。
「お前んとこも今、期末テスト期間だよな」
「そーだよ」
「終わったよな」
「終わった。やっと解放された。あ、昨日と一昨日の午後はテスト勉強してたの。赤点免れるために」
「へー」
「だからなに」
「今どこ?」
「まだ学校。教室」
「暇か?」
「これから友達とセンター街。飯食うの」
「お。女だけ? 何人?」
「やだよ」
「まだなにも言ってねーよ」
めずらしくも、彼女は“女らしく”言葉を繰り返した。「やだ」
「可愛いなお前。びびるわ」よくわからない反応だ。「いや、ダチにな。年下の女を紹介──とまで言わねえけど、なんか遊びたいとかって言われて」
「イースト・キャッスルの子? だったらペトラのほうがよくない? なんなら頼んであげるけど」
「地元のツレだから、そっちは気にしなくていい。ウェ・キャス高校から三人と、あとなんならナイルも」
「へー。どんなの?」
「どんなのって、フツー。ゼインみたいなの?」
「うるさいってことね」
アドニスが笑う。「オレにそれ言わせんな。ノリがいいってことにしとけ」
ゼインとアドニスはタイプが同じだ。ただゼインのほうが少し、子供っぽくて騒がしい。
「合コンのノリとかで考えなくていい。顔とかも気にしない。頼んでんのこっちだし。夜までとは言わねーよ、飯食ってちょっと話して程度に考えてくれりゃ」と、彼はつけたした。
「わかった。ちょっと待って」電話の受話口を肩で塞ぎ、ハンナたちを見やった。セルジとニルスはすでにいない。「ふたつ上の男友達が、何人かで一緒に飯食おうって言ってるんですけど」
彼女たちは顔を見合わせた。ハンナがどんな子かと訊ねる。
「ウェスト・キャッスル高校の子が四人と、別の高校の子がひとりかな。そのうち二人は知ってる。おもしろいよ、恋愛対象としてはどうか知らないけど」
テクラの質問はやはりひとつだ。「背高い?」
「成長期だからね。百八十まではないと思うけど、百七十ちょっとはある」
「なら、行きたい」
ハンナも乗った。「私も!」
「私もいいけど」
マーシャが答えると、ササも便乗し、部活が休みなネアもみんながいいならと答えた。ベラは電話口に戻る。
「もしもし? いいって。こっちは私入れて六人」
「マジか。んじゃどっか店で待ち合わせるか」
「なんでもいーよ」
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センター街、イースト・アーケード近くの広場で待っていると、聞き覚えのある声がベラの名前を呼んだ。アドニスとナイルだ。ベラは彼らに駆け寄って、ナイルに思いきりハグをした。とたん、アドニスは不満そうな顔を彼女に返した。
「なんでそっちが先だ」
笑いながらナイルから身体を離す。
「だってあんた、うるさいんだもん。メールしろだの電話しろだの」
「俺んとこはたまに返ってくるよ」ナイルが言った。「ちゃんと用件入れてるから。ゼインの行動がどうこうっていうどうでもいい内容を、こないだ会ってからたまに送ってるだけだけど」
「なんでそれには返すわけ?」
ベラが答える。「くるの、学校にいるあいだだもん。それに観察日記みたいでちょっとおもしろいから。実習とか体育で失敗した時のゼインの落ち込みようと、それに対するナイルの腹黒いつっこみと愚痴と嫌味が書いてある」
「いいのかそれ」
「ただの暇つぶしだよ」と、ナイル。
「他のは?」
彼女が訊くと、彼らは後方を見やった。
「あ、来た。あれ」
アドニスの言う対象を見つけた。男四人が話しながらこちらに歩いてくる。ベラはそこに、よく知った顔がいることに気づいた。ルキアノスだ。
彼女に気づくと、彼はすぐ微笑んだ。しかし彼が来るとは思っていなかったベラはかたまった。
「ダチが年下とって言いだしたのはホント」アドニスが言った。「んでお前がいいっつったから、ルキにも行くかって訊いた。したら行くって」
ナイルが声を潜めて補足する。「ばーちゃんのことと、引っ越したことは話してある。カノジョができたわけじゃない。あいつ今、ちょっとおかしくなってる。いや、普通なんだけど。とりあえずお前のこと、心配してて」
どう反応すればいいのかわからなかった。会いたくなかったわけではない。だがルキアノスは、一年以上も自分に片想いしていた相手だ。自分はずっとそれに気づかなかったあげく、その告白を断った。そういう相手に、どういう態度をとればいいのかがわからない。
もちろん“普通”にはできる。気にせずにいられる。それが問題だ。相手がどんな態度を求めているのかがわからない。もちろん彼が来たということは、気を遣わなくてもいいということなのだろうが──。
そんな彼女の考えを見透かしたように、ルキアノスは笑った。並んで歩く三人よりも足早に彼女たちに近づき、ハグをするために両手を前に伸ばした。
その瞬間、ベラは安心した。“普通”でいいのだとわかった。
わかったので、アドニスとナイルのあいだを抜けて彼に駆け寄り、ハグ──というより、思いきり抱きついた。
「元気そうでよかった」抱き寄せたベラの髪を撫でながらルキアノスが言う。「もうずっと葛藤だよ。他に好きな子できたらとか息巻いたくせに、心配してるからって、連絡していいのかどうかって」
彼女は笑った。「平気よ。もう立ちなおってる。あ、でもあの子たちには言わないでね、ひとり暮らしのこととかおばあちゃんのこととか。ウェスト・キャッスル中学出身だってことと、センター街の近くに住んでるってことくらいしか言ってないの」
「うん、わかってる」
抱擁を解いたベラはゼインとナイルにも促した。
「二人も。言わないでよ、面倒だから。バイトのこともなにも」
彼らも了承した。
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夕方、バスや電車で帰るハンナたちを見送った。アドニスたちと一緒に駅から外に出ると、初対面の三人は先にバス停へと向かい、ベラは行くところがあるからとアドニスたちに告げた。
「夏休みはもーちょっと、時間つくる」ベラが言った。「っていっても、そっちは大学受験でそれどころじゃないだろうけど」
アドニスが肩をすくませる。
「ま、去年ほどは遊べねーかもな。余裕のルキは相変わらず合コンしまくるんだろうけど」
ベラに告白して玉砕したあとから、ルキアノスはよく合コンに行くようになったという。もともと誘いは多かったが好きな女──ベラの存在があったため、めったに行こうとしなかった。去年の秋や冬などは特に、彼女の勉強の手伝いを優先させていた。それも終わり、長く諦めのつかなかった恋にも決着がついたので、彼は今、合コン三昧らしい。それもアドニスいわく、デートへと発展しそうな女の子を手当たりしだい、意図的にその気にさせ、楽しんでいるのだとか。性悪に覚醒したとナイルは言っている。アドニスからすれば、表に出さなかっただけでもともとその気配はあったとのことだが。
ルキアノスは笑った。「心配ないよ、お前たちの勉強も手伝ってやるから」
ナイルが露骨にイヤな顔をして見せる。「うわー。なにこの上から目線。ってゆーかお前ほんと、教育大学にでも行ったほうがいいんじゃないの? もしくは他のプレフェクチュールの一流どころ。なんか俺らと同じフォース・カントリー大学に行くって、ものすごい嫌味に感じるんだけど」
「学部は違うんだからそういうんじゃないって。教育者になるつもりも学者になるつもりもないし。落ちたらそれこそ笑い事じゃなすまなくなるんだから、手伝うって言ってもらえてるうちは素直に手伝ってもらってたほうがいいと思うけど」
呆れ顔のアドニスが彼女に言う。「な。すげー性格悪くなってるだろ。まるでお前みたい。一言多いっつーかなんつーか。合コン行っても、あからさまに興味ない女にその気がある発言されたら、タイプじゃないとかあっさり言うからな。いや、もちろん相手は選んでるけど。真面目タイプから遊び人タイプまで、ぜんぶ手玉にとってるよ」
「ヒトって、たった四ヶ月でここまで変わるんだな。まるでベラとゼインのオセロだ。白がいきなり黒に染まったみたいな」
ナイルのつぶやきに、ルキアノスはまた笑った。
「っていうか、ゼインならともかく、お前たちに性格が悪いとか言われたくないんだけど。ベラのおかげで、どうすれば相手を虜にして振りまわせるかってのがよくわかったからな。それを自分で実行するのが楽しくて楽しくて」
「これでモテるお前、ほんと卑怯」アドニスがまたもベラに言う。「なんとか言え。悪影響にも程がある」
すべてが自分のせいだとは思わないものの、少なからず自分の影響もあるのだと彼女にはわかった。だがそれを否定する気にはならない。
「こっちのほうがいい。ルキ、不自然なくらいやさしかったもん。あんただって言ってたじゃない、ストレス溜まらないのか、そのうち爆発するんじゃないかって心配だって」
「そりゃそうだけど」
「ある意味爆発した」ルキはあっさり答えた。微笑んでベラの髪を耳にかける。「夏休み、一度は家に行きたいな。みんなで飲み会」
この程度のことなら彼はいつでもしていたが、以前の相手はおそらく自分だけで、なのに今は、こういうことを誰にでもしているのだと彼女は感じた。本音を出すのはかまわないけれど、悪い意味で女を弄ぶ男にはあまり、なってほしくない気もする。
「飲み会はいいけど、あなたは呼ばないかも。アドニスとナイルはそのうち呼ぶつもりだけど、女ったらしは基本的にキライだし。簡単にヒトに触る男って、酒が入るとよけい、なにするかわからないし」
少し控えろと言う意味を込めて嫌味を言ってみたのだが、彼には通用しなかった。
「シャレにならないこと言うな。まあこいつらが酔い潰れたら、その可能性もあるけど」
「いやいやいやいやいや」アドニスが割って入る。「それしたら、さすがのオレでもお前と縁切るぞ。ものすごい軽蔑するぞ」
「冗談だよ」
ナイルとアドニスは声を揃えた。「冗談に聞こえねーよ」




