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R E D - D I S K 0 4  作者: awa
CHAPTER 11 * NO ME WITHOUT YOU
68/198

* Doubt

 夜の二十二時を過ぎた頃、ベラは墓の前に立っていた。アゼルの父親の墓だ。幸い雨は降っておらず、手にはキャリーバッグとふたつの花束を持っている。ひとつは彼の祖父用、もうひとつは彼の父親用だ。アゼルには反対されたが、調べてきた花言葉を頼りにフラワーショップで数種類の花を選び、花束にした。

 アゼルは来ていない。墓地の敷地の外、車で待っている。見舞わなかったこと、看取らなかったこと、そして墓にも行かないことが、彼にとっての父親への復讐だ。

 そんな彼を責めることも、無理やり連れてくるようなことも、しようとは思わない。いつか自分が彼と同じ立場になればきっと、自分の両親に対しては、同じことをするだろう。ベラはそう思っている。

 花束を地面に置き、キャリーバッグから園芸用の小型シャベルを出すと、彼女は墓標に近い場所で地面を掘った。それほど深くなく、でも誰にも見つからない程度──およそ十五センチくらいだ。夕方頃までは雨が降っていたので、地面の土は柔らかく、掘りやすかった。

 続いてキャリーバッグからCDケースを出した。中身も当然ある。タイトルはなにも書いていないが、曲は録音されている。アゼルに代わって復讐を続けるために、アゼルの父親のためだけに詞を書き、作った曲だ。店で作ったとなるとさすがに、うたわないわけにはいかないけれど。

 CDケースを掘った穴に置き、シャベルで土を戻した。その上に花束を置く。目を閉じ、曲を口ずさんだ。

 もしかするとこの“父親”は、裏切りゆえに壊れたのかもしれない。守るべきものを見失った。そしてけっきょく、残ったものにすら捨てられた。自業自得だと言ってしまえば、それまでだ。

 ベラは彼の墓標に向かって微笑んだ。

 「そのうちまた来ます」

 シャベルを片づけ、もうひとつの花束を持って立ち上がる。隣にある、アゼルの祖父の墓へと移動した。

 とても不思議な感覚だ。彼は自分が誰かを知っていて、会いにきた。わざわざ待ち伏せて通行人を装い、名乗りもせず、髪のことだけを確かめて。顔も、ちゃんと見せてくれなかった。

 正体がわかったのは八ヵ月後の今で、その彼はもう、この世にいない。

 名乗ってくれればよかったのだ。そうすれば、アゼルの話ができた。マスティたちのことも訊けたかもしれない。元気でいる、そう教えてくれるだけでも、いくらか救われたかもしれない。

 なのに彼はそうしなかった。自分だけ、こちらのことを記憶に留めようとした。なんのためかはわからない。アゼルは、マスティとブルの人生を狂わせた人間としてだと言っていたが。

 余命宣告を受けていたのなら、機会を失えばもう会えないとわかっていたはずだ。なのに名乗らなかった。これも、自分のミスかもしれない。アゼルのことを待つと公言していれば、平気なフリなどしていなければ、もしかすると、名乗ってもらえたかもしれない。それには、ボダルト生徒指導主事や校長や教頭、誰かからの言伝が必要だけれど。

 しゃがんで、墓標の前に花を置いた。両手を握り合わせて目を閉じる。

 アゼルは言わないけれど、きっと、愛していた。父親や母親を愛せないぶん、あなたを唯一の肉親として、愛していた。そして、感謝もしていた。自分も感謝する。少なくとも約一年は、アゼルをひとりにしないでいてくれた。支えてくれた。どうして名乗ってくれなかったのか、その不満は消えないけれど、感謝はする。彼の味方でいてくれたことに、感謝している。

 祈り終わって目を開けると、ベラは自分が泣いていることに気づいた。おかしな話だ。自分の祖父らしき人物にはなにも感じないのに、ただ一度、通りすがりの人間として会ったアゼルの祖父には、祈って、涙を流した。

 立ち上がると、一瞬だが強い風が吹いた。また雨が降る──灰色の雲に覆われた夜の空を見上げ、ベラはそう思った。墓に向かって言う。

 「──今度は曲、作って持ってきます。あなたにも。それから、約束。いつになるかわからないけど、いつかアゼルを連れてくる。あなたの息子を赦せなんて、父親を赦せなんてことはアゼルに言えないけど、いつか、きっと」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 再びコンドミニアム──ベラはキッチンカウンターに腰かけていた。その隣、アゼルはカウンターチェアに座っている。

 「なにしたか言え」と、彼が言う。

 「やだ」

 「なに埋めたか言え」

 「やだ」

 「なんでだよ」

 「気になるなら掘り起こしに行けばいいじゃない。シャベル貸してあげるから」

 「お前マジでムカつく」

 ベラが笑う。「いつか行こうね、お墓参り」

 「行かねっつの」

 「今度また行く。おじいちゃんのほうにも埋めに」

 「俺は行かねえ」

 「待ってればいーよ。それで一生、なに埋めたか気にしてればいい」

 「見つかって怒られちまえ」

 「おもしろいくらい誰もいなかった」

 「普通は夜に墓なんか行かねえだろうからな」

 「心霊スポットだの肝試しだのって、かなり失礼だよね」

 「そこを掘り返したお前の神経も疑うけどな」

 「十五センチくらいだもん」

 「しかも他人の墓を」

 「棺にまでは手を出してないので大丈夫です」

 「ビール飲みてえ」

 「飲めばいいじゃん」

 「帰り、タクシーか」

 「あ、そっか。飲んだら乗れなくなるんだ」

 「見つからねえとは思うけどな。まあいいか。タクシーか」

 「飲む気?」

 「飲めっつった」彼がチェアから立ち上がる。「お前は?」

 「飲んじゃだめ。送って」

 「金出してやる」

 「そういう問題じゃないです」

 「んじゃ、ノンストップに三分耐えれたら送ってやる。一回でもイッたら送らねえ」

 青ざめる彼女にアゼルはまた、ありえないことをした。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 六月二十六日、午前一時前。

 どんよりとした黒い雲の下、ベラはアゼルと一緒に、ローア・ゲートにある祖母の墓の前に立った。ありがたくも深夜まで営業してくれているファイブ・クラウド・エリアのフラワーショップのおかげで、花束も用意できた。それを墓の前に添える。

 「──もう、三ヶ月」しゃがんで、目の前にある祖母の墓を見つめながら、ベラは言った。「やっと、三ヶ月──。いまだに、夢みたいに思える時がある。つらそうなとこ、見てないからかな。あんたと一緒で、いきなり消えたみたい。死んだあとに会ったけど、寝てるみたいだった。どうやって死ぬとか、いつまでに死にたいとか。そういうの言ってるわりに、ヒトの“死”って、リアルに知らないんだよね」

 「ふつーは、知らねえよ。──いや、そうでもないか。親戚とかいたら、もしかしたら」

 「そう。周りは、看取ったわけじゃなくても、お葬式に行ったことがあるのがほとんど。私にはそれがない。“死んだ”っていうのが、身近にない」

 「──そーいや俺も、マスティのじーさんの葬儀行ったわ。あとガキすぎて覚えてねーけど、まだクソババアがいる時、ばーさんの墓参りも」

 彼女はアゼルを見上げた。

 「え、もしかしておばあちゃんのお墓、おじいちゃんのところにあったの?」

 「知らね。なんも聞いてない。べつにいいんじゃね、俺も記憶ないし」

 「記憶ないのってほんと、どうしたらいいんだろ」ベラは左隣にある墓を見やった。「なんかね。花置いたら置いたで、てめー誰だって言われそうだし。でも置かなかったら、なんだこの薄情者って思われてそう」

 「どんだけ性格悪いんだよデボラの旦那」

 「だって知らないんだもん」立ち上がり、レザーパンツのポケットから彼の左手を出してつなぐ。アゼルは指輪をつけたままだ。「覚えてる? はじめて会った時、あんたのラストネームのこと、私が堕天使って言ったの」

 「よかったな殴られなくて」

 彼女は笑って、彼の腕に頬を寄せた。

 「おばあちゃんが、言ってた。確かにルシファーは悪魔になったけど、ルシファーが堕天してからの名前はサタンだって。ルシファーはれっきとした天使。神に使えて多くの天使を率いる、十二枚のキレイな翼を持った天使の長だって。大天使長でお山のボス猿なんだって」

 「──“ボス猿”はお前のセリフだろ」

 「あれ、ばれた」

 「デボラは言わねえよ」

 「ものすごく笑われた」

 「率いてたのはジジイやクソ親父のほうだな。俺は違う。よかった、違う部分があって」

 「私は同じ部分を探すのに、あんたは違う部分を探すのね。変なの」

 「変じゃねえ」

 手をつないだまま彼の腕に両腕を絡め、彼女は目を閉じた。

 「その時に教えてもらったの、金星のこと。“明けの明星”と“アプロディーテー”。次の日かな、指輪買いに行って、あれを作ってもらった。気持ち込めるなら名前かなにか彫ったほうがってカレルヴォが言うから、“Lucifer”も彫ってもらった。言い訳はいつも“金星”で“明けの明星”だった」

 「んなもん作ったからこんなことになったんじゃねえのか」

 「意味がわからない」

 「ぜんぶ捨てて次に行きゃよかった」

 「そうしてもたぶん、あんたが引き戻しに来てたと思う」

 「フツーの女に成り下がってりゃ、そのまま放置だった」

 「私、今、“普通”になろうとしてるんだけど。平和な生活を送るために」

 「無理」と、彼はあっさり言いきった。

 舌打ちしたい衝動をこらえる。自分のほうを向くようアゼルを促して、ベラは彼の首に手をまわした。

 「“普通”は、わかるの? なんでおばあちゃんがなにも言わなかったか。心配させないようにだって言われたら、それで納得できるの? なんで最後に会って話す相手が自分じゃなかったのか。けっきょくは“三年間一緒に暮らした孫”よりも、“あっさりと娘を捨てた自分の娘”なの?」

 「──俺が知るわけないだろ。俺はジジイを選んだ。自分を捨てた人間なんかいらねえ」

 「私もそうよ。自分を捨てた人間なんかいらない。でも私、矛盾してる。おかしいの。あんたに捨てられたのに、また戻ってる。

 それに、最後の最後で、私はおばあちゃんに捨てられた気がする。見捨てられた気がする。選んでもらえなかった。あのヒトと話すことがあったなら、事前に会うことだってできたじゃない。私に言わない代わりに、あのヒトに言うことだってできたはずじゃない。それで最後に話す相手には、私を選べたはずじゃない。なんでそうしなかったの?

 おばあちゃんは三年間、一度も私の扱いを間違わなかった。あんたがいなくなった時も、リーズたちと喧嘩した時も、リーズたちが施設に入った時も、なにを話す時も、いつも私がしてほしいことをわかってくれてた。なのに最後の最後で間違った。

 知ってることがあるなら教えてほしかった。訊かなくても“ルシファー”のことを教えてくれたみたいに、“金星”のことを教えてくれた時みたいに、あのヒトたちがなんで離婚したのか、なんで私と住むことになったのか、なんで私はこんな瞳の色でこんな髪の色なのか──」

 勢い任せに喋り続けたベラはやっと、自分が泣いていることに気づいた。アゼルのシャツを両手で掴み、彼の胸に顔をうずめた。

 「──知ってるなら、教えてほしかった」

 彼は答えなかった。答えなかったが、彼女を包んで髪を撫でた。

 疑問は、答えてもらえなければ、怒りに、そして憎しみになる。

 知っていることを意図的に教えないというのは、なにを意味するのだろう。自分の振る舞いのせいで、知りたがっていると思われなかったのか。だとしたら自分は、また間違っていたのか。だけど自分は、訊いていいのかわからないことを訊く勇気など、持っていない。

 話していいことなら話してくれたはずだ。たいていのことに動じない自分の性格をわかっていてくれたなら、話してくれてもよかったはずだった。だがそれを話してもらえないというのは、なにを意味していたのだろう。

 ベラの頭からはずっと、そんな疑問が消えなかった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 どれくらいそうしていたか──けっきょく考えてもしかたのないことで、答えのない疑問が憎しみになるということは、考えれば考えるほど祖母を憎むことになってしまうのだと、ベラは知っている。

 彼女はどうにか泣きやんだ。気持ちを落ち着かせ、顔を伏せたままアゼルに言った。

 「──今日、ショートジーンズもスパッツも、履いてない」

 「──なんで」

 「このあいだ使わなかったぶんの武器、使ってあげようと思って」

 「それ今言うの、反則だろ」

 顔を上げ、彼の視線を受け止める。

 「確かめる?」

 「デボラの前だぞ」

 「知らないよ。おばあちゃんの家のリビングのソファでしたことあるし。金星の話したの、あのソファだった。笑えるよね」

 「お前、ちょっと染まりすぎじゃね」

 「染めたのはあんたよ」

 アゼルは彼女の頬に触れ、キスをした。ベラも応える。勢いか、彼の両手が彼女の脚を撫で、七分丈の黒いドルマンチュニックの下へとすべりこんだ。

 確かめた彼が彼女の肩に顔をうずめる。

 「──マジだ」

 「だいじょうぶ。仕事中はロックスタイルの服だったし、ちゃんと履いてたから」

 「この手、どーすりゃいいんだ」

 「よかった、迎えに来てくれて。これでタクシー乗らなきゃいけないってなったら、さすがにちょっと」

 「もう言うな。──もう、いーか。夜中だし。山だし。施設も近いし。お前はなんか、デボラにムカついてるし。こんな山ん中の教会なんか、誰もいねーだろうし。いても寝てるだろうし」

 「神様は私たちの敵だし、車の横とうしろのガラスはスモーク貼ってるし?」

 「迫られてるし」

 ベラは再び、アゼルと目を合わせた。

 「──もう、薬ないんでしょ。いい機会よ。一度きりの小さな復讐に、半端な復讐に、つきあって。我慢できない。あんたが欲しい」

 「──お前ほんと、どうかしてる」

 深く長いキスをしたあと、彼女たちは車へと向かった。

 霊園の向かいには小さな教会がある。そのパーキングエリアの奥に車を停め、抱き合うことで、ふたりは小さく中途半端な復讐を果たした。

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