○ Hallelujah
翌日──ジョエルに店まで送ってもらったヒラリーは、はじめて曲作りに参加した。ベラの人選でディックとヤンカ、パッシが一緒だった。ヤンカの得意なピアノの音は使わなかったものの、キーボードで出せる音が入り、早めのテンポでノリがいいながらも、とてもチャーミングなポップ曲に仕上がった。
そのあと、もう完璧にメロディを覚えてしまったらしいベラのレコーディングにもつき添わせてもらった。そこでまたも、ベラは天才だと実感した。うたいながら、どこにどんなコーラスがあればいいかを常に考えているのだ。
ディックと相談して時間はまだだいじょうぶだと判断したベラから、コーラスを含むレコーディングも教えてもらった。メインコーラスを自分が、低音のコーラスをベラが担当した。どんなふうにうたえばいいかという発想もどんどん出てくるらしく、それもレコーディング中に突然はじめるものだから、ベラはディックにふざけるなと怒られていた。
ヒラリーにはなにもかもが新鮮だった。聞けばベラは、他のことには無関心ながらも音楽にだけは夢中だったのに、ブラック・スターで歌をうたうことを決めてから、ショップに売られているCDを一切買わなくなったという。周りに合わせることよりも、自分たちの曲を作ることを優先したのだ。思いの強さが伝わった。誰にも言わなかったがヒラリーも、好きなアーティストたちのCDを買うのはもうやめようと思った。
夕方、赤白会議室。
「すっごく楽しかったの!」はしゃぐヒラリーがジョエルに言った。「曲作りもレコーディングも、なにもかもが新鮮!」
彼が笑う。「それはよかった」
「それでね、夏休み、他の曲も私がレコーディングして、CD作ろうって。ゼスト・エヴァンスに置いてもらおうって」
ベンジーも賛成した。「そりゃいいな。そしたらちゃんと買ってやる」
「ほんと? 高速代や電車賃になるよう、がんばりたいの。ベラがゼスト・エヴァンスの店長さんに、全面的に協力してもらえるよう頼んでくれるって」
「まじ? けど高速代とか、そんなんいいのに」と、ジョエル。
「そういやお前」ベンジーがベラに言う。「サイラスのところで地味なバイトしてたってホントか? ポップカードみたいなの、お前が書いてたって」
ビール片手に彼女が答える。「去年とか一昨年ね。長期休みに入ったらやらせてもらってた。でもバイトじゃないわよ。値引きしてもらったりはしてたけど、バイト代はもらってないし」
「ふーん? あれ参考にCDジャケ買いしたこと、何回もある。アタリが多すぎて笑えるくらい、マジでアタリばっかり」
「それはよかった。そんな感じでね、ヒラリーのもやらせてもらうの。昨日の夜サイラスに電話して、それなりに話をつけた。楽しみにしてるって」
「お前は出さねえの? やっぱり?」
「絶対イヤ」
「あっそ。んじゃヒラリー」強気に微笑んだベンジーが言う。「オレらもまたレコやってアルバム作る。夏は勝負だな。どっちが売れるか」
彼女も口元をゆるめた。「あら、負けないわよ? 私にはベラがついてるんだから」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
いつもどおりのライブペースでオープンしたブラック・スターのメインフロア。ベラはメルヴィナたちと一緒に夕食をとった。
彼女たちは昨日のイリヤとのことを、サヴァランの連中から聞いたという。メルヴィナたちもプラージュのことは、ウォルターから聞いて知っていた。使ったことはあるが、あまりにハズレが多いため、今は使っていないらしい。夕食を終えた頃、店にロッタが来て同じテーブルに着いた。
「なんか話した? 昨日、イリヤと」ロッタがベラに訊いた。
「ただの世間話よ。地元がどこだとか、高校はどこだとか」
「そっか」
彼女は感情を、ほとんど表に出さない。怒っているかどうかも、ベラにはよくわからなかった。
メルヴィナがフォローする。「しょーがないじゃん。ベラは相手があんたのオトコだって、知らなかったんだから」
「怒ってるんじゃないよ」ロッタが答えた。「イリヤ、女友達多いし。妬いてたらキリがない」なぜかベラにあやまる。「ごめんね、彼氏いるのに」
本当に変な女だと思った。イリヤから声をかけてきたということにしてあるものの、なぜあやまるのだろう。
「気にしてない。ほんとに、ちょっと話しただけだから。番号訊いたわけでも、訊かれたわけでもない。むこうもカノジョと来てるって言ってたし」
タバサが割り込む。「っつーかあんたマジで、ヨリ戻したこと、なんで言わなかったわけ?」
「だから、言うの忘れてたっていうか、言ったと思ってただけ。イリヤのことは、別れたとか戻ったとか報告しても、またすぐ変わるんだもん。喧嘩したらすぐ別れるって言うから」
フィービーが訊ねる。「あっちはともかく、あんたでも喧嘩すんの?」
「んー。喧嘩っていうか、イリヤが一方的に怒る。短気だから。そんな大袈裟じゃないけど、怒ったらすぐなにか投げる。喧嘩で高校辞めてから、いつも遊んでるし。ときどきバイトするけど、ちょっとお金入ったらすぐ辞めちゃうし。女の子に奢らせてばっかり」
タバサは呆れ顔を返した。「ただのフリーター? なんでそんなんとつきあうの? っつーか、そういうのだってわかってて、なんでまたヨリ戻すわけ?」
「好きだからかな? 遊ばれてるかもってのは、ときどき思う。でもなんか、やさしい時もあるんだよ。怒った時とのギャップがすごいけど」
「ま、ハンサムだしな」メルヴィナが言った。
「うん、そう。ハンサム」
「そこにワルの魅力か。まあ、わかんなくはないけど」と、フィービー。
「だからあんまりね、関わらないほうがいいと思う」ロッタはベラに、おそらく純粋な親切心から忠告した。「もし私と別れたら、イリヤがベラにちょっかい出そうとすること、あるかもしれない。でも独占欲が強いから、そのうちベラの彼氏のこと、邪魔だって思うかもしれない。そしたら彼氏、なにされるかわかんない」
気分しだいではふきだして笑ってしまいそうな言葉だった。今はそんな気分ではなかったので、笑わずに済んだが。その代わりに苦笑って、ベラはその余計な親切を素直に受け取っておくことにした。
「そうね。もしあっちがまた店に来ても、挨拶程度にしとく」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
空き時間のあいだに詞を書こうと、ベラはエルバと一緒に、フライリーフを地下一階から地下二階へとおりていた。
「よーするに、自分のオトコはハンサムでワルでって、自慢してるわけだ」ベラの前を歩くエルバが言う。「昔いたよ、そういうの。世界が小さいとね、目の前にあるものがすごく大きく見えるんだよ。たぶんその娘はワルの世界ってのをちょっと知ってる程度で、まあ実際目にしてるかどうかはわかんないけど、相手の男がすごい不良だと思ってるんだな。中高生だと特に、煙草吸うのがワル、酒飲むのがワルっての、あるじゃん。それに高校中退とか喧嘩するとかってのがプラスされると、とんでもない不良に思える。単車持ってるってのも魅力のひとつ。そのうえハンサムでモテる。店に来てるベラの女友達、不良側でしょ。ヤンギャル。さりげなく自慢するいい機会だったんだと思う」
彼女はロッタのことを言っている。昨日のイリヤとのことがドリンクカウンターやサヴァランから伝わり、どうでもいいことだったので、ベラはロッタに言われたことを話したのだ。
「中学の時にもそう思ってるらしい奴いたけど、やっぱりよくわかんない。不良って、そんなに魅力かな」
ベラがつぶやくと、エルバは笑った。
「ヒトによるだろうね。犯罪までいったら問題だけど、男は強いほうがいいって思ってたら、ちょっと惹かれたりもするかな、若いと特に。友達に紹介できる男がいいのは当然だし、不良側の友達がいたら、ブレインよりもそういう男のほうが自慢できるじゃん。まあそのうち気づくよ、それなりに落ち着いてて、ちょっと遊び心持ってるくらいの男のほうがいいんだって。うちらくらいの年になってもまだ喧嘩ふっかけるようなのは、もうただのバカだし」
「高校中退すら自慢ていうのがもう、よくわかんないんだけど」
「あれね、なんかあるんだよね。自由に生きてるみたいなのかな。親に反抗してるみたいな。学校にもよるけど、バカすぎての留年とかじゃなくて問題起こしてならね」スタッフフロアへのドアを開ける。「さすがにこの年になったら、なにがよかったんだろーって思うけど」
彼女に続いてベラもスタッフフロアへと入った。
「普通に考えれば高校辞めるのって、単なる金の無駄遣いなのに」
彼女は笑ってうなずいた。「確かに。親泣かせでしかないよね」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ステージの上、ベラとバンドメンバーは拍手を浴びていた。ディックと代わってエイブがステージにあがる。
「はい、次。超笑えるショートストーリー」
マイクを使ってのベラの言葉に、すかさずパッシが怒る。「言うならちゃんとタイトル言え!」
フロアに笑いが起きた。
「これ、マジで苦労した。歌詞カードにも書いてるけど、“最終回みたいなメロディー”だよ。なんだそれって感じだし」
マトヴェイが言うと、客たちは歌詞カードを確認しにかかった。
「だから、こういうのよ」と、ベラ。
「お前、オレの案ことごとく潰してくれたよな」
「だって最終回みたいなメロディーじゃないんだもん!」
客が爆笑すると同時にパッシとエイブ、デトレフも笑った。
「私の声とか、詞だけに集中するだけじゃなくてね、全体を聴いてくれたら、みんなにもわかってもらえると思うの。エイブが弾くパートが目立つと思うんだけど、あえて全体的に聴いてほしい。なんなら歌詞見ずに。そしたら、なんか最終回みたいなメロディーだなってのが、わかってもらえると思う」
パッシが続く。「でもあえて最後に持ってこないのがオレら。ってことで、いこーか。“最終回みたいなメロディー”じゃなくて──」
ベラとマトヴェイが声を揃えてあとを引きとった。「“Hallelujah”」
陽の当たらない場所に住んでる彼女
薄暗くて少し寒い
知ってるのは影と静寂
ハッピーエンドのない物語
だけど彼女は一度も闇に堕ちたことがない
最終回みたいなメロディが
彼女の頭の中に流れてる
ハレルヤをうたいながら
与えられた毎日を精一杯生きてる
ある日ミツバチがやってきて
こう訊ねた どこでその素敵な歌を覚えたの
彼女は答える この素晴らしい世界が教えてくれたんだと
だけど彼は信じず 太陽のほうへと飛び去ってしまった
最終回みたいなメロディが
彼女の頭の中に流れてる
ハレルヤをうたいながら
与えられた毎日を精一杯生きてる
太陽は一度も彼女の味方をしたことがない
だけど彼女は諦めたことがない
彼女は今までに一度だって 諦めたことがない
最終回みたいなメロディが
彼女の頭の中に流れてる
ハレルヤをうたってるの
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
閉店後、赤白会議室。
「やばいよ、やばい」パッシが言う。「みんなどんどんベラに感染してる」
エルバは笑って否定した。「してないし! っつーかもともとこういう性格だっつの!」
詞が印刷された紙を片手にマトヴェイが割り込む。「いやいや、お前とキュカはともかく、ケイトやヒラリーは違うだろ。巻き込むなよ」
「あたしは一緒かよ」
キュカがつっこむと同時に、ケイトはヒラリーと顔を見合わせて苦笑った。
「でもね、ちょっと楽しかったの。ベラとエルバが特に、すごくノリノリなんだもん。キュカもあいだであれこれ言って。私とヒラリー、とにかくずっと笑ってた」
「確かにちょっとおもしろいけど」マトヴェイがヒラリーに助言する。「ディックはわかんないけど、ジョエルには言わないほうがいいかもよ、これ。書くのに立ち会ったなんて、あいつにはさすがに衝撃が強い気が」
「ええ?」
「そんなのどうでもいいじゃない」ベラが言う。「ヒトの意見なんか気にしてたら詞なんか書けないんだし。なに言ったって、うたうのはエルバとキュカと私だから」




