○ Shine
金曜日。
ブラック・スターは営業開始後、はじめてこの曜日に店を開ける。スタッフたちが祝いモードになると散々宣伝していたせいか、平日にもかかわらず客は多い。ベラを除いての全体の通しリハーサルは昨日の夜行ったのだが、大学生バンドの中には、さらなる練習のために予定していた授業をキャンセルする者もいた。
夕方になると、それぞれの本職を終えたスタッフたちも一斉に店に詰めかけたので、スタッフフロアもメインフロアも、また彼らの心中も、まるで戦争のようにごった返していた。ディックをはじめとする幹部たちもだ。もっとも、ベラだけはいつもどおり落ち着いて、ディックたちに言われたとおりに幹部の仕事を、手伝いということにしてこなしていたが。
そして午後十八時、ブラック・スターはオープンした。
ID確認を終えた客たちは、とにかく、テーブルに着くことをいちばんに考える。さすがに何十人も存在するわけではないものの、オープンから閉店まで居続ける者も時々いた。それが歌を聴くためなのか異性と出会うためなのかは、ベラたちの知るところではないけれど。
「とりあえず、外に並んでた客はぜんぶ入った」無線越しにパッシが言った。「まだ入ってきてるけど」
続いてヒルデブラントも報告する。「こっちも、テーブル席とカウンター席は完全に埋まったよ。あとはサブチェアと立ち見だ」
「了解」地下二階、スタッフフロアの白黒会議室の前で、ベラは無線に答えた。不安げな表情でマイクを握りしめるキュカたちに言う。「んじゃ、かっ飛ばしてきてくれる?」
「ねえ、ホントにやるの? いきなり?」
キュカはおろおろしているが、エルバはなんというかもう、絶望的な様子だ。
「マジで無理。マジで無理」
ベラは呆れた。「だから、平気だって。何度もうたった曲じゃない。先にエム・オーとマトヴェイがエイブと一緒にステージにスタンバイ。エイブが“Black Star”の演奏をはじめる。二人はメインフロア入口でうたう。それが終わったら“4ever”のライブ。二人はステージに向かって歩きながらうたう。昨日リハもした。余裕」
エム・オーのボーカルでギターも扱えるグレーブが口をはさむ。「その“余裕”がこっちにはないんだけど──さっき練習でミスった。完璧じゃない可能性が」
他の二人のメンバーも自信なさげに同じようなことを言った。
エム・オーの元メンバー、アキーレが抜けたあと、新しいベーシストは予想以上に早く見つかったものの、その新メンバーが彼らの曲を覚えるあいだ、彼ら三人はなにもできない状況だった。なので金曜の営業を開始する話が持ちあがった時、ベラは彼ら三人とマトヴェイに、“4ever”だけでいいから覚えて演奏してくれないかと頼んだ。時間を持て余していたエム・オーの三人はそれを引き受け、一ヶ月足らずでどうにか覚えてくれた。ベラの曲を覚えなければいけなかったマトヴェイはそれほど暇なわけではなかったものの、何度も聴いているし、なんとかなるだろうと了承した。
「だから、ミスしてもいいって。それもライブの特権。私は完璧なんて求めない」
ベラに続いてマトヴェイも言う。「気にすんな。オレなんてなんとなくしか覚えてないんだから。CD聴いて流れを記憶したって感じだし」
グレーブが彼に訊き返す。「そんな適当、あり?」
「ありアリ。ぜんぶノリだ」
「そういうこと」ベラも言った。「楽しいはじまりにしたいの」
エルバは呆れてみせる。「その度胸、ほんとにどこから来るの。っていうかなんでベラがトップじゃないの」
「客入りがある程度落ち着くんじゃなきゃ、こっちはバンドでいけないからね。緊張で楽しめる自信がないって言うなら、最後のサビだけでも乱入するわよ」
「むしろして!」キュカが答えた。「最初からでもいいくらい!」
冗談だったのに、本気ととられたらしい。「わかったわかった、脇でマイク構えて控えてる。でも吹っ飛びそうな最初とサビと、あとはまずいと思ったところをフォローするだけね」
話をまとめて上にあがろうとすると、ちょうどヒラリーとウェル・サヴァランに出くわした。ベラは“4ever”への乱入に、ヒラリーまでも巻き込むことにした。
メインフロアでのライブはベラのプランどおりに進行、なんとかサビだけは覚えているヒラリーと一緒に、ライブに乱入した。
最後のサビがくる頃ベラは、自分でうたいながらもその曲を口ずさむ女性客を見つけ、その客たちにマイクを向けてうたわせた。
結果、誰がどう間違ったのかはベラにはわからなかったものの、金曜初オープンのメインフロアは、最高のライブでスタートをきった。キュカとエルバはもちろんエム・オーのメンバーも、間違ったことを気にするよりも、充実感に満足していた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
赤白会議室。新しい曲の詞を完璧に覚えているかの最終確認としてうたい終えたヒラリーが振り返ってベラに訊く。
「だいじょうぶだった?」
ベラは音楽を停めた。
「完璧。さすがね」
「よかった」安心に胸を撫でおろす。彼女はテーブルからおりてチェアに座った。「ごめんね。こういう詞、苦手だって言ってたのに、無理に頼んじゃって。しかも忙しいのに、練習までつきあってもらって」
「いいの。自分のじゃないって割り切れば、なんとかなるのよ。あなたも手伝ってくれたし。こっちこそごめん、なんかバタバタしてて。しかも金曜。学校終わったあとにくるの、大変でしょ」
ヒラリーは笑いながら首を横に振った。
「ジョエルが学校まで来てくれたから。ふたりでかなり慌ててたけど、それはそれで楽しかったわ。彼にはライブで聴いてほしかったから、車の中じゃ練習できなくて、ちょっと不安だったんだけど」
「ラブレターだもんね」と、ベラ。「私は特に、あとエルバもわりと失恋の曲が好きだから、こういうの、みんな新鮮だって。あ、明日。昼前くらいから来られるなら、来る? 昨日送った“Why Not”、曲作る予定なんだけど」
彼女の表情がぱっと明るくなる。「ほんと? 来る!」
「夏休み、レコーディングしてCD作ってもいいよね。そしたら高速代くらいは稼げるかも」
「そんな──ああ、でも、いつもジョエルに出してもらってるから、できるならしたいかも」
「うん。レコはどうにか安くさせてもらえるよう、オーナーたちに頼んでみる。できることなら費用も店から出してもらう。置いてもらうのはゼスト・エヴァンスだけだけど、目立つよう宣伝もする。持ってるコネ、ぜんぶ使って売ってやる」
彼女は照れつつも嬉しそうに笑った。
「じゃあ私は、地元の友達にお願いしようかな。夏休みにね、一度はここに来たいって言ってくれてるの。あんまり大人数っていうのもちょっと迷惑だろうけど」
「人数しだいね。十人グループが開店から閉店までいるのはどうかと思う。でもこの店にいるんじゃなきゃ、遊ぶとこなんか特にないか」
「あら。他のプレフェクチュールってだけでも、かなり新鮮よ。それにベネフィット・アイランドのセンター街って、見たことないような造りだもの。エリアが対象年齢別に分かれてるってだけでも新鮮。ムーン・コート・ヴィレッジだって、まわるの楽しい。あそこに行けば一日中遊んでいられると思う」
ベラにはよくわからない感覚だった。「他のプレフェクチュールの人間だとそう思うのかな。自分の今の生活を考えれば、エリアが対象年齢別ってのはそれなりにありがたくはあるものの、慣れたらどうってことないんだけど」
テーブルの上でベラの携帯電話が鳴った。マトヴェイからだ。彼女は電話に応じた。
「もうだめだ、ぐっだぐだ」彼が言う。「一曲目のしょっぱなからミスが出て、今二曲目だけど、ずっとミス引きずってる。新曲じゃないし、一部の客にはたぶん、ミスしたのバレてる。三曲予定だけど二曲で終わらせる。ヒラリーの前にお前、なんでもいいから一曲か二曲、入れたほうがいいかも。空気変えなきゃ、彼女がやりにくい」
またかとベラは思った。楽しみにしていたはずなのに、どうしてみんな、出番が来ると突然、それがただの緊張になってしまうのだろう。
といっても今日は平日で、まともに練習できなかった者が多く、しかも予想に反して客が多い。そのうえ、幹部が一度やってみたかったという理由で、ほとんど間隔をあけずに次々とバンドたち、シンガーたちがうたっていくという方法でステージを進めている。そういうことを考えれば、心の準備をする時間が足りなかったというのもわからなくはない。しかしそれにしても、いつかさらに営業日を増やしたら、そのときはどうなってしまうのだろう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ヒラリーはステージにいた。うたい終わった“I Am”に続き、“Shine”という曲が流れる。これは先週、メールでやりとりしながらベラと一緒に作った詞だ。ジョエルへのラブレターでもある。
あなたは 私が雲の奥に見つけた光
だから私は空を飛んでいられる
あなたは 私が道を見失った時の目印
恐怖を拭い 喜びをもたらしてくれる
だから私は強くなれる
輝いて あなたには輝いていてほしい
雨の中に差し込む日差しのように
輝いて どうか私の空を照らして
それができるのはあなただけ
そして私は虹を架けるわ
あなたの輝きをもっと浴びるために
眠れない時は あなたが残してくれたメッセージを聞く
恋しくなった時は あなたの歌が私を救ってくれる
ときどきあなたは涙の理由になるけど
そのたび思い知るの あなたは私の宝物なんだって
輝いて あなたには輝いていてほしい
雨の中に差し込む日差しのように
輝いて どうか私の空を照らして
それができるのはあなただけ
そして私は虹を架けるわ
あなたがいてくれるから 私は落ちずに飛ぶことができる
なにも見えなくなっても あなたの温もりへと向かっていくわ
あなたは私のすべての光なの
あなたは私のすべてを救ってくれる
輝いて あなたには輝いていてほしい
雨の中に差し込む日差しのように
輝いて どうか私の空を照らして
それができるのはあなただけ
そして私は虹を架けるわ
あなたの輝きをもっと浴びるために
私の空を照らして 私の元で輝いて 私の空を照らして
あなたは 私が雲の奥に見つけた光
だから私は空を飛んでいられる
“あなたへのラブレターよ”とベラが教えたこともあってか、我慢できなかったらしく、ジョエルはうたい終わって拍手を浴びるヒラリーの元へ行き、ステージの上で彼女にキスをした。
フロアは大きな拍手と冷やかしの声に包まれた。




