* Taste Of First Love
翌日の放課後。センター街のバス・ステーション前でハンナたちと別れたベラは、ひとりウェスト・アーケードへと向かった。
カレルヴォの経営する店、“カーヴ・ザ・ソウル”はビルの二階にある。アクセサリーに刻印をしてくれるのだが、本来ならこれ、店で売っている商品にのみだ。なのに一昨年、ベラは修学旅行先のイースト・メトロポリス・プレフェクチュールで手に入れた南京錠をここに持ち込み、刻印を頼んだ。
それがきっかけになり、去年アゼルが施設に入ったあとに作った指輪の刻印も彼にしてもらったし、ディックと彼が友達だということもあって、そう頻繁に会うわけではないものの、カレルヴォにはよくしてもらっている。
彼女は店に入った。ブラウンの板張りの壁、そこにオレンジ色の照明で照らされるアクセサリーたち。そしてジュエリーショップを連想させる白いガラスショーケースが、独特の雰囲気を演出する。店主のイメージとはあまりマッチングしない気もするが、それでも彼女はこの店が好きだった。
ショーケースからシルバーのシンプルな指輪をふたつ選ぶと、ベラはそれをカウンターに置いた。
「大きいほうには“Aphrodite”、小さいほうには“Lucifer”って彫って」
カレルヴォはカウンターの内側にいる。「なんだ、帰ってきたのか」
「みんなには言わないでね、ディックしか知らないことだから」
「それはいいけど。で、めでたくまたヨリを戻したと?」
「まさか」
「ならなんで指輪だ」
「嫌がらせするの。ムカつくから」
「だから嫌がらせに金使うなよ」
彼女は無視した。「“Aphrodite”だけでも、水曜の夕方までにお願いしたいのですが」
「忙しいんだけどな──」彼は渋い表情でカウンターの、ベラには見えない位置にある卓上カレンダーを確認した。「どうにか明日の夜までに仕上げる。明日も店に行くなら、帰りに届けてやってもいいけど」
「ほんと? 夕方から十時くらいまではいると思う。でもよけいなこと喋らないでね、喋ったらぶっ飛ばすわよ。この店破壊するわよ」
彼は呆れた。「わかったわかった。ちゃんとバレないようにしてやる」
「お願い。あとね、デトレフたちが、古いアクセサリーをくれるって言ってるの。加工できる?」
「俺は加工業者じゃないんだぞ。実物見ないことにはなんとも言えん」
「じゃあそれも急かして、明日持ってきてって頼んでみる」
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キーズ・ビル地下二階、赤白会議室。書いた詞を読むディックに聴かせるよう、ベラはいくらかメロディを口ずさんだ。
「“暴君”か」と彼が言う。「また新しいジャンルに踏み込んだな」
「シンプルな歌だけど、イメージは壮大よ。わかる? 最初のとこ」彼女が説明する。「暴君の墓を“彼”の代わりに見下ろしてるの。“彼”ってのは、“暴君”に虐げられたヒトたちね。“私”は、“彼”の憎しみの代弁者。この歌は静かな復讐。曲を墓に置くかなにかして、この歌をずっと“暴君”に聴かせることで復讐するの」
「お前の得意な大砲一発じゃないわけか」
「たまにはじわじわいたぶってやらないとね」
彼は笑ってうなずいた。
「音でああいう時代を表したいな。オーケストラとまではいかんけど」
「うん。コーラスなんか入れない。シンプルに、でも伸ばしてうたう。一種のラブレター──じゃなくて、ヘイトレターね」
「もらったほうは最悪だな」
「いい気味よ。私がうたうけど、レコもしたい。いい?」
「いいけど、まずは曲作らなきゃな」
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翌日の学校。
気温がそれほど高くなく、雨も降っていないからとベランダに誘われ、ベラはティリーたちと話をしていた。
「ツレがオトコと別れたらしくてね」とダリルが言う。「指輪とかどうしよーっつって」
「捨てればいいんじゃね」ティリーが答えた。
「もったいなくね」とエフィ。
「あたしも捨てればっつった。中高生の買うもんなんて、そんな高くないじゃん。ブランドモノなら捨てるのはもったいないかもだけど、五千フラムとかなら、ねえ」
エフィが顔をしかめる。「あたし、絶対捨てられない気がする」
「けど最悪の別れかたとかでさ、名前入ってたりしたら、それこそ持ってたくもないような」
ティリーの言葉にダリルが同意する。「それは言えてる。ブランドモノなら売ればいいじゃんね。名前彫っててそれができるのかは知らんけど」
「たいした額にならなさそーだな」
エフィはおそらく、恋愛に対する純情な理想を抱いている。「思い出を売るなんて、そんな」
ベラのすぐ右にある教室の腰窓が開いた。セルジが顔を出す。
「いいもんやろーか」ベラに言った。
「なに」
彼は彼女の好きなストロベリー味のチョコレート菓子を、それも二箱をちらつかせた。ベラの眼の色が変わった。
「くれるの?」
「ハンナが、お前が食いたいっつってたのに売店に売ってねーって嘆いてたから。コンビニ行ったついでに買ってきてやった」
「奢り?」
「あとでいいから五百フラム渡せな」
「高いなおい。ひとつ百十フラムだよ」
「手間賃」
理不尽な気はしたが、まあいいかと彼女は受け取った。そのうちの一箱をさっそく、エフィが彼女の手からとってフィルムを開けはじめた。
ベラが彼に訊く。「ハンナたちには買ってきた?」
「いや」
「んじゃひとつ」一箱を彼に返す。「ハンナに渡して。お金はあとで私が払うから、これは私の奢り」
彼は笑って受け取り、「りょーかい」と答えてまた窓を閉めた。
自分の手にお菓子を何粒か出したエフィは、ティリー、ダリル、ケリーにも分けていた。そうしてもベラが怒らないと知っている。あと数粒取ると、中身が半分ほどになった箱をベラに返した。ベラも何粒かを出して口に放り込んで食べる。
「最近よくこれ食ってる気がする」エフィが言った。
「六月はどうしてもこれ食うの」と、ベラ。
「限定!?」
「や、見つけたら食うけどね。初恋の味だから」
ティリーと一緒になってダリルが笑う。「やばい、ベラがすげーカワイイこと言ってる」
「初恋ってこんな味? マジ?」
ティリーがエフィに答える。「よーするに甘いんだって」
「本気にするなよ」ベラは呆れて言った。「私の初恋はビールと煙草にまみれてる。そんな可愛いもんじゃない」
ケリーはやはり愛想笑いだが、三人はけらけらと笑った。
「ベラはその指輪、名前彫ってんの?」ダリルが訊いた。
「名前は彫ってない。でも飽きたからもうはずすの」
エフィが真っ先に反応した。「飽きた!? カレシにもらったとか、カレシとお揃いとかじゃないの!?」
「まさか」
「ええー。なにそれ。自腹ですか?」
「私は基本的に自腹派ですよ」
ティリーがベラに訊ねる。「え、まさか貢ぐの?」
「“貢ぐ”の意味がわからない。オトコに限らず、誰かにモノあげることはよくあるけど。買えって言われて買うわけじゃなくて、自分が渡したいと思って買ったら、それも貢いでることになるの? しかもブランドにこだわったりしなくて、安くても高くても、なんだけど」
「え、微妙。どうなんだろ」
「っつーか、ベラってさ」恋愛の話になると沈黙しがちになるケリーが口をはさんだ。「ホントにオトコいんの?」
「なんで?」
「だってなんか、たまに迎えに来る男? みんな彼氏じゃないとか言うし。うちらが見た何人かも、みんなツレだとか言うし。男友達の話はするけど、つきあってる男の話はしないじゃん」
さすがだとベラは思った。彼女は自分のことをなぜか嫌っていて、普通なら気にしないことを気にし、普通なら信じるところを疑う。そのせいか、自分の言動を不自然に感じたのだろう。
エフィがフォローする。「それは詮索がキライだからじゃないの?」
「だから、ツレの男の話はするじゃん」
「けど恋バナしたくないっていう子もいるべ」ティリーが言った。
「ノロケるのがイヤだってのはいるよね。あたしもいちいち訊かれたくない。あとノロケ聞くのもあんま好きじゃない」と、ダリル。
ティリーが笑う。「超ノロケる奴、いるよね。もらったとか行ったとかなにしたとか、いちいち自慢する奴。マジうざい」
「それであれだよね」つぶやくようにエフィが言う。「あんたも早くカレシつくりなとか。聞くのめんどくさそーにしてたら、僻んでんのみたいな」声をあげる。「お前の相手べつにかっこよくねえじゃん! あんなぶっさいくな男とお前との馴れ初めなんて興味ねえよ! みたいな!」
ダリルとティリーはけらけらと笑い、ケリーは苦笑った。
「たとえばだけど」とベラが言う。「つきあってた男が、六人を相手に喧嘩騒ぎを起こした。はた迷惑なほどに喧嘩が強いもんだから、自分を挑発してきた相手の男たち六人を返り討ちにして大怪我させた。仕掛けたのは相手のほうだから、事件にまでは発展しなかったものの、男は更生施設に入ることになった。それがわりと長い期間。女は別れたって言い張ってたけど、別れ話をする時間なんかなかったから、実際はどうだかわかんない。しばらくして男が戻ってきた。ヨリを戻すとかそういう話はしてない。でもふたりはまた会うようになった。この状態って」彼女たちに訊く。「どうなんだと思う? ふたりはつきあってる? つきあってない?」
ダリルが応じる。「ビミョーだな。両方がまだその気で会ってんなら、つきあってるような」
「会ってなかった期間にもよる気が」とティリー。
「じゃあ一年」ベラは言った。
「一年会ってなかったら、普通は別れたと思うよね。けど気持ちが冷めてなかったら、つきあってるって言えるような」
「つーか一年も更生施設に入るって、よっぽどだな」ダリルが言った。「あたしのツレも何人か、施設に入ったことあるけど。長くて三ヶ月とかだよ。上の奴らで半年っつーのがちらほらいたかなってくらい。それ以上はもう少年院とかだわ」
エフィが言う。「六人相手に勝つって、超ヤバイ気がする。ってゆーか、それがベラのカレシ?」
「まさか」
「違うんかよ」
ベラは笑った。「まあ早い話、どっちだろうと関係ないでしょ。私にオトコがいてもいなくても、誰も困らないじゃん。それに私は実際がどうだろうと、オトコがいるって言い続けるつもり。他の男に言い寄られたくないから。経験ないとわかんないと思うけどね、友達だと思ってた相手に告られることほど、イヤなことってないのよ。ただの見栄だと思うかもしれないけど、避けたいのはそれだから、学校ではオトコがいるってことにしとくの。
詮索されたくないのはホント。ノロケなら黙って聞くけど、自分のことを話すのはキライ。いちいち説明するのがめんどくさい。なんで知り合う人間ひとりひとりに、男との馴れ初めだの、どんな奴とつきあってるかってのを、いちいち最初から説明しなきゃいけないんだっつー話になる。話したい人間だけ話しとけばいいじゃない、そんなの。気になるなら勝手に想像して、男好きだの遊び人だのヤりまくりだの、陰で勝手に言ってればいい。詮索されるくらいならそうしろって私は言う。そういうことだから」
一度言葉を切ると、ベラはケリーに向かって微笑んだ。
「どうとでも思ってればいいよ。もしかしたら私がつきあってるのは、中学の卒業式のボタンの競りで十万フラム近くを稼いだっていう伝説を持つ、とんでもなくイイ男。もしくは、自分に喧嘩を仕掛けてきた六人の男を返り討ちにするような巨漢。でももしかしたら、浮気を繰り返す最低最悪の女ったらし。そうじゃなきゃ、まだ十代のくせにコンドミニアムで一人暮らししてる金持ち男。可能性はいろいろある。でもどう思われようと、私はどうでもいいから。いるかいないかからはじまって、いるとすれば相手がどんなかってのも、ぜんぶそっちの想像に任せる」




