○ Conflict And Contradiction
部屋には太陽の弱い光が差し込んでいた。目に見える範囲に時計が見当たらないので何時だかわからないが、おそらく九時か十時頃だろうとベラは思った。
目の前でアゼルが、自分に腕枕をしたまま眠っている。けっきょく泊まったのだ。懐かしい光景だった。昔はよく──彼の使っていたシングルベッドで──こんなふうに、目を覚ましていた。
今日が月曜ならよかったのに、と思う。彼の仕事はともかく、一日くらいなら学校を休んでも平気だろうからだ。だが今日は日曜で、店に行かなければならない。今は再び訪れた大事な時で、時間を無駄にはできない。
ベラは彼の頬に触れ、彼の胸にキスをした。起きたらしく、なにも言わないが、彼も彼女の身体を撫でた。そうやって触れ合うのが好きだった。シーツの下、一日を、お互いに触れることからはじめるのが好きだった。寝起きのそれは、相手の肌を新鮮な感覚で迎えられる。
アゼルの肌にキスをしながら、彼女は言った。「行かなきゃ──」
彼も彼女の肌を撫で、キスをしている。「どこに」
「店──仕事──」
「夜だけの営業じゃねえのかよ」
「そうだけど、他にも仕事はある──」
「あっそ」
わかっているのかいないのか、彼は昨夜と同じようにベラを自分の上に乗せ、彼女の中に自分を入れた。寝起きには激しすぎる勢いで何度も彼女の身体を突いたかと思えば、突然それをやめて身体を離し、放るようにベッドに彼女を寝かせた。
アゼルの冷たい態度と、店へ行かなければいけないという現実が、またベラを苦しめる。
葛藤はある。どこにも行きたくないという気持ちも存在する。ずっとここにいたい。彼のそばにいたい。最悪オープンまでに行けば店は問題ないだろうと、そう思わなくもない。なにを優先させるべきなのかがわからない。正しい答えがわからない。
アゼルはバスローブを着てバスルームへと向かった。ベッドに取り残されたベラの頭の中に、再び眠ってしまえばいいのではないかという考えが浮かぶ。
言い訳を考えていた。ディックたちを納得させる言い訳ではない──自分自身を納得させる言い訳だ。ここに留まる明確な理由が欲しい。店よりもアゼルのほうが大事だと思い込む、明確な理由が欲しかった。
どちらも大事なのだけれど、彼を優先するとして、それをアゼルが喜ぶとは思えない。どちらにしても、彼は怒る気がする。引き止めたりはしない。彼は決してしない。行きたければ行けと、そう言うだけだ。
店のほうはといえば、自分が行かなければ、雑務が他の人間にまわることになる。赤白会議室にあるものを引っかきまわされるのは好きではないし、自分の仕事を誰かに任せるのも気が進まなかった。任せるということは、誰かの時間を奪うことにもなる。けっきょく、自分は店に行くしかない。
起き上がり、ベラはアゼルを追ってバスルームへと向かった。
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昔も今も、アゼルはいつも矛盾している。
真っ赤な執着心の中、真っ赤な愛を隠しながら、真っ赤な怒りと憎しみを押しつけるようにベラを抱く。どの感情を優先させるにしても、彼が彼女を抱く時は、いつも全力だ。
そしてそれは、ベラも同じだった。
再びバスローブを羽織ったふたりは、シャワーで濡れた髪をまともに拭かないまま、夢中でキスをしながらバスルームから出た。周りなど見ていない。見ているのはお互いのことだけだった。
彼女の背中が壁に押しつけられ、前からアゼルが迫ってくる。彼は彼女を抱えあげてひとつにつながった。
しかしベッドではなく、ドアを開けてリビングへと向かった。広さのわりに家具の少ないそこで、彼女を脚の上にまたがせたままソファに腰をおろす。ふたりは唇が腫れそうなほどキスを繰り返していた。
「──ひとつ、問題がある」ふいにアゼルが言った。
乱れる息を抑え、彼の首に腕をまわしたままベラが訊き返す。「──なに?」
「昨日お前に飲ませたの、普通の避妊薬だ」
「だから、なに」
「具体的にどのくらいで効果が出るか、よくわかんねえ。お前が薬飲んでから、三十分は時間おいたつもりだけど」
ぼうっとする頭で、彼女はどうにか意味を理解した。「──つまり、昨日のが安全かどうかは、よくわかんないってこと?」
「だな」
「妊娠する可能性があるってこと?」
「あるな」
「だからなに」
ベラはまたアゼルにキスをした。無意識に身体を動かしてしまう。その快感は、彼からしかもらえないものだ。
「──妊娠したら、産む」彼女は言った。「あんたがどう言おうと関係ない。あんたが認知しなくても、誰かに頼んでしてもらう。私は産む」
そしてまたキスをする。ベラは本気だった。この気持ちも、昔から変わらない。はじめて彼に、避妊具をつけず、中に出された日から、その気持ちは変わっていない。彼が施設に入ったあとで妊娠がわかったとしても、その時は産むつもりでいた。怒りや憎しみは、そこには繋がらないのだ。
「──んなことにはならねえよ」アゼルが言う。「あとでアフター用やる」
「なにそれ」
「失敗した時とか、忘れた時とか、事後に飲む避妊薬」
「もう手遅れじゃないの?」
「いや、ぎりぎり平気なはず」
「おろせとか言っても無視だから」
「俺らの血なんてロクなもんじゃねえ。産んでも不幸になるだけ」ベラの首筋にキスをする。「しかもガキはキライ」
「可愛いよ、小さい──二歳くらいの子。マダーレッドの髪に灰色の瞳──そうじゃなきゃ、黒髪にヴァイオレットの瞳」
「んなうまくいくかよ。それにガキは成長する。うざいだけの時期もある。っつーか俺とお前がんなことしたら、俺らと同じ目に合うの、目に見えてんだろ」
夜中に限定できるかはわからないし、そういう喧嘩は彼とはしたことがないが、昔彼女が経験したように、怒鳴り合う喧嘩をする可能性はある。そうでなくても、彼が昔経験したことが──自分の子供に暴力を振るうというのが、繰り返される可能性もある。なによりありえるのは、離婚だ。
「妊娠したら結婚してくれるって言ってんの?」ベラは訊いた。
「誰も言ってねえし。お前はひとりで育てんだろ」
「途中で消えられるのと、最初からいないの。どっちが幸せなんだろう」
「知らないほうがマシな気はするな。それほど恨んだりしねえだろから」
ディックがそうだ。彼は自分の父親をほとんど知らなかった。亡くなったと聞かされていて、母親も恨んだりもしていなかったから、彼は父親をほとんど憎まずに生きてきた。
「なら産んでも会わないの?」
「お前とヤれりゃいい」
「それでまた妊娠?」
「さあな」
アゼルの考えていることは、本当によくわからない。
「──なんでも、いい」彼女は両手で彼の頬を包み、彼と額を合わせた。「つけろって言うなら、ちゃんとつける。飲めって言うなら、なんでも飲む。でも、外には出さないで。ちゃんと中で終わって。最後がいちばん好きなの。一緒にイクのが好きなの。避妊具があってもなくても、終わるまでつながってたい」
アゼルもベラの頬に両手で触れる。
「──知ってる」
キスをしてまた、続きがはじまった。




