○ Denial
「──けど」アゼルが切りだした。「やっと確信した。去年、お前がゴミぶちまけに来たんだって」
「ゴミじゃない」ベラは反論した。だが彼の言葉に引っかかった。「マルコから聞いてないの?」
「なにが」
失敗した気がした。マルコは自分たちの身に起きたことを、なにも言ってないのかもしれない。
「マルコに連れてってもらった」
「へえ。で、ヤッたのか」
「なんでそういうこと訊くの」
「イヤなら答えんな」
絶対に答えなければならない、嘘をついてはいけないという取り決めなどは、なにもしていない。
少し悩んで、ベラは質問を変えた。「この部屋は、なに? コンドミニアムじゃないの?」
「ジジイの家」
彼の祖父のことだ。「おじいちゃん、いるの?」
「いや。死んだ」
ベラは驚きで彼を見上げた。
「──いつ?」
「去年の十二月。ついでに言や、その前にクソ親父も死んだ」
驚きしかなかった。彼が施設に入っているあいだに、彼の身内が二人も亡くなっている。
彼の“孤独”がさらに強くなったのだとわかり、ベラはまた彼に頬を寄せて目を閉じた。
「──おじいちゃん、一度くらいは会いたかった」
「お前、もしかしたら会ってる」
「会わせてくれたことなんてないじゃない」
「去年の十月。中学の文化祭のあと。どう考えても不審者。小学校の行き方」
単調なキーワードだったが、記憶を辿り、ベラは身体を起こして再び彼の視線を受け止めた。
思い当たることがあった。去年の十月、文化祭のあとの帰り道。ビューティーサロンの駐車スペースから、知らない男に声をかけられた。小学校への行きかたを訊かれて、適当に教えた。
「──あれが、おじいちゃん?」
「死ぬ前に、マスティとブルの人生狂わせたお前の顔、見ときたいっつって。勝手に行った」
あの時、髪のことを訊かれた。染めているかという質問に、いいえと答えた。空は薄暗かったうえにその人物はサングラスをしていて、よく赤だとわかったなとは思ったが──彼は確かめたのだ。自分かどうかを確かめた。
「──名乗ってくれれば、よかったのに」
「どうせお前は俺に対して恨みつらみだろ。名乗っても、お前が相手するかどうかわかんねえじゃねえか」
確かにそうだった。だが十月は、他にもいろいろあった。「──文化祭が終わってから、ローア・ゲートのバルキー・ヘンプにある更生施設、見に行った」
「なんのために」
「だから、見たくて」
「それもマルコとか」
「そう」
「へえ。あの車でよくあの山道走ったな」
「その頃はまだ新車だったから文句言ってた」
「それが普通」
ベラは片肘で自分の身体を支え、彼にキスをした。こんな状況でマルコの名前を出すのは、なんだか気が引ける。
キスをしながら、アゼルは自分にまたがるようベラを促した。またお互いの欲望が高まっていく。やめる気などなかったが、せっかくシャワーを浴びたのにと彼女は言った。ならやめるかと彼は訊いた。
やめられるはずなどなく、ふたりはまた、ひとつにつながった。どちらも動きはせず、ベラは彼の肩に頬をあずけた。彼の体温を全身で感じながら、左手で彼の首にある南京錠を撫でる。
さっきの会話から、彼女にまた疑問が生じた。
「なんで車、持ってるの」
「ジジイの車」
「そういう意味じゃない。まだ十七でしょ、誕生日は二月なんだから」
「その誕生日を早めて考えるっつー特別プログラムの試験運用に、ジジイが申し込んだ」
「意味がわからない」
「海外じゃ十六から免許ってのがあるだろ。それをこの国でやるのはどうなんだっつーので、検察だの警察だの政府だの、一部の偉い奴らが集まって、何年か前から計画があったらしい。適用されんのはたいてい一月から三月に生まれた、身寄りがなくて自分で働いて食ってかなきゃいけない田舎の十七歳だけ。条件が揃っても、普通より細かい適性検査に合格しなきゃだけどな。有効期限は誕生日まで。違反とか事故起こしたら即免許取り消し、罰金も刑もありで、欲しけりゃ実際の誕生日に合わせてまた一般で免許とりなおしとかいう、面倒な条件つきの特別免許」
よくわからないがつまり、十七歳の状態でもその特別プログラムによって、彼は運転免許証を取得できたらしい。
「誕生日──来年の二月まで違反しなきゃ、そのまま普通の免許に切り替えられるの?」
「だな。っつーか普通、車に乗った時に訊くだろ」
「そんな余裕なかった」
「なんで電話したんだよ」
唐突なその質問に、ベラが身体を起こして彼の視線を受け止める。彼女が答える前に、彼は続けて言った。
「お前はそういうの、無視する奴だろ」
図星だ。そうしようか迷っていた。「──なら、なんで愛称じゃなくてファーストネームを言ったの?」
「覚えてねえ」
彼はいつもこうだ。質問しても、大事なところではぐらかす。
「愛称だけなら、無視してた」
「無視すりゃよかったんだ。そしたら会わねえですんだ。俺だってわかった瞬間に、電話切ってもよかった。お前の番号がわかったからって、かけなおしたりしねえよ」
ベラはまた泣きそうになっていた。けっきょく、会いたくなかったと遠まわしに言われているようなものだ。その気持ちも理解できるからこそ、よけいにつらかった。
「──だったら、来なきゃよかったじゃない。メモなんか残さなきゃよかった。待つなんて言わなきゃよかった。私が車に乗れないように、ドアに鍵かけてればよかった」
彼も言葉を返す。「噂がお前かどうか、それ確かめようとしただけだろ。ブルたちにふざけたことしたお前が、何事もなかったようにキライだったはずの目立つ行為をやってんだとしたら、どんだけふざけてんだと思っただけだ。ビルの前まで行ってお前を呼ぶ声がしたり、フツーに出てきたお前が他の人間とじゃれ合ってんの見たりしなきゃ、番号渡したりもしなかった。非通知でお前が電話してきた時、一回は切っただろ。なにわざわざ番号通知してかけなおしてんだよ。ナイフ返せっつっただけで、なに部屋に誘ってんだよ。なんで家までついてきてんだよ」
ベラはもう、涙を流しながら彼を睨むしかできなかった。自分の行動を全否定されている。自分の中にいるもうひとりの自分が否定する以上に、アゼルが、自分の行動を否定している。
アゼルはやはり、怒っているだろう。マスティたちの行動が自分のためだったことに気づかなかった自分に。そのうえ、彼らだけでなく祖母まで失った自分が、なにごともなかったかのようにあの場所でうたっていることに。違和感があるのは当然だ。彼はきっと、マスティたちや祖母の存在は、自分にとってその程度のものだったのかと言いたいのだ。
「──だったら、もう帰る」
身体を離そうとしたが、アゼルはベラの腕を掴んで彼女の身体を突き上げた。その快感に、彼女は思わず声を漏らした。
「こんな状態で帰すかよ」睨むような冷たい視線で彼が言う。「これ終わって、それでも帰りたきゃ帰れ」
そう言ってまた、下から彼女を突き上げる。どうしていいのかがわからず、ベラは泣きながら身を委ねるしかできなかった。
アゼルは自分を抱き寄せるし、キスもする──そのせいでよけいに、彼がなにを望んでいるのかがわからなかった。
あえて彼の行動に目的を作るとしたら、復讐しかないのだろう。また自分を傷つけ、ぼろぼろにする気でいる。予想していたことだし、そう確信した今でも、ベラはやめられなかった。どちらのほうの感情が強いか、それはわからないが──自分も彼を憎み、そして、愛している。彼に愛情があるのかどうかは──さっきまではいくらか、あったかもしれないが──こうなってしまえばもう、それすらわからない。
「噛んで──」自分の上に覆いかぶさっているアゼルに向かって、涙を流しながら彼女は言った。「痕つけて──イキそう──」
アゼルは応えてくれた。服を選べば外からは見えないだろう位置で彼女の身体に痕をつけ、そして、噛んだ。
どうしようもない快感と痛みに、ベラは果てた。




