○ Similarity
自分を抱えてベッドルームへと連れていくアゼルの首に、ベラは腕をまわしていた。うつろな目が彼の背中にあるものに気づく。指でそれを撫でた。
「タトゥーがある」
「彫った」
「よく見えない──髑髏?」
「髑髏と薔薇」
部屋が暗く、しかも上から見ているせいで彼女にはよくわからなかったが、アゼルの背中の左上部にそれはあった。寄り添う二体の髑髏の周りに、いくつかの赤い薔薇が咲いている。
「ちゃんと見たい」
「無理」
ふたりは暗い部屋のダブルベッドの上にあがった。彼が上になり、またキスが繰り返される。彼は唇から首筋へ、鎖骨へ、胸へ、おなかへと、少しずつ下へ移動しながら彼女の身体ににキスをしていった。
乱れる息を抑えながら、ベラが静かに切りだす。
「──去年の、十二月二十三日──」
アゼルは動きを止めた。
「──の、夜中──どこに、いた?」
「どこって、施設」
「どこの──?」
「知ってんだろ」
知っている。確かではないが、確かめる術などなかったが、おそらく彼は、あの場所にいた。
「なら──プレゼントは、受け取ったの?」
「散々騒いだあとに捨てられた。どう考えてもゴミ」
「でも──違うこと書いてるのも、あった」
「ゴールドと、シルバーのだけな」
ベラの心臓が大きく揺れた。彼は、彼女の顔を正面から見られる位置まで戻ってきた。
「けどあん時は、まだ一年経ってねえ」
去年の十二月二十三日の夜、マルコの車でベネフィット・アイランドを出たベラは、二時間以上かけてアマウント・ウィズダムの、彼が入所した更生施設へと向かった。
日付が二十四日に変わり、あらかじめ用意していた、折り紙で折ったたくさんの紙ヒコーキを、施設の敷地内へと飛ばし入れた。その紙飛行機たちには“Merry X'mas”と書いた。けれど一枚だけ、ゴールドの折り紙には祖母に教わった言葉、“Vaya Con Dios”と、そしてシルバーの紙飛行機には“One Year”と書き添えた。それも当然、施設に向かって飛ばしている。
「──だって、どうせ、一年じゃ戻ってこないって、わかってた」
ベラはまた涙目になりながら答えた。だか彼は冷たく返す。
「あっそ」
それでも彼女は、アゼルの頬を撫でた。
「起きてたよね。私が行ったの、わかったよね」
「わかったから窓、開けさせたんだ。同室の奴がアホだったから、紙飛行機に気づいたのは朝だったけどな」
アゼルはやはり、気づいていた。どうしてかはわからないが、彼はあの日、夜中にもかかわらず起きていて、そして、自分が会いに行ったことにも気づいた。
「──顔、見せてくれればよかったのに」
「んなことしたらそれこそ大騒ぎだろ。お前見つけたら、俺は確実にお前を犯す。っつーかもう黙れって。喘ぐのはいいけど、勝手にイッたらキレるからな。すぐ追い出すからな」
そんな脅しをかけるとアゼルはまた、彼女の身体にキスをしながら下のほうへとさがっていった。
そこで彼がしたのは、ベラが今までに経験したことのない──彼が彼女にしたことのない愛撫だった。
ベラは思わず、身を大きく反らして声をあげた。だが彼はやめなかった。アゼルの熱と息遣いが、じかにベラに伝わる。未知の快感にじっとしていられなかったが、彼は彼女を逃がそうとしなかった。
それどころか彼はそれを続けながら、自分の指を彼女の身体の中に入れて快感を与えた。
狂ってしまいそうなことと我慢の限界に、ベラは何度も懇願したが、アゼルは彼女が果てそうになった時に動かすのをやめて少し休憩させるだけで、落ち着いたかと思えばまた繰り返した。
何度かそれを続けたあと、唐突にそれをやめ、アゼルは彼女の上に覆いかぶさった。我慢の限界に達していたベラは、ひとつにつながるために彼が自分の中に入ってこようとしているだとわかり、呼吸を乱しながらもそれを止めた。
「だめ、今きたら──」
彼は無視して彼女の中に、奥まで一気に入った。アゼルとひとつにつながった瞬間、全身を突き刺されたような感覚がし、ベラは果てた。
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ふと気づいて目を開けた時、ベラはほとんど完全に、アゼルの身体に覆われていた。
「ありえねえ」耳元で彼が言う。「突っ込んだだけでイッてんじゃねえよ」
なにが起きたのか、彼女にはよくわからなかった。だがおそらく失神したのだろうと思い、彼にあやまった。
「とりあえず、一回出す」彼女の耳元で言う。「お前がさっき飲んだの、避妊薬だ。いくらでも中で出せる」
なぜそんなものが、というのを考える余裕は、ベラには与えられなかった。一度目が終わると、二度目がはじまった。まともな会話をすることはほとんどなかった。一年半の空白を埋めるかのように、ふたりは夢中で抱き合った。
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「嘘、憎しみ──」ベラの左手の薬指からはずした指輪を、ナイトスタンドの明かりを頼りに見ながら、それに彫られた文字をアゼルが読みあげる。「喪失に裏切り。よくこんな指輪、わざわざ作ったな」
彼女は、ベッドヘッドにクッションをはさんでもたれる彼の腕の中にいた。彼の胸に頬を寄せている。「勢いで」
「ヒトの名前まで彫ってんじゃねえよ」
指輪の内側には彼のラストネーム、“Lucifer”が彫ってある。
「違う」と彼女は否定した。「それは金星。明けの明星」
「あ?」
「おばあちゃんが教えてくれた」彼の身体に左腕をまわして目を閉じる。「なんだっけ──明け方に東の空に見える星。地球にいちばん近い惑星で、月の次に明るい星。私とあんたには、金星っていう共通点があるんだって」
「なんで」
「金星は別名、“アプロディーテーの星”って言うらしいの。“アプロディーテー”は、美と愛を司る神話の女神。よくわかんないけどすごくて、戦の女神でもあるんだって。アプロディーテーは春の女神とも呼ばれるから、私にぴったりだって」
「デボラのことだから、お前が戦争大好き人間だとは思ってないだろうな」
「そこはわからないけどって言ってた」
「こんなもんつけてたら、男寄ってこねえだろ」
「いらない」
「さっきはいるとかって嘘ついたくせに」
「意味ないってわかってた」
「やめてもよかったんだけどな」
そう言って、アゼルは彼女の左手の薬指に指輪を戻した。
やめてもよかった──正確には会わないほうがよかったという意味だろうと、ベラにはわかった。会ってしまえば、またはじまる。傷つけ合い求め合い、お互いの人生をめちゃくちゃにする関係が、またはじまってしまう。
だが、もう手遅れだ。
「“アプロディーテー”って内側に彫った指輪あげたら、つける?」
「指輪は仕事の邪魔になるから無理」
「なんの仕事?」
「まえと変わってねえよ。仕事場が変わっただけ。っつーか職場そのものが移転したから、場所以外はそれほど変わってねえ」
彼は以前、車の整備の仕事をしていた。
「これ以上訊いたらふたつってことになる?」
ベラはアゼルに訊ねた。この一年半のことを細かく話せば収拾がつかなくなるので、訊きたいことをひとつずつ、交互にしていこうという話になったのだ。
「そだな」
そう言った彼はナイトテーブルに手を伸ばし、煙草に火をつけた。
「なら次、そっち」
「あの店はなに」
「ブラック・スター。あんたが施設に入ったすぐあと、ゼスト・エヴァンスに行って、そこでボス──ディックを紹介された。一年後に店をオープンさせるって。十七になったらうたいに来いって誘われてた。でもしばらくしてからまた彼に会って、女シンガーが見つからないこともあって、オープンと同時に来るかって。目立つのがイヤだからって、最初は拒否してた。でもけっきょく、うたうことにした。詞を書いたら、彼や幹部メンバーが曲をつけてくれる。今年の四月にみんなで店を開けた。他にもバンドやシンガーがいて、週末土日だけのオープンで、私は一日に何曲かうたってる。来週から金曜の営業もはじまる」
簡単に説明したが、彼の反応は冷たかった。
「へえ」
「いつからいたの?」
「お前が駐車場から出てきたあたり」
彼がスタッフにメモを渡したというタイミングから、ベラはその時を推測した。ちょうどあの三曲をうたう前、ディックの代車の軽トラックの荷台で寝転んでいた時だ。
「じゃあ──三曲とも聴いたの?」
「聴いた」
よりによって未練全開のあの三曲を、やっとうたう気になってうたった三曲を、彼は聴いたらしい。
「──他にも、曲はある」
「今さらお前がなにしたって驚かねえよ」
いくらか煙草を吸い終わったらしく、彼は灰皿の火消しに煙草を入れた。
アゼルは知っている。彼女が中学生時代、なにをしてきたか。本来なら中学一年と中学二年の時のことしか知らないはずだが、マルコや、中学の恩師、ボダルト生徒指導主事に会ったということは、彼が不在だった中学三年の時のことも、それなりに聞いて知っているだろう。




