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R E D - D I S K 0 4  作者: awa
CHAPTER 08 * BREAK DOWN
51/198

○ Rainy Night Reunion

 外は雨が降っていた。小雨だと聞いていたが、霧雨だった。雫の一粒ひとつぶが柔らかく、量が多い──それでもベラは走った。ひと目も気にせず、キャリーバッグが邪魔だと思いながら──着替えることすら忘れていた。季節はもう夏のはじまりで、雨にうたれても寒くはないが。

 わけがわからないまま走り続け、言われたとおりの場所に着いた。ブラック・スターよりもゼスト・エヴァンスから近い、ファイブ・クラウド・エリアの裏手にあるコインパーキングだ。

 あたりを見まわしながら歩いていく。いくつかある外灯を頼りに、停車された十数台の車の中や外を──順番に注意深く──見まわしながら、相手を捜した。誰もいないように思える。エンジンがついた車もない──車に乗っている人間もいない気がした。

 パーキング内を半分まで進んだところで、やっと我に返った。また新しい考えが浮かぶ。

 彼が誰かに話した可能性もある。自分の写真など持っているはずはないが──マスティやブルが、施設に入る前に口外した可能性も、絶対にないとは言いきれない。

 そんな可能性を考えながら、諦めろと自分に言い聞かせようとしかけた時、パーキングエリアの一番奥──外灯の当たらない場所に、人影を見つけた。黒い乗用車の後部に、車体に腰をあずけ、雨に濡れながらうつむく男がいる。背が高く、おそらくライトブロンドで、坊主とまではいかないが短髪だ。

 思わず立ち止まっていた彼女は再び、キャリーバッグを引いてゆっくりと歩きだした。もういつぶりかわからないが、心臓が、これ以上ないくらいに激しく鼓動している。雨の音よりも大きく、彼に聞こえるのではないかと思うほどの音だ。

 彼まであとほんの二、三メートルというところでベラが立ち止まる。全身が──自分のすべてが、今目の前にいるのはアゼルだと感じていた。叫んでいた。

 「──アゼル?」

 彼女が言うと、彼は少しだけ彼女のほうへと顔を向けた。だが完全には振り返らず、また視線をそらした。

 それでもベラには、それが彼だとわかった。あの冷たい眼を知っている。成長して、もしかしたら顔つきは少し、変わっているかもしれないが──それでもあの、怒りと憎しみのこもった眼は、昔のままだった。

 アゼルが戻ってきた。アゼルが、帰ってきた。

 彼女がなにも言えず、動けずにいると、今度は彼が口を開いた。

 「ナイフ返せよ」

 雨と一緒に、ベラの頬を涙が流れる。会いたかった。同時に、最初に言う言葉がそれかとも思った。心の中を、様々な感情が交錯している。

 「──みんな、いなくなった」ベラは言った。「マスティもブルも、リーズもニコラも──施設に、入れられて──」

 「知ってる」

 彼女の手に力がこもる。

 「──おばあちゃんが、死んだ」

 「──知ってる」

 涙を止めようなどとは、顔を濡らす雨を拭おうとは、思いつきもしなかった。キャリーバッグをその場に残し、彼女はゆっくりと彼に近づいた。

 「──ミュニシパル、受かった」

 「それも知ってる」

 なぜ知っているのかなど、考える余裕がない。訊いたとしても、彼が答えるとは思えない。とにかく今は、まだうつむいたままの彼の顔を、ちゃんと見たかった。

 正面に立っても、彼は顔を上げない。ベラは声を振り絞る。

 「──会いたかった」

 彼は鼻で笑った。

 「うそつけ」

 こうやって、彼は自分を傷つける。悪態をつくのが得意なところすら、変わっていないらしい。そして自分の本音など、絶対に教えてはくれない。

 ベラは両手で、うつむいたままの彼の頬に触れた。顔を上げるよう促して、目が合い、やっと彼の顔がちゃんと見えた。

 アゼルだ。

 少しおとなびたけれど、ほとんど変わっていない。冷たい眼も、頬に触れた時の感触も、指先に感じるその肌の温度も、昔のままのような気がした。

 はじめて、彼の顔をキレイだと思った。ハンサムという表現は、やはりわからないが──今も昔も、彼の顔が好きなのだと、ベラは心の底から実感した。

 彼の言葉は変わらない。「ナイフ返せ」

 再会したとしてもその態度が最悪であろうことは、予想していた。アゼルはそういう人間だ。

 「──他に、言うことないの?」

 「俺よりも、お前のほうが言うこと、あんだろ」

 当然だ。話すことはたくさんある──彼がそれをすべて聞いてくれるのか、なにから話せばいいのかも、よくわからないが。

 「──二月に風邪、ひいた」

 「知ってる」

 「引っ越した」

 「知ってる」

 「センター街でひとり暮らししてる」

 「知ってる」

 まだ涙が流れているのか、それとも止まっているのか、なにが真実なのかさえも、まったくといっていいほどわからない。

 「──あんたのせいで、リーズたち、いなくなった」

 「へえ」

 なぜそんな反応なのか、それがどういう意味なのか、彼女はさすがに気になった。それでも、訊き返すことは無駄な気がした。

 キスをしていいか、と訊こうとして、それもやめた。拒否される可能性が高いからだ。こうやって彼に触れても、心のどこかでまだ、これは夢なのではないかと思っている自分がいる。彼の存在を──彼が今目の前にいるという現実を完全に信じるには、キスをするしかないのにだ。

 けっきょくなにも言わず、ベラは勝手に、アゼルの唇にキスをした。

 彼は応えない。

 もう一度する──フレンチキスではあったが彼の唇が少し、動いた気がした。

 三度目のキスを唇で促すつもりで、彼の首に腕をまわしかけた彼女は、なにか冷たいものの存在に気づいた。

 南京錠のチェーンだ。

 一年と半年前のクリスマスに、支配がキライなことを承知で、アゼルにプレゼントした──自分のものと揃いでサイズが少し大きめ、カレルヴォに頼んで“TWD”と刻印してもらい、同じチェーンを使って、ペアのペンダントにしてもらったものだ。

 黒い服の下に隠れていたそれがまだ彼の首にあることに、ベラは少々驚いていた。はずされていると思ったからだ。

 すると今度は彼が、彼女の南京錠を掴んで彼女を引き寄せ、キスをした。

 ベラは今度こそ、彼の首に腕をまわした。

 一年半ぶりのキスだった──雨の味の混じった、深いキスだ。彼の両手が自分の頬に触れ、ベラはまた泣いた。大好きだった、かつて愛した懐かしいそのキスに、彼の存在を実感した。

 みんな、いなくなった。

 両親はいるが、いないも同然だ。

 兄弟のような存在だったブルたちは、三年という期限つきで。

 祖母は、永遠に。

 “母親”は、捨てられるまえに捨てた。

 ルキアノスやマルコは、いつまでかわからない。

 アニタたちのことは、自分から突き放した。

 アゼルは、帰ってきてくれた。

 何度か深いキスを続けたあと──彼女が満足しないうちに、彼がそれを止める。彼女の両手を頬に残したまま、額を合わせて口を開く。

 「──乗れ。送ってやる。そんでナイフ返せ」

 乗れというのは、車に乗れということか。またこの手を離さなければならないのか。

 「離れたくない──」

 「無理。さっさとしろ」

 冷たく返すと、彼女の腕を無理やりほどき、アゼルは自分が腰をあずけていた車の運転席に乗った。

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