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R E D - D I S K 0 4  作者: awa
CHAPTER 01 * BLACK STAR
5/191

* Brick By Boring Brick

 うたい終えると、フロアは大きな拍手と歓声に包まれた。だがベラもバンドメンバーも、これ以上の達成感を知っている。酔いしれることなく彼らは“Brick By Boring Brick”の演奏をはじめ、ベラはバンドメンバーと視線を合わせて笑いながら、リズムに合わせて軽く飛び跳ねながら、頭上で手を叩いた。一部の客たちもそれに合わせてリズムをとる。

 面倒に巻き込まれたくないという理由から、目立つことが本当に嫌いだった彼女が、合わせれば百人以上はいるだろう客やスタッフたちの視線を一気に浴びている。そんなことはもう、気にならなかった。自分で詞を書き、それに曲をつけるという作業を、マッチングした時の満足感を、彼らの演奏に合わせ、リアルな音を肌に感じながら、マイクを持ってうたうことの快感を、身を持って知ってしまった。もう後戻りはできない。



  そうやってお城を手に入れたお姫様

  望んだすべてを自分のものにした

  ドレスにティアラ ガラスの靴

  民衆に笑顔を振りまく

  だけどある日 なにかが

  夢の世界を生きる彼女を襲った

  そして空虚な自分自身に気づく

  派手な宝石で着飾っていただけだって


  だから言ってあげた  やめるなら今だって


  身に着けたすべてを脱ぎ捨てて

  最新型のドリルを持って

  城を破壊するのよ  城を破壊するの

  手に入れたすべてを捨て去って

  戦いの意志を示して

  城を破壊するのよ  城を破壊するの


  彼女の心を掴んだのは非現実的な世界

  現実を知りすぎたのね

  いつのまにか路傍の小花が

  それを無視する人間になってしまっていた

  でもあまりにも長いあいだ

  すべてを他人に委ねて生きてきたから

  悪い寄生虫が彼女の中に

  退屈なレンガを積み重ねてた


  だから彼女に言ってあげた  やりたいようにやっていいんだって


  これ以上黙ってるようなら

  寄生虫がすべてを喰い尽くすだろう

  自分を取り囲むレンガしか見えなくなってしまう


  無知で無邪気な王女として生きるより

  私は立ち向かう戦士として生きたい

  おとぎ話のような魅力的なハッピーエンドより

  たったひとつの証が欲しい… 独りでも生きるために戦ったんだって


  身に着けたすべてを脱ぎ捨てて

  最新型のドリルを持って

  城を破壊するのよ  城を破壊するの

  手に入れたすべてを捨て去って

  戦いの意志を示して

  城を破壊するのよ  城を破壊するの



 Dメロをうたいながら、この数ヶ月のあいだに起きたことが頭をよぎり、ベラは泣きそうになった。それでもそんなことは表に出さず、最後までうたいきった。今日、これ以上はもうないのではないのかというほどの拍手をもらった。彼女はそんなものに興味はないし、求めてもいないけれど。

 ありがとうとだけ言い、また演技をする自分に切り替える。スタッフとして愛想のいい人間の演技だ。もちろんそれにも限界はあるだろうからと、詮索嫌いのことを承知しているバンドメンバーに囲われたまま、ステージをおりた。

 ここ数日のあいだ、どんな状況でどんな演技をするのがいいかというのを、幹部メンバーの意見を聞きながら考えていた。ベラは恋愛などする気がない。だが、女シンガーは捜さなければいけない。結果、男性客には彼らに隠れつつ適当な挨拶を返し、女性客とは様子を見ながら相手をする、という結論に至った。客はほとんどが二十代だ。大人なら自分の同級生たちと違ってそれなりに空気を読み、詮索しすぎないでいてくれるだろうと、ディックたちをとおして学んだ。どの程度なら性悪を貫いてもだいじょうぶか、ということもだ。

 ベラ自身、家庭の事情もあり、同級生に比べれば格段におとなびていたが、過去一年と数ヶ月のあいだに起きたことも含め、サイラスやディックたちとの出会いが、彼女をさらに成長させた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 褒め言葉をかけてくる人間たちに礼を返しつつ、再びサングラスをかけたベラが名前を訊かれると、バンドメンバーは自分たちの名前を教えて客を笑わせた。待ち構えていたケイトは真っ先に、ディックではなくベラにハグをした。ベタ褒めだった。マトヴェイ、デトレフ、パッシはディックを笑った。

 一旦フロアから出ようとさらに歩いていくと、壁に備えつけた簡易カウンターで話していた二人組の女がベラを呼び止めた。彼女たちはデトレフやマトヴェイには目もくれず、一杯奢らせてとベラに言ってウェイターを呼んだ。ディックはパッシやケイトと一緒になって二人を笑い返し、ベラはビールの入ったペットボトルをデトレフに任せて、彼女たちが呼び寄せたウェイターにカフェオレを頼んだ。

 ライト・アーバンカラーの髪の女はキュカ。もうひとり、ミディアム・ブラウンカラーのロングヘアの女はエルバというらしい。ベラも自分の愛称だけを教えた。彼女たちはヤンカ特製の、微量のアルコールが入ったオリジナルカクテルを飲んでいる。

 ちなみにこの店、ドリンク、フードは一貫して、すべて五百フラムで飲食できる。システムを単純にしたいというディックの希望もあり、もちろんメニューによって量の違いは出るものの、どれもこれも、ベラが幹部たちや厨房スタッフと一緒になり、使用する素材や料理にかかる手間を考慮したうえで導きだした結果だ。

 さらに単純化するため、この店にレジスターはない。注文された料理を客の元へと届けるのは基本二人で、そのうちのひとりは料金係だ。今のところ、それはヒルデブラントがひとりで担っていて、彼がその場で料金を精算する。

 「さっきの歌、最高だった」キュカがベラに言った。「どっちも聴いたことないけど、もしかしなくてもオリジナル?」

 「そう。ここでうたうのは、半分がオリジナルだと思う」

 ベラは曖昧に答えた。三月からやっとオリジナル曲を作りはじめたバンドもいるが、持ち曲をすべて新曲にするには時間が足りず、彼らはまだカバー曲を組み込んで予定しているからだ。それ以外でも、オリジナルよりもメジャーなアーティストの曲をカバーして客の心を掴みたいバンドもいる。この店でうたうのは、人様に聴かせられるだけの声と演奏力でさえあれば、カバー曲でもオリジナル曲でもどちらでもいいのだ。

 キュカのむこうから、エルバが身を乗り出して質問する。

 「じゃあ作詞はあなたが?」

 「うん。ノリはいいけどふざけた詞でしょ」

 彼女たちは笑った。

 「でも仕事のストレスが吹っ飛んだ気がする」キュカが続けた。「毎日毎日、お局様たちのご機嫌とってさ、マジでイヤになるんだよ。今日も飲みまくる予定だったんだけど」

 エルバがあとを引きとる。「どこ入ろうかーっつってたら、なんかやたらヒトが入ってくじゃん。なにかなーと思ってなんとなくついてってみたら、ここに着いたの。で、あなたの歌聴いて。マジやべーっつって」

 なにがだよ、と、素のテンションで突っ込みたかったが、ベラはとりあえず愛想笑いを返しておいた。

 キュカが訊ねる。「っつーか、よく見るとまだ若いよね? 高校生?」

 「企業秘密」

 なにそれと言いながらも、彼女たちはまた笑った。よく笑うらしい。演技でたいていの状況は乗り切れるだろうものの、このテンションについていくのは少々疲れるかもな、とベラは思った。数ヶ月前なら、それも簡単にできただろうが。

 アイスカフェオレを持ったエイブがひとりで来た。

 「ウェイターに転身したの?」ベラはグラスを受け取って訊ねた。

 「忙しいから手伝えってさ。君にやらせようと思ったけど、また無線切ってるだろ」

 「引っ込もうとしてたのよ」

 「早いな。まあいいけど。入口にはマトヴェイとデトレフ、二人が立ってる。暇ならたまに様子見に行って。あいつらが揃ってたら、女の子たちを引き止める可能性がある」

 「わかった」

 「ハンサムさん」キュカは千フラム札をエイブに差し出した。「この娘のカフェオレの料金。残りの五百フラムはチップにする? それとも五百フラムでおススメのドリンク、なにか持ってきてくれる?」

 彼は微笑んでそれを受け取った。

 「五百フラムごときで僕が喜ぶと思う?」

 キュカはけらけらと、エルバがくすくすと笑う。

 「ならその五百フラムは受け取って。それから、おススメのカクテルを二杯お願い。そしたら、チップはもうちょっとがんばるから」と、キュカ。

 「オーケー」

 エイブは立ち去った。

 「あれ、タイプなんだけど」キュカがベラに言った。「何歳?」

 「さあ」

 「謎だらけだな」

 「あれはひとまず置いておいて。二人は歌、うたうの?」

 「歌? カラオケなら大好きだよ、今は酒ばっかだけど」

 キュカの答えにエルバが補足する。「高校の時なんかは、毎週末カラオケだった。就職してからも、合コンといえばカラオケだったよね」

 「そうそう。とりあえずカラオケ行っとけ、みたいなね。高校卒業してから酒飲みはじめてさ、自分の限界もよくわかんなくて、起きたら隣に知らない男が、なんての、たまにあって」

 苦笑気味にエルバもうなずく。

 「そうそう、途中から記憶がなくてね。ここどこ? あんた誰? みたいな。説明されてどうにかこうにか思い出す、みたいなね」

 「でもそういうの、もうなくなっちゃったなあ」キュカは遠い目をした。「友達もさ、結婚前提で誰かとつきあってたり、そうじゃなくても合コンみたいなのはイヤだとかで、真剣な出会い求めてたり。もしくは就いたばっかりの仕事に追われて、それどころじゃなかったり? あたしら、まだ遊び足りないのに」

 エルバが続ける。「大学行っときゃよかったのかもだけどね。さっさと自立したいとか思ってたらこれだよ。就職してから、人生があっとゆーま」

 二人の愚痴を聞きながら、ベラはできることなら代わってあげたい、などと考えていた。自分はさっさと高校を卒業して自立したい。大学など興味はない。過去を思い返してもっと遊びたいなんて愚痴をこぼすことも、高確率で有り得ないだろう。

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