* Jericho / I Am
土曜、夜。
オープンしたブラック・スターで、ヒラリーはシンガーとして、自分の両親と姉を迎えた。そしてステージに立つ。キュカとエルバから改めて客たちにスタッフとして紹介されたあと、この店ではじめて、ひとりでマイクを握った。
“Dangerous To Know”をうたい終えた拍手の中、次の音楽が流れる、彼女は“Jericho”をうたいはじめた。
私たちの夢は違ってる
見ているものも、持っているものも
あなたは自分だけの方法をちゃんと知ってる
私はただそこに立っていただけ
あなたのショーを楽しみにしてた
他の子たちと同じように
いつから目的が変わってしまったのかしら
私は迷路の中で迷子になってる
今こそ飛び立つ時だと思うの
もうここにはいられない
あなたはそこでうたってる
あなたはそこでうたってる
だけど私が最後まで聴くことはない
あなたは最後のステージを迎える
あなたは最後のステージを迎える
その時私は、エリコにさよならを言ってるわ
バックステージでのこと覚えてる
そこではじめてキスしたのよね
ここを去るということはあなたとの別れを意味する
もう戻ることはできない
あなたが来るまでの時間を数えてた
明日以降、私はエリコにはいない
あなたはそこでうたってる
あなたはそこでうたってる
だけど私が最後まで聴くことはない
あなたは最後のステージを迎える
あなたは最後のステージを迎える
その時私は、あなたにさよならを言ってるわ
その時私は、さよならを言ってる…
一歩一歩遠ざかってく
エリコから あなたから
私のためにメロディを止めたりしないで
あなたはずっとエリコにいていいの
あなたはそこでうたってる
あなたはそこでうたってる
だけど私が最後まで聴くことはないわ
あなたは最後のステージを迎える
あなたは最後のステージを迎える
その時私は、エリコにさよならを言ってるわ
その時私は、あなたにさよならを言ってるわ
“エリコ”というのはヒラリーがよく使っていたライブハウスの名前で、これはそれを元にベラが詞を書き、ディック、ヒルデブラント、ヤンカと一緒に曲をつけたものだ。“旅立ち”のようなテーマのこの曲をはじめて聴いた時、ヒラリーはすぐに気に入った。
そして次の曲、“I Am”。ベラが詞を書くところを見てはいたが、自分の中途半端さを元に書いたこともわかっていたが、こんなふうに自分でうたえるとは、ヒラリーは少しも思っていなかった。
雪のように見えて本当は雨
天災のような恵み
私は輝く太陽から生まれた
ただの断片でしかない
虹の中の一色
大木の一本の枝
私は不安定な流行のひとつ
誰も私を解き明かす公式を見つけられない
シンプルで複雑 それが私
私は喜び
私は闇
時には心の癒しであり
稲妻だったり 穏やかな風だったり
いつだって無意味
だけどいつでも必要不可欠
どんな時でも私は なりたい私になれる
止まっているように見えて動いてる
悪魔のような天使
広大な宇宙にある
名も無き惑星
花園に存在する一片の花びら
大火が散らす火花のひとつ
私は誰かの夢のワンシーン
誰も私の中でなにが起きてるかを把握できない
有形で無形 それが私
私はあなたが誰かのためにうたう
歌の中のブリッジ部分
完璧に不完全
嘘のような真実
無限の可能性 それが私
私は喜び
私は闇
時には心の癒しであり
稲妻だったり 穏やかな風だったり
いつだって無意味
だけどいつでも必要不可欠
どんな時でも私は なりたい私になれる
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両親や姉に紹介したいというヒラリーから逃げるため、ベラはメルヴィナ、タバサ、フィービーと一緒にテーブルについていた。せっかくなので、もし誰かが自分たちの悪口を言っていたらシメにかかるかという質問をするため、先日キャンプで起きたことを彼女たちに話した。
「そりゃ当然、言うでしょ」メルヴィナが答える。「黙ったまんまだと、ナメられるじゃん」
予想できた答えではあったが、ベラは内心呆れた。「やっぱ言うんだ」
フィービーが言う。「メルは特に、すぐキレるからね。うちらもそうだけど。中学ん時、後輩殴りに行ったもん」
「まじで」
「そうそう」とタバサが続く。「三年の時、男のツレと一緒に、何人かで中庭にいたんだよね。したら二階からさ、二年が超こっち見てんの。あ、女ね。睨んでんのかと思って、教室まで乗り込んでって。じろじろ見てんじゃねーよ、パーンて、メルが一人の後輩に一発平手打ち」
ベラは苦笑った。「それ、睨んでたんじゃなくて、男のほう見てただけじゃないの?」
「お、よくわかったね」と、メルヴィナ。「そうやって、言い訳してた。けどさー、どっちにしても、うざいことには、変わりないじゃん。何人かでいたわけだから、うちらのことだって、視界に入ってるわけだし」
彼女──彼女たちは、少し離れたところから自分たちのことを見られているというだけで、喧嘩を売られていると思うらしい。
「ベラは言わないの?」フィービーが訊いた。「悪口とかに、文句」
「言わないかな、キリないし。めんどくさいし。言ったって、どうせまた言うじゃん。目立たないようになるかもしれないけど、陰では続くでしょ。意味ないじゃない」
「けどさ」とメルヴィナ。「黙ってたらいつまでも、誰かが聞こえるところでそれ、言うわけじゃん。情報が入ってきたら、それには文句言わないと、こいつ、誰かに悪口言われてても、なんにも言い返せない奴なんだなって。思われるでしょ」
だからどうしたと言いたかったが、ベラは言葉を呑み込んだ。
「あれ、けどベラも喧嘩買ったんだっけか、“Alone”で書いた女のこととか」タバサが言った。
「それは面と向かって、ふざけたこと言ってきたからよ」
「それだよ、それ」メルヴィナが言う。「話が伝わったら、それはもう、面と向かって言われたのと、同じことなんだって」
その感覚ですら、ベラには理解できなかった。「文句言ってどうするの? とりあえずあやまらせる?」
「そだね。でもいちばんの目的は、威嚇かな。言いたいことあんなら、面と向かって言えば、ってゆーね。つきあいない相手に、憶測だけでモノ言われるとか。そーゆーの、いちばんムカつく」
ロッタとはつきあいがあるから、陰で悪口を言うことはかまわないということらしい。この件に関してはいまいち理解できる気がしないので、ベラは質問を変えることにした。
「密告した奴ってのはどうなの? そのキャンプの件は、明らかに媚売りたいだけで密告したみたいなんだけど。そういう地味な奴が、自分たちと仲良くなりたいためだけにそういう報告してきたとしたら? そいつらとよく話すようになる?」
三人は笑って、「ありえねえ」とあっさり答えた。
タバサが続ける。「ああいうのも、わりとうざいよね。言うほど地味じゃないんだけど、いたよ、そういう奴。なんか仲間に入りたいみたいなオーラ出して、情報やったんだからもうダチだよね、みたいな感じで、やたら話しかけてきたりすんの」
「まあそんなんしたところで、けっきょく行き着くところは一緒だよ。メルが、ちょっと調子に乗りすぎじゃないの、うざいよってキレて終了」と、フィービーが補足した。
メルヴィナも言う。「あからさまなブスがキライなんだよね、うちら。あと地味なの。男の相手、できなさそーなのとか。顔に似合わず、無駄にカマトトぶるとかさ。うじうじした奴もキライ。見てるだけでムカつく」
けっきょくのところ、これがすべてなのだとベラは思った。彼女たちはおそらく、見た目だけでハヌルを毛嫌いするだろう。酒も煙草もやって、なんなら暴力も振るう彼女たちがどのレベルの不良なのか、はっきりとはわからないが──なんでもはっきりとさせたいのだ。地元の同級生、エデやカーリナとは少し違う、どちらかというとギャング系の類らしい。もっとも、ベラの知るギャングの女は、彼女の言葉に悪態をついて逃げ、あとで泣きわめくということしかできていなかったが。




