* Camp Day
五月十九日。
ミュニシパル・ハイスクールの一年生は学校行事の一環で、とある山のキャンプ場に来ていた。自分たちでテントを張って炊事も済ませるという、ちょっとしたサバイバル生活の予行演習のようなイベントだ。生徒たちはそんななのに、引率の教師たちのほとんどは近くにある、質素だがちゃんとした宿泊施設に泊まるという。生徒たちも、その施設で顔を洗ったりシャワーを浴びたりすることはできるものの、寝るのは自分たちで設置したテントの中ということになる。
テントで眠るには、同じクラスの中でもグループ分けが必要だった。多くは四人グループを作ることになる。ダリル、ティリー、エフィ、ケリーはひとつのグループだったが、ベラやハンナたちは班を二分しなければならなかった。クジでグループを分けることにし──ベラとハンナ、マーシャ、テクラの四人がひとつのテントに、ササとネアは別のテントに、同じクラスの他の女子二人と一緒に入ることになった。その二人というのは、先月アニタからの手紙をベラに渡した女たちだ。
一日目の夜、就寝前のしばしの自由時間に入ると、ベラはひとり群れを抜け出した。適当な小道を進んでから道ならぬ道へと入る。フェンスに突き当たった。山の端のようだが、見えるのはやはり山と空だけだ。山というのは不思議だ──普段生活している場所よりもいくらか高い場所なせいか、星がとてもキレイに見える。少なからず空に近いことを実感できるような気がした。
持ってきたポーチからトライアル用の乳液容器とファンデーションケース、昼の炊事の時に盗んでおいたマッチを取り出すと、乳液の空容器に隠しておいた煙草を出し、火をつけた。昼間にもこうして群れから抜ける機会があり、その時はダリルたちが一緒だった。ダリルとケリーがメンソール味の煙草を持ってきていたのだ。エフィは吸わなかったが。
フェンスに腕を預けて煙草を吸いながら、ベラは星空を見上げた。昔、アゼルと一緒に冬の空を見上げた時のことを思い出す。どんなふうに死にたいかと話した時のことだ。彼の誕生日を知ったのも、その時だった。
そのあと、夏──同級生たちと花火をした時も、ベンチに寝転んで空を見上げた。アゼルと電話で話した気がする。ちょうど、リーズとルキアノスのことで悩んでいた頃のことだ。
出会ってから約二ヶ月でつきあいはじめ、一度は別れたものの、気づけばあたりまえに一緒にいた。彼が突然消え──もうすぐ、彼が消えてから一年半になる。あれからリーズたちがいなくなり、祖母も亡くなった。ベラは、自分が生きていることが不思議だった。祖母よりも自分の命を奪ってくれればよかったのだと、どうしても、そう思わずにはいられない。
「不良発見」
うしろで声がし、ベラはフェンスに腕を置いたまま振り返った。セルジが立っている。
「なにしてんの」
「それはこっちのセリフ」彼も彼女の隣に並んだ。「お前、やっぱ煙草吸うんだな。思ったとおり不良だ」
「なにそれ。たかりに来たの?」
「オレは煙草は吸わねー」
「ビールは飲むの?」
「飲んだことはあるけど、激マズだから無理。飲んでもチューハイが限界。でもいらん」
「あっそ」
もう一口吸うと、彼女は中身の入っていないファンデーションケースの中で煙草の火を消した。
「ご丁寧に携帯灰皿まで持ってきたのかよ」
「残念」蓋を閉じてケースを見せる。「ファンデーションケース」
セルジは受け取ってそれを確認した。
「マジだ」
「ブツはこっち」ポーチから乳液の容器を出して見せた。「私、天才じゃね」
声を抑えて彼が笑う。「女って便利な。昼間の自由行動の時、別のクラスの奴が煙草見つかって怒られたっぽい。箱ごと持ってきてたから」
「バカだよね」
「中学の時、修学旅行でもそんな感じか」
受け取ったファンデーションケースをポーチに戻す。「修学旅行の時は持ってってない。その頃は、絶対必要ってほど中毒じゃなかったから。ないなら諦めがつくの、基本的にはね。だから学校でも吸わなくて平気。でも今はさすがに、一日に一本も吸わないってのはちょっときついかな。あとイライラすると欲しくなる。疲れた時とか」
「いつから吸ってんだ」
「中学二年にあがる前。ビールが先だけど」
「根っからの不良か」
「不良じゃない。不良品」
「モノかよ」
「ロボットだから」
「意味わかんね」
「ビール飲みたいよね」
「いらね。それよりチップスが食いたい」
「持ってきてないの? お菓子許可されてるのに」
「オレのグループ、四人全員のほとんどのお菓子をひとつの袋にまとめてたのな。持ってきたはずなんだけどテントにない。たぶんバスの中に置き去りにしたと思われる。気づいたのは夕食のあと。副担いわく、夕方以降は山くだり禁止。つまり明日の朝までは取りに行けねえと」
「チョコのお菓子、持ってきてる?」
「は? チョコなんて溶けるだろうし、持ってきてない──いや、けど溶けにくそーなのはあったかな。オレのじゃないけど」
「じゃあスナック菓子あげるから、明日それちょうだい」
「まじ?」
「お菓子はね、無駄にあるの。持ってきすぎて、ハンナたちにすごく笑われた。見せるから適当に持ってって」
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就寝時刻が過ぎ、ベラは狭く暗いテントの中でブランケットに包まれていた。話をしているうち、マーシャとテクラは眠った。
「変だよね、この学校」左隣、ベラと向き合って横になっているハンナが小声で言う。「体育祭はなくて文化祭は三年に一回、次は再来年。なのに入学していきなり、こんなイベントがあるんだもん」
「体育祭がないのは中学も同じだったから、なにも違和感はない」と、ベラ。
「ほんとに? でもベラ、運動神経いいじゃん。ドッジボールはすごく強いし」
「たまたまでしょ。べつに運動が好きってわけじゃない。ドッジは好きだけどね。ストレス発散になる」
「女子だけならいいけど、男子がいると怖い」
「そう? 私はむしろ男がいるほうがいい。思いっきりできる」
「強いからだよ。男子の本気ボール、めちゃくちゃ痛いじゃん。中学の時ね、授業でもあったんだ、男子とドッジボールするの。もう怖くて怖くて」
ベラは笑った。「わからなくはないけどね。勝負事になると、男はわりと燃えるほうだし。遠慮ないし。バレーは?」
「バレーボールも痛い。すごく痛い。中学の授業ではじめてレシーブした時、ほんとに泣きそうだった。手首折れたかと思った。バレー部の子とか、スパイクできて当然でしょ。怖いの。超怖い」
「弱虫か」
彼女が反論する。「だってほんとに痛いんだもん──バドミントンは好きだよ」
「私も好き。あれは怖くないの? スマッシュもやりようによっては、超高速じゃん」
「だからね、あんま前のほうに出ないの。うしろのほうで控えとく。そしたら身体に当たらないでしょ」
「よくそんなのでバスケやってたわね」
「ゴール下じゃないもん。言葉を真に受けたの。バスケやったら身長伸びるぞっていう言葉を。昔ちっちゃくて、背高いのに憧れててね。けっきょく嘘だったわけだけど」
「でも今普通じゃん。マジで伸びたのかも」
「ええー。でも百六十ないし」
「身長なんてそんないらなくね。ちなみに私は小学校の時、背伸びしまくってるせいで身長が伸びてるんじゃないかと思ってた」
「しまくってたの?」
「よく学校で寝てたからね。起きたらとりあえず背伸びしてた」
「それで伸びたんなら、私もする。がんばる」
「そんなバカな。っつーか明日、朝からメイクするんでしょ。早く寝ないと起きらんないよ」
マーシャとテクラの四人で話をしている時、ハンナが突然、メイクを教えてほしいと言いだした。ベラは自分のメイク道具で明日の朝、彼女にメイクをすることを了承した。
ハンナは笑った。「うん、寝る。おやすみ」
「おやすみ」
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翌朝。
早朝から少々騒がしくもハンナのメイクを終えたあと、ベラは彼女たちと一緒にテントへと戻った。集合時間までは少し時間がある。ハンナメイクに参加していたササとネアも、荷物を置いてからベラたちのテントに来た。
「ネアももっとしてもらえばよかったのに」ハンナが言った。
「マスカラだけって、わりと半端だよね」と、ササ。
ネアが反論する。「だって絶対、そういうの似合わないんだもん」
「うちらも、はじめてはマスカラだったよね。ワンコインショップで買って、なんとなくつけてみたんだよね」
テクラが言うと、マーシャもうなずいた。
「雑誌読んでも、なんかね。こんなメイクしたいわけじゃないしーみたいな。いちばん簡単そうなのがマスカラだった。まあ乾かないうちから目閉じちゃったりして、滲んで、あれ? ってなったけど」
ササが笑う。「雑誌ってややこしーよね。流行りのメイクテクニック! とか書いてるけど、ビフォーとアフターも載ってるけど、これ誰? って感じだし。顔違いすぎる。たいてい二重なこと前提か、もしくは二重にしてからって感じだし。そういうんじゃなくて、いろんな目に応じたメイク法教えろよって思う。最近の雑誌、モデルのメイク後の顔がみんな一緒に見える」
四人はその意見に同意した。
「ベラのメイク見てて感動した」ハンナが言った。「入試の時にすっぴん見てたからね、ずっと不思議だったんだ。なんであんな可愛くて幼い顔が、こんな大人っぽくなるんだろうって。メイク見ながら心の中でちょっと、もうやめて! とか思って」
マーシャが笑う。「確かに。美人なのは変わらないけど、すっぴんの純粋無垢な感じにはびっくりした。なんだろうね、天使が魔性に変貌するみたいな。雑誌のビフォーアフターの意外性はイヤだけど、ベラの意外性はむしろトキメキだよね。感動だよね」
「あたし、センター街ですっぴんのベラ見つけても、わかる自信ないかも」
テクラがベラに言った。ベラは黙々とお菓子を食べている。
「わからなくてもべつにいいよ。っていうか、センター街をうろつく時は基本的にサングラスかけてるしね。わからないと思う」
「サングラスなんてかけたことない。あたし、絶対似合わない」
他の四人もテクラの言葉にうなずいた。
「クリスマスプレゼントにあげようか? 全員にサングラス」
五人はあっさりとベラの提案を拒否した。「いらない」
「ちょっといい?」
不機嫌そうなケリーの声がした。ベラとハンナの背後にあるテントに入り口から、ティリーとケリーが顔を出している。ダリルとエフィも一緒だ。
「おはよ」とベラは言った。
「おは」テントの前にしゃがんだティリーが答える。「朝っぱらからちょっとごめんなんだけど、ササとネア、いる?」
「いるけど」
ケリーはテントの中を覗きこんだ。「二人とも、ちょっと顔貸してくれる?」
ハンナたちは顔を見合わせた。いい空気でないことは、普段鈍感なベラにもわかった。彼女はなにかとティリーに訊いたが、答えたのは不機嫌ケリーだった。
「聞いたんだよね。ササとネアが昨日の夜、テントの中でうちらの悪口言ってたって。メイク濃いだの男好きだのうるさいだの、なんだのって」
ベラはきょとんとした。「は?」
「言ったらしいんだわ」とティリーが答える。「うちらのこと名指しして。あ、ベラはたぶん、入ってないけどさ」
それはどうでもよかった。うるさい時はうるさいし、メイクが濃いのも事実で、男好きと言われることにも慣れている。
ベラはササとネアに訊いた。「言ったの?」
ササが否定する。「言ってな──」
「言ったじゃん!」という女の声で、彼女の声は遮られた。ケリーの後方に控えていた、ササとネアと同じテントを使っている二人組の一人──ショートボブの地黒女が声をあげたのだ。「昨日、寝る前に。いつも騒がしいよねとか、態度変わるとこが男好きっぽいとか、メイク濃すぎだとか、そういうの色々、四人の悪口言ってたじゃん!」
ベラはやっと状況を理解した。おそらく本当に、それは起きたのだ。どの程度かはわからないが、ササとネアがティリーたちの悪口を言った。この二人のいるところで。特別仲がいいというわけでもないのにそんなことをしてしまったからか、この二人はそれをティリーたちに密告した。
「わかった、ちょっと待って」ベラは冷静に、彼女たちに言った。「三分ちょうだい、話聞くから。そっちだってその二人から話聞いてんでしょ。私もこっちから話を聞く。すぐ出ていくから、ちょっと待ってて」
おろおろするハンナと一緒に、ベラはテントのファスナーを完全に閉めた。ほとんど意味はないと思うが、一応だ。




