○ Bad News
五月十日は、ベラの十六歳の誕生日だった。そんなことを自ら触れまわるタイプではないので、何事もなく終わったけれど。
翌日火曜、五時限目の授業を受けている最中に着信が入り、休憩時間になってから、ベラは教室のベランダに出てレジーに電話をかけなおした。
電話越しに彼が訊く。「今日時間ある?」
「用件による」と、ベラは答えた。
「遊べとか言ってんじゃねーよ。──ジョンアが、捕まった」
「は?」
「覚えてる? 年末、お前に喧嘩売った奴。お前の昔のオトコの元カノっつって」彼は“Alone”のネタ元になった女のことを言っている。
「覚えてるけど、それがなに」
「あいつら二人と、あと男のツレ二人──で、つるんでたんだわ、ジョンア。トッシュが仕事の時は、そいつらといたりして。で、最近は特にそうだったんだけど──なんか、大麻とかやってたらしくて」
またこの言葉だ、とベラは思った。一年前、リーズたちが更生施設に送られることになった時、喧嘩相手が大麻を持っていた。
彼女が質問を返す。「ジョンアもやってたってこと?」
「よくわかんねえ。トッシュの話だと、自分がいるところではそんな気配なかったから、やってたとしても、たぶんそこまでハマッてはねえって。──あいつら、隠れてやってたんだ。チェーソンがドラッグの類はやらねえ派だったから、チームの奴らだって、やるはずなかった。見つかったらマトになんのわかってるし、実際チェーソンがアタマになってからは、そういうのに関わってた奴、ほとんどクビ切られてたし。今チェーソンが、知り合いのポリ公から話聞いてくれてる。それ終わったら、一回お前んとこ行こうと思って」
地元の同級生ジョンアは、トッシュとつきあいはじめてから、彼の地元であるダッキー・アイルに入り浸っているらしかった。先日、新しい携帯電話番号とメールアドレスを教えるために彼女といちばん仲のよかったナンネに電話した時、その状況は今も変わっていないのとだとベラにもわかった。
地元を離れる理由に関しては、家庭環境が少々複雑で家にいたくないということ、それから彼が好きだということだけが理由だと思っていた。むこうでは、年上ではあるが友達もできて、地元に留まっているよりも楽しいのかもしれないと思っていた。それもこんなことになってしまえば、彼女がなにに夢中になっていたのか、ベラにはわからなくなった。
「じゃあ、四時頃来られるなら、ミュニシパルまで来て。四時半を過ぎるようなら、私は一度家に帰る」
「わかった。また電話する」
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放課後、ベラは迎えに来たチェーソンの車に乗った。助手席には放心状態のトッシュが、後部座席にはレジーとパーヴォがいた。ミュニシパル・ハイスクールから少し走ったところ、エステイトと隣接してある小さなハーバーのパーキングスペースに車を停め、五人で車を降りる。
ジョンアと女二人、そして男二人は、外にいたのだという。おかしなことをしていたわけではない──ただコンビニに行き、買ったものをパーキングエリアで食べていた。そこに、巡回中の警察官が来た。おそらく不審なところがあったというより、十代が揃ってそんなことしていたせいだろう。声をかけられ、逃げようとしたもののそれは失敗、持ち物を調べられ──全員から煙草が、そして男二人と女一人のポケットから大麻が見つかった。大麻を持っていなかったもう一人の女とジョンアは隙をついて一緒に逃げたものの、逃げこんだ先の家で残りの大麻を処分しようとしているところを見つかり──けっきょく捕まった。
トッシュは先月から、以前は火曜だった平日の休みが木曜に変わっていて、今日は仕事だったものの、チェーソンと同様、連絡を受けて仕事を抜けてきたという。レジーとパーヴォはわざわざ学校をサボることになった。
「今思えば最近──ちょっと変なとこはあった」トッシュがつぶやくように切りだした。「まえは、俺が仕事行くあいだ、あいつらとはたまに遊ぶ程度だった。けどこの頃は、毎日だったし──俺が帰る頃になったらジョンアも俺の家に帰ってくるってゆー流れだったのが、最近は俺が迎えに行くようになってた。それも、単に遊んでるだけだと思ってたけど」
煙草の煙を、チェーソンが溜め息混じりに吐き出す。
「ま、バカが五、六人集まって毎日毎日家に引きこもってりゃ、ロクなことにはなんねーわな。っつーか、お前もお前だよ。甘やかしすぎ。家に帰せよ、たまには」
「帰りたがらなかったって話」パーヴォがフォローした。
「こないだまで中学三年だったガキだぞ。ただの家出じゃねーか。ほんとに女のこと考えるんなら、無理やりにでも家に帰すべきだっただろ。毎日とは言わないけど、せめて週の半分くらいは。入り浸ってるって聞いた時、一回は甘やかすなって言っただろ」
低い防波堤を背に座りこんでいるトッシュは、立てた両足に顔をうずめ、今日何度目かわからない深い溜め息をついた。
「──俺のせいだ」
ベラは肩をすくませた。
「意思弱いとこ、あるからな。誘われたらイヤって言えない性格。でもジョンアだって、あんたに飼われたわけじゃないでしょ。自分で決めたことよ。あんただけが悪いんじゃない。拒否できないせいでイヤな目にあったこと、何度もあるのに、それでも断らないあいつが悪い」
レジーはやはり呆れた顔を見せた。「お前、ほんと冷たいな」
「間違ったことは言ってない。周りがどうこうってのは、私にとってはただの都合のいい言い訳。一緒に捕まった奴らのことをほんとに友達だと思ってんなら、そういうのに手出してるってわかった時点で、ぶっ飛ばしてやめさせるべきだった。やめないなら切る。一緒にやるなんて論外でしょ。煙草や酒ならともかく、ドラッグの類はやるべきじゃないって、小学生でもわかるわよ」
「最近、また出回ってるらしいな」チェーソンが言った。「他のプレフェクチュールから流れてきてるんだと。都会で捌きにくくなったから田舎で、みたいな。田舎で暇してる奴ほど、そういうのにハマりやすいのかもしんねえ。興味本位ではじめて、気づいたら中毒。危機感や警戒心が薄れて外に持ち出す。スリル求めてか我慢できなくてか、外でやる。でもバカだから、隠しとおせると思ってる」
レジーが言う。「そういや、三月だっけ。あいつらのカツアゲの成果、すごかったって聞いた。いろんなとこに足伸ばして、ひったくりとかも。チェーソンの引退祝いのためかと思ってたけど、もしかして──」
「そっち目的だろうな」と、彼。
「アタマ降りたの?」ベラが彼に訊いた。
「三月でな。ってゆーか、もともと正式なアタマだったわけじゃないんだよ。たまたま俺が前のアタマにキレて殴っちゃったから、その代わりに、みたいな」
パーヴォが補足する。「ちなみにその喧嘩の原因、俺らな。他にも何人かいるけど。前のアタマにチームに入れって言われて断って、したらボッコボコにされて。んでチェーソンがキレてくれた」
「べつにそれが原因てわけじゃねーよ。昔から気に入らなかったんだ、あのクソデブ。少年院から戻ったらあいつがアタマになってるし、しかもなんか、俺の知ってるチームじゃなくなってたし」
レジーが笑う。「だから入りたくなかったっつーのもある。あれはなんか、ただの愚隊? 走らねえ走り屋みたいな。格好だけだったもん。集会で飲んで騒いではい終了、みたいな。しかも手に入れた金の一部は上納しなきゃとか、意味わかんねえ」
「外面のいいデブだったしな。アタマになった瞬間、カオ変えやがった。上に言われたってのもあったんだよ、その気があんならあのクソ野郎を切れって。だからあの喧嘩のあと、上に差し出してやった。それからあとのことは知らねー」
「トンだって噂はあったけど、まさかそのせい?」
パーヴォが訊くとチェーソンは笑った。
「たぶんな。どっかのプレフェクチュールで、また偽ギャングスター演じてんじゃね」
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携帯電話が鳴り、チェーソンはポケットから出したその画面を確認した。少し離れて電話に応じる。
「お前は? やっぱジョンアと連絡とってなかったの?」レジーがベラに訊いた。
「とってない。ナンネに新しい電話番号教えたのも最近だし、その時、ぜんぜんジョンアに会ってないってのは聞いたけど。私もジョンアには番号、教えてないし」
「なんで教えねえんだよ」
「だってあいつ、携帯電話持ってないし。それに言ったでしょ、忙しい。他の人間にかまってる余裕はない」
「お前ほんと、ツレを大事にするのかしねえのか、よくわかんねえな」
「時と場合による。普段からあちこちかまってられないわよ。学校のあとは用がある。家に帰るのは夜の十時を過ぎたくらい。家事を済ませてシャワーを浴びたらあっという間に寝る時間。そんな毎日よ」
「は?」
パーヴォが口をはさむ。「そういや引っ越したって、まさか一人暮らし?」
「言ってなかったっけ」
「聞いてない。どこ?」
「センター街のオフィスタウン」
「マジか」
携帯電話の通話口を押さえ、チェーソンが戻ってきた。
「ジョンアはたぶん、ヤクの類はやってねえって。本人も他もそう言ってるらしい。ただ飲酒検査で陽性だったのと、たまにガスパンはしてたらしいわ。これからイースト署に引き渡して詳しい検査、そこでもそれ以上なんも出なかったら、送検はされないだろうけど、二ヶ月か三ヶ月、更生施設に入れられることになるだろうっつってる。家出状態でそれだからな、家庭訪問プラス、カウンセラーも受けさせられるって。んで」携帯電話をベラに差し出す。「そのジョンアが、お前と話したいって」
「トッシュじゃなくて?」
「お前がいいっつってるらしい」
ベラは電話を受け取った。
「もしもし?」
「ベラ──?」電話越しに、ジョンアの声が聞こえた。彼女はやはり泣いている。
「ひさしぶり」
「うん──」
「大麻、やってないって?」
鼻をすすって答える。「やってない──けど、ガスパン──なんか、ガス吸って、くらくらするってのは、やった──」
「なんか楽しいの、それ」
ジョンアは泣きながら苦笑った。
「もう、わかんない──。三月にね──トッシュがいない時、みんなで酒飲んでて──私、友達と──」また泣きだした。
“友達と”、の続きが、ベラには予測できなかった。「うん?」
どうにか息を整え、彼女が続きを口にする。「──したの──みんな、大麻と酒でかなり酔ってて──私も、かなり酔ってて──気づいたら、終わってた──。トッシュとも、してなかったのに──はじめての相手が、酒に酔っての、トッシュの友達だった──」
さすがのベラも唖然とした。どこまでバカなのだろうと思った。自分の解釈が間違っていなければの話だが、ようするに彼女は、トッシュのいないところで、酒の勢いで処女を、大麻と酒でブッ飛んだ彼の友達に捧げたと言っている。“捧げた”という言いかたは、少しおかしいか。
ジョンアはまた泣いているが、それでも声を振り絞った。「ずっと、トッシュに嘘ついてた──他の友達は、酔って寝てたからたぶん気づいてない──最終的に、二人で飲んでるような状態になってて──終わったあと、自分たちがなにしたか気づいたけど──絶対言わないって、約束して──誰にも、言えなくて──その一回だけだから、事故だって──言い聞かせて──」
“事故”という言葉は、便利だ。その一言で済まされる物事が、この世の中にどれほど存在するのだろう。ただ裏切られた人間の気持ちは、そんな言葉では納得できないことのほうが多い。
声をあげて泣くジョンアにベラが訊く。
「トッシュのこと、もう好きじゃないの?」
不躾すぎるその質問にはすぐに否定が返ってきた。「違う──頭の中が、ぐちゃぐちゃだった──トッシュはやさしくて、大事にしてくれて──自分のことが、ほんとにイヤになるくらい──。なんか、もう──」
よくわからなかったが、大事にされすぎて手を出されず、そのうえ甘やかされ、それに甘える自分がイヤで自己嫌悪に陥ったということか。そして酒の勢いも手伝って、なんだかんだで──と、ベラは結論づけることにした。
「トッシュは、あんたがどこにどのくらい入ることになろうと、待つって言ってる」
車の中でした質問に対し、彼はそう答えた。だがジョンアは、それをあっさりと拒否した。
「待たなくていいって、言って──浮気のことも、話して──もう嘘はつきたくない──お願い──ごめんて、あやまって──」
ふと、アゼルならどう答えたのだろうという考えが、ベラの頭の中に浮かんだ。自分が待つと言えば、彼はどうしたのだろう。なにを言ったのだろう。どんな反応をしたのだろう。自分が待たない人間だということはわかっていたはずだが──。
大きく息を吸い込み、ジョンアは続けた。
「──それから、ベラ──。一日遅いけど、誕生日、おめでとう──」
思いがけない言葉に、ベラはきょとんとした。そして、笑った。
「うん。あんたが大麻使ってないってのが、プレゼントってことにしとく」
ジョンアも苦笑う。「うん──もう切れ、って、言われてるから──ごめんね」
「ううん。またね。よくわかんないけど、がんばれ」
「うん──また──」
電話を切ったベラは、呆然としているトッシュに向かって、彼女の浮気のこと、待たなくていいという言葉を伝えた。
「待たなくていいっつってるから、待つ必要はない。待たれても、あいつもつらいだけ。さすがに戻れないと思う。もう忘れて、次の女見つけたほうがいい」




