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R E D - D I S K 0 4  作者: awa
CHAPTER 01 * BLACK STAR
4/191

* Acting Out

 いつのまにか、テーブル席やカウンター席は完全に埋まっていた。用意していた予備のチェアも多く出されていてるものの、それでも足りないらしく、数十人は壁際のカウンターで立ち話、立ち食いに立ち飲みをしている。客たちの一部は少し早めの夕食をとっていた。おそらく自分の死をわかっていたベラの祖母が、最後に遺してくれたレシピから作られたものたちだ。厨房スタッフはレシピに従い、それを見事に再現してくれている。

 ステージへと向かいながら、ベラはなんの前振りもなく“Black Star”をうたい、それが終わったらラミネートされた歌詞カードがあることを説明する、とディックに言った。了承されたはいいものの、無線を切っていたことを怒られた。彼女のバンドメンバー、デトレフとマトヴェイ、パッシも反対側のステップからステージにあがり、ベラは彼らとハイタッチをした。

 サイラスが来てるとマトヴェイが教えてくれ、彼女はカウンターでヤンカやカレルヴォたちと話す彼の姿を確認した。むこうもこちらに気づいて手を振ってくれたので、それに応えた。

 ベラにとってもディックにとっても、サイラスは恩人だ。この店と同じファイブ・クラウド・エリアでCDショップを経営していて、ディックはこの店をオープンすることに決めた時、まず最初に彼に相談した。そしてベラにディックを紹介し、シンガーとして働けと勧めてくれた。

 目立つのが嫌いな彼女は、何度かそれを断ったのだが、自分たちの音楽を作り出すこととディックの才能に魅了され、ついに引き受けることを決めた。今週、形式的なものとしてブラック・スターに提出する履歴書を書いたが、家庭に問題があるため、保護者の名前を書く欄には、サイラスがサインをしてくれている。

 デトレフはみやげだと言って、開封済みのペットボトルを一本くれた。見覚えがあった。炭酸アップルジュースの容器だが、中身はビールだ。一昨年のクリスマス、ベラがつきあっていた男や友人たちを騙そうとして、朝早くからわざわざコンビニに買い物に行き、用意したもの。中身を移し変えてはいるが、見た目はラベルのままの炭酸アップルジュースなので、ビールだとはまず気づかれない。

 ベラはそれを飲んだ。思ったとおり、中身はビールだった。これで気持ちほどだが、テンションを上げられる。

 彼女は煙草を吸うだけでなく、ビールも飲む。それも年齢のわりには強いほうで、缶ビールを三本飲んでも、少々眠くなるだけで酔ったりしない。もちろん法的に問題があることは承知だし、この店のメインフロアは禁煙なので、目立つ場所では吸わないが。

 ビールと煙草は、かつてベネフィット・アイランドにいた地元の友人たち、そしてベラが唯一愛した男から教わったものだ。多くを失ってきた彼女にとってそれらは、喪失感や憎しみ、日常生活での疲れやストレスでどうしようもなくなった時に気を静めてくれる、唯一のすがりものになっていた。

 なにも言わずとも、視線が続々とステージに集まり、ざわついていたフロア内も静かになっていった。ベラたちは一旦、用意していた木製チェアに腰をおろした。

 なんの前触れもなく、ディックがキーボードで演奏をはじめる。“Black Star”という、ベラがはじめて詞を書き、目の前でディックが音をつけてくれた曲だ。オープニング曲のようなものはないのかと、何気なく放った彼女の一言から出来たものだった。その音がさらなる客の視線を集め、会話を完全にストップさせた。ベラは手に持ったマイクのスイッチを入れ、彼のピアノに合わせてうたった。



  ブラックスター ブラックスター

  闇に溶けて

  特別な夜 神聖な場所

  もう一度 生まれ変わる

  輝く星 褪せない星

  私たちは世界を照らせる

  ブラックスター ブラックスター

  ブラックスター ブラックスター



 一分半ほどしかないその歌にも、客たちは拍手と歓声をくれた。ベラは座ったまま、マイクを使って説明をはじめた。

 「すでにオーダーを入れてくれたヒトはもう、気づいたかもしれませんが──テーブル下に、フードメニュー表があります。もちろんカウンターにも、壁際にも。そのフードメニュー表とは別に、今日うたうバンドたちのオリジナル曲の歌詞を印刷したものを、予定している順番どおりに並べ、まとめてあります」

 客たちが一斉にそれを確認しはじめる。彼女は説明を続けた。

 「もちろん途中で予定が狂って、そこにない曲が飛び込むこともありますが──一応のお品書きは、そこにあるとおりです。気になった曲があれば、歌詞を確かめてください。もちろん最初から見てくれてもかまわないし、一番でメロディを覚えたら、二番から一緒にうたってくれてもかまいません。お客様全員ぶんのそれを用意するなんてことは不可能だし、する気もないので、近くに見当たらないけどどうしても見たい、という時は、遠慮なく周りにいるヒトに声をかけ、それを見せてもらってください。それもこの店の趣旨のひとつ、“音楽を通して知り合う”、です」

 笑い声やひやかすような声があがるが、ベラは気にせずに立ちあがった。ディックたちも楽器を準備する。

 「今日は本当に、来てくれてありがとう。私たちスタッフ全員、心待ちにしていたこの日を迎えられて、本当に嬉しいです。それでは本日、最初の歌。“Acting Out”と“Brick By Boring Brick”、二曲続けて聴いてください」

 ベラは完全に、“演技”していた。ブラック・スターというこの店のシンガーとしての演技だ。意識してメイクを濃く、派手な服装をしているということもあり、おそらく今ここにいる、彼女を知らない客たちの誰も、彼女がまだ十五歳の、高校入学を控えた少女だとは思っていないだろう。

 バンドメンバーの手で生演奏がはじまる。説明は“演技”で行ったが、ベラはそれを解除し、ただのロック好きな自分へと戻った。作詞したのはベラ自身なので、この歌詞のすべてを彼女の本音だと受けとれば、もしかしたら性格が悪いとか、少々頭のおかしな女だと思われるかもしれない。だが最初の一行を除き、この詞の中に嘘偽りはなかった。おかしな発想も自分勝手な性格も、彼女の性格そのものだ。



  誰かを羨んでばかりの言葉はもう言いたくないの

  だって私はロボットじゃないし 誰にも飼いならされるわけにはいかない

  言いたいことはちゃんと言うわよ やめたりしない

  支配者が猛威を振るう時代はもう終わったの 形勢逆転ね


  飼い犬にだって牙はあるってこと 知らなかった?


  今こそ鎖を断ち切り 自由を感じるの

  一歩踏み出して 光の元へ

  私を縛るものは もうなにもない

  暴走列車は逆襲を始めるつもり さあやるわよ

  壁を破壊して 突き進むのよ

  敵は蹴散らすわ これは私の戦い

  誇れるものをひとつ それが私の武器

  ここに来て 最高に狂ったショーを始めましょ

  さあやるわよ


  劣等感にまみれた言葉はもう聞きたくないの

  自分を信じられなくなった時こそ ほんとの終わり

  ちょっとわがままで奔放 そのくらいがちょうどいい

  変化のない人生なんて死んだも同然 そんなのつまらない


  一度きりの人生 思い通りにしなきゃ


  イカれてるってみんな言うけど どうでもいい

  心の中には氷の刃

  この瞬間こそが本物 それだけでじゅうぶん

  自滅的だとしても それが私のやりかた

  それが私のやりかただから


  今こそ鎖を断ち切り 自由を感じるの

  一歩踏み出して 光の元へ

  私を縛るものは もうなにもない

  暴走列車は逆襲を始めるつもり さあやるわよ

  壁を破壊して 突き進むのよ

  敵は蹴散らすわ これは私の戦い

  誇れるものをひとつ それが私の武器

  ここに来て 最高に狂ったショーを始めましょ

  さあやるわよ

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