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R E D - D I S K 0 4  作者: awa
CHAPTER 06 * CATCH ME IF YOU CAN
39/198

○ Welcoming

 五月八日、土曜日。

 今日はエルバがソロデビューする日だ。先週の予定だったが、キュカに合わせて遅らせ、今日をエルバ、明日をキュカのデビューにすることにした。もちろん、二人でもうたうけれど。

 朝から、というか昨日の夜から緊張しっぱなしらしい彼女たちは、ディックと一緒に朝から店に来たケイト、それからジョエルに連れられたヒラリーと四人で、上の貸スタジオに行った。ベラはディックの名刺に彼女たちの名前を書いて渡してある。割引用だ。アキーレの問題から、名刺にはバンドたちの名前も書くことにした。

 赤白会議室でひとり作業をひと段落させたベラが、休憩にとビールを一口飲んだところで電話が鳴った。ディックからだ。

 「お前のおかげで、少々めんどくさいことになってるぞ」と彼が言う。

 「は?」

 「鍵開けろ。そっち行く」

 ビール片手に、ベラはドアを開けた。ディックとヒルデブラント、そしてジョエルが一緒だった。ボスはそういう気分らしく、エグゼクティブチェアに座り、ベラはヒルデブラントの隣、ジョエルの向かいでテーブルに腰かけた。

 「で、なに」

 ヒルデブラントが切りだした。「ジョエルがね、ここで作った歌を何曲か、ヒラリーに提供できないかって言ってるんだよ」

 ディックが冷蔵庫から勝手にビールを取り出して飲みはじめる。ベラはぽかんとした。

 「は?」

 「彼女のここでの楽しみっぷり、すごいだろ。ステージは何度も観たことがあるけど、あれだけ楽しそうなのは見たことがないんだって。もちろん曲紹介の際は、ここの名前を出したうえでうたってもらうけど、とにかくここで作った曲を、ヒラリーに提供できないかって言ってる」

 「むこうの──インセンス・リバーのライブハウスでうたうってこと?」

 彼女が質問を返すと、ジョエルは少々気まずそうに、だが真剣な様子でうなずいた。

 「無茶言ってるのはわかってる。けど──」

 言っていることはベラにもわかった。だが答えは決まっている。「無理よ。詞はともかく、みんなが作ってくれる曲はそんなに安くない。この店を紹介したところで、来る人間なんて限られてるし。ほとんど意味なんてないし。曲ならあなたが作ればいいじゃない」

 「それも考えたけど、オレもそんなにぽんぽん出てくるってわけじゃないんだよ。バンドの曲は、いつも話の流れで作る。ほとんど全員か、最低でも二人か三人で。詞はオレもベンジーも書けるけど、さすがに女の詞は無理だし」

 「詞の書きかたは教えればいいだけの話じゃないの? そのくらいなら私もするわよ」

 ヒルデブラントが割って入る。「ベラ。詞ってのは、誰にでも書けるもんじゃないんだよ。自分の考えをまとめて主張できる人間じゃないと書けない。それにセンスや想像力、遠慮しない心や周りの反応を気にしない強さも必要だ。うちのヤンカがそう。彼女は思ったことの半分以上を口にするけど、気遣ったり周りを気にして言わないこともあるだろ。まああいつの場合、書こうと思えば書けなくもないけど、どっちかっていうと音でそれを表現するタイプ。俺やディックたちもみんなそう。君の歳であれだけ詞が書けるってのは、ほんとに特殊だよ」

 つまりセンスその他がないのなら、いくら教えても無駄だということなのか。確かにヒラリーは、思ったことをなんでも言うタイプではない。なにかを思いついてもいちいち“やっぱり”と思いとどまり、作詞などいっこうに進まなさそうだ。

 「なら諦めてもらうしかないわね。っていうか、ヒラリー本人はなにか言ってるの? そんなこと考えてる様子、まったくなかった気がするけど」

 ジョエルは首を横に振った。

 「オレが勝手に言ってるだけ。ヒラリーがそんなの言うわけない」

 言うわけがない──彼は少々、彼女に幻想を抱きすぎている気もするが、言うわけがないというのは間違いなかった。ヒラリーは思っていても、そんなことを口にするタイプではない。それはわかる。

 ベラは呆れた。「あなた、貢ぎすぎだと思うんだけど」

 「貢いでないし」

 まあ正確には、この話をとおせば、貢ぐのはこちらということになるか──などとわけのわからないことを考えながら、彼女は溜め息をついた。

 「まず、彼女にどうしたいのか訊きなさいよ。こっちが暴走してもしかたないでしょ。つっても、曲を提供するなんてのは無理。こっちにできるのは」ディックに言う。「かなりおかしな話だけど、インセンス・リバーの人間をここで雇うってことにするしかないわよね」

 ジョエルからこの話を持ち出された時、ディックとヒルデブラントは無理だと一蹴しようとした。けれどふと、ベラならなんと言うだろうと考えた。そしてすぐこの考えが浮かんだ。しかし思いとどまった。当然だ。それが大人というものだ。だがベラと一緒にいるせいか、普通なら無理だと答えるところなのに、彼女がそう言うのだとしたら、それでも構わない気がした。そして、なんと言うかを確かめたくなった。

 詞を書いているのはベラだから、という理由をつけてここに来たのだが、けっきょく彼女は、ためらうことなくそれを口にしてくれた。

 黙々とビールを飲んでいたディックが苦笑う。「それしかないよな、やっぱり」

 今度はジョエルがぽかんとした。「え」

 「考えたことは同じか」と、ヒルデブラントも言う。「オープンしたばかりで、特例を出しすぎな気もするけど」

 「こいつの存在そのものが特例だしな。履歴書、ここにもあったよな。やれ」

 彼女は了承して、彼の後方にある戸棚からブラック・スター専用の履歴書と、CD-R、歌詞カードのセットをふたつ出してテーブルに置いた。

 「とりあえず彼女を呼び戻してくれる? もしくはあなたが言うのでもいいけど」

 ジョエルは少々戸惑っていた。この可能性は考えたものの、さすがにありえないと思っていたからだ。ベンジーにだけは相談したが、もしかしたらの可能性が数パーセントあるだけで、高確率で無理だろうという答えが返ってきた。まさか許可がおりるとは思わなかった。ベラのところに行くと言われた時、あっさりと言いくるめられるか、もしくはきつい言葉で最悪な状態になるのだと覚悟した。しかし、どうやら違うらしい。

 「ありなの? それ」

 ディックが応じる。「要はここでうたうような曲をうたわせてやりたいってことだろ。ならそれしか方法がない。店に来るのは二週間に一度くらいで構わん。なんでそんな話になったんだって彼女に訊かれたら、ベラの提案だとでも言ってもいい。というかこいつに」彼女を顎で示す。「話をさせるほうが早い」

 「っていうかベラ、まさかヒラリーの連絡先、知らないのか」ヒルデブラントが訊いた。

 彼女はさらりと答える。「知るわけないじゃない。そんな収集癖ないもの」

 「ちょっと違うような気がするけど」

 「けどお前、詞書くんなら連絡先は訊いとけよ」ディックが言う。「エルバたちと違って、そんなしょっちゅう現れるわけじゃないんだろうし。せっかく名刺作ってやったんだから、それ渡せ」

 「はいはい」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 少しあと、赤白会議室。エグゼクティブチェアに座ったベラはヒラリーに訊ねた。

 「ここで仕事する気、ある?」

 予想どおり、彼女はぽかんとした。「え」

 「どこまで聞いてるか知らないけど、ホールだのなんだのを手伝うんじゃなきゃ、給料は特に出ない。今は人手も足りてるから、そっちは募集してない。私が言ってるのはシンガーとして、ここでうたう気はあるかってこと。毎週じゃなくて、二週か三週に一度くらいでかまわない。あなたはたいてい土日の両方で来てるから、しばらくはどっちかの曜日はひとりではうたわずに、私と一緒に詞を書くことを優先させたい気もする。曲が増えれば、あなたが平気なら、どっちともうたってくれてかまわないんだけど」

 突然の提案に戸惑ったものの、ヒラリーははっとした。向かいにいるジョエルに言う。

 「あなた、まさか──」

 怒られる、とジョエルは思った。ヒラリーはここに来ることを、うたわせてもらうことを、本当に楽しんでいるぶん、迷惑がかかっていると思いこんでいる。彼女は迷惑をかけることを嫌う。自分が言いだした話だと知られれば、間違いなく怒られる。

 けれど、そうはならなかった。

 「言いだしたのは私よ」ベラが言った。「私がふと思いついて、ディックたちとジョエルに言ってみたの。かなりおかしなことになるってのはわかってる。インセンス・リバーから片道一時間かけてベネフィット・アイランドにバイトに来るなんて、変な話よ。でも私はそういう常識、どうでもいい。もちろんあなたがいいならだけど。一応履歴書は書いてもらわなきゃいけないし、未成年だから親の許可も必要になる。親が心配するようなら一度ここに招待して、どんな店かを見てもらえばいい。あなたが“I Am”をうたうとこ、見てもらえばいい」

 そう言うとベラは、テーブルに置いてあった小ぶりなクラフト紙袋からCDーRを二枚、ヒラリーに差し出した。両ケースには白い紙──印刷した歌詞を折りたたんだものが入っていて、ケースには一方に“I Am”、もうひとつに“Dangerous To Know”とタイトルの書かれたラベルが貼られている。

 常識の枠におさまろうとしないベラの提案だと言われれば、ヒラリーは疑おうなどと思わなかった。しかも差し出されたディスク、“I Am”は欠点でしかないと思っていた自分の中途半端さを、ベラが前向きに捉えて書いてくれたもので、“Dangerous To Know”は暗めの歌詞だが、本音を隠しているという詞に思わず共感したものだ。自分がうたっていいのだと、彼女は言ってくれている。

 両手で口元を多い、ヒラリーは泣きだした。

 「いやいや、泣くところじゃないから」

 慰めに立ち上がっていいところなのかわからず、ジョエルはおろおろしたものの、それすら気にせずにベラが言った。クリアファイルにはさんだ履歴書も彼女に差し出す。

 「ついでにあげる。一枚しか入ってないから、ミスしたら修正テープ使ってね。今日はエルバで明日はキュカのデビューだし、曲も二曲あるから、再来週でいい。っていうかどうせならもう一曲書きたいから、あなたがよく使ってたライブハウスの名前、教えてほしいんだけど」

 ヒラリーが答えられる状況ではないので、代わりにジョエルが答えた。ベラはそれを手帳にメモした。

 続けて、紙袋の中から自分の名刺を出してクリアファイルの上に置く。先日、ディックが遊び半分で五十枚だけ注文したものだ。彼女の愛称と携帯電話番号とメールアドレス、それからPCのメールアドレスが書いてある。これはすでに、ケイトやエルバ、メルヴィナたちの手にも渡っている。

 「ついでにお遊び名刺もあげる。メール入れといてくれれば、あなたのイメージで作った詞ができた時、すぐあなたに送れる。あなたの意見を聞いて修正を入れて、そこからこっちで曲を作る。PCを持ってるなら、曲が出来たらすぐに送るってのも可能。まあそれだとメロディまで入れなきゃいけないから、私がサンプルをレコしてCDを作って、それをジョエルに届けてもらうほうが早いけど。ま、なにより先に、あなたの両親を説得しなきゃはじまらないけどね」

 ジョエルは、うなずきながら必至に泣きやもうとしているヒラリーに向かって身を乗り出した。

 「おじさんたちの説得は、オレもちゃんとつきあう。さっきベラが言ったけど、ディックやヒルデも賛成してくれてるし、おじさんたちをここに招待するのもかまわないって。その時は、ちゃんと挨拶もするって言ってくれてる。それさえ乗り越えれば、また一緒にステージに立てる」

 彼の最後の言葉は、涙を止めようとしているヒラリーをさらに泣かせた。

 純粋に、ヒラリーは嬉しかった。

 ウェル・サヴァランがライブハウスでうたうのをやめると聞いた時、それはもう一ヶ月以上前に決まっていたことで、あまりの衝撃に、どうして言ってくれなかったのだとジョエルを責めた。喧嘩になった。すぐに仲直りしたが──寂しいなどとは言わなかったものの、おそらく彼にもわかったのだろう。

 ここで、正式なシンガーとしてうたうことを決めれば、また同じステージに立てる──ゲストとしては、すでに立たせてもらっているが──また、ジョエルと、サヴァランと同じ時間を共有できる。両親がどう言おうと、なにがなんでも説得しようと心に決めた。

 「とりあえず言っとく」ベラはふたりに向かって切りだした。「どこまで知ってるかはわからないけど、“スタッフ同士の恋愛禁止”っていうルールは、元は私を守るためのルール。だから気にしなくていい。けどみんなの前であからさまにイチャつくってのは、スタッフフロアではやめたほうがいい。僻むバカもいるから。まあたぶん、このあいだのことが広まってるらしいから、あからさまな嫌味は言われないと思うけどね。悪い虫がつくのを避けるって意味では、メインフロアではかまわない。それから、もし別れることがあるとして、どっちかがシンガーを辞めるってのも、できればやめてほしい。状況しだいじゃしかたないとは思うけど、うたう曜日をずらすくらいのことはするから、できるだけ、それでどうにかして」

 まだ顔を上げられずにいるヒラリーに向かって、ベラは続けた。

 「ここでうたう覚悟があるなら、サヴァランの連中とケイトたちにはこのこと、言ってもいい。でも他はまだダメ。ちゃんと両親の許可をとって履歴書を提出してから、スタッフたちへの発表は早くても来週、オープン前。今はちょっと時間がないからダメだけど、なんならあとでこの店の写真を印刷するから、それを両親に見せて。その気があるなら、なにがなんでも説得して」

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