* Type To Belong
四月二十七日、月曜日。
放課後のLHRが終わって担任が教室を出るとすぐ、生徒たちは一斉にざわつきはじめる。ハンナがうしろを向いて声をかけるよりも先に、隣の席のセルジがベラに切りだした。
「今日、暇か?」
「私には暇な日なんてありません」
「部活してねえじゃん」
「なに言ってんの? 帰宅部だって立派な部活。私はこれでも忙しい」
ハンナのほうを向いて座りなおしたニルスが口をはさむ。
「バイトでもしてんのか」
答えに困る質問がきた。ベラは詮索されたくない一心でブラック・スターのことを隠しているが、それ以前に本来ならこの学校、バイトをするなら届出を出さなければならないという。許可が必要というわけではないのだが、どこでバイトをするか、しているかを、専用の用紙を使って、いちいち担任──学校に報告する必要があるのだ。仕事内容を隠したとしても、バイトをしているというのを誰かに言うと、のちのち面倒なことになる可能性が高い。それならば最初から、バイトの存在すら明らかにしないほうがいい。
左手の薬指につけている指輪を見せて、存在しない恋人を言い訳にすることもできるが──口説かれているわけでもないのにそれをするのは変だし、そもそもベラは、つきあってる男がいるからどうこうと言うタイプではない。
「私には帰宅して家の鍵を開けるっていう大事なバイトが」
そんな適当で曖昧な答えを返しているうちに、いつもどおりマーシャとテクラ、そしてササとネアがベラたちの席へと近づいた。
「なに言ってるかわかんねーよ」セルジが言った。「何人かの男がさ、カラオケ行かねーかっつってる。こっち適当に男集めるから、何人でも、どのクラスの奴でもいーんだけど」
高校生というのはどうしてこう、ひとまずカラオケで済ませようとするのだろう。昨日も店でいい加減うたったというのに、平日にまでうたわなければいけないのか。しかも店に比べればいくらか性能の劣る機材を使って、オリジナル曲ではないものをだ。
ベラはブラック・スターでうたうと決めてから、メジャーなアーティストの曲をまともに聴いていない。昔からテレビは持たない派なので、メディアで騒がれる最新の音楽などはわかるはずがないのだが、好きなアーティストがいつ新曲を出したか、アルバムをリリースしたか、どんなアーティストがデビューしたかというのは、直接CDショップに行って情報を仕入れていた。中学の時はサイラスの店でそれをし、CDを買っていたものの、今はそれもなくなった。もちろんブラック・スターの存在を隠すため、手持ちのCDは捨てずに置いてあるが──カラオケになど行ったところで、うたえるのはいくらか古い歌だけだ。けれど店のことは口外しないと決めているので、使える言い訳も限られてくる。歌がキライなどと言えるはずもないし、拒否すればするほど、詮索も多くなる。こういうのは本当に、度合いが難しい。
ベラは質問を返した。「水曜は?」
「水曜? べつにいーけど」セルジが答えた。
了承する代わりに、少々無茶な条件を出してみる。「なら水曜、最低でも六人集められたら行くってどうよ」
彼らはぽかんとした。「は? 六人?」
「こっちも最低六人は女を集める。増える可能性はあるけど。あ、でも物静かなのは無理。ノリがよくてちょっと小うるさいくらいのがいい。まあカラオケだから当然だけど」
「最低でも十二人? いきなり多いな」と、ニルス。
セルジが彼に訊く。「あと二人、いけるかな」
「いけるだろ。それより増えたらちょっと難しいかも、だけど」
無理だという答えが欲しくて条件を出したつもりだったのに、彼らは本当に集めてくる気らしい。
「なら水曜ね」とベラは言った。「放課後までに集められなかったら、この話はお流れで」
二人は笑った。「りょーかい」
セルジとニルスはじゃーなと言って席を立ち、自分たちを待っていたクラスメイトと合流してから、教室をあとにした。
一方マーシャたちは、ハンナの声を潜めての簡単な説明により、なんとなくの話の流れを理解した。
ササがつぶやく。「めずらしくベラが誘いに乗ったわけだ」
「あら、あんたたちは行かないの? 連れてく気ありまくりなんだけど」
真っ先に反応したのはハンナだった。「え、行っていーの?」
「だって六人くらいだし」
「なら行く!」
マーシャが断りを入れる。「私はだめ。水曜はデート」
その答えに、ハンナはわかりやすく肩をおとした。
「ああ、そっか。残念。ってことはなに? テクラも無理?」
「あんたは行きなよ」答えを聞く前にマーシャが彼女に言った。「いい加減メル彼なんてわけわかんないことはやめなって」
さらりとした、だが少々大きい気がする暴露だった。テクラに彼氏がいるというのは本当らしいのだが、それはやはりケイの言ったとおり、出会える掲示板で知り合い、メールと電話だけでカップルごっこをする“メル彼”というものらしい。
テクラは気にすることなく、しかも反抗なのかすらよくわからない反応をした。「ええー」
「メル彼ってなに?」ハンナが訊いた。
ササが声を潜める。「もしかしなくても、“プラージュ”?」
「うん、そう」
「マジか」
「なにそれ!?」
ハンナの好奇心に、ササが苦笑いで応じる。「ここじゃちょっと。あとでね」
もったいぶられることすら、ハンナは気にしないらしい。「わかった。ネアは? カラオケ。行くよね?」
彼女は微妙そうな反応をした。「どうしよっかな。あんま得意じゃないんだよね」
「一緒にうたえば平気だって。行こうよ」
マーシャも促す。「行ってきなよ。水曜、部活ないでしょ? いいじゃん」
「んー」男女関係なく、よく知らない人間の前では比較的地味でおとなしく、話し慣れた相手にだけやっと普通に喋れるようになるという性格らしいネアは、少し悩む素振りを見せてから答えを出した。「じゃあ、行く」
「よし、決まり!」嬉しそうにそう言ったものの、ハンナはすぐ小首をかしげた。「あれ、でもササ、時間平気? 五時に入ったとして、三時間うたったとしても夜の八時とかになるけど」
「微妙だよねー。ま、たまにはいいんじゃね。マミーに言っとけば迎えに来てくれるかもしんないし」
今さらながら、こういうことも考えておかなければいけないのだとベラは思った。部活やバイトの有無に関わらず、家が遠すぎるササなどは特に、センター街で遊ぶにしても、そのあと帰りが遅くなる。近場ならタクシーで送っていこうかと言えるが、彼女の地元はそれすらできない距離だ。というより、しようと思えばできるのだろうが、さすがにどんな金持ちだと詮索されることになる。答えに困る。
帰り支度を済ませたダリル、ティリー、エフィを引き連れ、ケリーがベラに声をかけた。
「セルジたちにカラオケ誘われてオッケーしたんだって?」彼女はやはり意地悪そうに口元をゆるめている。「うちらが誘ってもいつも拒否なのに」
ベラはやはり彼女が苦手、というか最近は、あからさまにキライになっていた。毎日ではないにしろ、なにか思いつくとすぐに小さな嫌味を撒き散らしてくる。性格的に気にするタイプではないし、どうでもいいものの、キライならキライとはっきり言って、関わらないようにしてくれればいいだけの話なのに──と、思ってしまう。
「私は男嫌いな反面、大の男好きだからね」ベラは心にもない答えを返した。ティリーへと視線を向ける。「一緒に行く? 誰が来るかわかんないカラオケ祭り」
「誰が来るかわかんないって、ちょっと怖えーな」と、彼女は笑って答えた。
ダリルが応じる。「けどセルジやニルスのツレなら平気じゃね。このクラス以外じゃどんなのとつるんでるか、いまいちよくわかんねーけど」
彼女たちと一緒にいるベラに、セルジたちが声をかけることもある。逆もあって、それをきっかけに彼女たちも彼らと話すようにはなった。といっても内容は授業のことや、流れによればテレビのこと程度だ。それもベラがテレビを観ないので、すぐ終わってしまう。
ダリルたちは女でもいわゆる不良グループに近いほうで、セルジとニルスは普通タイプの男だ。ハンナいわく、彼らも外見はハンサムの類に入るらしいものの、不良ではない。
不良、性悪タイプの女は相手のことを、ハンサムかどうかと同じくらい、不良かどうかも気にする(なんなら、不良というだけで高いポイントをつけてくれる女もいる。だから外見に自信のない、けれども女と遊びたい男は不良になる道を選ぶのかもしれない)。同時に普通の男は不良タイプ──特に性悪の女には、自らすすんで近づこうとはしない。不良タイプというならベラもそうなのではと思うのだが、彼女がいくら自分を悪く見せたところで、根源にある性悪度というのは、他の不良タイプの女たちとは違って見えるらしい。
「ちょっと小うるさいくらいのがいいって言っておいた」
ベラはそう言い添えた。内心ではサイラスの甥、“ジャック”を連れてこないでくれと願ってのことだ。ジャックだけはやめてくれと、明日にでも彼らに言っておかなければならない。
「むこう何人?」ティリーが訊いた。
「最低でも六人は集めろって言った。こっちは五人決まってる。マーシャが行けないって。むこうが六人集められたらの話だけど、ひとり以上は来てくれたらなと」
いつかというダリルの質問に、ベラは水曜の放課後だと答えた。
「あたしは平気だけど、ケリーってバイトじゃなかったっけ」
「あ、そーいや増やしたっつってたよね。んじゃ行けねーか」とティリー。ケリーは一瞬口元をひきつらせたが彼女は気づかない。「エフィは? 水曜、暇?」
「超超、暇」
「んじゃ三人追加で」ダリルが言う。「っつーか何人だよ、これ」
「十四人ね」ベラはあっさりと答えた。中学三年の時は、よくこのくらいの人数でつるんでいた。団体行動はキライだけれど、多すぎると文句を言うほどの人数でもない。「メンバーわかって、報告できそうだったらしてあげる。微妙なメンツだったらひとりだけ罰ゲームでつきあってくれるのでもいいよ。メインのメンバーがアリなら、できるかわかんないけど人数増やしてもらえないか頼んでもいい」
ダリルは笑った。「完全に合コンみたいになってるな。まあいーや、んじゃそーして。とりあえず今日はうちら帰るわ。また明日ねー」
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校内の学食スペースは、グラウンドに面した大きな窓がある白く広い空間だ。ランチタイムでなくても、カフェのようにいくつも置かれた丸テーブルとチェアはそのままに、夕方五時半頃までは常時開放されていることもあって、休憩時間や放課後にここで話をして時間を潰したり勉強する生徒もいる。
デトレフから少し遅くなると連絡が入ったので、ベラは電車の時間に合わせるササたちにつきあって、六人でひとつのテーブルについた。
「まさか誘うとは」遠い目をしてハンナがつぶやいた。
彼女がダリルたちのことを苦手に思っているのはベラも知っている。ネアも口にはしないが彼女たちのことが苦手だし、ササにいたってはあからさまに言わないだけで、完全に嫌っている。
「だから、話さなきゃいいじゃん」ベラは言った。「広い部屋探す。自由に動きまわれるとこ。カラオケは基本うたうところよ、喋るところじゃないし」
ネアは頭を抱えた。
「微妙になってきた。行かないほうが──」
ササも言う。「下手なとこ見せたら、あとから陰口がすごそうだよね。っつーかむこう、確実に男狙いじゃん」
それはこちらも同じなのでは、とベラは思った。ハンナは彼氏という存在が欲しくて男と知り合いたいわけだし、本人がどうしたいかはわからないものの、マーシャはテクラに現実の男を見ろと言っている。そしてササ自身気づいていないのだろうが、そういう発言をするということはある意味、自分も男狙いだと言っているようなものだ。ただ彼女は、彼氏が欲しいなどというセリフは一度も口にしたことがないが。
「むこうの狙いがなんだとしても、男全員を自分たちのほうに引き寄せるなんてことにはならないわよ。女だけでかたまるんじゃなくて、ちゃんと男にも話しかければいいだけの話。それはティリーたちがいてもいなくても変わらない。男連中は盛り上げようとするはずだから、こっちもそれに応えなきゃ。最初から恋愛思考で考えなくていい。友達になるために知り合うだけのカラオケ大会。これをうまくやれれば次に繋がる。学校でも話するようになる。ただのきっかけ作り」
ベラが言うと、隣にいるハンナは彼女の両手を握った。
「そうだよね。がんばる。素敵な高校生活のために!」
なにをそんなに意気込む必要があるのだろう。軽く考えろと言ったつもりなのに、なぜそんなに身構えるのか。
「身長高い子、来てくれるかなー」身長百七十センチのテクラがつぶやいた。
「バスケしてる子とかなら可能性はあるよね」と、マーシャ。
「中学の時、私より五センチ以上背高い同級生の男子、いなかったじゃん」
ハンナが訊ねる。「五センチ以上って絶対?」
「そのくらいのがいいと思う。ハイヒールとか履くわけじゃないけど、身長が変わらないってのもな。っていうかほんと、好きにならないし、好きになってももらえない。ただのデカイ女扱い」
「あー、それはある」ササが同意した。「あたしも小学校の頃から身長高いほうだったしな。男子は成長期遅いし、同期の奴ってもう、恋愛対象から除外されてる」
「そーだよ。同期の男子を見おろす切なさってないよ。まあそのおかげでバスケできてたんだけど」
「ベラもそんな感じ?」マーシャが訊いた。
「私はそんなの意識しない。厚底履いてたから、男友達より身長高く見えることもあったけど。身長じゃなくて友達だからって理由で恋愛対象からは除外だし。私も性格のおかげで恋愛対象から除外されてるし。年上の男友達のほうが多かったし、そっちは私より身長高いのが普通だった」
テクラはいつもゆっくりめな口調だ。「先輩かー。あたし、あんま知らないな。マーシャが先輩とつきあうようになってからも、特にだし」
「っていうか、そういえば」ハンナが割って入る。「さっきの話、なに?」
ササは“プラージュ”の説明を彼女にした。彼女は“メル友”という存在に興味を持ったが、ベラとマーシャが止めた。
最近になって、ベラには新しい発見がいくつかあった。
ほとんど毎日迎えに来てくれるデトレフやマトヴェイのことを、“血の繋がらない兄貴みたいなものだけど、複雑だから訊くな”と言うと、彼女たちは黙った。
そしてもうひとつ。存在しない恋人のことは、訊かれても“面倒だから訊くな”の一言で、彼女たちはほとんど訊かないでいてくれるようになった。それにこれはダリルたちにも言えることなのだが──グループの中に恋人持ちがいない、もしくは交際経験のない人間のほうが多いと、恋人のいないほう人間たちの話題が優先される。マーシャは恋人の存在を──左手の薬指にペアリングをつけてはいるが──言葉で自慢するタイプではない。
中学時代に彼氏がいたことのあるダリルは、昔の男の話を持ち出すこともあるが、それを気にしないティリーやエフィが話題に便乗することもあるものの、敗北感を味わいたくないらしいケリーが自ら男の話を持ちだすことは、あまりなかった。彼女はいつも、誰かを見下すように話している。
まあケリーはともかく、まだ知り合って間もないからかもしれないが、ちゃんと言えば、無駄な詮索はされずに済むらしい。
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木曜の夜。夕方電話をよこしたペトラにあとでかけなおすと言ったベラは、家に帰ったあと、二十三時前に彼女に電話した。経過報告を聞いたついでに、自分のほうのことも話した。
「完全に合コンじゃねーか」と、電話越しにペトラが言う。「けどまあ、うまくいったんならよかったじゃん」
「問題はそのあと、今日よ」ベラはリビングのラグの上、ビーズクッションをはさんでソファにもたれている。「思ったより楽しかったらしいダリルやティリーが、ちょこちょこカラオケの話題を出してたのよ。もうひとり、エフィってのもそれに乗るでしょ。性悪ケリーは話についてけない。ずっと愛想笑いと相槌の繰り返し。しかもダリルたちは、男と話すのもその話題からはじめる。ケリーは蚊帳の外。なぜか私が睨まれる」
彼女はけらけらと笑った。
「あるある。まさにあれだわ、中学の時のイヤな思い出。エデとカーリナと、蚊帳の外に置かれたサビナ状態。あれ、でも立場がちょっと違うか。あんた、その性悪女が水曜にバイトだってことは? 知ってたの?」
「バイトは月曜と土曜だけって話だった。慣れたら増やすつもりだとは聞いてたけど、増やしたばかりだってのは知らなかった。しかもまさかピンポイントで水曜だとは。まあむこうからすれば、知ってて水曜にしたんじゃねえだろうな、的な感じなのかもしれないけど」
「ふーん。けどあんた的にはよかったわけだよね、来なくて」
「まあね。あれがいたら絶対、うまくいかなかったと思う。あいつはたぶん、男を全員ひとり占めしたいタイプだもん」
ペトラが質問を返す。「できる顔なの?」
「だから、顔は知らないって。でもなんか、食べ物で言えば中華まんみたい」
彼女はまた笑った。「ひどい! お前ひどい!」
ベラも苦笑う。「わからない? それほど太ってるってわけでもないのに、顔に肉が詰まってる感じなの。もしかしたら昔はぽっちゃり程度だったかも。メイクでごまかしてはいるけど、たぶん一重か奥二重の小さい目だし」
「わかる気もする──なんかそういうの、うちの学校にもいる。けどちょっと見てみたいな。五月のキャンプで写真撮ってきて」
「いいけど、ハヌルとはまた違うわよ。ゴリラじゃないから」
ペトラはやはり笑った。
「不気味な顔思い出させんなよ!」




