* Sugar Guitar
今日最後のステージ──“Love Makes The World Go Round”をベラがうたい終えると、楽器を持ったマトヴェイ、パッシ、ディック、そしてデトレフまでもが、ステージへとあがった。予定になかった“Brick By Boring Brick”を、そして彼らですら一度も合わせていない、今日最後の曲として予定している“Sugar Guitar”をも、デタラメで演奏すると言いだした。主にディックがストレスを発散したいのだろうと思い、彼女は了承した。
ベラは本当に、気力だけでどうにか立っていた。喉も身体も、正直限界に近い気がする。それでも“Brick By Boring Brick”は、前奏を聴くだけでも元気になれるから不思議だ。自分がうたうとなれば、イヤでもテンションが上がってしまうのだ。
そしていつものように、彼女はそれをうたい終えた。大きな拍手と歓声を浴びながら、マイクを使って言う。
「んじゃ、今日最後の曲です。私、これをステージでうたうの、ずっと拒否してたんですけど。根負けしました。まあ、私とディック──」彼を見やって続ける。「ボスにとっては、記念すべき曲でもあるんだけど。私がはじめて、ふざけてるけどまともな感じで作詞して、彼が音をつけてくれた曲──オープニングの“Black Star”を除けば、はじめてのしっかりした共作なのね」
歓声の中、彼女は苦笑いながら深呼吸した。
「んじゃ、最後。楽しみつつ、しっかりストレス発散します」左手をあげる。「“Sugar Guitar”」
彼女はバスを待ってる 大都会に向かうため
背中のギターが彼女の夢 新しい人生を始めるためのね
ガムをふくらませる 彼女はストロベリーがお気に入り
汚れたシャツと破れたジーンズ 彼女はパンキッシュ
彼女のそばを通り過ぎ 彼らがあれはなんだって言う
アタマがおかしいんじゃないかって、だけど彼女は気にしてない
だって彼女は自分で作った音楽を聴いてるから
みんな同じに見える 少なくとも彼女にとっては
個性がないような気がしてる
彼女はそんな世界を変えるつもり
派手なルックス、からっぽの頭 ゴシップだって彼女は嫌い
歌が好き、踊るのが好き 得意技は叫ぶこと
バスが来ても彼女は座らない バスの屋根に登っちゃう
音楽がはじまり、彼女はうたう ギターを弾きながら
みんなが足を止め バスの周りに集まってくる
彼らは彼女が作ったロックを聴き 飛び跳ねはじめる
音楽に乗って飛び跳ねてる
気分は最高 もっともっとバスを揺らして
最後まで彼女についてって 準備はいい?
彼女と彼女の夢を見送る準備はできてる?
数時間後 私はテレビをつけた
彼女はギターを弾きながらテレビでロックをうたってた
さっきと同じように
彼女の声は武器 ロックは彼女の魂
だけどギターはとても甘い砂糖のようなもの
彼女にとってとても甘い砂糖のようなもの
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閉店後、ほとんどのスタッフたちが帰ったあと。
パッシ、マトヴェイと一緒に、ベラは控え室へと戻った。ディックとヒルデブラント、ヤンカ、デトレフ、エイブ、そしてアックスのニックとブライアンがソファに座って話をしている。
「どうだった?」ヤンカが訊いた。
ベラはあくびをしながらニックたちの向かいに、マトヴェイと並んで腰をおろした。
「たぶん平気。ケイトに私の考えぜんぶ伝えたうえでついてってもらったから。エルバだって引き止めるはず」
「けど明日の予定、けっきょく組みなおしもあるかもってこと、考えとかなきゃいけねえかもな」と、デトレフ。
「夕方になっても来なかったら、無理やりにでも引きずってこようか?」
エイブの言葉にヒルデブラントが肩をすくませる。
「無理やりやらせるようなことでもないと思うけどね。クビになりかけてたのを、ベラひとりに救われたようなものだ。それでも普通に考えれば、こっちにとっては本意じゃないと思うかもしれない。一応あのあと、ベラがああ言ってるから、あとは自分で決めろとは言ったけど」
パッシがつぶやく。「小娘にそういうの言われたってだけで、わりとショックなんだろうしな」
「ケイトがどう説得するかだろ」ディックが言った。「ケイトはベラの意見をまるまる伝えるはずだ。こういう時のベラの言葉に嘘がないってのもわかってる。彼女がどう説得して、キュカがどう受け止めるかだ」
マトヴェイは呆れた様子で溜め息をついた。
「まさかこんなおおごとになるとはな」
「だから鍵は毎回かけろって言ってるのに」
ニックが咎めるような口調でブライアンに言った。彼は言い訳に焦る。
「悪かったって。だってまさか──」
「あなたは悪くない」ベラが割って入った。「っていうか、誰が悪いとかを言いだしたらキリがないのよ。キュカとエルバに割引のことを話したのはヒルデとヤンカ。でもその時、そもそもあなたたちが赤白会議室に来なきゃ、その話をすることはなかったかもしれない。それだっていつもみたいに、私がディックか誰かに名刺を預けておけばよかったって話にもなる。そうじゃなくても、あの時あの二人に曲を聴かせてなければよかったって考えかたもある。私もディックも、幹部の誰も、彼女たちに割引の話を持ちかけなかった。言うタイミングがなかったから。誰が悪いとか言いだせば、この場にいる全員が悪いことになる」
「ま、確かに」パッシが同意した。「そもそもなんで言わなかったんだ?」
ディックが応じる。「一度はベラに言った。名刺にサインしてやれよって。けど上に行くって言いだした時でいいんじゃないかって話で終わった」
「まさか口が軽いの織り込み済み!?」
「まさか」と、ベラ。「なんとなく。白黒会議室で事が済むならべつにいいじゃない。楽器があるわけじゃないし、廊下でだって車でだって練習できる。それになんか、カバー曲を練習するためだけに割引使われるってのもイヤだし。割引を使っても使わなくても、もしかしたら客は多いほうがいいのかもだけど、それなら自分の好みじゃないオリジナルバンドに割引を適用してもらうほうがいい。私の好みってのも条件に入ってるから、それはしないけど」
マトヴェイが呆れ顔を彼女に返す。「お前のこだわり、マジでめんどくさい」
「でもそれを曲げちゃったら、今度はガエルやノエミをがっかりさせることになるのよ」と、ヤンカは彼女をフォローした。
「ま、とにかく」ヒルデが割って入る。「明日キュカが出てこなかったら、ベラとアックスでフォローすることにしよう」
これにはニックとブライアンを含む全員が納得した。続けてディックが言う。
「ベラ、今日は曲作り、もうなしだ。用意しろ」
祖母が亡くなって一ヶ月──曲を作り終わったら墓に行こうと、彼と約束していた。
「すぐに」
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翌日午後三時前、キーズ・ビルの地下三階、赤白会議室。
ベラがエイブと二人で雑用を片づけているところに、ケイトとエルバ、そしてキュカが来た。少し待つよう言って作業を済ませたあと、ベラはエイブを行かせて彼女たちを迎え入れた。
「そうやって重苦しい雰囲気流されても、私はそれに適応できないから」ベラは紙をはさんだクリアファイルを、向かって右の席にエルバと並んで座ったキュカのほうに滑らせた。「エルバとはまったく違う詞」
向かって左にいるケイトは身を乗り出した状態で、三人でそれを読んだ。
「内容的に怒りが入ったロックにする予定。エイブと一緒に作ったの。キュカがそれでいいなら、そのうち彼と一緒に曲作る」
ケイトがつぶやく。「すごい。なんかかっこよくなる気がする」
「あたしのとはぜんぜん違うね」と、エルバ。
「あなたはマイペース型だから。単独型で自己完結型。私と一緒。キュカは突っ走り型で溜め込み型で巻き込み型でしょ。まあ私の周りにいるバカたちよりマシなんだけど」
今までそれほど意識していなかったのだが、昨日の一件で、キュカは性格がアニタやリーズ寄りで、エルバはペトラやニコラに似ているのかもしれないと、ベラは感じた。大人だからか、キュカはリーズほどバカな暴走はしないものの、リーズやアニタと同じで卑屈にもなるし怒りもあらわにする。キュカがなにかやらかすのにエルバがつきあい、フォローする感じだ。けれどリーズと違って、キュカはちゃんと“自分”を持っている。男の好みに合わせてどうこうしようなどということは考えない。
「だから他にも登場人物がいるのよ。私たちの観察結果が間違ってなければ、そういう状況がたぶん、キュカがいちばん自分の内面をさらけ出すところ」と、ベラは言い添えた。
「これ、あたしがうたっていーの?」キュカが訊いた。
「それでいいならね」
「いい。うたう」
「それはよかった。ならそのうち曲ができるの、待ってて」
エルバが自分のはどうなったかと訊いたので、ベラは彼女用の曲、“The Way I Am”を聴かせた。
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キーズ・ビル、二階。
貸スタジオの受付カウンターにはヤニがいた。バイトで入っている無愛想な男だ。静かに近づいたベラはケーキボックスを、彼が読んでいる楽器機材雑誌の上にわざと置いた。ヤニが視線を上げる。
「なに」
ベラはカウンターに両腕を乗せた。
「差し入れ」
「いらない」
「誰があなたのぶんだって言ったの」
「お前ムカつく」
「あらありがとう。私、ヒトから嫌われるの大好きよ」
彼は無視した。「詫びなんかいらないって、ガエルもノエミも言ってた」
「そんなんじゃないわよ、ただのケーキだし。あなたのぶんもあるけど。私はあやまる気なんてないからね」
「あっそ。あいつらは?」
「エム・オー? 名刺を盗んだ奴だけ辞めて、あとの三人は戻ってきたわよ。また三人であやまりに行くとか言ってたから、さすがに止めたの。悪くないんだからあやまるなって」
「連帯責任て言葉を知らないのか」
「キライなのよ、そういうの。それにそれを言うなら、ブラック・スターそのものを辞めなきゃいけないことになるじゃない。私は貴重なオリジナルバンドを失いたくはないからね」
「意味わかんない。好みじゃないんだろ?」
「うんぜんぜん。ロック名乗ってるところがムカつく。音が軽いんだもん。ポップスに近い。でも私の好みは、そこには関係ないじゃない。ディックも黙認してるのよ。それに、名刺のサインの位置に最初に気づいたのは自分ですって名乗り出ないヒトも意味わかんない」
ヤニは罰の悪そうな顔をした。確かに、サインの位置に最初に気づいたのは自分だった。それをノエミに言ったから、彼女も注意を払って見るようになった。あの時も自分が先に気づき、ノエミに確認してわかったことだ。が、それを認める必要はなかった。なので無視した。
「なにしにきたんだお前」
「レコーディング。ディックがもう来るはず。先に勝負する? いつもと一緒で、私が勝ったら料金半額」
彼は吐息をついた。カウンター下の引き出しから、以前ベラが買って持ってきたトランプを出す。一枚ずつ引き、数字が多いほうが勝ちというシンプルなルールだ。
「なんで俺がこんなバカげたことの相手しなきゃいけないんだ」
「ただ今私、三連勝中。がんばりなさい、キーズ・レコーディングスタジオのために」
「うるさいバカ」




