表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
R E D - D I S K 0 4  作者: awa
CHAPTER 05 * VAYA CON DIOS
35/198

* Vaya con dios

 「サインの位置の件。ベラはこういう事態を予測済みだったってことか?」

 フライリーフの階段を地下一階へとおりながら、ヒルデブラントは自分の前を歩くディックに訊いた。

 「さあな。たまに計算しすぎな部分はあるし、逆に鈍すぎな部分もある。基本的には鈍いほうだ。必要になった時だけ脳を高速回転させる感じか」ディックは階段を折り返す。「それが普通だから、サインにそこまでの意図があるとは思えん」

 ヒルデもあとに続いた。「でも予想外のことをやらかしてくれるって意味じゃ、そこまでの気遣いがあってもおかしくはないんだよな──まあ、それに気づいてくれるノエミもすごいとは思うけど」

 「ベラのことは可愛がってくれてるからな。他言するなって条件つきではあるものの、あいつもノエミの希望に応えて、レコーディングした曲を一枚のCD-Rに何曲かまとめて届けてる」地下一階におり立つ。「他の奴らにも言ってないことだけどな。知ってるのは俺とガエルと、もしかしたらヤニ、それからオーナー夫妻。そこに今追加されたお前だけだ」

 「どこまでも秘密主義者だな。隠すことじゃないような気もするけど──」メインフロアへと続くガラス戸の前でディックが立ち止まったので、彼も止まった。「どうした」

 「ベラがうたってる」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 メインフロアのステージの上、代理で二曲をうたい終えたベラは、またも拍手に包まれていた。

 「正直言っていい? わりと疲れた」客たちが笑うのも気にせず、彼女はマイク越しに続ける。「歌詞カードを用意できなかったのが申し訳ないんだけど──はじめて聴いてくれるヒトもいるだろうから、説明はしときます。次にうたう“Vaya Con Dios”は、“さよなら”とか、“神と共にあれ”って意味らしいです。そんな素敵な感じの言葉なのに、私の歌で聴いたら、なぜかちょっと皮肉に聞こえるらしい謎」

 客たちがどっと笑う。

 「ね、おかしいよね」とベラ。「まあ気にしないで。そういう皮肉めいた歌だからこそ、私が手放さなかったってのもあるし。主人公は私の本性とはかけ離れてるから、状況にあてはまる皆さんは、自分の歌だと思ってくれていいんですけど」

 そう言ったところで、正面の廊下へと続く壁際に、ディックとヒルデブラントが並んで立っているのを見つけた。

 「ちょっと! みんな! うしろに注目!」

 叫んだベラが指差すと、客たちだけでなくスタッフたちも、一斉に彼女が示す先を見た。フロア中の視線が一気にディックとヒルデに集まる。

 「その壁際に立ってる男二人。向かって左は知ってるヒト、多いはず。フロアチーフのヒルデことヒルデブラント! はい拍手!」

 二人はなにが起きているのか理解できないまま、やはり理由がわからない客たちからの拍手と歓声を受けた。

 「はい、ありがと」彼女が言う。「向かって右。オープンから一ヶ月も経たないうちに、もうめったにメインフロアに顔を出さなくなった、我らがボス、ディック! はいもう一回拍手!」

 客たちは笑いながら歓声と拍手を二人に送った。彼らは苦笑うしかできない。

 ベラも拍手を終えた。再びマイクを使って話す。「はい、ありがと。や、特に意味はないの。ただツートップが仕事サボって、こんなところでなにしてるんですかって言いたかっただけ」

 またもフロアに笑いが溢れる。ベラは機材係に合図を送った。

 「んじゃ、あんま喋ってると怒られるから、そろそろいきます。“Vaya Con Dios”」



  そうね 私っていつも控えめだった

  言いたいことも言えずに

  判断を委ねて いつもあなたに従ってた

  あなたが正しいって言ったから 私も正しいって

  でも今夜の私は違う

  言いたいことを言わせてもらうわ

  あなたの言うことなんか聞かない

  別の道を行くの


  Vaya con dios  Vaya con dios


  あなたの好みになりたかった

  あなたが望むすべてを叶えたかった

  自分を失ってたけど 気にもせず

  自分自身の成長より あなたとの時間を選んだの

  いつか私たちについて話すことがあったら

  流れ星のような恋だったと言うわ

  “映画のラストのように誰も死んでないの”

  “感動的なシーンもなく消えちゃった”


  Vaya con dios  Vaya con dios


  あなたから卒業するのよ…


  あなたが私を見つけたの 私があなたを見つけたんじゃない

  私があなたに従ってたの あなたにコントロールされてたんじゃない

  すべては私の意志が弱かったから

  私は鼠だったかもしれないけど あなたは魔法使いじゃなかった

  感情的な涙なんて必要ない

  なにをしても無駄 なにもかも手遅れ

  自分の意志を貫くってこと

  あなたから学んだの


  Vaya con dios  Vaya con dios



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 地下二階、赤白会議室。

 ディックはベラのお気に入りである赤いエグゼクティブチェアに座っていた。向かって左側にはエム・オーのメンバーが──ボーカルのグレーブ、ギターのフロル、ベースのアキーレ、そしてドラムのロムアルドと、並んで座っている。グレーブの向かいにはヒルデブラントが、そして彼の右後方では、腕組をしたデトレフが壁にもたれて立っている。

 ベラのサイン入り名刺がアックスのギタリスト、ブライアンのロッカーからなくなっていることはすでに確認した。控え室にいたブライアンにしか確かめていないが、彼を含め、アックスのメンバーは割引のことを誰にも話していないはずだという。そこは疑う理由がなかった。アックスはベラと仲がいい。彼女を裏切るようなことをするはずがない。もし話してしまったとしても、ベラかパッシには言うはずだ。

 レコーディングスタジオの防犯カメラの映像も手伝って、アキーレはブライアンのロッカーの中から名刺を抜き取ったことを認めた。エム・オーのメンバーの言い分も聞いた。アキーレの独断だったらしい。三人は割引のことなどまったく知らなかった。アキーレは金をせしめるというのではなく、ただ今日のぶんは自分が出すと言って割引を利用、自分の出費を抑えたらしい。そこまでは認めたものの、名刺のことを誰から聞いたかを一向に言おうとしない。

 どのくらい続いたかわからない沈黙を、ディックは溜め息で破った。

 「もういい。お前ら全員、クビだ。うちの店にも、今後一切入るな」

 うつむいていた四人は一斉に顔を上げた。

 「そんな──」

 「待ってくれ、ディック」身を乗り出したアキーレが必死な様子で言う。「悪かった。反省してる。上には差額払ってちゃんとあやまる。だから──」

 「信用の問題だ!」彼は怒鳴り声を返した。抑えていたはずの怒りが爆発した。「金を返してあやまれば済む話だと思ってるのか? このビルのオーナーが誰か、この店舗のオーナーが誰かくらい、お前らだって知ってるだろ。話に聞いてるはずだ。この店は店舗を借りて営業してんだよ。割引制度だって、本来ならなかったはずのものだ。あたりまえだろ。いくらこの店経由でスタジオを利用する人間が増えるからって、実際は割引なんかしないほうが上にとっても好都合だ。それをむこうは、ベラの人間性と音楽性だけを信用して、あいつ好みのバンドにだけ割引を、それも半額っていうかなりでかい割引を適用してくれてるんだよ。こっちは甘えさせてもらってる側なんだよ。その信用をぜんぶぶち壊しにするとこだったんだぞ!」

 また重い沈黙が流れた。今度はヒルデブラントが、静かに溜め息をつく。

 「“なんで自分たちまで”って、思ってるみたいな顔してるけど」アキーレ以外の三人を見やる。「連帯責任だよ、こういうのは。夫妻の温厚さに救われただけだ。下手したら割引制度がなくなるどころか、このビルそのものを追い出されてたかもしれない。一言に“オーナー”って言っても実感はないかもしれないけどね、それくらいの権限があるんだよ、むこうには。それに、軽い気持ちでやったことかもしれないけど、実際この件をベラに知らせたら、彼女はどう思う? 傷つくだけじゃない。責任感じて上まであやまりに行くことになるんだぞ。なにもしてないのに、自分より年上の人間がやらかしたことをあやまりに行くことになる。そこまで考えなかったのか」

 アキーレは一層深くうつむいた。今日いちばんの重い沈黙ができあがる。

 ドアがノックされ、デトレフはディックのほうを見た。

 「くだらない用なら追い払え」

 ディックがそう言うと、彼はドアを開けた。戸口に立っている人間と小声で話をする。

 相手が誰なのか、ディックからは見えなかった。さっさと閉めろと言おうとしたところでデトレフが振り返る。

 「キュカが、アキーレに喋ったのは自分だっつってる」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 メインフロア。

 ベラはステージに近い場所で壁にもたれて床に座り、レポート用紙を脚で支えて黙々と詞を書いていた。メルヴィナとウォルターの話をもとにした“鬼ごっこ”がテーマの詞だ。隣から、アックスのニックがそれを覗く。

 「まさに“鬼ごっこ”だな」

 「実際狙ってる女にこんなこと言われたら、もう追いかけるのやめるよね」と、ベラ。

 「やめるな、間違いない。っていうか俺的には、“追いかけてる”って表現になる時点でもう、イヤ」

 「そうなの? 逃げたいタイプ?」

 「べつに逃げなくてもいいけど──同時にでよくない? そういうの。片方が片想いしてとかじゃなくて、同時期くらいに恋愛感情が生まれて、そろそろ沈黙に飽きた頃に、みたいな」

 「ねえ、沈黙に飽きたから告白するの?」

 彼が笑う。「いや、言葉のあやだ。とにかく同じタイミングくらいに──」

 「見つけた! ニック!」

 声の高い、ミニドレス姿で全体的に派手な印象の女が二人の目の前に立った。彼の脚のあいだに割り込み、床に膝をついて彼にハグをする。

 「会いたかったー」

 ハグというよりは、抱きついていると言ったほうが正しい。ベラはとっさに衝突を避けたが、それでも彼女の香水の匂いはすごかった。

 彼が彼女を「フィラナ」と呼ぶ。「また酒飲んでんの?」

 「ちょーっとね。友達ん家で飲んで、その帰り。どうせタクシー使うんなら、ちょっとでもあなたの顔見とこうかなと思って。っていうか──」アイシャドウやアイライン、マスカラをつけまくった眠そうな目でベラを見る。「この美人な女の子は誰? ずいぶん若そうだけど、あなた、こんな若い子に手出す趣味あったの?」

 「いやいや。見たことあるだろ、ベラだよ。君も彼女の曲、気に入ってたじゃん」

 彼女はわかりやすく思い出したような表情をした。「ああ! そうそう、ベラね。なんだっけ──“Alone”か、うたった娘よね」

 「そう」ニックはどうにか、彼女の身体の向こう側にあった顔をベラのほうに戻した。「彼女はフィラナ。オープンの時にこの店で知り合った友達」

 「友達!?」彼の前に正座し、フィラナが仏頂面を返す。「つきあってって言ってるじゃない。あたしは今、あなたにぞっこんですよ」

 「酒はほとんど飲まないから、酒大好き人間は無理。っていうかそれ言う時、いつも酔ってるじゃん。誰も本気にしないよ」

 「はあ? 酒なんか関係ないしー。酔ってないしー。テンション高いだけだしー」

 「いや、酔ってるだろ、それ」

 これはニックの言う、同時に気持ちが傾く状態なのだろうか? どう見ても追いかけて逃げての鬼ごっこ状態にしか思えない。それでも、ニックはそれほど嫌がってないような気もする。逃げなくていいからか──などという結論の出ない曖昧なことを、ベラは考えていた。

 顔を近づけ、フィラナが彼に向かって微笑む。

 「キスすればつきあったことになるよね」

 「いや、ならないと思います」

 「なるわよ、きっと──」

 「ベラ!」

 人混みをかきわけ、焦った様子のエルバが現れた。今にも泣きだしそうだ。

 「なに」

 「──キュカが、クビになるかもしんない──」

 ベラはぽかんとした。「は?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ