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R E D - D I S K 0 4  作者: awa
CHAPTER 05 * VAYA CON DIOS
34/198

* Sudden Trouble

 現在のこの控え室内、妙に静まり返っている。あれだけ口説くな、近づくなと幹部たちからのうるさすぎる忠告の対象になっているベラが、目の前であからさまに口説かれているのだ。彼女は気づいていないが、見物している彼らの心の中には、どうなるのかという好奇心と、アキーレに対する呆れが半々で存在していた。

 また微笑んでベラが答える。「たとえば夜の遅い時間に、小一時間。もしくは半同棲。もしかしたら同じ学校。可能性はいろいろあると思うんだけどね」

 「いや、いねえ。そんな気配がねえ。ほんとのこと言えって」

 よく知りもしないのに、なぜそんな確信が持てるのだろう。「いなかったら、なに?」

 「キスする理由になる」

 十九歳というのは、ここまでバカなものなのか。大学に行っているとこうなってしまうのか。自意識過剰でただの女好きだからか。それなりの人生経験があれば、自分がどれだけバカなことをしているか、自覚できてもおかしくはないはずなのに、あれだけの忠告のあとでこれだ。もうこれは喧嘩を売られていると受け取って、反撃にまわっていいはずだろう。と、彼女は思った。

 相変わらず離されることのない指を、ベラがさらに絡める。

 「私はね、つきあってない相手とでもキスするのよ」

 冷静を保っていたはずの彼の眼が少し反応した。彼女は口元をゆるめて続ける。

 「それに、つきあってなくてもデートする。つきあってなくても手はつなぐし、肩を組まれたり腰に手をまわされたりする。オトコがいるとかいないとか、関係ないんだよね」

 「お前と幹部メンバーの下の四人、ちょっと怪しいもんな。さすがに年の差ありすぎな気もするけど、疑おうと思えば疑える」

 それはさすがにないだろうと思いながらも、彼女の悪ノリは止まらないところまできていた。「特定のカノジョがいるパッシはありえないけど、エイブもデトレフもマトヴェイも、根はやさしいからね。頼めばなんでも聞いてくれる」

 覚えはないが含みのあるその言葉に、幹部メンバーはふきだしそうになった笑いをこらえた。

 どこまで本気なのか、アキーレも止まらない。彼はずっと、絡めた指の先でベラの手を撫でている。「よーするに、貼り紙も特に関係ねえってことだよな。スタッフ同士が恋愛しようと、はじまっちまったもんはしかたねえし。実際コソコソとできあがってる奴もいるわけだし」

 その話なら報告は入っているし、ベラもその雰囲気は感じとった。

 「そういうことね」と彼女が答える。「っていうか、もうまわりくどいのはやめない? どうしたいのかはっきり言えばいいと思うんだけど」

 「んじゃオレとつきあえ」

 「キスがうまいかどうかで考える」

 見物人は冷やかしの声を上げたい衝動をどうにか抑えた。

 「今ここですんのか」と、アキーレ。

 「まわりくどいのはキライなのよ」

 口元をゆるめて座りなおした彼は、ベラの首に触れて彼女の顔を引き寄せた。

 「マジでするぞ」

 「どうぞ」と彼女が言う。あと八センチというところにまで唇が近づき、また口を開いた。「っていうか、ずっと言ってみたかったことがあるんだけど」

 彼は口元が緩むのを抑えようと必死になっている。さっさと済ませてしまいたくてうずうずしているようだ。「なに」

 右手で彼の首に触れ、指で頬を撫でる。

 「あんたのその、ちゅーとはんぱな長さの細っこいモノで、どうやって私を満足させる気?」

 アキーレは目に見えて唖然とした。

 彼の手を払いのけ、さらに顔を近づける。

 「いい? あんたのそのお粗末なモノとやりかたじゃ、私を満足させるなんてのは一生無理なのよ。だって私のオトコは、あんたよりももっといいモノ持ってるうえ、私がなにを好きかっての、ぜんぶ知ってるわけだから。それに、私はあんたが知ってる以上のことを知ってるの。自分より無知で経験不足な男に自分の身を委ねろって? そんなの無理。オレとつきあえ? 不満だらけになることがわかってるのに? もしかして寝たあとに毎回毎回ダメ出しされたいの? そういう趣味の男にはなおさら興味がないから、他を探してくれる? 当然のことながら、私はあんたなんかに興味ない。鈍くてけっこう。気持ちばっかり突っ走ってあんたみたいに恥かくよりは、じゅうぶんマシなはずだから」

 しんと静まり返っている部屋の中、ベラはソファの上で立ち上がった。腕組みをしてさらに彼に言う。

 「こそこそできあがってるってのは、もしかしてバースタッフの男と厨房スタッフの女のこと言ってる? それなら知ってるわよ、話に聞いてるから。ほんと、救いようのないバカね。まだ気づかないの? スタッフ同士の恋愛禁止っていうルールは、私を守るためだけに存在するのよ。裏を返せば、あんたみたいなバカを排出しないためってのもあるけど。他の誰がどこでどうできあがってようと、私にちょっかい出すんじゃなきゃどうでもいいの。幹部だって他のみんなに対しては、はっきりと恋愛禁止だなんて言ってないでしょ。大学生ならもうちょっと頭を働かせたほうがいいわよ。忠告も素直に聞き入れることね。痛い目みるのはそっちだから」

 全員が呆気にとられていたが、ひとりがふきだしたのをきっかけに、どっと笑が起きた。ベラは無視して部屋を出た。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 土曜の夜。

 キーズ・ビルのオーナーの息子、ガエルとの電話を切ったディックは、彼から受けた報告に愕然としていた。

 まったくといっていいほど予想外の出来事だ。ガエルは怒っている様子はなかったが──とにかく一度、上に行って事実を確認しなければならない。ヒルデブラントにもつきあってもらったほうがいいだろう。ここにはマトヴェイを呼んで、ホールはエイブに任せて──代わりはベラにやらせるしかない。ある意味彼女がいちばんの被害者な気もするのに、こんなことを頼むのはどうかと思うが──。

 深い溜め息をつき、ディックは無線機を手にとった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 地下一階のメインフロア。ウェル・サヴァランがステージでうたう中、ベラは肩を震わせて大笑いしていた。

 「ちょ! 笑いすぎ!」メルヴィナが言う。「んな笑うことないじゃん!」

 「だって──」

 ベラはどうにか笑いをこらえようとした。だが、彼女の話はおもしろすぎた。それほど笑う話でもないような気がするのに、どうやらツボに入ってしまったらしい。

 メルヴィナによると、彼女は中学の時からときどき、あのウォルターに迫られているのだという。それどころか小学生の時からずっと、彼が彼女を好きだという噂が流れていて、中学にあがってからはそれがあからさまになり、それでも見栄っ張りな部分があるからか、彼女が誰かとつきあっている時はそんなことを言わなかったり、途切れ途切れではあるものの、とにかくしつこい時は本当にしつこく、つきあおうと言ってくるらしいのだ。

 「あれだけ鈍い男もめずらしーよね」メルヴィナの連れ、フィービーが言った。

 もうひとりの連れ、タバサが答える。「あれ、鈍いっつーの? むしろなんか、ストーカーみたいになってること承知のうえでつきまとってる気がする」

 フィービーがけらけらと笑う。

 「確かに! あんだけさ、なんか奢ってとか毎回言われてたら、普通つきあいやめるよね。メルがちょっと甘えた声出しただけでコロッと騙されて、毎年ブランドモノの財布とか用意してくんだもん。超笑える」

 「甘い声とか、出してねーし!」メルヴィナは二人に向かってピーナッツを投げた。「てゆーか、それいちばん欲しがってんの、お前らじゃん! だから誕生日とかクリスマスに、そーゆーの、手に入れてやってんだっつの!」

 笑いながら彼女があやまる。「はいはい、すみませんでした。けどウォルターも気づかないからおかしーよね。メルのこと、どんだけ飽き性だと思ってんだろっつー」

 タバサが応じる。「だからさ、絶対気づいてるって。メルに見放されんのが怖くて言えないだけ。しつこく言ったら絶対、メルはキレるもん」

 メルヴィナが訂正する。「や。キレるのすら、あいつには通用しない。キレても、知らないフリすんだ、間違いなく」

 まるで鬼ごっこだとベラは思った。メルヴィナが逃げてウォルターが追いかける。身の程を知らない、残念な鬼ではあるけれど。

 ベラはまとめた。「つまりウォルターは最高にウザいけど、言ってもほぼ通用しないうえ、金は持っててちょっと便利に使えるから、金銭面でちょっとがんばってもらう代わりに、ちょっと我慢してつきあってると」

 「そーゆーこと」

 ウォルターに同情する義理など微塵もないが、どこまでも可哀相な男だ。ここまで女に利用される男は見たことがない。

 「お楽しみのとこ申し訳ないけど」ベラの背後からエイブが声をかけてきた。「ベラ、仕事してくれる? もうすぐサヴァランがステージ終わる。そのあといってほしいんだけど」

 サヴァランは主に“怒り”をテーマにした曲をうたっている。ということは、流れでいけば“やさしさ”や“強さ”をテーマにした曲を選ばなければいけない。確かこの次には、アキーレがベーシストを務めるエム・オーのライブが控えていたはずだが。

 「私の苦手な部分をやらせてくれるのね。どうもありがとう」彼女は皮肉交じりの言葉を彼に返して立ち上がった。メルヴィナたちに言う。「ちょっと仕事してくる。おもしろい話、聞かせてくれてありがと。詞のネタにさせてもらう」

 「できたら教えて。超楽しみにしてる。がんばれ」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 「どういうことだ?」フライリーフから地上の通りに出たヒルデブラントがディックに質問を返した。「ガエルの言うことが本当だとして、なんでエム・オーの奴らがそれを知ってる? というか、なんでガエルはそれに気づいたんだ?」

 「わからん」とディックは答えた。「ただ、気づいたのはガエルじゃなくてノエミらしい。とにかく上に行って話を聞くしかない。防犯カメラの映像を用意するって言ってくれてる。話はそれを確認してからだ」

 「わかった。なら急ごう」

 二人はキーズ・ビル一階の楽器店に入った。ビルのオーナーであるキーズ夫婦に会釈して足早に階段をあがり、二階のレンタルスタジオへと向かう。

 受付カウンターにはオーナーの息子の妻ノエミが、アルバイトの青年、ヤニと二人でいた。なにかあったら呼んでくれとヤニに告げたノエミのあとに続いて奥のドアに入る。そんな状況でもないだろうに、チェアから立ち上がったガエルはハグで二人を迎えた。

 「店は好調のようだね。待ってくれ、もう少しで用意できるから」

 広めの通路のようになった場所に、機材を置いてある棚と向き合うようにして、三台のデスクトップPCが置かれていた。壁上部にはモニターが数台設置され、今現在の監視カメラ映像の映像が映し出されている。カウンターにあったモニター映像よりも質のいいものだ。

 「よし、できた」と言って再び席を立ち、ガエルは二人にPCのモニターを見せた。

 彼に替わってヒルデブラントがチェアに腰をおろし、その隣からディックが画面を凝視する。

 モニターは四つの静止画面を映していた。約二時間半前にエム・オーのメンバーが受付に来た時、そして今から約二十分前に、彼らがレンタルスタジオでの練習を終えて支払いをする時の画面。

 「間違いないな」とヒルデブラントは言った。

 ディックも同意する。「ああ。エム・オーだ」

 「もしかしてだけど」ヒルデブラントの傍らで腕組みをしたガエルが切りだした。「ベラが実際にサインしたってことはないのかな? 君たちの知らないうちに。毎回名刺を直接渡してるってわけでもないだろう?」

 ディックが答える。「確かに名刺はデスクの上に置いてる。取ろうと思えば誰でも取れる。けど、エム・オーはベラの好みじゃない。ロックのわりには音が軽いからな」

 「だから言ったじゃない」ノエミがガエルに言った。

 ヒルデブラントが彼女に訊ねる。「どうして気づいた?」

 「はっきりと確認をとったわけじゃないからね、本当に意味があるかはわからないんだけど。ベラのサインの位置、バンドによって違うのよ。もちろんそれも日替わりではあるんだけど──」

 首をかしげたそうな彼らに、口で説明するよりも実際にやって見せたほうが早いと思い、ノエミは「ちょっと待って」と言ってデスクにあるメモ帳とペン、ハサミを取った。「バンドAとバンドBがいると仮定して説明するわね」

 メモ帳を名刺サイズに近づけるため、折った二枚をはさみでふたつに切る。彼女は四枚の紙の中心にディックの名前を書いて名刺とし、ベラの名前と日付をそれぞれ違う位置に書いた。

 「たとえば今日の十二時、バンドAがうちに来たとするでしょ。清算時、彼らはこれを受付に出すわ」

 彼女はデスクの上に紙を一枚置いた。ベラの名前と日付は右上にある。

 「今日の三時、バンドBもうちに来た。その時彼らが出すのはこれ」

 ノエミがまた名刺に見立てた紙一枚をデスクに置く。ベラの名前は左下にあった。彼女は続ける。

 「だとしたら、明日バンドAがまた十二時に店に来るとして、その時受付に見せる名刺はこれ」

 次にデスクに置かれた紙のサインは、ディックの名前の右下にあった。

 「で、バンドBが午後六時にうちに来たとしたら、彼らが出す名刺のサインは」最後の紙をデスクに置く。「こうなってる」

 ベラの名前と日付は、ディックの名前のすぐ上だ。

 「えーと」ヒルデブラントはどうにか説明を整理した。「バンドによって位置が決まってるわけじゃないけど、サインの位置は毎回ばらばらだってこと?」

 「だと、私は思ってるわ。大文字だったり小文字だったり筆記体だったり、そういうのは特にこだわりがないみたいだけどね。でも特徴はあるのよ。“B”の文字、縦の棒は杖のような形にして、上部分を大げさに大きくして書いてるの。最初に見せてくれたサインの時と同じで、これだけはいつも変わらない。ためらいなく書かれてるから、あの娘本人が書いたんだなってのがわかるわ」

 ガエルがつぶやく。「ぜんぜん気づかなかった」そもそもガエルは、受付カウンターにはあまりいない。

 「ようするに、その日のうちに同じ場所にサインされた名刺を持つ別々のバンドが来ることはないってことか」ディックが言った。

 「ええ、そういうことよ。それも、お気に入りバンドが少ない今だからできることかもしれないけど」

 彼は溜め息をついた。

 「ああ──本当にすまない。どこから話が漏れたのかはわらかんが、まさかこんなことになるとは──今から本人たちに確かめて、ちゃんと差額を支払いにこさせる」

 「やだ、そんなつもりじゃないのよ。私はただ、あの娘の気遣いを無駄にしたくなかっただけ。ちょうどバイトの子──ヤニと交代した時で、彼が受け取ったのをちらっと見ただけだから、それほど自信があったわけじゃないの。でも彼に確かめたら、意識したわけじゃないけどたぶん右下だったって言うじゃない。そこなら今日、別の子たちで見たもの。それにベラは、名刺を渡すお気に入りバンドが増えたら、いつも写真を見せて私かヤニに教えてくれるわ。でもこの子たちのことは、もちろん練習のためにスタジオに来てくれたことはあるんだけど、私もヤニも、ベラからは話を聞いてないのよ」

 ヒルデブラントが質問を返す。「その、別の子たち? 先に来てたはずのほう、名前はわかる? 何人組かでもいいんだけど」

 「ああ──四人組でね、ひとり、すごく背の高い男の子がいるのよ。あなたやヤニと同じくらいよ、百八十五はあるかしら。ベラとも仲はいいはず。このあいだ来た時、作詞やメロディ作りを手伝ってもらってるって、ちょっと話してたから。確か──」

 「アックス?」

 「そう! その子たちよ。今日の朝来て、お昼前に一度帰って、一時頃だったかしら、また来たの。そのあとリハーサルに遅れる、なんて言いながら、慌てて帰ったわ。今日はその二回ね」

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