* Anteroom
月曜日、昼休憩時間の教室。
「ベラは基本的にずっと寝てるよね」テクラが言った。
曲げた両腕を机に寝かせ、顔だけを上げてベラが反論する。
「ずっとじゃないわよ。起きてる時間のほうが圧倒的に長いし」
ササが笑う。「けどいつも寝そうになってる。真剣に教科書見つめて真面目に考えてんのかと思ったら、目閉じてるもん。手から顎落ちろ! って思うけど、落ちない」
「たまに落ちる夢みるんだよね。一瞬の夢なんだけど、あれ? って思ったら、落ちてないの」
「寝てるじゃない!」と、ハンナ。
「ベラよりササやネアのほうが寝たいと思うんだけどね」マーシャが言った。「ササなんか、毎朝一時間半くらいかけて学校来るわけでしょ? 毎朝五時起きで」
「そーだよ。まあ電車の中で軽く寝てたりはしてるけどさ」
テクラが訊ねる。「サウス・ノックってどんなとこ?」
「田舎。マジでなんにもない。山と川と畑とーみたいな」
「うちも一緒だよ」ネアが口をはさんだ。「あたしは山のほうの家だから畑はそれほどないけど、家そのものが山にあるわけから」
マーシャも続く。「それはうちらもだよ。山奥とか頂上付近とかじゃないけど、私とテクラの家は、山のふもとから坂道ちょっと上がったところにある。エイト・ミリアドは、あるところには店あるけど、ないところはほんとなんにもない」
テクラがストーン・ウェルはどうかとハンナに訊いた。
「うーん。店はナショナル・ハイウェイ沿いなら大きいのがあるくらいで、あとは田舎かな。山も畑もあるけど、それより家が多い。そんなに家いる!? ってくらい」
「おもしろいくらい田舎者の集まりなわけだ」ササが笑って言う。「ベラ以外は」
「こっちもそんな変わらないけどね。センター街にはバス乗り二十分くらいで着いてたってだけで」
ネアが反論する。「じゅうぶん都会だし!」
「っていうか、ベネフィット・アイランドそのものが田舎でしょ? これといった高層ビルもないし、地味な観光品ばかりだし。センター街ですら、私は都会だと思わないけどね」
「一週間でいいから体験させてやりたい」ササがつぶやいた。「このおもしろいくらいなにもない生活。たまに家でも携帯電話の電波が入らなくてイライラする生活!」
ハンナが遠い目をする。「田舎はね、寒いんだよ。市内とじゃなぜか、気温が二度とか三度くらい違うんだって。なんでだろーね」
ネアも続いた。「山はなぜか雪が降るんだよね、南なのに。山ってだけで?」
ササはまだ卑屈なままだ。「地元の山にさ、“動物飛び出し注意”とか書いてあるんだよ。たまにだけど、農家もなんかの動物の被害にあったとかって大騒ぎだよ。朝の五時起きが早いってわけじゃねえよ。だってうちのばーちゃん、四時に起きてるし。近所のばーちゃんとか、三時には起きてるし。夜中だし。朝学校行こうとしたら、畑から行ってらっしゃいっつって声かけられるっつーのに」
マーシャが苦笑う。「それはすごいな。さすがにそういうのはないかも」
「あたしからすれば、携帯電話の電波が安定してるってだけでもう都会だからね。バイパスですらなんにもないからね。一応サウス・ノックって言える位置にショッピングモールはあるけど、そこまで行くのすら遠いからね。近くて便利なはずのコンビニすら、歩いていくにはお手軽じゃないし!」
彼女のあまりの田舎批判にみんな笑った。
「だからこっちに出てきたんだ。こっちって、あたしが言うのも変だけど」テクラが言った。
「そだね。行き帰りの時間考えりゃあんま意味ないことはわかってたんだけど、あっちの高校行ったら、半分くらいは地元の人間てことになるからさ。それじゃ中学の時と変わんないし。リトル・パイン・アイランドの高校に行くって手もあったけど、どうせならこっちまで出てきちゃえと思って。したらセンター街にも行けるし」
「あ、わかる」ネアが同意した。「高校の選択肢はいくつかあったけど、センター街経由したくてこの高校選んだっての、あるもん。私服なことはともかく」
マーシャが続く。「でもファッションの勉強にはなる気がする。やっぱセンター街近くの私服高ってだけあってこの学校、お洒落な子多いもん。上級生とか特に」
ハンナも笑顔でうなずいた。
「センター街に寄れるってのが毎日新鮮だよね。朝起きるのとかに慣れたらそのうち、学校帰りに普通に遊びたい。っていうかもうわりと慣れてきてるんだけど、なにげにベラに拒否されてるし」
ササが笑う。「ベラはなんでも拒否する。とりあえず拒否しとけみたいな感じで拒否する」
ベラは今、センター街のオフィス・タウンに住んでいるし、センター街には中学の時から通っている。今さら、珍しいものでもなんでもない。それに今は高確率で、放課後はデトレフかマトヴェイが迎えに来てくれる。
「遊ぶっつったってカラオケでしょ。べつに好きじゃないし。っていうかササはバイトあるし、ネアだって部活あるじゃん」
「バイトは火曜と木曜と土曜だけだもんね」ササは地元、サウス・ノックにあるバーガーショップでバイトしている。
「あたしの部活も火曜と木曜と土日だし」と、ネア。彼女はバレー部に入部した。
ベラはバイトのことを彼女たちに言っていない。言っても説明に困るからだ。ササと違い、市内でバイトといえばまず地元かセンター街付近を予想されるだろうし、そうなると見に来ると言われる可能性もなくはない。言い訳を考えるくらいなら、最初から言わないほうがいい。
「つっても、私もいろいろ約束があるからね」身体を起こし、ベラは首をまわした。「ま、そのうちに」
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ブラック・スターに所属している中に、“エム・オー”というロックバンドがいる。十九歳から二十一歳の四人から成るメンバーで、もともと別々のバンドをやっていた連中が集まり、去年十二月に新しくバンドを結成した。結成して数ヶ月しか経っていないのでまだ持ち曲が足りなく、オリジナル曲はあるものの、ときどきはカバー曲を扱う。
特に興味がないものの、マトヴェイやパッシがいればたまに話す相手で、そのうえ最近はキュカやエルバがよく話すようになったらしく、ベースのアキーレからは特に、ベラはよく話しかけられるようになっていた。
アキーレは十九歳、ベラからすればいかにも軽そうな男だ。彼女自身には実感がないものの、マトヴェイたちによると、彼は一週間ほど前から自分を口説きにかかっているという。
水曜日の夕方。学校を終えたベラは、迎えに来てくれたマトヴェイと一緒に、キーズ・ビル地下二階へと向かった。お菓子だのジュースだのを買ってこいというディックの命で買い物に寄ったこともあり、マトヴェイは腕にジュースケースみっつを、ベラは大きな紙袋六つを抱えている。
彼と一緒にどうにかスタッフ用フロアにおりる。デトレフとパッシ、それからエム・オーのアキーレが廊下で話をしていた。彼らに手伝ってもらって控え室に入る。
控え室では三組のバンドが、壁際のPCコーナーを使ってそれぞれに曲作りをしたり、ソファで話をしていた。エイブはキュカやエルバ、エム・オーの三人とソファにいた。
「ベラ、領収書渡せよ」
ジュースケースをソファに置きながらマトヴェイが言った。ベラはエイブとキュカに紙袋五つを渡した。
「わかってる。そっちこそ、車からキャリーバッグ持ってきてよ。あれがないと仕事になんない」
「取りに行く気ねえのかよ」
「パッシが行くってよ」
デトレフの言葉に彼が反論する。「言ってないし!」
マトヴェイは、贅沢にもソファひとつを陣取って寝転んだ。
「もう無理」ポケットから車の鍵を出してみんなに見せる。「誰かジャンケンで行ってきて」
ブーイングが起こる。ベラは紙袋をひとつ抱えたまま、ヒルデブラントと一緒に書類を見ながら話していたディックのところに向かい、彼のデスクに領収書を置いた。
「ぜんぶマトヴェイね」
「高いなおい。なにやったんだ。明細はどこだ」
彼女はすっとぼけた。「どこかに落としてきたみたい」
ヒルデが笑う。「で、なんでそれだけ持ったまんま?」
「私が自分で買ったやつよ。あ、でもちょっと待って。差し入れが」
紙袋の中を漁り、彼女は百ミリリットルの酒瓶七種類、一本ずつを彼らの前に並べ置いていった。どれも普通ボトルを縮小して作られたもので、ルーペが必要なほど文字が小さいものもある。
「高校生に酒を差し入れされるとはね」と、ヒルデ。
「違うの。酒瓶が欲しかっただけなのよ。だから幹部で分けて、中身だけ飲んで。ラベルはダメにしないでね。マトヴェイはこれがいるって言ってる」酒瓶のひとつを示した。「で、デトレフはこれが好きだって」もうひとつも指す。「だからそれ以外」
ディックは一本を手に取った。
「このあいだバーで見たな、このサイズ。てっきり飾りかと思ってたけど、普通に飲めるのか」
ヒルデもひとつを観察した。「未開封だから悪戯の心配はないな」
「そういや、ヤンカがお前に差し入れしてくれてる。うまそーなケーキ見つけたから買ってきたんだと。冷蔵庫に入ってる」
ディックが言った。ケーキと聞けば彼女は反応する。
「ほんと? ヤンカはどこ?」
「聞くところによると、上の貸しスタジオでノエミと話しこんでるらしいね」ヒルデが答えた。「もう二時間くらいになるみたいだよ」
「勝手に食っていいの?」
「いいよ」
「何個かあるらしい」ディックがつけたした。「あいつは上に差し入れるのに自分のぶんも持ってった。あとはお前の好きにしろとさ」
「わかった」
冷蔵庫の中には、“Bella”と大きく書かれたケーキボックスがあった。これをしておかなければ、いつ誰に食べられ、飲まれるかわからないのだ。共同の冷蔵庫ではなぜか、名無しイコール誰にでも手をつける権利があるという認識になるらしい。
ジャンケンに負けたエイブと、それにつきあうキュカがマトヴェイの車へと向かっていた。曲作りをしていた者もテーブルに集まっていることだし、ベラはすぐ赤白会議室に向かうつもりだったのだが、ケーキを見せろとパッシに言われてひとまずソファに座り、膝の上でそれを開けることにした。
「なんでケーキ?」向かいでアキーレが訊いた。「お前、今日誕生日か?」
「違う。昨日ケーキ食いたいってつぶやいたからだと思う」
シールを剥がし、ゆっくりと開けた蓋から中を覗く。思わず息を呑んで蓋を閉めた。かなりおいしそうだ。大好きなチョコケーキがメインで、イチゴが乗っているのもふたつはあった気がする。
「ちょ、見えないから。もっかい」隣でエルバが言った。
「だめ。これ見せたら取られる気がする」
パッシはソファ越しに彼女のうしろに立っている。「何個食う気だよ?」
「私はひとりで何個でも食べられますよ」
立ち上がったアキーレが、テーブルを一歩で歩いてベラの隣にどすんと座った。
「いいから開けろって」
彼が蓋を無理やり開けると、その場にいた半数以上の人間が一斉に中を覗きこんだ。普段それほど甘いものを食べないマトヴェイまでもだ。ワンカットずつ六種類、そのケーキには様々な感想があがった。
「これ、ぜんぶひとりで食うの?」エルバが訊ねる。「無理っしょ」
「ベラは大食いだからな」パッシの隣でマトヴェイが言った。「一緒に飯食ってたら、やたら食う時がある」
パッシが補足する。「主にパンとかデザートを多めにだけどな」
「今日の夕食ができた」と、ベラ。
「それはやめとけ。飯は飯でちゃんと食えよ。そんで一個よこして」
「やだけど、エイブに電話してナイフとフォークと皿、持ってくるように頼んでください」
携帯電話を取り出しながらマトヴェイが口をはさむ。「電話してやるからひとつよこせ」
「私はぜんぶ食べたい!」
「どれかひとつだけ選んで、あとは一口ずつ食えばいいじゃねえか」デトレフが言う。「たかがケーキでモメんなよ」
「そんなこと言ってるから、デトレフはいらねえらしいわ」と、アキーレ。
マトヴェイはエイブに電話した。ひとりで食べると言い張るベラを無視し、周りはどれがおいしそうだという議論をはじめる。ベラのキャリーケースを引くエイブと、数枚の皿、フォーク、ナイフを入れたバスケットを持ったキュカが戻ってくると、彼らよりも食器のほうが歓迎された。
けっきょくベラは一種類を選び、あとは味見用に控えめな一口分をもらえただけで、残りはそれぞれに無理やり二切れにして、彼らに分けるはめになった。ジャンケンで勝った人間からということになり、ディックとヒルデブラントも参加した。
だからこの控え室という場所が、あまり好きではないのだ。なぜ仲がいいわけでもない人間に、好きなものを分けなければいけないのだろう。今回のことでいえば、ケーキを見た瞬間の感動や興奮と、食べ終わったあとの満足感に大きな差がありすぎる。
全員がケーキを食べ終わったあと、アキーレが切りだした。
「ケーキが半端なくうまい店、今度連れてってやろーか」
ベラが質問を返す。「どこ?」
「教えねー」
「なんでだ」
「連れてってやるってことは、つまりね」エルバが口をはさんだ。「デートに誘ってんのよ」
ベラは笑った。「バカなのね」
「お前、マジで鈍い」左腕をソファの背に乗せ、アキーレはベラのほうに身体を向けた。「ケーキ食い放題とかどうよ」
「そんなとこに行かなくても、自分が欲しいものを欲しいだけ買いますよ」
「明日買ってきてやろーか、ケーキ」
ただうるさいだけだと思っていたが、今のこの状況が“口説かれている状態”なのだとしたら、相当面倒だ。やはりマトヴェイたちの忠告は、さらなる好奇心を引き寄せてしまったらしい。
ベラも彼と向き合うようソファの背に右腕を乗せ、微笑んだ。
「奇遇ね、同じこと考えてた。私も明日、たぶん買ってくるわよ」
「なら明日一緒に行くか。学校まで迎えに行ってやる」
「大学終わるの何時?」
「四時過ぎには終わるんじゃね」
「残念。デトレフのが早い」
「ちょっとくらい待てよ」
「やだ」
「っつーかずっと思ってたんだけど」アキーレはベラの左手をとり、彼女の脚の上で指輪に触れた。「お前、オトコいねえだろ」
かなりキレそうなのだが、ベラはそれを表には出さない。「なんで?」
「放課後はいつもここ。土日もたいてい、朝から晩までここにいる。オトコといる暇がどこにあるよ?」
正確な読みだ。確かに間違ってはいない。そのうちわかることだとは思っていたが。




