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R E D - D I S K 0 4  作者: awa
CHAPTER 04 * CAN YOU HEAR ME BOYS
29/198

○ Beyond Expectations ( Breaking Free )

 ケイトを連れたベラが白黒会議室のドアを開けると、テーブルの上で“Can You Hear Me Boys”を熱唱するキュカとエルバと一緒に、ヒラリーも歌詞を見ながらそれを口ずさんでいた。キュカとエルバは明日のオリジナル曲を完璧に覚えることに集中しているため、今日ベラと一緒にうたう予定のこれは、片手間にメロディを覚えた程度だ。なので詞もところどころで間違っていた。けれどベラは気にしない。彼女たちには最初から、フォローはするから詞を見ながらうたうのでいいと言っている。

 二人に気づくとヒラリーが音楽を停め、キュカとエルバはテーブルをおりて、ケイトにハグをして挨拶した。彼女たちは同じ歳ということで仲がいい。

 戸口から、ベラはヒラリーに声をかけた。「うたえるなら“Rock This World”、今日もうたってく? 無理やりねじ込むけど」

 彼女がきょとんとする。「え」

 「あとメロディだけでも覚えられるなら、今二人がうたってた“Can You Hear Me Boys”も一緒に。二周目のトップだから、“Rock This World”を先に入れて、そのあとにこれってことになるかな。こっちは四人で謎の大合唱になるけど」

 「あ、それいいじゃん」エルバが同意した。「うちらもやっとメロディをぜんぶ覚えた程度だから、状況はほとんど変わんないよ。歌詞見る気満々だし。ベラは詞覚えてるけど、覚えてないフリして歌詞カード持ってくれるって」

 キュカが補足する。「さっき言ったとおり、一番のAメロはベラがぜんぶうたう。あたしらは一番のサビから。二番はちょこっとだけパート分けてるけど、それなおしたら──」視線をベラに向ける。「どうにかなる?」

 「うん。テンポの速い曲だから、サビだけうたうのでもすぐ出番来るけどね。エイブかパッシ呼んでみるから、パート分けいじってもらって。特にCメロ、四行だからちょうどいい」ヒラリーに言う。「詞は間違ってもかまわない。かなりふざけるつもりなの。どうする? “Rock This World”も含めて、やる?」

 「いいの?」

 「やろうよ」エルバが促した。「みんないわく、ベラがふざけるつもりだって言ったら、本気でふざけるつもりらしいから。かっこ悪いことにはなんない。それどころか間違えるようかき乱される可能性があるとか言ってる。でも間違っても、それすら楽しくなるって」

 ヒラリーは笑った。

 「“Rock This World”は今でもよく聴いてるわ。いいならやりたい」

 「ならディックに言ってくる」ベラはショートジーンズのポケットから出した鍵を、テーブルを滑らせるよう投げた。「私のロッカーの鍵。着替えるなら適当に選んで」

 キュカが言う。「うちらもまたなんか借りていい?」

 「どーぞ」

 ケイトが彼女たちとロッカールームに向かうと、ベラは赤白会議室へと戻りながら、無線を使ってエイブかパッシ、どちらか十分後に白黒会議室に来てほしいと声をかけた。ホールを手伝っていた彼らはそろそろ切り上げるからと、二人揃って来ることを了承した。誰も、なんの用だと訊くことはしない。音楽のことだというのはわかりきっている。

 会議室に入った彼女は、無線でディックに声をかけ、チャンネルを切り替えてもらった。エグゼクティブチェアに座り、おそらく控え室にいるだろう彼に、ケイトのことを話しはじめた。

 「ちょっと待て、ちょっと待て」と、ディックが言う。「お前、今どこだ」

 「ホームですよ。赤白会議室」

 「すぐ行く」

 「親切に鍵は開けてあるからどうぞ」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 控え室にいたディックは、すぐに赤白会議室に向かった。

 先週ヤンカから話を聞いて、もしかするとケイトがベラのところに行くかもしれないとは思っていたが、数十分前にケイトとベラが赤白会議室に入っていったという話をバンド連中から聞いて、もしかするととは思ったが、本当にそのとおりになった。

 しかし自分の考えなど、ヤンカにはやんわり話しただけで、ベラには微塵も言っていない。訊かれないのだから言う必要がなかった。彼女は自分が干渉されたくないぶん、ヒトにも干渉しない。話せば黙って聞くし意見も言うが、自分からは、恐ろしいほど他人に興味を示さない。

 ケイトのことに関しては、面倒なことを避けたい自分の悪癖から、この店のオープン時には最高にやっかいな状況に陥りかけた。それを──まあケイトも意外に強い面を持っていたというのはあるが──十五歳の彼女はあっさりと片づけた。仕事で知り合った、自分を口説く少々気の強い女に見放されることにはなったが、それはどうでもいい。自分はケイトにあやまり、あとでぜんぶ話すと約束するだけでよかった。

 いい年をした大人が、まだ十六にもなっていない小娘になにを解決されているのだとは思うものの、まさかここまで首を突っ込まれることになるとは思っていなかった。それが不快というわけではない。ベラからすれば、悪いのは曖昧にはぐらかす自分のほうで、ここまで首を突っ込まざるを得なくなったことですら、本意ではないのだろうし。むしろ自分と同じくらい性格の悪い人間なので、やはりまた面倒な男だと思っているに違いない。

 ベラはまず、自分が聞いたケイトの話をディックに伝えた。彼も承知の、彼女がここで働きたがっているということ、どうせ知っているだろうけれど、ヤンカにもなんとなくで相談したこと、ヤンカもやはり曖昧な答えしか返さなかったことをだ。

 「一線を引くことになる」ディックは言った。「これでも仕事とプライベートはそれなりに分ける派だ。正式に雇うとなりゃ、店ではボスとスタッフって間柄になる。彼女が耐えられると思うか? わかってると思うが、俺は口説くと決めた相手にはそれなりに甘い言葉を吐けるものの、だれかれかまわず愛想がいいわけじゃない。スタッフになんて特にだ。ヒトのいいボスになるつもりはないからな。それに今はその気がないだけで、そのうち別れる可能性だってある。ケイトがどこまで考えてるかは知らんが、別れたら彼女がこの店に来づらくなることくらい、お前だってちょっと考えりゃわかるだろ。お互いのためにも、面倒なことにはしたくない」

 彼はベラに言っているが、彼女のほうを見てはいなかった。同時に、エグゼクティブチェアに座っていうベラも彼に背を向けている。

 ディックから返ってきたのは予想どおりの言葉だった。ベラは答えず、さらなる自分の予想を口にした。

 「結婚願望もないよね」

 「ないな。もともと結婚願望は薄いんだ。ゼロに等しい。今は店のことで精一杯。なんなら一生独身で店をやってくつもりでいる。仮にケイトか、もしくは他の女と結婚に等しいくらいの長いつきあいをすることになっても、正式な手続きをしたうえで結婚するかって話なら、おそらくない。そこまで考えてないし、考える気もない。ケイトがしつこく結婚をほのめかすようなら、たぶんすぐ別れる」

 「それも言った」

 彼は彼女の背を見た。「あ?」

 「さっきの、一線を引くことになるってのも、言った」

 チェアの向きを戻し、ベラも彼のほうを向く。ぽかんとするディックに向かって、自分が彼女に言ったことを、覚えている限りで話した。

 さすがのディックも、これには驚かずにいられなかった。ベラがケイトに言ったというその可能性の話は、ほとんどまるまる自分の考えに当てはまる。面倒なことにしたくないというのがいちばんの本音だったが、細かく言えば信用の話、結婚願望のこと──こちらが怒るかもしれないということは微塵も考えず、そのまま、本来なら自分が言うべきことを、ベラはおそらくといった可能性の話として、ケイトに伝えた。なにも知らないはずなのにだ。彼女の観察眼や発想が飛び抜けていることは承知しているが、まさかここまでとは思っていなかった。

 加えてベラの話には、なぜか説得力がある。可能性の話だろうと、それをすべて有り得ることだと思わせる不思議な力がある。ぶれることなく話すぶん、嘘ですら真実だと思わせるのだ。

 ケイトがベラに言われたということは、自分がケイトに否定しない限り、そっくりそのまま、自分の考えだと受け取ってもらえるだろう。自分は、ベラの予想はぜんぶ当たっていると彼女に言うだけでいい。ただの可能性として、これだけはっきりと言われたのだ。ケイトだって信用や結婚願望についてとやかく言うことは、少なくともしばらくはないだろう。そのうえでケイトなりに、それなりの覚悟を決めていると答えたのなら──いつまで続くかはわからないが──少なくとも今は、それも本心のはずだ。ベラの言葉には、相手を黙らせる力も、納得させる力も、吹っ切れさせる力もある。吹っ切れるというのは、相手が自分の欲に負けない限り、だが。

 本当に変な小娘だ。サイラスから変わった子供だとは聞いていたが、知れば知るほど、その言葉の意味がわかっていった。過去の音楽活動のおかげか、音楽をとおせばある程度、相手がどんな人間なのかがわかるようになっていたが、ベラに関しては底がつきない。多面性を持ちすぎている。

 テーブルに肩肘をついた手に顎を乗せたディックは、ベラからもらった煙草の煙を向かいにある壁に向かってまっすぐに吐き出し、室内の壁上部にいくつかある換気口のひとつに向かっていくそれを眺めながら口を開いた。

 「ならもう、拒否する理由はないか」

 ベラは煙草の灰を灰皿に落とし、煙草を火消しに入れた。

 「ないわね」

 大きく吐息をつき、彼も煙草の火を消した。

 大学を卒業してからやめていた煙草は、店をオープンしてから徐々に、また吸うようになった。想像以上に頭を働かせることが多く、しかも自分よりいくらか年下の様々な性格の人間たちを、それぞれの音楽つきで雇う立場に立つというのは、小さなストレスが溜まっていくものだ。それは表には出さない、自分の好みではないという考えが元になったもので、ある程度のことは予想していたし、それほど不快なものでもないが。

 「いいだろう。ケイトしだいでは今日か明日から、仕事してもらうことにする」

 「話すのはここ使えばいい。呼んでくるから」ベラが立ち上がってドアのほうへと向かう。「あと、今日三人でうたう予定だった“Can You Hear Me Boys”、ヒラリーもうたうから。四人で」

 「あ?」

 サングラスはかけたものの、彼女は足を止めない。「あとね、その曲のまえに“Rock This World”を、今日またヒラリーと二人でうたいますので」

 ディックはやはり呆れた。「お前はまた勝手に──」

 鍵を開けたドアノブに手をかけ、ベラは肩越しに彼に微笑んだ。

 「あら、それ以上のことはしてあげたつもりよ。文句言われる筋合いはない。言われても無視するけどね。っていうか彼女のことがなくても、ヒラリーしだいで一緒にやるつもりだったけど」ドアを開ける。「ってことで、私は仕事してきます。この部屋出る時は鍵閉めてね、頼むから」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 地下一階、メインフロア。

 一周目の単独ライブを二曲終えたあと、ベラはパッシを呼んだ。客と一緒に拍手で彼を迎える。マイクを持ってステージに上がったパッシは、ベラに向かって切りだした。

 「この曲つくる時、お前が最初に言いだしたテーマ、なにか覚えてる?」

 にっこりとし、彼女もマイクを使って答える。「自殺」

 「可愛こぶってもセリフが可愛くない!」すかさずパッシがつっこむと、フロアではどっと笑いが溢れた。「焦ったよ、マジで。なに言いだすんだこいつって」 

 「確か私、心中カップルの話を書きたいとか言ったのよね。もうこの世界に疲れたわ、今から二人で飛び降りよう、さようならーみたいな」

 またも笑いが起こる中、彼はぎょっとした。

 「ちょっと待て、そんな感じだった気がするけど、そこまで言うな。そういう内容かと思っちゃうだろ!」

 客たちはけらけらと笑っている。ベラは無視した。

 「でもあなた、ちゃんと覚えたのね。バンドで二曲も覚えなきゃいけない状況に置かれてるのに、それでもちゃんと覚えたのね。間違ったらキレるわよ」

 客の笑いは止まらないが、パッシは笑っていない。

 「そうやって言われるのわかってるから、今週は気がついたらこのCD流してたわ。流しすぎて昨日、さすがにちょっと飽きてきたってカノジョに言われたわ。最初はノリノリでお前のパートうたってくれてたのに!」

 フロアの笑いはおさまらない。ベラは気にせず、深刻そうな表情を彼に返した。

 「それはね、曲に飽きたんじゃなくて、あなたに飽きたって意味よ」

 「なんでそういうこと言う!?」

 彼のつっこみと同時にまたも大きな笑いがフロアに溢れた。最前列に近いテーブル席では、パッシの恋人とその女友達二人、デトレフとマトヴェイも一緒になって笑っている。

 一緒に曲作りをしてうたうことになった時、ベラはパッシに嫉妬のことを確認した。中学時代、周りの嫉妬に散々うんざりしてきたからだ。だが彼は、彼女とはつきあって五年になるし、そういう幼稚な時期はもう終わっていると答えた。ベラに提案するまえに彼女には話していたし、わざわざ有給をとったのも、元は彼女の提案だ。オープンの日、ベラは彼女のことを紹介されていて、それ以来親密にではないものの、時間があれば時々話をしている。幹部たちいわく、彼女はおとなしいが根はしっかりした子だ。いろんな意味で、パッシとはバランスがいい。

 この“Breaking Free”をつくるにあたって、ベラをいちばんに苦しめたのは前向きな詞だったものの、パッシを苦しめたのはレコーディングの難しさだった。さりげない思いつきからパート分けを細かくし、そのうえベラの思いつきでコーラス部分も難しくした。彼女の声を生かそうと思えば、自分は抑えるところで声を抑え、且つ自分のパートははっきりとうたわなければならない。最初に思っていた、単に詞とメロディとパート分けを覚えればいいというのではなかった。けれどそのぶんレコーディングを終えた時には、楽器を演奏してのライブとは違う達成感があった。シンガーになりたいなどと思うわけはないし、それをするくらいならさらなるギターテクニックの上達を望むが、たまにならいいと思えた。

 とる必要のない笑いをさんざんとったあと、そろそろいこうかと、パッシは機材係に合図を、ベラは客たちに“静かに”と身振りで示した。曲が流れ、彼はうたいだす。



  立ち上がり 風を感じて

  両手を広げ そして

  瞳を閉じて 深呼吸して


  時が来たのよ

  自由になる時が


  僕たちを縛っていた鎖は今 壊れた

  可能性が広がっていくのを感じる


  私たちにできないことなどなにもない

  望むものを手に入れられるわ


  飛び立つ覚悟はできた

  さあ この手をとって


  僕たちは自由になる

  立ち上がって

  風を感じて

  両手を広げ そして

  瞳を閉じて 深呼吸して

  時が来たんだ

  自由になる時が

  自由になるんだ


  ずっと憧れていた

  この世界のどこかにあるはずと信じていた


  自分自身でいられる場所

  魂が呼応する


  みたい夢をみることができる

  この手を離さないで


  僕たちは自由になる

  立ち上がって

  風を感じて

  両手を広げ そして

  瞳を閉じて 深呼吸して

  時が来たんだ

  自由になる時が

  自由になるんだ

  求めているの

  必要なんだ

  僕たちは叫び続けていた

  自由になるために生まれてきたんだと

  今こそが その時

  そう 自由になる

  僕たちは自由になるんだ


  未知の景色

  未知の世界

  嘘じゃない

  真実でもない

  ふたりが見るもの

  それだけが現実

  命の意味を

  心の意志を

  無駄にしたりしない 抱き続けて

  自分のすべてを解き放とう


  立ち上がって

  風を感じて

  両手を広げ そして

  瞳を閉じて 深呼吸して

  時が来た

  自由になる時が

  自由になる

  求めているの

  必要なんだ

  叫び続けていた

  自由になるために生まれてきたんだと

  今こそが その時

  時が来たんだ

  そう 自由になる

  僕たちは自由になるんだ


  ふたりを縛っていた鎖はもう 壊れた

  そして 無限の可能性を信じられる

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