○ Girl Friends
ブラック・スターに関わっていない人間が家に来る時、いちばん面倒に思うのは音楽にまつわるものたちのことだ。CDコンポは普段からリビングに置いていて、その傍に今まで作ってきた音楽を録音したCD-Rを置いているのだが、店のことを知らない誰かが来るたびに、これらを寝室のクローゼットに隠さなければならない。それも奥の、絶対に見つからない場所にだ。
金曜の夜、アニタとペトラが家に来た。彼女たちはやはり遠慮なく部屋を観察し、理想の赤白部屋だとか、家具が少なすぎてもったいないとかという感想を散々言ったあと、やっとラグに座って、ベラが用意したチューハイに手をつけた。
「マジやばいんだって。すごい悩んでる、今」ペトラが言う。「カルメーラのおかげで、地味グループと話すようになったでしょ。んで、性悪グループのほうも話しかけてくれるわけよ。けどカルメーラはともかく、一緒にいる子たちはそういうタイプじゃないんだよ。話せないんだって。微妙な空気になる。そのたびにどっちと一緒にいたほうがいいのか、すごい悩む」
ベラはあっさりと答える。「性悪なほうに行けばいいじゃん」
「だからさ、それやったら、まずカルメーラはどうすんだって話になるじゃん。あいつはたぶんどっちとも話せるよ。けどあたしにひっついて性悪のほう行ったら、そのうち地味グループとは話さなくなる気がするでしょ。なんで話しかけてきたんだってことになるし。したらカルメーラの立場が悪くなるじゃん」
確かにとアニタも同意した。ビール片手にベラが肩をすくませる。
「考えすぎでしょ。あいつはうまくやれるって。どっちつかずの天才なんだから」
二人は苦笑った。
「あんたはどうしてんの? アニタに聞いたけど、あたしと同じような状況なんでしょ? 地味っつーか、そこまでじゃないけど普通? の子らとつるみつつ、性悪そうなのともつるんでるみたいな。変な空気になったりしないの?」
「さあ。性悪なほうは四人で、普通なほうは五人いる。私が性悪といる時は、普通の子らは私を呼んだりしない。私とハンナは席が前後してるから、みんなたいていそこで話してて、私も最終的にはそこに戻るし。普通な子といる時に性悪たちに呼ばれることはあるけど、私は気にせずそっちに行く。もしくは性悪なうちのひとりか二人が呼びにくる」ティリーとエフィだ。「普通な子たちには無視してていいよっつってるから、私が傍で性悪と話してても、気にせず会話続けてる。声のトーンは落とすけど」
ペトラはなぜか呆れていた。「そんなことよく言うな」
「だって、そういうのをはっきり言わないだけで、性悪グループはそういう子たちを無視するでしょ。だったらこっちだって言ってもいいじゃない。私はそういう、グループAのせいでグループCの会話が止まるみたいなのがイヤなのよ。だからそういうのはやめてって言ってある」
「それも一理ある」アニタが口をはさんだ。「しかもベラの場合、周りがどう思うかなんて気にするわけないし。普通グループの子たちがなんかイヤだと思ってても、ベラの言う“筋”で言えば、ベラにはどうすることもできないわけだし」
「そういうこと」
うなるペトラは、ヤケ気味な様子でぐいっとチューハイを飲んだ。酔っているのかはわからないものの、顔はもう真っ赤だ。
「あたしにだってどうすることもできねえよ。カルメーラが勝手にそっちグループから縄張り広げただけだもん」
酒のせいですでに頬が赤くなっている彼女がなにを言いたいか、ベラにはわかっている。ペトラの場合、性悪側なくせに妙に気遣い屋な性格が邪魔をしているのだ。高校という新しい環境での生活は、ひとつ間違えばこの一年、イヤな思い出ばかりのものになってしまう。カルメーラの他にも何人か、仲のいい女たちが同じ学校に通っているものの、みんなクラスは別だ。加えてベラの学校と同じで、五月には二泊三日の課外授業のような、お泊まり遠足のようなキャンプイベントが控えている。今慎重にどちらかを選んでおかないと、それすら楽しくもなんともないものになってしまう可能性がある。
「だからさ」ベラが言う。「あんた的に地味グループのことはどうでもいいんだから、そっちは気にしなきゃいいじゃん。ナンネたちにとってた態度と一緒でいい。両方と話すっていう器用な立場はカルメーラだけでじゅうぶんだし。あいつだってそのうち、普通グループともまともに話すようになる。どこがいちばん居心地がいいかわかるはず。同じ中学だからって、一緒にいなきゃいけない理由にはならないんだから」
ちびちびとチューハイを飲んでいたアニタが顔をそらしてつぶやく。
「あたしとベラみたいにね」
「うん、お前は黙っとけ」
彼女は表情をゆがめた。「はあ?」
「うっさい」と、ペトラ。しかめっつらをベラに返す。「いいと思う? 無理に地味なほうにつきあわなくて」
「いいよ。しょっぱなからそんなストレス溜めてどーすんの。カルメーラだって、あんたがあからさまに性悪のほう行きはじめたら、そろそろ我慢の限界なんだなってわかるでしょ。そのあとのことはあいつに決めさせればいい。地味グループに陰でなんか言われてたって、あんたにはダメージないんだし。性悪グループが地味グループの悪口言うことは確実なんだから、それでおあいこ。そのうちアニタみたいな普通の女見つけりゃいいじゃん」
アニタの顔がひきつった。「なんであたしの悪口みたいになるんだよ」
「あんたフツーなんでしょ。ハンナも言ってたよ。あの娘いい子だよね、すごくやさしそーだよねーって」
「なんかムカつく。や、ハンナにじゃなくて、あんたにムカつく」
「あらありがとう」
悪びれることなく表面的な礼を言い、ベラはビールを飲んだ。ペトラも笑ってチューハイを飲む。
「やっぱベラに言うほうがいいわ。アニタに言っても、カルメーラのことも考えるから、そこまではっきり言ってくれないもん」
アニタが空笑う。「それ、褒めてんの? 文句言ってんの?」
「いや、気持ちはわかんだよ。考えてることはあたしと同じなわけだから。けどそれじゃ解決しないっつーね」
「だって実際、カルメーラが微妙な立場に立ったら可哀想じゃん」
「自分で撒いた種じゃない」ベラは言った。「ペトラがどういう性分なのかわかってんのに、話しやすいところからーってノリでそういうのに声かけるのが悪い。ペトラのストレス考えてないんだもん。ペトラのグループ移動がきっかけで地味グループの中でのあいつの立場がどうなろうと、それは自業自得。最初からの流れを考えれば、それもおあいこ」
二人は唖然とし、ほとんど同時にふきだして笑った。
ペトラが言う。「ほんとまあ、ここまで言ってくれると清々しいよね。あたしなんかストレス溜まってそんな考え浮かんでも、さすがにそんなこと思っちゃダメだって否定しようとすんのに。あんたあっさりすぎ」
肩を震わせて笑いながら、アニタが何度もうなずく。
「しかも絶対こいつ、カルメーラの前でも同じこと言う。絶対言う。マジ言う。確実に言う」
なにがそんなにおもしろいのか、ベラには本当によくわからない。「カルメーラにはとりあえず、先に私に会ったって言っとくことね。そのあと行動に移せば、だいたいのことは予測できるはず。そしたら文句も言えないだろうし、それでも気まずくなったら連れてくりゃいいじゃん。まったく同じこと言ってあげるから」
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土曜の夕方、キーズ・ビル地下二階の赤白会議室──ディックは今まで見せたことないほどの呆れ顔をベラに向けた。
「なんで冷蔵庫なんだ」
顔をそむけ、彼女はなぜか照れたような素振りを返す。「欲しかったの」
「いやいや、控え室にもあるだろ。しかもわりとでかいのが」
今度はふくれて見せる。「だってむこう、あんま行かないし」
「今まで散々取ってこさせてた奴がなに言ってんだ」
次は真剣な表情をした。「夏にお菓子を保存しておくためよ」
マトヴェイが笑う。
「半分嘘だから。今、中身ビールしか入ってねえから」
ディックはさらに呆れた。「まさかビールのためにわざわざ冷蔵庫買ったのか」
彼女が反論する。「ジュースのためでもあるし。四十五リットルとかの冷凍庫つきが欲しかったけど、この二人に止められたからやめたのよ。十五リットル、約五キロの超ミニサイズで我慢したんだからいいじゃない」
呆れが底を尽きたらしく、彼は溜め息をつきながら首を横に振った。
「いきなり飛び出してったかと思ったら、冷蔵庫って」
「これはある意味しかたないんだよ」苦笑うエイブがクリアファイルに挟んだ紙を彼に差し出した。「ベラ、がんばったんだよ、かなり」
ディックはチェアに腰をおろしてそれを読んだ。ベラの書いた詞が印刷されている。
「いつもどおりの失恋の歌じゃないか」
「二枚目がある」マトヴェイが言った。「裏見てみ」
そう言われてクリアファイルを裏返す。確かに二枚目がある。それを読んだ彼は、自分の目を疑った。
「誰が書いたんだこれ」
「ベラしかいないだろ」と、エイブ。
「しかも」口元をゆるめたマトヴェイがテーブルに身を乗り出す。「そのふたつ、元のメロディはほぼ一緒でいける。つまり曲を一曲作れば、うたいかたは少々変わるけど、もうひとつのほうもうたえる」
「ほんとか」
エイブが説明する。「昨日ベラがマトヴェイとデトレフと三人で話してて、ふと思いついたんだって。キュカとエルバに、ひとつの曲でまったく違う詞をうたってもらったらおもしろいんじゃないかって。どっちがどっちにいくかはわかんないけど」
「ベラは両方失恋でいこーとしてたけど、エイブが止めた。恋落ちのほう先に書いてたんだけど、ストレス溜まりまくりで発狂が止まらなくて、いきなり冷蔵庫欲しいとか言いだすから、これ作り終わったらなっつって」
「どんな交換条件だ」
「鍵つきが欲しかった」ベラはさっそく缶ビールを飲んでいる。「金庫みたいに鍵がついてる冷蔵庫」
マトヴェイがディックに言う。「こいつ、マジで鍵つき冷蔵庫探してたからな。店員にまで訊いてたんだぞ」
「店員めちゃくちゃ困ってた」エイブは笑って補足した。「あげくにどうやったら鍵つけられるかまで、真剣に相談してたから」
ディックは詞を見てもやはり、呆れたことに変わりはない。「で、曲はもうできたのか」
「とりあえずね。けどクリーンでライトな感じにしたいから、あとでヤンカにも修正入れてもらう予定。ベラいわく、マトヴェイはうるさくしたがるし僕は重くしたがるしでダメなんだって」
彼女が訂正する。「そこまで言ってない」
「だからデトレフは逃げた」マトヴェイが言った。「っつーか恋落ちメロメロとか普通の女くさい詞書くベラなんか見たくねーとか言って」
ディックは笑った。
「確かにちょっとな。感動に値するくらい貴重な気もするけど、怖いよな。で、その真っ赤な冷蔵庫はいくらだったんだ。出してやる」
彼女が答える。「いらない。値引きしてもらったし」
「それ、オレらも言ったんだけど。たかが一万フラムで出してやるとか威張られてもーとか言われた」
エイブが笑う。「そうそう。ちょっと傷ついた。二人で五千フラムずつ出そうとしてたから、よけい傷ついた」
ディックはまたも呆れた。「毎回思うけど、断るにしてももうちょっと他に言いかたないのか」
「そんなやさしさはない」
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午後十八時、今日もブラック・スターは店を開けた。相変わらずオープン前から並び続ける客たちを捌くため、ベラはサングラスをかけてデトレフとマトヴェイとバイトの大学生、四人で地下一階のガラス戸の傍に立ち年齢確認を行っていた。ウェル・サヴァランのボーカル、ジョエルだけは、なぜかヒラリーと一緒に外に並んでいたらしく、ふたり揃って入ってきた。
ある程度の客を捌き終わったあとドリンクを買おうとメインフロアに行くと、ベラはドリンクカウンター傍の壁際でヒラリーと話をしていたジョエルに呼ばれた。そこで開店時の話を聞いた。ヒラリーが地下二階におりることを、スタッフではないし、そもそも正確にはまだ十七歳ではないからと言って拒否したので、彼女をあまりひとりで外に放置しておきたくないジョエルも一緒に外に並んだのだという。
「気にせずおりてくればいいじゃない」カフェオレの入ったグラス片手に、ベラは彼女に言った。「ジョエルたちの練習見てるのでもいいし、キュカやエルバの練習見てるのでもいいし、私の雑用手伝ってくれるのでもいいし」どうでもいいことまでつけたす。
「でも、地下はスタッフ用じゃない」
「一度はうたったんだからいいんじゃないの。なにか言われたら私に言えばいいわよ。“うるさい黙れ”って言ったら、みんな黙るから」
どこまで本当なのだろうと思いつつも彼女は苦笑った。
「でも悪いわよ。ジョエルの立場だって──」
「うん、それは知らないけど」
「知らないって」ジョエルが割り込む。「いや、けどべつにいいよ。この店のバンドもスタッフも、そこまでヤな奴はいないし。上が上だから、カノジョをスタッフフロアに連れてったくらいでなんか言ってくるようなのはいないと思う」
ベラも同意する。「そうそう、上の性格が悪いからね、生意気すぎるのは入れないことにしてるの。って、いちばん生意気な私が言うセリフじゃないけど」
二人は笑った。
「なら──」遠慮気味に、ヒラリーが彼に言う。「今度から、早めにこっちに来た時は、そうさせてもらっていい?」
「うん。今度からっていうか今日からな。俺も一回下におりるから一緒に──」
ジョエルの声を遮るよう、後方からベラの名前が呼ばれた。ケイトだ。彼女はベラにハグをし、ジョエルとヒラリーにも挨拶をした。ヒラリーと彼女はこの店の初オープン二日目に、少しだが話をしている。
「ちなみに彼女も、スタッフ用フロアに入るのをためらうヒト」ベラはヒラリーとジョエルに言った。「彼女が並んでるってわかったら、ディックはいつも私に迎えに行かせるの。そんで一度は断られる」
ケイトは苦笑った。「だってスタッフじゃないもの」
ベラが肩をすくませる。
「混み具合がピークの時に何度か手伝ってくれたんだから、べつにいいじゃない。私だって履歴書は形だけのものだもん。ちゃんとしたのじゃない。出してないのも同然よ」
「あら、そうなの? っていうか、ちょっと時間ある? 相談したいことがあるんだけど」
ベラとケイトが会うのは週末のオープン時だけだが、どちらもディックとの会話でお互いの話が出ることがあるため、実際に話した時間以上にお互いのことを知っている。
「しばらくは平気。じゃあ下行こっか」




