○ Attempt
月曜日の学校。
ハンナの“友達つくろうキャンペーン”は、まだ終了していなかった。二時限目の休憩時間、彼女はティリーのふたつ前の席にいる、まだこれといって誰とも話していない様子のネアという女に話しかけた。メイクもしていない、地味な色白の、ベリーショートな天然パーマヘアの女だ。
ベラは地味だとか派手だとか性悪だとかで話す相手を選んだりしないものの、先日のペトラとの会話を思い出し、ペトラはまさしく今、こういう状況にまいっているのだと思った。
キャンペーンはさらに続いた──移動教室があったのだが、そこにひとりで向かおうとしているササという女に気づき、一緒に行こうと声をかけた。ササはベラと同じくらい背が高く、けれど体格が少々がっしりとしていて、左右アップでまるめる、通称チャイナヘアと呼ばれるヘアスタイルだ。眼が不自然に大きく、薄く広げた感じのメイクをしている。
そんなハンナの行動に、マーシャやテクラは拒否する様子もなく、むしろ賛成といった様子だった。その一方、ベラは笑ってばかりいた。ペトラにがんばれとメールを送ろうかと思ったほどだ。
昼休憩の時間、ハンナたちが校内を散策しに行くというのを、ベラは面倒だからと断った。教室で寝ようと思っていたのだが、窓際で前後になっているティリーとエフィの席と、その隣の席を使って話をしていたダリルたちに呼ばれた。
「ティリーに聞いたんだけど、部屋にテレビないってマジ?」エフィの隣の席で机に座っているケリーがベラに訊いた。
ベラは彼女がいるななめ左前の席、ティリーの机に腰かけた。「うん」
「普段なにしてんの?」
詞を書いて歌をうたっているなどと答えるわけにはいかない。「べつに。友達と遊んだり遊んだり遊んだり」
ダリルが笑う。「遊んでばっか」
「もっと寝たいんだけど、夜寝れなくなると困るからね」
「そりゃそうだ」
ケリーは質問をやめない。「中学の時からそんな?」
「そんなだよ。テレビはもっと昔、小学校の時から部屋に置いてない。家にはあったけど、用がないから観ないし」今は存在そのものがない。
「マジ? 流行りとか興味ないの?」
「ぜんぜん」
ティリーが補足する。「服買うにしても、気が向いたら店に行って、自分の気に入ったもんを適当に買うんだって。流行りとかブランドとか関係なく、なんなら古着で」
「雑誌も読まないってよ。CDもジャケ買いだって。最近の歌はわかんないらしいけど」ダリルがつけたした。
「は? マジ? そんなんでツレとやってける?」
ケリーがなにを言いたいのか、ベラにはよくわからない。「べつに、フツーに。周りは私がテレビ観ないことも流行りに興味ないことも知ってたし、そんな話になっても適当に返すし。つーか友達少ないし」
ティリーが笑った。「超嘘じゃん」
「嘘じゃないよ。人間がキライだからね、あんまりヒトと関わりたくないの」
「んじゃ動物好き?」
「いや、べつに。興味ない」
彼女とダリルはけらけらと笑ったが、ケリーはさらに質問した。
「んじゃ、中学の時の写真とかないの? どんなだったか気になる」
「そんな特別な生活してた覚えないけど」
「え、けどベラの中学時代って想像できなくね?」
ケリーがエフィに言うと、彼女は苦笑って同意した。
「写真ないんだよね。卒業してから携帯電話変えたし」と、ベラ。
「メモリカードとか使いまわししてないん?」
「してない」
「友達に頼んだら送ってもらえたりは?」
ダリルがひらめく。「んじゃ明日、みんなで卒アル持ってくるってどうよ」
ベラが答える。「それもない。おばあちゃんの棺に入れました」
「マジか」
「イエス」これは本当だ。
ケリーはやはり、ベラのことが気になるらしい。「んじゃやっぱ、友達に頼んでよ」
さすがにここまでくると、攻撃されているのだとベラは感じた。なにをどう思っているのかは知らないが、中学で浮いていたとか、本当に友達がいなかったとか高校デビューだとか、そういう粗探しをしているのだろうとわかった。“Alone”や、まだ完成していない“That's What You Get”を聴かせてやれればどれだけいいかと思いながらも、携帯電話を取り出した。
C、D、G、I、S、どれがいいかとケリーに訊くと、彼女はD組のDと答えた。ベラはダヴィデに電話した。
ダヴィデが電話に出る。「はいよ」
「私、ベラ」
「わかってるよ。お前の番号、セテから聞いて勝手に登録してるから」
「は? マジで?」
「うん。アドレスも知ってる。イヴァンやカルロも知ってる」
「お前らマジでくたばれ」
「なんでだよ。まあお前が連絡してくるまでは、こっちからは連絡しないでおこうってことにはしてたんだけど」
勝手になにをやっているのだとは思ったが、手間が省けたことに変わりはない。「あっそ。頼みがあるんだけど。中学の時に携帯電話で撮った写真、持ってる? あったら適当に送ってほしいんだけど」
「今?」
「うん、今すぐ。できれば私がひとりか、女たちと映ってるの限定で」
「めんどくさいな。ゲルトたちに言えよ」
「D組だからDなの」
「相変わらず意味わかんないけど。イヴァンにも言っていい?」
「いいよ。ついでに、私がすごーく仲悪かったあのアホにも、番号とアドレス教えといて。あの小うるさいバカには教えなくていいけど」
「トルベン? で、ヤーゴには教えるなって? ますますめんどくさいわ、お前」
「うるさい黙れ。今度お前抜きで遊んでやる」
「お前がそれしようとしても、あいつらがしないから。イヴァンは俺の味方──の、はず」
「知らないの? あれは私の味方よ。あんたの髪の毛一本抜いてきてっつったら、確実に抜いてきてくれるわよ」
「なにする気だ」
「黒魔術」
電話越しにダヴィデが笑うと同時に、ティリーやダリルも笑った。
「とりあえず、すぐ送って」ベラは言った。「何枚かでいいから」
「はいはい。んじゃな」
電話を切った。
「喧嘩売ってんのか頼み事してんのかマジわかんないんだけど」と、ティリー。
「昔はこんなんじゃなかったんだけどね。三年の時に妙に言い合うようになったの。なんか喧嘩売ってくるから、こっちもあれこれと」
「でも仲よさそーじゃん」
「まあ悪くはないけどね。数少ない友達のひとりです」
ダヴィデとイヴァンから数枚の写真が届くと、それをデータフォルダに保存して彼女たちに見せた。
「フツーに遊んでんじゃん」ダリルが言った。「っつーか、格好が今より派手な気が」
携帯電話はティリーが持っている。「これかっこいい、この格好。超ロック」
「だね。これ似合うってすげえ」ティリーが開いた次の写真にダリルが反応した。「ちょ、ちょ。これ、ベラのすっぴん?」
イヴァンが送ってくれた写真の中に、一枚だけ素顔で写っているのがあった。「そう」
「超可愛いじゃん。なんでそんな濃いメイクしてんの? いや、今も美人だけど!」
「メイクは一年の時からしてるし。自分の顔はキライなので」
「なんでだ。マジありえん」
「これに濃いメイクするってもったいないよね」とティリーも言う。「中学の時のほうがメイク薄かった?」
「そうね。今年に入ってからどんどん濃く」
ダリルが声をあげる。「落とせ! もう落とせ!」
ベラは感情を込めずに笑った。「絶対イヤ」
携帯電話はベラの手に戻ったが、写真を見せろと言いだしたケリーの反応は特になかった。これでやめてくれればいいのだけれど。
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「エフィ? どした」
しきりになにかを気にしている様子のエフィにティリーが訊くと、彼女は小首をかしげてから顎で教室前方の戸口を示した。
「あの二人。さっきからこっち見て、なんか言ってる」
彼女たちの視線が一気にそこ集まる。最初はわからなかったが、視線をそらしてなにか話し、また自分たちのほうをちらちら見るといったその二人の様子に、エフィの言っている意味がわかった。
「マジだ。超見てる」
ダリルに続いてティリーも言う。「あれ、同じクラスじゃんね」
エフィはうなずいたが、ダリルはすっとぼけた。
「え、いたっけあんなの」
「いるっつの」
小馬鹿にした様子でケリーが言う。「あーいうのってさ、普段なにしてんだろーね。ツレとカラオケとか行くんかな。ぜんぜん騒いだりするイメージないんだけど」
戸口に立っているその二人は、おそらく真面目系人間だろう。どの程度勉強ができるかはわからないがブレイン系、もしくはスポーツが苦手どころか、男と話すこともまともにできなさそうな地味なタイプだ。
ダリルが応じる。「そりゃもう、アイドル追っかけてきゃーきゃー言ってるだけっしょ」
ベラを除く四人はけらけらと笑った。
「あ、こっち来た」
エフィの言葉どおり、彼女たちはベラたちのほうに来た。ダークブロンド・ショートボブの地黒女がベラに声をかける。
「これ」彼女は小さく折りたたんだ紙を差し出した。「渡してって頼まれたんだけど」
ベラは受け取った。「誰から?」
「見ればわかるって」
「ふーん。ありがと」
「ねえねえねえ」ケリーが彼女たちに言う。「カラオケ好き? よく行く?」
二人は顔を見合わせた。もうひとりの、ライトアッシュ・ブロンドの髪をうしろでひとつにまとめている女が答える。
「あんま行かないかな。お金ないし」
「人数いっぱい連れてきゃ平気だよ。センター街のグラ・フラに、六人以上で安くなる店があんだ。なんなら今度一緒に行く? みんなでぱーっと」
「あ、それいいじゃん」ダリルも便乗した。「今度はベラも一緒にー」
ベラは受け取ったばかりの、ノートの一ページを破り取ってしつこく折りたたまれたそれを開いている。「やだよ。カラオケはキライだもん」
「キライなもんばっかだな」
「実は音痴とか?」
ケリーが意地悪そうに口元をゆるめて言ったが、ティリーはすぐにそれを否定した。
「や、ベラはたぶん歌うまいよ。今日の朝会ったんだけどね、いきなり変な詞でうたいだした。高校の教科書暗号だらけ、解読不可能進級不可能ーとかって」
エフィと一緒にダリルも笑った。「なんだそれ」
エフィがベラに訊ねる。「なに書いてあんの?」
差出人の名前はなかったがベラには、字と内容でアニタからのものだとすぐにわかった。手紙には、“もうわかったから、無駄な詮索はしないし学校でも無駄に話しかけたりはしないから、赤の他人みたいな態度はやめて。ペトラが愚痴りたがってる。あたしも話したいこといっぱいある。番号教えろ。アドレス教えろ。家教えろバカ”。と、書いてある。
ベラは口元をゆるめた。再び紙を折りたたむ。「番号とアドレス教えろだって」
「マジ? 男?」ティリーが訊いた。
「違う。喧嘩してた女友達。新しいの教えてなかったから」
「なんだ、つまらん」
「悪かったな」
まだこの場に残っている女二人にケリーが言う。「とりあえずまた今度、みんなでカラオケ行こーよ。放課後でもいいじゃん」
これはベラの勘だが、彼女は行く気などない。それでも女二人は嬉しそうに真に受けた。
「うん、今度」
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その日の放課後、雨の中迎えに来てくれたデトレフの車の助手席から、ベラはアニタに電話した。もちろん非通知ではない。
「放課後の数時間でいいなら明日以降の平日、いつでもいい。事前予約は必要だけど」ベラが言う。「週末は基本的に放置しといてほしいんだけど、泊まりがいいなら金曜の夜八時くらいから。でも土曜の朝には帰ってもらわなきゃ困る。それもできれば八時とか九時とかに」
電話越し、アニタはうなった。「早いな」
「文句言うなら来んな」
「行くし! んじゃペトラに訊いてみて、平気だったら金曜に行く」
「わかった。じゃーね」
「メール入れてよ!」
はいはいと答えて電話を切った。
「お前のツレはみんな苦労してるな」と、デトレフ。
「苦労させられてるのは私のほうなんですけど。それより“That's What You Get”、できたの?」
「いや、もーちょい。店でお前の意見入れつつディックと一緒に仕上げる」
「てっきりひとりで押しとおすのかと」
「イメージは“Brick By Boring Brick”だからな。あいつのセンスも欲しい。と思ってたら、最終回みたいなメロディにうなってるマトヴェイも同じこと考えてた」
ベラは笑った。「どこまでも仲良しこよし」
「不気味な言いかたすんなアホ」




