* Writing
「なーんで“4ever”、聴いてくんなかったの?」
地下二階、キュカと一緒に赤白会議室に来たエルバがベラに訊いた。ベラは一周目の自分のステージを終えたあとから、ずっとここにこもっていた。二周目で再びステージに立ったものの、その時すでにエルバとキュカのステージは終わっていて、バーを手伝ったり年齢確認のために入り口に立つのでなければ、やはりここに引きこもっていた。
時計を確認し、すでに二十二時三十分を過ぎていることに気づいた、ブラック・スターは今日も無事に閉店したのだろう。
エグゼクティブチェアに座り、煙草の煙を吐き出したベラが彼女に答える。
「詞書いてた。二人のぶん、“怒り”をテーマに」
「マジ? まだ出んの?」
なんだかおかしな表現だと思いつつも、炭酸アップルジュースに見せかけたビールを飲んだ。
「このあいだ、二人がちょっと言ってたじゃない。時期は違うけど、うまく乗せられてその気にさせられて──」灰皿に灰を落とす。「すぐ終わったっての。エルバにいたっては、そのあと相手に本命がいたってのが発覚したっての」
「ああ、言ったね」
「それをね、“4ever”とはまた違う感じのロックでいこうかと」テーブルの上で開いたノートを彼女たちのほうに差し出した。「まだ途中だけど」
彼女たちは並んでチェアに腰をおろすと、真剣な表情で書きかけの詞を読んだ。
「──ヘイゼル。あたしだ」エルバがつぶやいた。
「期間は、確かキュカが三週間て言ってたような気がしたから、そっちにしたんだけど」
彼女が数度うなずく。
「そうそう、三週間くらい。んで、いきなり連絡無視みたいな。たまたま会ったけど、めちゃくちゃ冷たかったみたいな──」言葉を切り、また詞を確認した。「“痕跡がなかった”っての、そういう意味か」
「そういう意味」ベラは灰皿で煙草の火を消した。「引きずってはないけど思い出したらムカつく、そんな歌」
「確かにムカつく。これがロックになんの?」エルバが訊いた。
「する予定。夕方書いたのを渡さなかったので文句言ってるから、音はエイブに作ってもらうかな。仕上げはディックに頼む。サビでストレス発散になるような歌にしたい。でも二番がまだなの。なんか印象に残ってるようなこと、ない? べつにその男でなくてもいいんだけど」
二人は悩みながらうなった。キュカが口を開く。
「そいつから花束もらったこと、あったな」
「花束?」
「そう。色とりどりの、超キレーなの。誕生日でも記念日でもなんでもないのに、なぜか花束。理由はいまだに謎」
ベラの中で小さなアイディアが浮かんだ。「エルバの相手の本命って、どんなのかわかる?」
「うーん? なんか高飛車な女。ブランドモノで身固めてるような奴」
流れが決まった。「ちょっと待って」と言ってノートを引き寄せ、再びペンで詞を書く。頭の中ではすでにメロディができているし、一番やサビを書きながらCメロもできあがった。
ベラが口ずさむメロディを聴きながら、彼女たちはそれがどんな歌になるのかを想像した。サビでストレス発散ができるというのもわかった。楽しみになってきた。
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「僕がひとりで好き勝手つくるのと、君の意見聞きながら作るの、どっちがいい?」エイブはベラに訊ねた。
彼女が即答する。「当然、私が見張るほうがいい」
「だよな」
「明日じゃなくて今日やる? ならうちでするのでもいいけど」
「そうしよっか。一回家に帰るけど、店のノートPC持ってって、午前二時までってことにして」
「仕上げることより時間優先ですか?」
「寝ないのはダメ。どうせ明日も朝から店に来るんだから」
「高校生は授業中でも眠れるのでね」
「それするとまずいって。最初はちゃんと起きときなよ。まあある程度なら、僕とディックとヒルデで見られるけど」
中学三年の時、勉強──テスト勉強や受験勉強は、ルキアノスとアドニス、ナイルが見てくれていた。ルキとあんなことになってしまったし、アドニスにもナイルにも恋人がいるので、勉強を見てもらうなどということも、おそらくもうない。
「休憩時間にでも眠れますよ」ベラは言った。
「それはそうだろうけど、とりあえず二時以降はダメ。僕の身がもたないから」そう言ったエイブ、今度はキュカとエルバへ視線をうつした。「ベラと僕好みのロックにしてくる。早ければ明日の夕方には、レコーディングも終わらせて聴かせられると思う。二人はとりあえず、“Bare Hands”を覚えることに集中して。そのあとこれを覚えたら、“4ever”、“Bare Hands”、“Behind These Hazel Eyes”で、二人のトップ三曲が完成する」
「“Black Star”も入れれば四曲よ」ベラが訂正した。
「たまに細かいな」
「歌に関してはね」
「ああ、そこも細かくなるほうに入るのか」
「歌だもの」と返してベラが彼女たちに訊ねる。「っていうか、“Bare Hands”はほんとにいいの? 自分で言うのもなんだけど、わりと難しい気が」
エルバは笑った。
「確かに難しいね。ベラひとりでうたう予定だったはずなのに、なんか二人用みたいに声重なりまくってるし。けど、あれ好きなんだ。ヤンカ姉様のピアノセンスとベラのアイディアのマッチングが最高。一部がセリフみたいになってるのも好き」
彼女の聴く音楽の幅はとても広い。ハードすぎるのは除外されるようだが、ポップスやロック、R&B、ヒップホップも聴くし、うたえる。
“Bare Hands”はベラが詞を書き、ヤンカがひととおり曲を作って一度は出来上がっていた。けれど最近になってヤンカが修正したいと言いだし、二人で構成から再度作りなおした。
キュカがあとに続く。「こっちこそ無理言った気がする。冬の歌っぽいのに、春にうたおうとして」
「一応物語的だから、たぶん大丈夫だよ」エイブが応じた。「ベラが書いたのが冬ってだけだし。だから冬になったみたいな」
またもベラが訂正する。「違う。冬だから冬の物語を作ろうと思ったの」
「なにが違うんだ」
「ちょっと違うでしょ」
「だからなにが」
彼女は無視した。「さっさと帰りなさい。そんで用意してうちに来て。店のPCは私が持って帰る。下のインターホンだけ鳴らしてくれたら鍵は開けるから、勝手に入ってきてね」
「はいはい」と、彼はノートをベラに返した。席を立つ。
「親に怒られないの?」エルバが訊いた。
「ベラは一人暮らしだよ。ベラ、送ってく。さっさと帰るからさっさと用意して。時間がもったいない」
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「“Don't Save Me”を聴かせてもまだ質問された」
自宅アパートメントのリビング、不機嫌そうな様子のベラがビール片手にエイブに言った。彼が苦笑う。
「会話って難しいな。あの流れなら訊かれるのもしかたないような、でも訊かなくてもいいことのような」
「訊かなくてもいいことよ。っていうかその前に、あの二人もさっさと帰ってくれればよかったんだけど。“Behind These Hazel Eyes”の詞を完成させたあと、あとはエイブに詞を見せて頼むだけって言って、そこで会話を終了したつもりだったの。で、無線でディックたちに報告しつつあなたを呼んだ。帰らなかったのよ」
「うーん。やっぱあれじゃないの? こないだパッシと曲作ってる時にやってたみたいな貼り紙を貼っとくとか」
「あの二人──っていうか幹部以外の誰かがいる時は、いちいち電話するとか?」
「電話しても、家のことは聞かれて訊かれる可能性があるな」
「まさかメール!?」
「面倒だよな、さすがに」
うなずく代わりにベラはテーブルに顔を伏せた。
「やっぱりこう、あなたたちに話を聞いてもらって、そこから詞を書くほうがいいかも」
「それで自分は会議室に引きこもり?」
「うん。ドアに鍵かけられるのはいいんだけど、ノックに気づいたら出なきゃいけないってのが面倒。あなたたち男なら無視してもいいんだけど、あっちは──」
「まあ無視されても、集中してるんだなって思うからな。キュカとエルバがそれで納得するかってのは微妙なとこ。性悪ではないんだろうから、カンジ悪いとかは思わないかもだけど、嫌われてんじゃないかとかそういうの、思うかもな」
彼女は顔を上げた。
「わかるの? 女が考えること」
エイブが肩をすくませる。
「わかるよ、それなりに。昔つきあってた子が、被害妄想の塊だった。すぐマイナス思考に走る子もいたし、マトヴェイの元嫁は、なんか気に入らないことがあるとすぐ、あいつや周りのせいにするような子になってたし。あいつとつきあうまえはもうちょっといい子だったのに」
ベラは身体を起こして笑った。
「男も面倒は多いんだろうけど、女の面倒に比べればきっとたいしたことないわよね。振りまわすのが女だし。もう二人の前ではできるだけ、プライベートな会話は控えるようにしてみる。これ以上のこと訊かれたら、ほんとにキレるかもしれない」
「だな。誰かいればフォローはするけど──女三人でってのは、ならないほうがいいかも。ノックも二人だってわかれば無視しちゃいなよ。ヘッドフォンつけて音楽聴いてたっての、言い訳にすればいい。あとはこっちが適当に言う」
彼は機転が利く。ディックと違って、ああしろこうしろと難しいことを強制したりもしない。
彼女は苦笑った。「うん、そうする」




