* Anything But Ordinary / Don't Save Me
ウォルターに連れられてきたロッタという女は、これといった特徴のない女だった。ベラが最初に思ったのは、“薄い”だった。地味というわけではないし、あからさまに“女”を強調するタイプでもない。メイクの薄さと服装、仕草、メルヴィナとは少し違うスローな話しかたから、もしかすると計算高い男好きかも、という印象もある。メルヴィナたちは彼女のこともキライらしい。
夕食を注文して少し話をしていると背後から突然、ベラの首に冷たいグラスがあてられた。振り返り見上げると、ウェル・サヴァランのギタリストで双子の片割れ、ベンジーが立っていた。
「なんか反応しろよ」と彼が言う。
ベラは無視した。「なんか用ですか」
「マジ双子だ! 超そっくり!」メルヴィナが声をあげた。
ベンジーの隣にはジョエルもいる。マーヴィンとルース、ピートも来た。
「そっくりじゃない双子ってなんだ」と、ベンジー。
彼女が笑う。「だよね。けど、ハンサムな双子って、レアだよね。バンドのヒトだってのは、わかるよ。楽器とボーカル、やってんだよね。どっちがどっちかは、まったくわかんないけど」
ピートが口をはさむ。「今喋ってる、この腹黒そうなのがベンジー。ギターだ」
メルヴィナたちははしゃぐように高い声で笑った。
ロッタがベラに訊ねる。「友達?」
「ただの知り合いです」
「ひどいな」ジョエルが言った。
「友達になった覚えはないのでね」
「バンドって、うたうの?」ロッタが彼らに訊いた。
ピートが答える。「あと三分でステージにあがる」
「ほんとに? すごい」
表面的にはぼーっとしているイメージがある彼女の言葉には強弱があまりなく、感情が入っているのかいないのかよくわからない。つまり褒め言葉すら本気なのかよくわからない。
メルヴィナがロッタに言う。「先週聴いたけど、この子らも、超かっこいーよ。ノリが超いーの」
「ほんと? 何歳?」
答える前にベンジーは同じ質問を返した。彼女たちが全員高校一年だと答えると、彼らも全員大学一年だと教えた。
ロッタが続ける。「ほんと、みんなかっこいいいよね。ハンサムな子が揃ってバンドしてるって、すごい貴重」
「男連れの女に口説かれたのははじめてだ」ベンジーが言った。
メルヴィナが笑う。「あー、これ? これは気にしなくていーの。飯食ったら帰るから」
彼女はウォルターのことを言っているが、黙ったままの彼は言葉が浮かばないのか反論するべきところでないと思っているのか、言葉を返さない。
「マジか。ドリンクくらいなら奢ってやろーか?」
「奢り? マジ?」
「男に奢る趣味はないから女にだけな。しかももうステージあがるから、あとでな」
「やった」
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「で、ほんとに男を追い出して、サヴァランが女たちの席に着いちゃったわけか」廊下のガラス戸の傍ら、マトヴェイが言った。
ベラが答える。「うん。サヴァランのライブが終わる頃、呼び出されたとか言い訳して。今は合コン気分で楽しく飯食って飲んでます」
「高校生の客はあんまいねえからな。貴重な気もする」と、デトレフ。
「お前がいい餌になったのかもな」
「ひどいな」
デトレフは笑った。「けどお前がうたうまで引き止めてくれるんなら、べつにいんじゃね。“Alone”を聴くために来たんだろ?」
「うん。三曲目だけどね。そろそろいく」
マトヴェイがつぶやく。「“Don't Save Me”聴いたら、客は引くかもな」
「引いてくれてけっこう。できればキュカとエルバにも聴いてもらいたいんだけどな。それも控え室でじゃなくて直に」
「今猛練習中だ。けど呼んだら来るはず。あいつらもお前のは聴きたがってるし、エイブが聴けってさりげなーく言ってたから」
「じゃあもう呼んでくださいな。“Anything But Ordinary”はべつにいいけど、“Don't Save Me”は聴いてもらわなきゃ」
マトヴェイは無線を使って地下二階に声をかけた。彼の横でデトレフが言う。
「あれもいつかはライブにしたいな」
「私はあの曲ができた日からずっと待ってますよ」
「お前急かしすぎ。“Red Sam”覚えろとか言ったと思ったら、今度はあれだ。そんだけ時間ないっつーのに」
「睡眠学習」
「どんなだ」
マトヴェイが言う。「よし、呼んだ。すぐ来るって。行ってこい」
「イエス」
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ベラはひとり、ステージに立った。歌詞カードを用意した客たちが拍手で迎える。彼女は喋らなかった。機材係にこれといった合図もせず、スタンドマイクに両手をかけてうつむいたまま目を閉じ、音楽がはじまるのを待った。
まだ顔を合わせていない時、普通の中学生だと思っていたエイブとパッシが、ポップスかポップロックを作るようディックに言われてできたのが、この“Anything But Ordinary”だ。ベラは一度詞を書いたものの、最近になってそれを少し、テーマはそのままに書きなおした。
音楽が流れ、彼女はうたいはじめた。
声が枯れるまで叫んで 息ができなるまで自分を傷つけて
床でのた打ち回って泣きながら眠る それがあたしのやりかた
午前零時になる前になにかを探してる
極限まで自分を痛めつけてくれるものを
簡単に傷つけられる 簡単に裏切れる
だけどこの乾いた心は癒されない
後戻りできないところまで来てしまった
突き落とすのも盗むのも簡単 でも這い上がって取り戻すのは無理
あたしはとっくに普通じゃなくなってる
喪失に慣れ 執着心を忘れて
去っていく誰かを 追うことすらしなくなってる
生きた魂を失った自分の姿を見送った
でも取り残された精神は崩壊寸前
簡単に出会える 簡単につながれる
だけど誰もそばにいない
朝が来てもまだ孤独
夢と現実の区別すらつかなくなってる
あたしはとっくに普通じゃなくなってる
愛してなんて言えなくて 誰のことも愛せなくて
大切にする気持ちすら失くして
そのうち
この命の意味も失って 跡形もなく消えて
みんな あたしがここにいたことなんか忘れちゃうんだわ
精神だけが空気のように彷徨い続けるの
声が枯れるまで叫んで 息ができなるまで自分を傷つけて
床でのた打ち回って泣きながら眠る それがあたしのやりかた
傷つけることも裏切ることも 死ぬことだって簡単にできちゃう
だけどこの乾いた心は癒されない
後戻りできないところまで来てしまった
突き落とすのも盗むのも簡単 でも這い上がって取り戻すのは無理
あたしはとっくに普通じゃなくなってる
そんなことばかり考えて
なんでもできる だけどなにもできない
だってあたしは普通じゃないから
だってあたしは普通じゃないから
うたい終えたベラを拍手が包んだ。入口に立つキュカとエルバも拍手をしている。ベラは彼女たちに微笑を返した。
「次の曲、“Don't Save Me”」
そう言うと、客たちはすぐに歌詞カードをめくった。ベラが続ける。
「引かれるかもって、バンドメンバーには言われてる。でもね、引いてくれてけっこう」スタンドからマイクをはずしながら、フロアの隅にいる機材係に合図をした。「これが私の本音。これが本性」音楽が流れる。彼女は言葉を小さく吐き捨てた。「馴れ合いなんて、大っ嫌い」
そして、ストレスを発散させるかのように──本音を書いたロックナンバーなので生き生きと──彼女はうたいはじめた。
誰もが手を取り合う でも私はしない
誰もが輪を作る でも私はしない
はみ出して それを乱すのが私
同じじゃいられないの
彼らは美しい景色を求める 私が欲しいのは争い
彼らは光り輝く朝を求める 私が欲しいのは暗闇
戦うために生きてるの 負けるつもりはない
地獄が私の居場所
近づかないで
無視し続けて
放っておいて
私に必要なのは孤独
あなたの好奇心を 満たすことはできない
心配なんかしないで
慰めたりしないで
私を知ろうとしないで
消し去って
私のことなんか記憶しなくていい
息をしてなくても
私を救ったりしないで
誰もが感謝する でも私は唾を吐く
誰もが歓迎する でも私は追い払う
積み上げられたもの 努力の成果
壊してしまいたいのが私
彼らは恵みの雨を呼ぶ 私は天災
彼らは完璧な真実を求める 私は偽者
存在の証明 予測された未来
私は嘘で塗り固める
這いつくばって
進んだその先に
なにがあるというの
私はただ地面に横たわり
待ち続ける
堕天使が迎えに来るのを
疑って
軽蔑して
裏切って
もっと私を傷つけて
あなたがくれる愛を 私は捨ててしまうから
否定し続けて
壊し続けて
私のために手を伸ばしたりしないで
もっと憎んで
私は生きていけるから
息をしてなくても
私を救ったりしないで
ノリのよさなのかなんなのか、内容をどう感じたかわからないが、客たちの拍手はやはり大きかった。そこに間髪入れず、少しだけ話せるよう前奏を長くアレンジした“Alone”の音楽がすぐに流される。
「先週うたったやつだけど、リクエストをもらったから、今日は歌詞カードを用意してもう一回。男は拒否だけど、レディはうたえるならスタッフに言ってマイクを借りて、カラオケ気分で一緒にどうぞ」
そう言って、ベラはうたいはじめた。
先週も店に来ていた女の客たちは、歌詞を見ながらではあるものの、なんとなくのメロディを口ずさみはじめた。ベラがうたう脇でピートを含む何人かのスタッフがマイクを取りに来た。二本のマイクを取ったピートはメルヴィナと連れの二人の女にそれを渡し、サビだけ、彼女たちも客席から“Alone”をうたった。思いきりうたえる曲なので、最後のサビは力いっぱいうたっていた。
うたいきったあとの大きすぎる歓声と拍手の中、ベラは笑いが止まらなかった。メルヴィナたちが気に入らないという女の目の前でうたってやったのだ。しかも本人は気づいていない。
ステージをおりると、メルヴィナに促されて彼女とハイタッチをした。彼女も大笑いしていた。どちらもおかしな達成感を感じていた。性悪度は同じらしい。




