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昼食を食べ終わると、ベラはパッシ、エイブと一緒に、“How Will You Know”のレコーディングに行った。同級生アウニのストーカーのような気持ちを書いてメロディをつけ、ヤンカが作曲、彼女の夫であるヒルデブラントが仕上げた曲だ。希望どおりピアノが使われたロックバラードになっている。
店に戻ると、できあがったCDを赤白会議室でヒルデとヤンカ、ついでにエルバとキュカにも聴かせた。ベラの歌声が入ったことで、夫婦がやっと達成感を得る。
「これ、うたいたい。ひとり用なんだろうけど、ひとりでいいから」エルバが言った。
「実はストーカータイプだったのか」
彼女が笑いながらヒルデの言葉を否定する。「違うし! でも、友達にこういうの、いるもん。それに二番でちょっと怒りが入ってるでしょ。わかるもん」
ヤンカは苦笑った。「まあ確かに、わりといるのよね、こういうカップル。あたしたちはいいけど、ベラは? レコしても、やっぱり自分でうたう気にはならない?」
ベラはエグゼクティブチェアに座り、ゆっくりとくるくる回っている。「全力でうたったし、レコはやっぱり楽しかったよ。詞の内容を無視すればだけど──音も好み。イメージどおり。エルバの言うとおり、怒りも入れてるの。詞に出さないぶん音に出したかった。そのとおりになってる。でも自分でうたうとなると、やっぱり内容が──」
ヒルデが笑う。「自分で書いといて、いつもこれだな。ならエルバのシングルにしようか。あと何曲か曲選んで流れ作って、再来週くらい──」
ドアがノックされ、開いた。ニックが顔を出す。
「ベラ、今平気?」
「なーに」
ディックの名詞をちらつかせる。「上、行きたいんだけど」
「あ、貸して」
ニックと一緒にアックスのギタリスト、ブライアンもいた。ディックの名刺を受け取ると、ベラはそれに自分の愛称と日付をサインしてニックに返した。
「ありがと」
「なにそれ?」エルバが訊いた。
ヤンカが答える。「割引券になるのよ。ディックの名刺にベラがサインして、それを上のレコスタの受付で見せたらね、スタジオ料金が半額になるの。あ、これ、内緒ね。幹部と一部のバンドの子しか知らないことだから」
ヒルデがあとをひきとった。「時期をみてディックがオーナーに頼むつもりだったんだけどね。ベラがオープン初日に自分の歌を気に入ってもらったのをいいことに遠慮なく提案して、あっさり了承されたんだよ。話聞いて、みんな大笑い。むこうのことも考えての条件つきだってのがいいだろ」
「これはマジで助かる」と、ブライアン。「平日約三回と土日、昼間と店のオープン中。さすがに金かかるからな。行くたびに料金は払うけど、ぜんぶ半額になる」
彼女たちはまた関心していた。エルバがまた質問する。
「デートする時間あんの?」
「あるよ、それなりに。メンバーひとり欠席するくらいじゃ練習やめたりしないし、なんなら新しい曲作ったりするし」
ブライアンがそう答え、彼らはキーズ・ビル上階のレンタルスタジオに行くために部屋を出た。
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今日から新しくバイトに来た男女数人の簡単な紹介をしたあと乾杯をすると、午後十八時、ブラック・スターは三度目のオープンを迎えた。クチコミで広まったらしく、客はまた増えているようだった。
メインフロアには昨日届いた両替機が設置されている。五百フラムコインに両替できるもので、本来はオープンに合わせて先週届く予定だったのだが、発注するのが遅かったことと業者側の手違いによるミスが重なり、昨日になってしまった。これで会計時の対応が少しはラクになる。
客の入りが落ち着いた頃、アックスのメンバーと一緒にステージに立ち、エイブのキーボード演奏に合わせてキュカとエルバがオープニング曲、“Black Star”をうたった。
それが終わると、三人はステージをおりた。すぐにアックスの演奏へと切り替わる。ディックの理想では“無”から楽しみを含んだ“生”、そして“哀しみ”へと繋がるのだが、アックスのオリジナル曲に“生”がないため、今日は“哀しみ”からだった。彼らは“Incomplete”をうたって大きな拍手をもらい、すぐに“Just Want You To Know”へとうつった。
ひとりで駅のホームに立って
二度と戻らない君を待っている
無駄なことだってのはわかってる だけど僕は
君は小さくて狭いこの町を嫌ってた
たくさんの夢や思想が君の中にはあって
なのに僕は真剣に話を聞かなかった だから君は
ただ知ってほしいだけなんだ
僕にとって君がどれだけ大きな存在だったか
あれから時間は経ったけど
想いは少しも変わらない
君に伝えられたらいいのに
あの時気づくことができていたら
黙って見送ったりはしなかった
引き止めているはずだったこと
どんなことをしてでも
君を失ったこの町でできることはなんだろう
君は今どこでなにをしてるのか
ここには思い出とふたりの面影だけが残るだけ
覚悟が足りなかったと認めるよ
この長い線路の先に 君はいるんだろう
ただ知ってほしいだけなんだ
僕にとって君がどれだけ大きな存在だったか
あれから時間は経ったけど
想いは少しも変わらない
君に伝えられたらいいのに
あの時気づくことができていたら
黙って見送ったりはしなかった
引き止めているはずだったこと
ただ知っていてほしい
僕にとって君がどれだけ大きな存在だったか
あれから時間は経ったけど
想いは少しも変わらない
君に伝えられたらいいのに
あの時気づくことができていたら
黙って見送ったりはしなかった
引き止めていたよ
どんなことをしてでも
サングラスをかけたベラは、いちばん前の客席から彼らに拍手を送った。これはニックと一緒に作った詞だ。曲が完成した時、アックスのメンバーは聴かせようとしてくれたのだが、ライブで聴くからいいと断った。それを今はじめて聴いた。アックスの曲ではニックの声とブライアンのコーラスがベラのお気に入りで、内容のわりには明るいメロディだが、彼女はこの曲もすぐ好きになった。
「ボーカルのヒト、ハンサムだよね」
隣でメルヴィナが言った。彼女は先週の日曜に声をかけてきた六人組のひとりで、ベラがすぐに性悪だとわかった、特徴ある喋りかたの女だ。年齢はベラと同じ新高校一年生、地元はセンター街が庭だとも言えるアシス・タスクで、セント・オーキッド・ハイスクールという私立校に通っているらしい。まだ十六歳なので本来ならこの店には入れないが、サイラスの紹介だからということで免除されている。今日は女三人と男ひとりで来ていた。あとからもうひとり、彼女のキライな女が来るという。
「でも今年二十五だよ。さすがに年上すぎでしょ」ベラは言った。
「マジ? 二十歳くらいかと思った。さすがに高校生ってのは、相手にされんかな」
「さあ。訊いてみる?」
彼女がけらけらと笑う。
「やばいって。絶対やばいって。いいとか言われたら、それはそれで引くかも」
「彼より年上のヒトと番号交換した時、その相手、それだけでロリコン犯罪犯者になった気がするとか言ってた」
デトレフがつぶやいたことを話すと、メルヴィナはさらに笑った。
「まじか! けど二十六とか七とかなら、十個くらい違うもんね。確かに、そんな気になるかもしんない」
ベラは訂正しなかったものの、正確には中学三年の時だ。
ウォルターという、先週もいたなんとも地味な男が会話に割り込む。「っていうかほんと、マジで何歳?」先週は眼鏡をかけていたのに、今日はかけていない。
「だから高校生だって」ベラは答えた。
メルヴィナが彼を咎める。「あんたしつこい。変わんないんだから、いーじゃん」
「なんで気になんないんだよ?」
「ひとつ上の、高校二年だと思っとけば。高校も市内のどっか。地元も市内。はい終わりっ」
彼女は本当に、常にウォルターに冷たい。それでも彼は少しもめげない。
「隠すことになんか意味あんの?」
ベラは、彼を嫌うメルヴィナの気持ちがよくわかった。ウォルターは本当にしつこい。
「何歳だろうと関係ないじゃない。西の出身だけど、今はもっとセンター街に近いとこに住んでる。高校も市内。ミラクルで受かっただけで、進学校じゃない。はい終わり」
メルヴィナはあやまった。「マジごめんね。こいつ、いつもこんな。だからモテない」
ウォルターが反論する。「告白されたことはあるもんね。メルが知らないだけ」
「はいはい。どーせナンパかなんかで知り合ったぶっさいくな女じゃん。っつーか、なんであんたがいるわけ? 誘ってねえよ?」
「ここはおれがサイラスに教えてもらった店だし。ホントなら十七にならないと入れないんだぞ。おれがいなきゃサイラスの紹介だとも言えないじゃん」
「はあ? なんでそんな偉そーな顔されなきゃいけないわけ? ベラの連れだって言ったら入れるっつの」
「彼女の名前聞いたの今さっきだろ。つまりおれがいなきゃそれすらできなかったってことだよ」
「はいはい、わかったから」連れの女のひとりが遮った。「メル、ロッタからメール。着いたって」
「早えーな。もうちょっと遅くなるかと思ってた。ウォル、迎えに行ってあげて」
「なんでおれが」
「サイラスの紹介だって言わなきゃ入れないんでしょ」
「はいはい、わかりました」
ウォルターはうんざりそうにも迎えに席を立った。
メルヴィナと彼は小学校からのつきあいで家も近所、くされ縁なのだという。いくら冷たく扱ってもいつもつきまとってきて、やっと離れるかと思った高校にまでついてきたのだとか。相当迷惑なことに変わりはないが、親に甘やかされて金を持っているので、どうにかつきあいを続けているらしい。先週の料理やドリンク料金も、ほとんど彼が支払った。




