* Telephone
パッシの軽自動車を見つけると、ベラは後部座席に荷物を放り込んでから助手席に乗り込んだ。廊下でアニタを見かけて目が合ったが、逃げてきたのだ。
「どうよ? 初日。友達できたか?」パッシが訊いた。
「“友達”の基準がわからない。でもひとりはアドレス交換させられた」
「させられたって」
彼女はサングラスをかけた。
「いいから出してよ。目立ちたくない」
「はいはい」と、彼が車を発進させる。「家寄ったほうがいいよな」
「うん。シャワー浴びる時間くれる?」
「そのあいだオレはどうすんの? テレビもない部屋で待つの?」
「コンポならあるし。ランチを用意するとかどうよ」
「冷凍食品解凍するくらいしかできねえよ」
「それはあなたじゃなくてレンジがやるのよ」
「よし、荷物置いたら飯だけ買って即店だ」
「ケチ」
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ブラック・スター地下二階、赤白会議室。
“仕事中、ノック禁止、呼び出し禁止、邪魔するな”と書いた紙を廊下側に貼り、ドアに鍵をかけた。PCやICレコーダー、ノートにペンを用意すると、ベラはギターを抱えたパッシと向かい合ってテーブルの上に座った。彼がICレコーダーのスイッチを入れる。
「テーマな、いろいろ考えたけど、なんも思い浮かばんかった。どうせなに言っても、押しつけ状態じゃ、すぐ拒否されるんだろうと思って」
「失恋なら喜んで書くわよ?」と、ベラ。
「だからそれじゃ、オレが一緒につくる意味ないじゃん」
彼女は無視した。「そういえば、サイラスの甥っ子らしき男、見つけたわよ。しかも同じクラス」
「マジ? どんな?」
「背は他の男に比べればちょっと高めね。百七十以上あると思う。でも私もそれに近いから、自分とだとあんま変わらないんだけど。ベビーブロンドで、同じクラスの女いわくハンサムでやさしそう。ありきたりなファーストネームしか聞いてないからよくわからないけど、ラストネームがサイラスと一緒だし、たぶんそうなんじゃないかと思う」
「へー。で、お前はどうすんの? サイラスには口止めしてんだよな? 喋らずに一年終える気?」
「そうね、できれば。見た感じ、普通の男よ。寝ぼけてそう。サイラスは私以上に無関心な部分があるって言ってたし、たぶん話合わないと思う」
「どんなのが話合うんだよ?」
「せめて煙草とビールはやっててもらわないと」
「高校生にそれを振るなよ。そのうち写真撮ったら見せろな。っていうか話を戻す。なんかテーマ考えてみ、恋愛抜きで」
「自殺」
ベラが即答すると、彼は大笑いした。
「なんでそうなる!?」
「恋愛でじゃないわよ。なんかこう、人生のなにもかもがうまくいかなくて」
「やだよそんなの」
「屋上に立って両手を広げて、今から落ちますみたいな」
「暗い歌はダメだって。オレがやる意味ないじゃん」
「ディックはふざけた歌を期待してるかもしれない。“Sugar Guitar”のデュエット版みたいな。どんなのができても絶対うたわせるって言ってた」
「よけい変なのできないし。“Sugar Guitar”ほどふざけるつもりないんだけど。っていうか微塵もふざけるつもりはないんだけど」
「デュエットにしたら、自殺っていうか心中よね」
「だからなんでそうなるんだよ? もっとこう、明るい曲をだな」
彼女が鼻で笑う。
「私にそんなのを求められても」
「っていうかこれ、サイラスの甥っ子のとこからずっと録音してんだけど」
ベラが思いつきを提案する。「この会話の録音、アックスのCDのボーナストラックに入れるってどう?」
「どうとか言われても、あいつらが許可するわけないじゃん」
「さあ、今から飛び立つの。これですべてを終えられる。ふたりは永遠に一緒にいられます心中の話」
パッシはやはり笑った。
「心中じゃダメだって。ノリよくできないじゃん」
「テーマを先に考えるのは無理よ。とりあえずなんか弾いて、適当にメロディつくって。私も適当に合わせるから。最初が出来たらノリが決まる。そのうちテーマも見えてくるはず」
「わかった」
パッシはギターを弾き、適当なメロディを口ずさんだ。ベラも応えた。彼は早々に言葉を思いついた。テーマが決まった。
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夜、家に帰ったベラは、いつでも眠れるよう準備を済ませたあと、ビール片手にソファに腰をおろしてペトラに電話した。アニタとも仲がいい地元の女友達だ。
ペトラが電話に出た。「はい」
「入学おめでと」
疑わしげな声が返ってくる。「──ベラ?」
「そう」
彼女の反応もやはり、呆れの混じったものだった。「ああ。やっと電話してきた。どんだけ放置だよ」
「ごめん。あんたがそれほど気遣ったりするタイプじゃないことはわかってたんだけど、アニタにどういう態度とってるかっての、先にわかっといてほしかったから」
「最悪っぽいね。今日も学校終わったあと、カルメーラと三人でランチがてら会ったけど、ずっとぶーたれてたわ。しかもあんた、仲いい友達なんかつくんないとか言ってたくせに、そっこーで同じクラスに友達できてるって」
おそらくハンナのことを言っている。
「ただ話すだけよ」とベラは答えた。「入試の時に会ってるから、アニタも知ってる子だけどね。でもその子には、アニタとはそれほど仲よくないし、今は喧嘩中って言ってある。だから体育館に行くのに見かけた時、挨拶がてら手を振っただけ。変な女よ、アニタやカルメーラみたいに人なつっこいのに、無駄に詮索してこない。喋りすぎでうるさいけど」
「ふーん。じゃああんたにはちょうどいいんだ。それにしてもそっちの学校、不思議だよね。あたしとカルメーラは同じクラスなのに、まさかあんたたちがクラス離れるとは思わなかった」
ベラはアニタと同じクラスになりたくないと希望を出しはしたが、ハンナも同じ地元の友達とクラスが離れたというし、もしかするとミュニシパル・ハイスクールは、そういった小さな嫌がらせをいきなりぶちかましてくれているのかもしれない。
「わりとばらばらにされてるのかも。うちのクラスでも、まだ誰とも話してなさそーなのは何人かいるっぽい。羨ましくて羨ましくて」
「なんでよ。っていうかまあ、あたしもカルメーラのおかげで、さっそく何人かと話したけどさ。ああいうの、マジで尊敬するわ。だれかれ構わず話しかけてんだもん。ただちょっと地味めな奴が多い気もするから、若干困ってんだけど」
「あんたやっぱり性格悪い派なの? エデたちみたいな」
電話のむこうで彼女が肩をすくませる。
「エデはいきすぎだけど、カーリナたちみたいなのがやりやすいかな。レベルたいして変わんないし、あっち行けばよかったんかも。カルメーラが話しかけた奴ら、やっぱり男アイドルがどうとか言ってんだよ。奇跡でも起きなきゃオトコなんて一生できないんじゃないかみたいな」
言いたいことはわかるとベラが笑う。
「そ-いう意味じゃ話合わないもんね、ああいう類の奴ら。学力を優先させたのが悪いのよ。自分がわりと腹黒だって自覚あんなら、あんたはウェスト・キャッスルに行くべきだった」
彼女も笑った。
「うっさいな。でも同じクラスにも腹黒そうなのはいるんだよ、男好きみたいな。男好きな部分はちょっとアレだけど、そのうち話すかも。カルメーラはどっちにもつけると思うから、どうなるかはよくわかんない。でもあたしが地味グループにつくことになったら、そのうちあんたの家調べあげて押しかけて、ヤケ酒飲みに行くから」
「そのうちね」とベラが答える。「聞いてると思うけど、仕事してるから時間がない。でも夏休みくらいには、一度は時間つくるから。アニタには言ってないけど、ゲルトとセテはもう家に来たのよ。夜来て夜中まで話して、朝帰ってった」
「やりたい放題だな。来たってのは聞いてないけど、家のこと、アニタが本気で不思議がってた。ゲルト──セテもか。が、よくて、なんで自分はダメなのかって。あんたは男好きだからとか言ってたけど、なんかあるわけないしって」
「ゲルトが無理やり来るって言ったのよ。仕事してて時間がないってのも話したんだけどね、ギリギリの時間使って来たの。でもアニタは同じ学校だもん。最初にちゃんと距離をつくるってのはっきりさせとかなきゃ、また同じこと繰り返すかもしれない」
一度言葉を切り、ベラは小さな溜め息をついた。
「あんたに理解できるかはわかんないけど、去年のこの時期も、今年に入ってからも、いろんなものが、外側から勝手に壊れていった。自覚はなかったけど、自分の性格が原因でもある。大事にしてたものをいくつも失くした。だったらもう、だいじにしないほうがいい。呪いなんてあるわけないと思ってたけど、ほんとに呪われてるみたい。ウェスト・キャッスルを出たからって、どうなるわけでもないのかもしれないけど、おばあちゃんが死んで、とにかくそこを離れたくなった。もう行くつもりはない。
ゲルトとセテは、だいじにしてなくてもだいじょうぶなの。なにがあっても、私たち三人は変わらずにいられる。あいつらは心配してくれるけど、私がそんなこと望んでないってのもわかってくれてる。二人も私に心配されたいわけじゃない。でもアニタは、同性だからか、一緒にいすぎると、どうしてもお互いのことに首つっこんじゃうのよ。目に見えてあいつが傷ついてるのがわかったら、どうしても手出しちゃう。だけど高校じゃさすがに、見過ごされるようなことはないと思う。“母親”に連絡がいくようなことはしたくない。目立つつもりもないし、おとなしく卒業したいの。そのためには、アニタがいちゃ困る」
長い説明を黙って聞いていたペトラは、少しの沈黙を大きな溜め息で破った。
「だいじだけど、自分の立場も守らなきゃ、か。そうやって、本人に言ってやればよかったのに。まああいつも、なんとなくはわかってるんだろうけど。それでもあんたの態度が徹底的すぎて、ちょっと困惑してる。あいつに言わせれば、自分とあんたの関係がダメになるわけないじゃん、なんだろうし」
ベラが苦笑う。「そうね、そう思いたい。でも実際、アゼルがいなくなった時、ダメになりかけたじゃない。リーズたちがいなくなった時もそう──ネストールの時がいちばん最悪だったかな。怒ってるわけじゃないけど、二度とあんなふうに思わせたくないし、思われたくない。だったら距離つくるしかない。自分のことだけで精一杯なのよ。あいつのことまで世話焼いてらんない」
「うーん、まあいいけど──アニタも同じクラスに友達できたっつってたから、とりあえずはだいじょうぶだよ。しばらくは朝も合わせて学校行くから、それとなく話しとく。あたしもあんまあいつの世話焼いてる余裕、ないんだけどね。地味グループと一緒になるっての、マジでヤだし」
「実はナンネたちのこともキライだったもんね。まあ、適当にお願い。そろそろアニタも状況わかってると思うから、そんなに苦労はしないと思う。これ以上無駄に関わるならトモダチやめる覚悟でいるって、そう言っといて」
「イヤな役目やらせるな。ぐだぐだ言ってたら言うしかないんだろうけど──あ、アウニとヤーゴのは? 聞いた?」
「別れたんでしょ、聞いた。どうでもいい」
「まあそうか。時間とれそうだったらメールか電話入れてよ、こっちもどうにかする」
「うん、じゃね」
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ベラはもう一件電話をかけた。ダッキー・アイルという西の田舎町に住むひとつ年上の、レジーという男友達だ。
先月、祖母が亡くなったという知らせが入った時、彼女はレジーともうひとりの男友達、パーヴォと一緒にいた。病院までは彼らがスクーターで送ってくれたのだが、あとで連絡すると言って帰ってもらったきり、一度も連絡していない。状況的にはいちばん最初に連絡しなければいけない相手だった気もするけれど、なにをどう優先させればいいのか、冷静すぎるほど冷静に考えた結果、けっきょくあとまわしになってしまった。
数回の呼び出し音のあと、彼は電話に出た。「誰ー?」
ビールを二口飲んでからベラが口を開く。「私」
「あ? 誰だよ」
「私のこと忘れたの?」
「忘れたって──会ったことあるか?」
「何度も会った」
「ええー。どこの子?」
彼がここまで悩むのは、おそらく出会い系掲示板サイト、“プラージュ”を利用しているせいだとベラは思った。
「元、西住み。今は違うんだけど。あなたはわりと私にびびってる。っていうか引いてる。ロックが好き。サングラスが好き。なぜか出かけるのにキャリーバッグを持ち歩いてる」
「ベラか!」
彼女は笑った。「そう。ごめん、ずっと放置してて」
「ほんとだよ。連絡ないし、しても無視だし、そのうち電話通じなくなったし。意味わかんねーと思って」
「だから、ごめんて。あの時ね、おばあちゃんが死んだのよ。その知らせと呼び出しだった」さらりと言った。「で、まあいろいろあって、引っ越したり、とにかく忙しくてばたばたしてて。連絡するのが遅くなりました」
「ああ──意外と元気だな。あん時はどうにかなりそうだったのに」
彼は彼女の家庭事情など知らない。祖母と二人で暮らしていたことも知るはずがない。それほど心配されないというのはわかっている。
「もうすぐ二週間経つしね。感傷に浸ってる暇もないし。メールは入れるけど、パーヴォにもあやまっといて。暇がないからしばらく遊べないけど」
「マジか。高校にイイ女いたら紹介しろな、ダチでいいから」
彼女は呆れた。「あんたほんとに恋愛っ気ないわね」
「つきあうのって苦手なんだよ。これって女がいないならつきあいたくない。それよりツレ増やすほうが楽しいし。ツレと遊んでんのが楽しいし。ヤりたくなったら、適当な女ひっかけてヤるし。けどつきあうのはイヤ」
「あっそ。まあ期待はしないで。あんたにはプラージュがあるんだし」
「まーな。そのうちお前と同期の奴に出くわすかもとか思ってる。地元訊くのちょっと怖い。ウェ・キャスの奴とか、変な扱いしたらお前になにされるかわかんないし」
「心配しなくても、あんたたちになにかするようなことはしないわよ。とりあえずまだやることあるから、今日は電話切る。またそのうち」
「へいへい。じゃーな」
電話を切ると、ペトラとレジーとパーヴォともうひとり、チェーソンというブラック・ギャングの長に、携帯電話番号とアドレスが変わったというシンプルな内容でメールを送った。
そのあと、考えたくはなかったが同級生であるアウニの気持ちを考え、ストーカーともとれる内容の詞を書いた。ロック・バラードにすればおそらく、ディックもなにも言わないだろう。




