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RED - DISK04 [side A]  作者: awa
CHAPTER 29 * Still Into You
180/198

* Still Into You

 翌日、十八時少し前──ベラはナショナル・ハイウェイの、キーズ・ビルに最も近いバス停で、ナイル、アドニス、ルキアノス、ゼインを迎えた。ゼインの挨拶だけはやはり、迷子の仔猫を見つけたかのようなハグだった。

 ナイルは彼らに、ベラが夕食を奢ってくれるということと、途中事務的な話をするために二人で抜けるという説明しかしていない。(ベラ風に)それ以上訊くなら連れて行かないと言ったそうだ。

 話をしながらキーズ・ビルへと向かう。視線の先で、開店したブラック・スターへと続くフライリーフのドアに入っていく客たちが見えた。ベラは急ごうとしなかった。すでにテーブルのひとつを“予約席”としておさえてある。

 フライリーフに入ると、四人は隅々まで観察するように歩を進めた。ブラック・スターのメインフロアへと続くガラス戸をあけてから、ベラはスタッフや客の挨拶に応えていたが、未知の場所に様々な感想を抱きながらも、彼らは喋らなかった。言葉を発することよりも、自分たちが今いる場所を知ることに徹した。

 ステージよりもドリンクカウンターに近い端のテーブルへと案内すると、ベラはフードメニュー表を彼らに渡した。なんでも好きなものを頼んでいい、と。オール五百フラムに統一された、写真のないリストに悩む者もいるが、外食に慣れている人間なら、店内の客入りを見れば、味の面でハズレはないのだろうと確信できる。ベラが呼んだヒルデブラントに、彼らは様子見程度のオーダーをした。

 「ちょっと行ってくる」とベラは言った。「そのうち料理が届くから、そしたら食べて。知らないヒトたち──特に女に話しかけられるかもしれないけど、そこは好き好きに対応してくれていい。私の年齢だとか学校だとか出身だとか、そういうことを言わなきゃだいじょうぶ。あとでね」

 ぽかんとする四人を残し、ベラはステージ脇で待っていた幹部たち──バンドメンバーであるデトレフ、マトヴェイ、エイブ、パッシと一緒にステージに立った。

 「スターターで立つのはひさしぶりな気がします」そう言うと、客たちは大きな歓声をあげた。「うん。いや、ほんと、申し訳ないなって思ってる。待ってたのにって言葉、よく聞きます。ごめんなさい。今日もすぐに引っ込む予定なんだけど、そのまえに、“Black Star”を大合唱したい。ので、みんな、お願いします。私にみんなの“声”を聴かせてください」

 オープン当初の、(キーボードで担う)ピアノのみではなく、ギター、ベース、ドラムもはいったバージョンで、ブラック・スターのテーマソングである“Black Star”が演奏されると、客たちはもちろん、ベラもマイクを使わずそれをうたった。文字通りの“大合唱”だった。

 それが終わると、なんの言葉もなく“I'm So Sick”を披露した。拍手の中深々とおじきをすると、スタッフにマイクを配るよう伝えた。常連客十人ほどにそれが行き渡る中、ベラは話を続けた。

 「今日、私の友達がきてます。この曲を作ったきっかけになったひとたちです。一時期、こんな私を支えてくれてた、だいじな友達です。私が今なにをしてるのか、それを少しでも知ってほしくて呼びました。でも、彼らのことを知るためならともかく、私のことを根堀葉堀質問するのはやめてください。キレますよ」

 客たちはどっと笑った。それなりにベラを知っている人間なら、何十回、何百回も繰り返されたその言葉の意味は理解している。

 「一番が終わってもマイクが自分たちのところまでまわってこないっていうひとは、ステージにきてください。時間がないのでいきます」ベラは左手を挙げた。その手首には、昔彼らとお揃いで買った──“BALZN”と刻印されたブレスレットをつけている。「“Still Into You”」



  思い返してみると

  なかったことにするタイミングなんて

  いくらでもあった

  たくさんの問題に囲まれ

  ぶつかって突き離しては すれ違い喧嘩して

  長引かせてた


  続ける理由を探すよりも

  立ち去ることのほうが簡単だった

  すべてを平等に愛する方法なんて

  持ってなかったし 知らなかった

  お互いに


  あれからいくつかの季節が過ぎたけど  私が立ち返るのはあの頃の日々


  そこは確かに私が帰りたい場所だった

  愛すべき我が家  愛すべき我が家

  そこは確かに私が守るべき場所だった

  愛すべき我が家  愛すべき我が家


  今は別々の道を選び離れてしまったけれど  季節が巡るたびに思い出す

  親愛なる友人たち 聴こえてる?  今でも大切に想ってる


  遠まわしに伝えても

  理解できるはずもなく

  正直がいちばんの思いやりだった

  だけど混乱したり怒ったり

  めちゃくちゃだったよね


  たくさんの時間を費やして

  やっとわかったことがある

  無意味な時間はもしかすると

  無駄だったかもしれないけど いらないものじゃなかった

  愛すべきものなんだと


  この運命を祝福しよう  永遠にも思える時間を

  私たちの友情は天頂の夜へと繋がるの


  親愛なる友人たち  いくつかの季節が過ぎたけれど

  大切に想ってるのよ


  そこは確かに私が帰りたい場所だった

  愛すべき我が家  愛すべき我が家

  そこは確かに私が守るべき場所だった

  愛すべき我が家  愛すべき我が家


  今は別々の道を選び離れてしまったけれど

  季節が巡るたびに思い出す

  親愛なる友人たち 聴こえてる?

  今でも大切に想ってる


  今でも大切に想ってる



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 料理はすでにテーブルに届いていたものの、親愛なる友人たち──特にアドニスとルキアノス、ゼインは、なにに手をつけることもせずひたすら唖然としていた。ナイルは昨日の電話で、やってもらいたい仕事が音楽に関係すると聞いていたこと、ドラムやキーボードがセットされたステージがあったことで、可能性の予測はできていた。ただ、ベラがあんなふうに人前で歌をうたうことを目の当たりにし、驚きを隠せない。

 ベラはナイルに声をかけた。「食べないの? おなかがすいてないなら、あなただけ夕食をあとにしてくれてもいいけど。それとも、食べながら話す?」

 「いやいやいや!」アドニスが叫ぶように言った。「なに? お前、なに? バンド組んだの? 仕事ってこれ? ここでうたってんの!?」

 どうやら相当驚いているらしい。彼女は肩をすくませた。

 「見てのとおりよ。確かにほとんど私専門のバンドだけど、バンドを組んだわけじゃない。彼らはこの店の重役スタッフ。ボスは別にいるけどね。私はシンガーのひとり。ここは音楽と食事を楽しむ店。音楽を通じての、主に二十代のための新しい出会いの場。去年四月にオープンした。私はずっとうたったり、詞を書いたりしてる。あとの説明はそのうち。今日は、あなたたちは二の次なの。用があるのはナイルだけだから」

 ゼインはそわそわしている。「お前、すごいな。歌はうまいと思ってたけど、本物だ。しかもあれ、どっちも聴いたことない曲だった。あれもお前が作ったってこと?」

 「そう。私が詞を書いて、作曲はさっきのバンドメンバーとボスとで作った。ちなみに」いまだ手付かずの料理を示す。「ここの料理、懐かしい味がすると思うの。特にそのサンドウィッチ」ベラは彼らが頼んでいないサンドウィッチを勝手にオーダーしていた。「アニーとルキにはね。でも、その料理のことは内緒だから、口外しないように。で、ナイル。どうするの?」

 ナイルははっとした。「食べながら話すって、できる?」

 「うん。私はそうするつもりだったから、あとで一緒に届けてもらえるよう頼んどく。行こ」

 彼も席を立った。「それ、食べといて。話の内容はあとで言うから」

 立ち去ろうとするベラをルキアノスが呼び止めた。「最初──いや、二曲目。あれって──」

 「うん。まえにあなたに渡したディスクに入ってた曲。ボスが作った曲に私が詞をつけて、うたったやつ。ばれたくなかったし、この店のことは話すつもりがなかったから言わなかった。かっこいいって言ってくれたから、わざわざレコーディングして渡した。あなたは気づくかもなって思いながら」

 「もしかしてっていう可能性は考えたけど、まさか──」

 彼女は笑った。「それでよかったの。気づいてほしかったわけじゃない。っていうかごめん、ほんとに行く。ひと待たせてるから。自分から話しかけてもいいし、とにかく楽しんで。言ってあるから、今日は料理は食べ放題。誰かに奢るとかなら自腹だけど。またあとでね」


 先にボスに会わせようかと、ディックに電話をかけながらスタッフフロアへのドアを開けると、着信に応じようとするディックがいた。ベラはそれぞれを紹介した。

 「半端な説明しか聞けてないんだろうし、今はかなり意味不明な状態だと思うけど、“上”に行けば話が見えてくると思うよ」

 そう言ってディックが手をさしだすと、ナイルも握手に応じた。

 「仕事は、こことは違うって?」

 「ああ、違う。だが“対象”になるのはうちの連中だったり、うちの連中に必要なものだったりだ。メインフロアを見たんなら予想はできてるだろ。レコードのジャケットや歌詞カードに使う写真を撮るカメラマンだ」

 「もちろん全員てわけじゃないわよ」ベラは補足した。「節約のために自分たちで撮って作ってる奴らもいる。そうじゃなくて、写真だけはこっちが撮って、それを元に作ってる奴らとかもいたり。“上”はここ専用に存在してるわけじゃなくて、別の客たちも当然いるのに、うちの連中がわがまま言ったりして、とにかく人手が足りてない状態なの。加工でどうにかしてたけど、元の写真が悪いと時間がかかったり。私は“上”の人間じゃないし、うちの連中の世話役なつもりもないから放置したいのは山々なんだけど、半分は無駄にセンスがよくてカメラの腕もいいらしい私のせいだから、ほっとけなくて」

 「それは間違いないけど、お前の説明はわかるようでわからないんだから、さっさと連れてってやれよ」ディックは呆れている。「ある程度説明が終わったら呼べ。話が決まったら」ナイルに言う。「モノで釣るつもりはないし、カメラを持ってるっていうのも聞いてるけど、“上”で仕事に使うものとは別に、こっちからもカメラを渡そうかと思ってる。俺はカメラのことなんかさっぱりだし、君が欲しいものを選んでくれていい。バイト記念だとか詫びだとかじゃなくて、仕事用のカメラと同機種だろうとなかろうと、“カメラを使いこなして”ほしいからだ。楽器と同じで、カメラにも相性があると思う。やるかやらないか、まずはそこから決めてくれ。とりあえずやってみて、無理だと思えばやめればいい。誰も責めたりしないから。もしやるってなったら、うちの連中のことは、今日でも別の日にでも、また紹介する」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 キーズ楽器店でオーナー夫妻に軽く挨拶をしたあと、階段をあがりながらナイルがつぶやいた。

 「想像より規模が大きい気がしてきた」

 ベラは笑った。「そんなに身構えなくていいわよ。写真スタジオもね、一応あるの。でもスタッフが何人もいるわけじゃないし、店のカメラを使うのはスタッフや私が写真を撮るときだけ。みんなそれなりにバランスよくやってたのに、私がちょっとずつ手を出すようになって、そしたら、やっぱり出来にも差ができて。統一なんてしなくていいのに、バンドはほとんどが男だからかな、変な対抗意識持っちゃって──インディーズはこの近くの店で無料でCDを並べてもらえるし、そこの店長に気に入ってもらえれば、コーナーを作ってももらえる。自己満足な部分もあるけど、多少は売上にも影響するから、みんながんばっちゃうのよ」

 キーズ・レンタルスタジオの受付フロアでは、カウンターの前で話をするガエルとノエミ、そしてヤニがいた。ノエミは待ちかねていたらしく、普段以上の笑顔でナイルを迎えた。

 「あなたがナイルね」と彼にハグをする。「わざわざありがとう。急な話でごめんなさいね。きてくれて嬉しいわ。私はノエミ。こっちは私の夫で」

 ガエルも手を差し出し、ナイルと握手をした。「ガエルだ。そう呼ばれたことはないし、馴染みもないから呼ばなくていいんだけど、一応店長ってことになるのかな。下の楽器店にいた老夫婦の息子で、基本的にはこのレンタルスタジオ兼レコーディングスタジオをやりくりしてる。このメンバーの中じゃ、ある意味いちばん立場が弱かったりするから、そうかしこまらなくていいよ」

 ノエミは笑った。「それは間違いないわね」そして唯一カウンター内にいるヤニを紹介する。「彼はヤニ。何年もここで働いてくれてるの。コンピューターにも楽器にも強いわ。私たちなんか置いてきぼりで、どんどん新しい知識を習得していくのよ」

 「それは言いすぎです」とヤニ。

 「トーマは?」

 ベラが訊くと、ノエミは彼女の背後へと視線をうつした。「今お客様を部屋に案内してくれてるの。すぐくると──あ、きたきた」

 トーマは急ぎ足で戻ってきた。「ベラ。おつかれ」

 「おつかれ」ナイルに紹介する。「彼はトーマ。とあるパンクバンドに憧れてバンドを組んで、なぜかハードロックっていうジャンルを、ギターを弾きながらうたっちゃう二刀流。来月ブラック・スターで正式にデビューする。で、このあいだからここでバイトをはじめた。一足先に、センテンス・ロジック大学への入学が決まりました」

 「マジで」

 「そういえば」ノエミが言う。「あなたたち、同じ年なんじゃないの? ナイルも大学受験が終わったところなのよね?」

 「うん。俺はフォース・カントリー大学だけど」

 今度はガエルがくちをはさむ。「じゃあヤニたちと一緒か」言ったところで、しまったという顔をした。「悪い。言っちゃダメだったか」

 ヤニは動じない。「大学で会えばわかることだし、べつにいいです」 

 ベラは話をすすめることにした。「挨拶はそのくらいにしておいて。とりあえず、仕事の話をする」ヤニに確認する。「今抱えてる仕事のことをざっくり説明して、誰かを呼ぶのが早い? ぜんぶを言葉で説明するより、撮影を含めて、作業しながらのほうがわかりやすいよね」

 「そのほうがいいと思う。誰を呼ぶかで進行具合も変わるんだろうけど」

 「うーん、時間しだいだな」

 ヤニは席を立った。「すみませんけど、ここお願いします」

 彼はガエルとノエミに言ったのだが、トーマが反応した。

 「じゃあ俺が──」

 しかしベラが遮る。「なに言ってるの。あなたもくるのよ」

 「え」

 「ヒラリーの担当、するんだから。レコードに関しては、担当はある意味マネージャーみたいなものなの。カメラマンをやれとは言わないけど、デジタル化されたそれを確認して、第三者の目から見てどうかっていうのも考えなきゃいけない。彼女のイメージと曲のイメージを具現化して写真におさめるのがカメラマンの仕事。それを整理して印刷、店頭に並べるのがあなたの仕事よ」実際は、印刷して“店頭に並べられる状態”にするまでが担当の仕事だ。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 作業部屋に入ると、ベラとヤニはまだ手をつけていないバンドのぶんの資料を見せ、どういう作業をしていくかを二人に説明した。ナイルにはカメラマンとしてきてもらうので、基本的には写真が絡む部分だけを重点的に覚えてもらえばいいものの、トーマはヒラリーの担当というまえにキーズ・スタジオのいちスタッフなので、最終的には撮影以外を覚えてもらう必要がある。が、とりあえずは担当としてなにをすればいいかを覚えてくれればいい、ということになった。

 ざっくりと説明を終えると、彼女たちはPCを使って作業しているところを実際に見せた。あと二ヶ月と少しで、ブラック・スターがオープンして一年になる。その記念に、所属バンドのほとんどはそれぞれにアルバムを作ろうとしている。それに加え、新年に行ったような、様々なバンドやシンガーの曲をおさめたディスクのプレゼント企画も考えていた。人手が足りなくなるのは当然のことだ。

 「そこの棚」PCに背を向け、ベラは壁際にある棚の一部を示した。「CDが並んでるでしょ。それはぜんぶ、私とヤニがリリック・ブックを作った──っていうか、中心になって作業したやつ。発売したとかしてないとかは関係なく、ね。参考に見たり、ここで聴くぶんにはかまわないんだけど、外部に持ち出すのは禁止。プレゼント企画でほんの数人にしか渡ってないやつもあるから。この部屋は基本、キーズ・ビルのスタッフ専用なの。たまに下の連中が顔出したりするけど、頼まれても見せちゃダメ。聴かせちゃダメ」

 「これ」トーマはCDのひとつを手にとった。「もしかして、ヒラリーのファースト?」

 「うん。最初に作ったやつ。ものすごく時間かかったやつ」

 「お前のせいでな」とヤニはつぶやいた。

 ナイルもひとつを手にとり、中をあけた。「顔写真がない。“Black Berry”」

 「それは私のね。私は売らないの。突然のプレゼント企画で配るだけ。がっつり収録したりしないからラクよ、私のは。ナイルには、そんな感じで作るための写真を撮ってもらいたいの。あ、私のじゃなくてね。行き慣れた場所でも、見慣れた景色でも、視点を変えれば、写真におさめれば、ぜんぜん違う感じになるかもしれない。そういう瞬間を撮ってもらいたい。もちろん、ぜんぶが“今から写真を撮る!”って決めて撮ったものじゃなくていい。営業時間内にライブしてるところとか、そのまえにリハしてるところとか、練習だったり無駄話だったり、食事だったり買い物だったり散歩だったり、そういうところを撮ってくれてもいい。なにが使えるかわからないからね。

 ボス──ディックが言った、仕事用とは別のカメラをプレゼントするっていうのは、カメラを持ち歩いて、いつ訪れるかわからない瞬間を撮ってほしいからってのもある。バンドやシンガーがいない時に撮った写真でも採用する可能性があるの。世界の誰も見てないけど、あなただけが見てる一瞬があるかもしれないでしょ。それを逃さないで欲しいってこと。なにを撮ればいいかわからない今のうちは、とにかくなんでも撮ってればいい。そのうち、“採用してほしいもの”がわかってくるから、それを見せてくれればいい。デジタルカメラ本体じゃ写真を整理しきれないっていうなら、ノートPCも用意する。まあ実際、ほんとに整理しきれないと思うから、これはあとでディックに言っておく。ほんとにね、“モノで釣る”なんてのじゃないの。必要だと思うから渡すのよ。ってことで」

 ベラは突然立ち上がった。ヤニに聴く。

 「トーマもいることだし、ヒラリーを呼んでみようか。データ使いが多いって言っても、ジャケットと新曲ぶんは撮らなきゃだし」

 「いいんじゃないの。いけるならステージのも新しいの、何枚か欲しいけど」

 「それは私とナイルが分担するしかないわね。今日を逃したら次は火曜──は、だめか。やっぱり金曜かな。待てる気がしない」

 「食べる時間ないかもな。早く呼べ」

 「はい」


 キーズ・ビル内にある写真撮影用の部屋──スタジオというほど特別な機材はない。撮影後にデジタル処理で合成できるよう壁面に設置されたグリーンバックと、光の強弱を調整できる照明器具があるくらいだ。

 長々とかしこまった挨拶をしようとするヒラリーを止め、ベラはヒラリーのアルバムのジャケット用の撮影を、カメラを手に説明しながらやって見せた。その後ナイルにいくつか撮ってもらい、PCの画面で確認する。

 「なんか違う」ベラはつぶやいた。「かたい」

 いつもはベラだけだったり、そうでなくてもヤニやキュカたちやジョエルたちが一緒だ。だが今は初対面のナイルがカメラを手にしている。緊張していることを自覚しているヒラリーはしゅんとした。

 「ごめんなさい」

 ベラは考えた。ジェイドたちも、他のバンドたちのことも撮影しなければならない。緊張するかどうかはひとによるものの、すんなり撮影が終わったとしても、人数的、グループ的に考えればやはり時間がかかってしまう。

 「わかった。やりかたを変える」ナイルに訊く。「明日、暇?」

 「なに」

 「明日、うちの店は休みなんだけど。ちょっと客に無茶振りしてみる。夜だけどね」バッグから携帯電話を出しながらヤニに言う。「写真撮らなきゃいけない奴らの名前──ヒラリーも含めて、ぜんぶリストに書き出して。今すぐ」そしてディックに電話した。

 彼は思ったよりも早く電話に応じた。「話、まとまったか?」

 無視した。「今すぐ動いてほしいの。ヤンカに言って、デザートにピンクフレークを混ぜてもらって。ピンクフレークのルールはいつもどおり。でもなにかをプレゼントするわけじゃなくて、バンドやシンガーの撮影につきあえる権利を与える。や、つきあってもらうって表現のほうが正しいんだけど──撮影を、できるだけ一気にやりたいの。ピンクフレークを見つけた子は、撮影しなきゃいけないバンドの誰かのリリック・ブック撮影に参加できる。でもスタジオじゃなくて、明日の夜、メインフロアで、みんなで。一周年の記念アルバムだから、ジャケットのテイストが揃ってても不自然じゃないでしょ? キメる感じじゃなくて、自然な感じで撮りたい。どっちにしても、各バンドのブックの最後の部分は、ライブ写真とかファンとかとの写真で締めるつもりだったし。今からそっちに戻る。みんなには私が説明するから、客入りが多い今のうちに、とにかくピンクフレークでひとを集めて」

 「わかったわかった」理解しているのかいないのか、ディックはすぐに動きはじめたようだ。「けっきょくナイルはどうするんだよ」

 「まだわかんないけど、今からメインフロアでも撮影する。私がステージをめちゃくちゃにする可能性があるから、覚悟しといてね」

 「恨まれても知らんからな」

 「私も知らない。じゃあね」

 電話を切ると、ヤニが紙を差し出した。撮影しなければいけないバンドたちのリストだ。

 「お前のそれ、いいかげんどうにかしろよ」

 「時間がかかるってのは、わかってたことだったのにね」ナイルにあやまる。「ごめん。やっぱりちょっとずつ教えるなんての、私には無理です。そのカメラ持ったままでいいから、フロアに戻るわよ。トーマ、そのノートPC持ってきて。コードはロングタイプにして。ヤニ、脚立貸してください」

 「運ぶの手伝うなら貸してやる」

 「笑えるけど、やだ」

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