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RED - DISK04 [side A]  作者: awa
CHAPTER 28 * The Way I Loved You
179/198

* Underneath

 翌日、ベラはブラック・スターへと向かった。なにがあったのか、地下二階の廊下ではバンドマンたち数人がすやすやと眠っていて、控え室にはそれ以上の数が、そこのソファにはマトヴェイとデトレフ、ヒルデブラントもいる。ソファを陣取れなかったのか落ちたのか、床で寝ている者までいた。

 メインフロアも似たような光景で、違っているのは、ディックとエイブが三組のバンドマンの曲作りを手伝っていたことと、厨房でヤンカとオレーシャ、バイトにきている女子大生がせかせかとみんなの食事を作っていたことだ。

 今日は休むのではと言われたが、休むのをやめたと答え、みんなが寝静まった頃に一度家に帰ったものの寝ていないらしいディックと、いつもどおり朝店にきたそのバンドマンたちと一緒に、寝ている者たちを次々と起こしにかかった。なんでも、みんなして夜通し曲作りをしていたらしい。バカなのかなとベラは思った。起こされたバンドマンたちは、家が近い者は一度帰り、そうでない者たちはどこかにあるらしいスパ・クラブに行った。

 そのうち、ベンジーたちウェル・サヴァランがヒラリーを連れて現れた。ベンジーも夜中まで店で曲作りをし、その後一度家に帰ったものの、ほとんど寝ずに曲の最終調整をしていたという。

 渡されたデモCDをプレーヤーで、ヘッドフォンをつけてベラが聴いているあいだ、ベンジーはずっとにやにやしていた。

 聴き終わるとヘッドフォンをはずし、ベラは彼に向かって言った。「最高」

 「だろ!? これはヤバイ。あれこれ試して、かなり悩んだけど、最終的にこうしてよかったと思った。コード覚えるまでなんて待てねー」

 「正解だと思う。ニックには?」

 「できた時点で、ニックにもトーマたちにも送った。お前のほうにも送ったんだけど、休むのかと思ってたらいるし、見てないなら聴かせるほうが早いと思って」

 「予定は未定なの。朝はいつもPC開くどころじゃないし。でも聴けてよかった。確かに待てないかも」

 「お前が平気でも」とマーヴィンが言う。「俺らが無理だから。興奮して朝っぱらから電話で起こしてくれた理由もわかるけどさ。俺らが無理だし、トーマたちなんかもっと無理だろ」

 ベンジーは天を仰いだ。

 「わーかってるって! けどベラ、たまにでいいから、練習つきあえよ。オレだけじゃイメージを説明できねえ。ジョエルにもトーマにもわからせねぇと」

 「たまにならね」答えると、ベラはなぜか気まずそうなヒラリーへと視線をうつした。「聴かせてもらってないの?」

 「ベンジーがダメだって言い張ったから」ジョエルが代わりに答えた。なだめるよう、なぐさめるようにヒラリーの頭を撫でている。「これだけは練習も参加禁止だってさ」 

 ピートは笑った。「ヒラリーのファーストのとき、あんだけ文句言ってたくせにな」

 「それとこれとは話が別だ!」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 同日、夜──レジーは地元であるダッキー・アイルの、とあるコンビニエンスストアにいた。親友であるパーヴォは例によってエフィとデートで、泊まりの予定ではなく帰ってくるらしいものの、それまで暇なので適当な人間に連絡をとり、そこにいるという中学の同級生に会いにきた。

 特別会いたかったわけではない。彼は自分と同じレセス・リップル・ハイスクールを三ヶ月(登校していたのは実質一ヶ月程度)で辞め、今はブラック・ギャングに所属しつつ、ただの無職のカツアゲ喧嘩バカになっている。小学校の時には空回りな悪戯と横柄な態度で女子から嫌われ、中学ではモテる悪に憧れ不良の仲間入りを果たして迷走、モテないことに対して「同級生や年下の女には興味がない」という建前を身につけ、女を紹介してもらいたいがために先輩たちのイジられ下僕となり、高校二年生になってやっと女を知ったという、ある意味尊敬に値する精神の持ち主だ。

 高校生になっても相変わらずの空回りっぷりに加え、モテたい願望からかいつのまにか少々大げさな嘘をつくというやっかいな特技まで会得してしまったため、同じ地元で同じ高校を選んだ同期とはいえ、中学を卒業してからしばらくは、彼とそれほど関わりを持つことがなかった。だがいつのまにか彼がブラック・ギャングに加入しており、たまたま参加した集会で遭遇、会う機会が増えたのだ。それでもわざわざ連絡しようと思う存在ではないのだが、しかたがない。携帯電話に登録されている名前を目を閉じてのボタン操作で導き出したのが、彼だったのだから。

 「もうすぐ集会だし、お前もくればいいじゃん」コンビニエンスストアの前、シルバーのアーチ型ポールに腰掛けた同級生が言った。渋い顔で煙草を吸い、煙を吐き出す。「どうせ暇なんだし」

 レジーはエンジンを切ったスクーターにまたがったままだ。「集会は一ヶ月に一回くらいでいいんだよ。ガソリンもったいねーし。そのうちパーヴォが帰ってくるし」

 「お前、マジでホモじゃねーんだからさ。どんだけ一緒にいるんだよ」

 「あいつがオンナと遊んでなきゃ、たいがい?」

 「よく飽きねーよな」

 「べつになにするってわけでもねーけどな」レジーは大きくあくびをした。昨日も夜更かししていて、実はあまり寝ていない。それでも寝ようと思わない。時々は死んだように眠るが、限界がくるまで起きていることのほうが多い。学校にもそれなりに遅刻せず通っているので夜型の生活ではないものの、いつまでたっても夜行性だ。「最近プラージュもあんましてねぇし、パーヴォはわりとデートだし、暇でしょーがない」

 「あの女は? 赤い髪の、チェーソンたちが可愛がってるアレ」

 ベラのことだと、レジーにはすぐわかった。彼はなぜか、女の名前を覚えないのがかっこいいと思っているらしく(チェーソンの影響だろうか。)、仲がいいわけでなければ名指しではなく“アレ”だとか“あの女”だとかいう言葉に、わかりやすい外見的特長をつけて話す。だが男のことは、怖い先輩相手だと特に、すぐに名前を覚えてそれを口にする。“アレ”扱いをしているのがばれると痛い目に合うからだ。

 「あいつなんかもっと気まぐれ。去年の夏とか秋はたまに遊んでたけど、忙しいらしいからな、色々と。あいつもオトコいるし、仕事もしてるし高校も真面目に行ってるし」

 「へー」彼は煙草を地面に落とし、靴底で火を踏み消した。「けどあいつ、先週来てたぞ。ほら、お前らがたまに連れてくる、もうひとりの赤髪ボブの女と、あとマルコの弟? 連れて」

 レジーはぽかんとした。「は?」

 「あ、あと、もうひとり男がいたな。チェーソンとかマルコのツレ? 赤髪女がつきあってるんだっけ。喧嘩がめちゃくちゃ強い男前って噂の」

 まさか、ケイだけではなくアゼルもいたのか。いや、ベラとアゼル、ケイが集会にきたというのは、それほど違和感がない。しかし赤髪ボブといえば、ティリーのことではないのか。

 「ティリーが? なにしに?」

 「だから、集会。なんだっけな、大晦日にいたショートカットの女をハセンが連れてきてて。その流れじゃね」

 レジーは話を整理しようとした。大晦日にいたショートカットといえば、まさかケリーか? ハセンがケリーを連れてきて、ベラがティリーを連れてきた? おかしいことではないかもしれない。いや、なにもおかしくはない。

 彼が続けて説明する。「あのボブカット、てっきりお前とデキてるもんだと思ってたけど、マジで違うんだな。チェーソンの車に乗ってたし、最初一緒に走ってたけど、途中で消えてたし」

 一瞬、レジーの思考回路は停止した。「なんて?」

 「だから、チェーソンと」彼は立ち上がった。「どっかシケこんだんじゃねって噂だった。昨日の夜も、あいつがチェーソンの車の助手席に乗ってるとこ、誰かが見たってよ。女と一晩一緒にいたんだとしたら、あのチェーソンが手ださねーなんてこと、ありえねえだろ」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 キーズ・レンタル・スタジオの一室──ベラはヤニ、ガエルと一緒にいた。三人ともチェアに座っていて、ベラとガエルはそれぞれに腕組みをし、ヤニは頬杖をついて、テーブルに分けて広げられた様々な資料をじっと見ている。

 「カメラマン、欲しいよな」ガエルがつぶやいた。「あとPC入力ができる人間と──」

 「それはいいです」ヤニが遮った。「歌詞やクレジットの入力は、俺が受付にいるときにやればいい。入力さえしておけば、あとでフォントを変えることだってできるし」

 「受付カウンターだと狭くないか?」

 「なんとかなりますよ」

 「模様替えすればいいんじゃないの?」ベラが言う。「今ソファコーナーがあるところを受付にする。自販機を移動させられるなら、だけど。あっちならレンタル楽器置き場の隣でコの字型になってるし、バックドアの前がソファコーナーになっちゃうけど、上の階みたいに、フロア中央がまるまるソファになるんだと思えば」

 ヤニは呆れた。「お前はまたそういう──」

 しかしガエルは賛成した。「それがいちばんいい気がする。自販機は業者を呼べば移動できる。自分でもできないことはないと思うけど」

 「今日やる? 店が終わったあと下から何人か男手連れてくれば、なんとかなるような。タダ働きさせるし」

 「けどみんな、昨日もろくに寝てないんだろ?」

 「それは知らない。朝からやるよりいいと思うの。元気のある奴連れてくればいいし」

 「助かるけど、それなら手伝ってくれた子は、一回だけスタジオの利用を三時間無料ってことにしようか。納得してくれるかはわかんないけど」

 「もったいない気もするから、タダ働きとして呼んで、手伝ってくれた奴だけ無料プレゼントってことにしよ。カメラマンその他の話は一旦置いといて、先に移動させたほうがいいから」ベラは立ち上がった。「ディックたちに言ってくる」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 二十三時を過ぎた頃──キーズ・レンタルスタジオの受付ホールで、ブラック・スターに所属するバンドやシンガー十数人と幹部メンバーによる、騒がしい模様替えがはじまった。引越業者に勤める者や電気関連の知識がある者がいたので、苦戦すると思われた自動販売機の移設は意外にもスムーズに進んでいる。ソファやカウンターの移動もそれほど問題はないだろうが、PCやモニター機材を移動させる際の配線のほうに時間をとられそうだ。

 ジーンズのポケットに入れていた携帯電話が鳴り、ベラは画面を確認した。レジーだ。会議室に入って着信に応じる。

 「なんか用?」

 「んー? いや」めずらしく、彼はゆっくりと言葉を発している。「──やっちまった」

 「なに?」

 「殴っちまった」

 「誰を」

 「──チェーソン」

 意外な答えだ。「なんで?」

 少し沈黙があった。「わかんねえ」

 会話する気はあるのでしょうか。「理由もなくそんなことをするバカじゃないと思ってたけど」

 彼は、弱々しくも苦笑った。「ムカついたっていうか──こんなこと、お前に言ってもしょうがねーんだけど──先週、行ったんだろ? 集会」

 おそらくレジーは、ティリーのことを誰かから聞いたのだ。ティリーとチェーソンのことを、誰かから。「うん」

 「そんで──そん時だか昨日だか知らんけど、ティリーをな、チェーソンが──喰ったらしくて」

 「うん」

 「──知ってたんか」

 慎重に、言葉を選ばなければいけない気がした。「聞いたけど──それは、嫉妬ってこと?」

 今度は悩ましげにうなった。「いや──考えたけど、たぶん違う。たぶんオレ、あいつのこと、妹みたいに思ってた。だからかな──ティリーがチェーソンに惚れてるとか、そんな気配はなかったはずだし、あったとしても、それならべつにいいと思う。けど──それは、違うってわかった。っつーか、ヤッたっぽいってのをツレから聞いて、勢いで集会に乗り込んで、チェーソンに、オンナと別れたんか聞いた。別れてないっつってた。ティリーとヤッたのかって訊いたら、そうだって。けどつきあうとかじゃないって。──決めたのは、連絡よこしたのはあいつだって──」

 ティリーは、思い詰めていた。話を聞いた限りでは、誰かのことをまともに好きになったことはなく、恋愛で片想いというのは、今の、レジーに対する気持ちがはじめてだった。

 彼女からしてみれば、レジーとのことに関しては、脈があるのかないのかわからない、大切にはされているだろうが恋愛感情かどうかがわからない、とても曖昧な立場にいた。恋愛をする気がないというのは聞いていたし、ただの友達のような気もしていた。もしも可能性があれば、“処女が苦手”だなんてこと、自分の前では言わないだろうとも考えた。スタートラインに立てているのかどうかもわからなかったのだ。

 スタートラインに立つためにはどうすればいいのか──悩んだ結果、“誰かを相手に処女を喪失する”という、ベラの何気ない言葉に辿りついたのかもしれない。

 再びの沈黙のあと、ベラは切り出した。「で、あんたはそのあと、どうなったの?」

 レジーはまた、苦笑った。「当然、殴り返された。チェーソンにじゃなくて、アルフレッドとか、他の奴らにだけどな──半リンチ状態。それもなんでか、チェーソンが止めてくれて──ぎりぎり歩けるくらい、どうにかスクーター運転できる状態でやめさせてくれて、オレはひとりフラフラ帰ってきて、なんでか今、パーヴォの家の前にいる」

 チェーソンはきっと、わかっていたのだろう。彼は、あんなだけど、きっと、ティリーを無理やり犯すなんてことはしない。ティリーがどこまで話したかはわからないものの、チェーソンはおそらく、ティリーの気持ちに気づいていた。気づいていて、彼女の悩みをわかったうえで、決意を受け入れた。

 ブラック・ギャングの元アタマなくせに、ロマンチックなストーリーが好きな男だ。それが自分に向けられた愛情でなくても、ティリーの恋心は、第三者の立場としてなら、観察したい類のものだろう。

 「そ。私からは、なんも言わない。けど、話せるなら、ティリーと話しなよ。あんたがそんなことしちゃったら、あいつはもう、あっちには行きづらくなると思う。すぐにとは言わないけど、チェーソンにもあやまったほうがいい。彼は悪くないんだし。間違ったかもしれないけど──たぶんこれに関しては、正解はない。あんたを殴った奴らも、ティリーを煽った人間も含めて、みんな、間違ったかもしれないけど、悪くはないと思う。悪くはないから、罪悪感は持たなくていい。でも、殴っちゃったことに関しては、あやまったほうがいい」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 レンタルスタジオの模様替えがひと段落したのは、午前一時をまわった頃だった。一部のバンドたちを帰らせた幹部メンバーがエルバたちを連れて軽く飲みに行くことにし、ガエルとノエミも誘われたものの、この模様替えを放置していいものか迷っている。

 「だいじょうぶですよ」ヤニが言った。「細かいことはこっちでやっときます。作業しながらのほうが、なにをどこに置いておくのがいいかっていうのも、わかると思うし。置き場所変えたものとか、必要なものなんかはメモしておきます。それより、飲みすぎないでください。特にノエミ」

 ノエミはガエルと視線をあわせ、甘えることにした。

 「わかったわ。お願いね。ベラも、無理しないでちょうだい」

 「うん。気をつけて」

 ベラとヤニはひとまず、新しく定位置となったカウンターの奥の壁側に、今彼らが抱えている仕事──いくつかのバンドたちのアルバム製作における、歌詞カードを作るための作業──に必要なものを運んだ。デスクや棚が増えたことでスペースを少々贅沢に使えるようになったからと言って、置きすぎると意味がなくなってしまう。ベラやガエルが一緒に作業することもあるだろうが、あくまでヤニが受付カウンターで作業できるよう最低限のものを揃えておけばいい。

 ある程度移動させると、やめればいいのに、ヤニは作業をはじめた。ベラもつきあうものの、荷物を取りに誰もいなくなったキーズ・ビルの地下に戻り、赤白会議室で携帯電話を操作した。

 さすがに寝ているかと思ったのに、相手はいつもの調子で電話に応じてくれた。

 「何時だと思ってんだバカ」ナイルだ。

 ベラは思わず苦笑った。「うん。ごめんね。今だいじょうぶ?」

 「いいけど。今、ルキの家にいる。いつものメンバーで酒盛りゲーム大会。大学受験が終わって、学校も自由登校だから、もう毎日こんな。昼間は地元だったり学校の友達と遊んでたりするけど、夜はたいていルキの家。全員受かったら大学でも一緒だってのに」

 いつものメンバーというのは、ナイルと同じ高校のゼイン、イースト・キャッスル・ハイスクールに通うアドニスとルキアノスだ。四人とも、揃ってフォース・カントリー大学に挑み、先日試験を終えた。

 「いいじゃない。落ち着くもん」彼らと一緒にいるのは楽しかった。少々のいざこざが起きたこともあるが、それを除けば居心地がよかった。彼らは二年前、確かに自分を支えていてくれた。「ちょっとみんなのいないとこ、行ける?」

 「うん? わかった。ちょっと待って」

 少し待つと、だいじょうぶという答えが返ってきた。

 「カメラ、使ってる?」

 「使ってるよ。毎日ってわけじゃないけど、遊ぶ相手しだいでは。冬休みに旅行に行ったときも使ったし」

 「もう慣れた?」

 「意味わかんない。使いかたって意味なら、使えてると思うけど」

 そういう意味なつもりはない。「バイトする気、ない?」

 「なんの?」

 「カメラマン」

 いくらか待っても彼が言葉を返さないので、ベラは続けて説明した。

 「私、仕事してるって言ったよね。繋がりは、あると言えばある。私の仕事関係だけど、でも私を撮るわけじゃない。私が仕事してるところとは、直接って意味では違ってて、一応別の会社。私はいたりいなかったりするし、基本的にはいないと思ってくれていい。でも時々ふらっと現れて、あれこれくちをはさむ可能性はある。私以外の人間に指示されることのほうが多いし、手順はいちから教えるけど、ムカついたり投げ出したりしたくなることはあると思う。昼夜問わないけど、基本的にはあいてる時間を使ってくれていい」

 また少しまったものの応答がないので、ベラは「どうなの」と訊いた。

 「──なんの──いや、どういう? 内容は?」

 「ジャンル的には音楽で、対象は人物だったり風景だったり。それを加工することもある。難しい注文はないと思う。戦場に向かえとか、火災ビルに飛び込め、なんてことじゃない。イメージに忠実にっていう注文はあると思うけど、慣れてくれば、逆にあなたがイメージするものを撮ることだってできるかもしれない。私も時間があれば手伝うし、しばらくは一緒に仕事してもいい。人見知りするだろうし、こっちにいるスタッフも、ひとり、けっこうとっつきにくいのがいるから。条件や出来しだいでは給料交渉もする。細かい説明は、今はできない。っていうか、しても、理解はできても実感がわかないと思うの。まずは、ありかなしかだけ教えて」

 ナイルは、慎重に言葉を選んでいるようだ。「なんで俺?」

 ベラの口元はゆるんだ。「私が知ってる中で、いちばんカメラを丁寧に扱ってくれるから。私があげたカメラは、あなたのプライベート用として変わらず使ってくれてかまわない。仕事には、もっといいカメラを用意するから。写真屋さんにあるような、立派なセットを使うわけじゃないの。その時“そこ”にあるもの──太陽や月、照明や天候を利用して撮る。だから、いっそう、カメラマンの“腕”が必要になる」

 彼はまた、考えた。「──正直、興味はある。当然のように大学に行くつもりで受験までしたわりに、なんのために行くのかっていうのは、自分でもわかってない。なにがしたいのか、なにが好きなのかって言われたら、答えに悩む。──でも、絶対誰にも言わないけど、いちばんに浮かぶのは、“カメラ”だよ」

 「うん。今の話じゃ、やるかやらないかを決めるのは、難しいと思う。だから、“説明”したい。明日の夕方、センター街にこれる? 六時にファイブ・クラウド。細かい場所はメールで送る。夕食は奢るから」

 「わかった。ひとり?」

 「最初に入るのは、わりと騒がしい場所。ひとりが不安なら、ゼインとアドニス、ルキも連れてくればいい。でも、この仕事の説明をするのはあなただけ。あの三人は放置しといてだいじょうぶなところだと思うから、一緒にきてくれてかまわない」

 「じゃあ訊いてみる。いや、不安なわけじゃないけど、どうせあとからうるさいだろうし。場所、メールして」

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