* Just Friends
ケイは、わざわざナショナル・ハイウェイのバス停まで出てきてくれた。不思議なもので、たいした説明のない、短い時間のドライブにも、彼は文句ひとつ言わずつきあってくれた。
ケイにとっては、その理由や目的よりも、ベラに会えることのほうがだいじだった。ベラとアゼルに会えることが、だ。
ティリーのことは、ソイル・ミニストリーとストーン・ウェルの境目に近い場所でひろうことができた。バスに乗り、三十分ほどかけて出てきてくれたらしい。車内である程度の説明を聞いたケイがティリーの相手をしてくれた。アゼルは相変わらず──ティリーに礼を言わせないほど──無言だったものの、ベラもそれほど会話に参加せずに済んだ。ケイがどうでもいいことを根掘り葉掘りとティリーに訊いたり話していたりしたからだ。
「ケリーからメールだ」携帯電話を確認したティリーが言った。彼女は後部座席、アゼルのうしろに座っている。「今着いたって」
「こっちもあと十分くらいで着く」アゼルが教えた。
「そう言っとく」
一時間くらい放置してたらどうなるかなと、ケイはにやにやしている。「レジーもパーヴォもいねーって状態。話せるのはひとりだけ」
ティリーは悩ましげに答えた。「ハセンはたぶん、ケリーをひとりにするなんてことはしないと思う」
「おもしろいからやる?」
「いやいや」
「観察できないなら意味ないじゃん」助手席からベラが口をはさんだ。「ダリルやレジーがいるならともかく、今日はそれもない。むこうの子たちにわざわざ説明して状況をうかがうなんてこともしたくないし」
ケイは舌打ちした。「つまんね」
なにを期待しているのだとティリーは思っただろう。しかしそれもくちにはせず、苦笑った。
「カノジョできた?」
「あ? いや、たまにネットで引っかけたタメの女と遊んでるけど、つきあったりはしてはない」
ティリーは少々衝撃を受けたらしい。「引っかけるって。遊んでるって」
「ツレ何人かと一緒に遊んだりしてる。相手のツレの女でわりとカワイイのがいて、まぁ性格は悪そうっつーかカマトトぶってんだろーけど、それがもしかしたらヤれるかも」
ティリーは唖然とした。「いやいや。つきあうとかじゃないのかよ」考えがそのまま言葉になったようだ。
「べつにそこまで考えてないけど。つきあってもつきあわなくても、どっちでもいい」
「なんでそうなんの」
「どうやらだいじなのはそこじゃないらしいから。相性らしいから。って、レジーが言ってた」
視線を合わせていないケイは、かたまるティリーの反応に気づかないま続けた。
「楽しいかどうかなんだって。ムードとか気持ちとかじゃねーって。まぁあいつと違って、処女かどうかなんてのは気にしないけど」
ティリーがレジーの処女嫌いのことを気にしているのは知っているが、ベラは助け舟を出したりしなかった。女にまつわる質問をケイにするのが悪いのだ。
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オーバー・ヘンプ・マウンテン・パークへと続く道をのぼっていきながら、ギャングのメンバーでもないのに、なぜこんなに短いスパンでこんな場所にまた来なければいけないのだろうと、ベラは心の中で考えた。ブラック・スターの営業日にこんなに早く家に帰ったり、やすみをとったりしたのははじめてだというのに、本当に、なにをしているのだろう。
ただの週末にしては人数が多く集まっていると感じたのは気のせいではなく、年越しのごたごたのせいで、ブラックギャングがよくわからない愚連隊グループを傘下に入れることになったせいだった。
ベラはもちろん、アゼルもギャングの一部に顔が知れているため、面倒な説明は必要がない。すぐ帰るからと群れからは少し離れたところに車を停めて降りたが、ケリーを呼んでもらったりはしなかった。知った男二人に案内され、人が集まるほうへと歩いていく。途中で群れを避けるよう端にケリーとハセンがいることに気づき、ざわつきのせいかケリーたちも気づいて目が合ったが、ベラはそれを無視してチェーソンとアルフレッドのいるところへ向かった。ティリーも当然ケリーに気づいたがベラたち三人がそんなだったのでおろおろし、その手をケイが引いてベラたちのあとに続いた。
チェーソンとアルフレッドはベラとアゼルに気づくなり、まるでおもちゃを見つけた子供のように悪戯っぽく微笑んだ。驚きもなにもないことがベラには心外だ。くることがあたりまえだと思わないでほしい。
「お前が来るのは意外だな」チェーソンがケイに言った。「ベラに引きずってこられたか」
「そんなとこ。すぐ帰らされるけどな。あほなことすんなって兄貴に言われてるし」
「あほで悪かったな」と、アルフレッド。「何事だよ」
「ああ、ただ──」ベラは彼らと一緒にいる男数人の中に見覚えのある顔を見つけた。「あれ」
「やっとか」と男が言うと、チェーソンが思いだしたような顔をした。
「こいつ、お前がボッコボコにした奴。チーマーのアタマ。つっても一応リーダーを決めてるだけで、そんな出しゃばったりもないけど」
そう紹介された、灰色のパーカーを着ている男は肌が浅黒く、フードをかぶっているのでよくは見えないが、おそらく黒髪で坊主、首に太めのシルバーチェーンをつけている。細身だがモヤシというわけではない。身長はチェーソンよりも少し低いくらいだろう。
「ジャミーってんだ」チェーソンは自分よりも少し背の低い彼の首を腕で絞めるように肩を組んだ。「喧嘩よりも単車のが好きなんだと。聞き分けはいい。それなりに従順。頭もキレる──かはわかんねーけど、頭はいい。たぶん」
ジャミーは呆れた顔をした。「ヒトの情報をぺらぺら喋んの、やめてくれません?」
「もっとプロフィールっぽいこと喋ったほうがいいか?」チェーソンは勝手に続けた。「A型、男三兄弟の長男、好きな食いもんは肉で好きな女のタイプは──」
「だからやめろっつってんのに!」腕を振りほどくと、ジャミーはチェーソンにつっかかった。「なんならあんたのプロフも公開するか!?」
「言いたきゃ言えばいーんじゃね? 俺の人生に恥とかあると思ってんの? 言われて困ることがあると思ってんの?」
早くも思いとどまったらしい。喧嘩になれば負けると判断したというより、確かにチェーソンには言われたくないことなどない気もするし、それ以前にそこまで彼のことを知らないと考えてのことだろう。
「うるせーな」アゼルは座り込んで煙草に火をつけた。「さっさと終わらせろ」
ケイも続くようにしゃがんだかと思えば、なぜかアゼルに煙草をせがんだ。めずらしくアゼルは煙草を分けただけでなく、火をつけてあげた。完全に不機嫌というわけではないらしい。
「そーいやなにしにきたんだ」アルフレッドも煙草に火をつけた。煙草を吸いたいという欲求はなぜか伝染する。
チェーソンはポケットから煙草を取り出したが、先にティリーに向けた。
「お前も吸うか? どーせ持ってねーだろ」
そのとおりだった彼女は少々驚いた。「ありがと」と答えて彼に近づき、一本をいただく。ホストなみの手際のよさでチェーソンがオイルライターの火を差し出したので、ティリーは火ももらった。「メンソールなんだ」
「今日はそういう気分。浮気魔だからな。で?」
やっと本題だ。「ティリーあずけるから、帰り送ってあげて」ベラはチェーソンに言った。「ハセンがケリーを連れてきてるでしょ。あいつらがどういうつもりか知らないけど、走りに行くときは彼があいつを乗せるんだろうから、ティリーを乗せてあげてほしいの。で、終わったら家まで」
「唐突だな。レジーはどうしたよ」
チェーソンに訊かれたものの、ティリーは言葉に詰まった。
ベラが代わりに答える。「レジーにもパーヴォにも、それどころかダリルやエフィにも言ってないのよ。社交辞令だかなんだかで、ハセンに集会に誘われてたからってのを理由に、ケリーが一緒に行こうってティリーを誘っただけ。アシがないからアゼルに送ってもらった。ダリルたちに黙ってることに意味はないんだけど、わざわざ言う理由もないし」
アルフレッドは煙をまっすぐに吐き出した。「くち止めのつもりか知らねーけど、いちいち話さねーよ。意識するつもりもねーからフツーに言う可能性はあるけど」
「その時はその時よ」
「お前、実際どーなの?」チェーソンがティリーに訊いた。「レジーとデキてんの?」
彼女は視線を合わせないまま無愛想に答える。「ただのトモダチです」
「惚れてるとかじゃねーのか」
「うっさいな」
「怒んなよ」意味があるのかないのか、彼はティリーの肩を組んだ。「あんま遅くなると親が面倒なんだっけか? 俺も眠いし、テキトーなところで抜けるか。単車と車どっちがいーよ?」
動じることなく、ティリーは数秒悩んだ。「──くるま」
「だよな。さみーもんな」アルフレッドに言う。「途中までテキトーについてくけど、いなくなっても気にすんなな」
「わかった」
「あんた、ケツに乗せてやるって女と約束してなかったっけ」ジャミーが訊いた。
「そーだっけ? んじゃお前が乗っけてやれよ。目立ちたいだけなんだから」
ジャミーは呆れた。「テキトーすぎだろ。俺その女知らねーし」
チェーソンたちとの話がまとまり、彼らもそろそろ出ようかという話になったので、ベラはティリーを連れてケリーのところに行き、流れを説明した。
「そーいうことだから、ティリーのことはお気になさらずに」ベラがケリーに言う。「面倒だからダリルたちにも話してないってのも言ってる。隠すようなことでもないけど。ティリーはチェーソンに送ってもらえるから、好きなだけ遊んでくださいな」
ケリーはなぜか、少々表情を引きつらせている。「あー、わかった」
「なに、レジーにもパーヴォにも内緒にしといたほうがいいん?」ハセンが訊いた。
ベラは質問を返した。「もう喋ったの?」
「いーや。地元も学校も違うし、そうマメに連絡とってるわけじゃねーし。黙ってるほうがいいなら言わんけど」
「どっちでもいいんだけどね。いちいち報告しなきゃいけないことじゃないし。そもそもメンバー全員にくち止めするなんて無理だし。言う必要がないって私が思っただけの話」
「ならまあ、俺は言わんけど」ハセンはティリーへと視線をうつした。「そーいうもんなん? てっきりティリーはレジーと──」
「だから、ただのトモダチだって」彼女は先ほどよりもさらに無愛想に答えた。車に新品があるからと言ったチェーソンにもらった、数本残っているメンソールの煙草をまた吸っている。「走ってたら見れないだろうから、帰るときメールしたりもしないけど、気にしなくていいから」同じ調子でケリーに言った。
さすがのケリーも、ティリーの機嫌がよくないことは察知した。ただその理由が自分なのか、それともレジーのことなのか、まったく関係ないことなのかまではわからなかった。
「じゃ、私たちは帰るから」ベラが言った。「お気をつけて」
ケイも車へと歩きだしたアゼルに続きつつ、振り返って手を振った。「ティリー、またな」
これには少しだけ笑顔があった。「うん。あんがとね」
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本当にティリーを送っていくだけのドライブでも、ケイはなにも文句を言わず、すんなりと帰っていった。(それもウェスト・キャッスルに入りたくないベラのわがままを理解してか、家の誰かに迎えにきてもらうからと自らナショナル・ハイウェイで車を降りた。)
おかげで、ベラとアゼルはコンドミニアムに直行した。彼の機嫌がかなり悪いというわけではなかったものの、面倒に巻き込まれたイライラも多少はあったので、ほとんど無言だった車中とは違い、玄関のドアを閉めた瞬間、ベラはアゼルの背中に飛び乗った。
彼はなんの反応も示さず、拒否もしないまま彼女を背負ってリビングまで歩いた。明かりをつけずとも、月が室内をほどよく照らしている。ベラはソファの上に立ち、自分のほうへと向きなおったアゼルの首に手をまわした。
「腹へった」と、彼女の腰を引き寄せ彼が言う。「軽くでいいから、なんか作れ」
「冷蔵庫、なにかある?」
「ビールだけな気がする」
「ビールだけじゃなにも作れないから」彼に軽いキスをした。「あとで食材チェックする。作れそうなら作る。だめならコンビニ。明日は朝から買い物行って、デートして、一日じゅう一緒にいる」
「あとでってなんだ。今腹へったんだっつーのに」
「しないの?」
「ヤりてぇのか」
ベラはまたアゼルに、今度はゆっくりと長いキスをした。
「一度してるし、今はそれほどかもだけど、まだ足りないほど怒ってたんでしょ。怒ってよ。私もイライラしてる。おさめる方法は、ひとつしかないと思うの」




