* Consult
失恋ではなく前向きな恋愛というテーマを、それも踊れるバラードでというのは、わかりきったことではあったもののやはり苦戦する。一気に詞を書くなどということはできるはずもなく、メロディを決めながら詞を書いていくという方法をとっている。
公言どおり赤白会議室に引きこもっていたベラの携帯電話に、めずらしくもティリーから電話がかかってきた。もしかすると作詞のヒントになりそうな話をしてくれるかもしれないと、そんな淡い──望み薄な──期待を込めて、着信に応じた。
結果、そのわずかな期待は一蹴された。
「そんな相談を持ちかけられても、私はどう答えればいいのかわかんないんだけど」と、ベラはどうでもよさそうに言った。
ティリーの相談というのは、ブラックギャングの集会とケリーのことだった。明日の土曜、ブラックギャングの集会があり、ケリーはハセンからそのことを聞いたという。社交辞令なのか、ハセンは先日ダリルに言ったように、暇なら遊びにくれば、とケリーに言ったらしい。
おそらく本当に社交辞令なので、来るなら迎えに行ってやるなどとは言われていない。しかしケリー、行きたいのか、ティリーに電話をかけた。ハセンに誘われた、暇なら一緒に行こう、と。
ティリーはレジーに、ダリルにつきあって遊びにくるなら迎えに行ってやると言われている。なので集会に参加するなら、まずレジーの予定を訊かなければならない。なのに、そのまえになぜか、ベラのところに電話をかけたのだ。
ハセンがそれほどケリーと仲良くしていないことをダリルから聞いているし、今現在、ダリルはケリーに総攻撃中だ。加えてダリル、今日はアルフレッドと一緒にいるはずなものの、明日は地元の友達と遊びに行くとかで、集会にも行かない。このことをダリルに言うべきかどうかというところでも迷いが生じているらしい。
「わかってるけど」とティリーは言う。「どうすりゃいいの? 集会に行くのはいいけどさ、またレジーに迷惑かかるじゃん。そもそもなんであたしが、レジーにアシ頼まなきゃいけないんだっつー話なわけで」
それをそのままケリーに言えばいいとベラは思った。「ケリーにそう言えばいいじゃん」正直なその言葉しか思いつかない。自分で言いだしたことのせいで早くも煮詰まっている。「せめてハセンが迎えに来てくれるかくらいは、ケリー本人に確かめさせなよ。ハセンが迎えにくるけどレジーが無理で、それでもあんたがケリーにつきあうっていうなら、他の奴に迎え頼めばいい。なんなら私が誰かに頼んでもいいし」
ティリーはうなった。「レジー、土曜の夜は知らんけど、昼間はツレと遊ぶっつってた。パーヴォはエフィとデートだから違う」
レジーの場合、週末は家をあけることが多い。活動的な性格だ。退屈に耐えられなければ、平日の深夜だろうと家を飛び出す。
ベラは溜め息をついた。週末くらい、ケリーの名前を聞かずにいたかった。いや、今日は学校があったので、確かにケリーもいたけれど。
「あんたがケリーにつきあう前提で答える。まずケリーに、自分のアシが確保できるかどうかを確かめて。ハセンがケリーを迎えに行くって言ったら、あとはあんたしだい。レジーに頼みにくいなら、私が送っていってもいい。アゼルの車で、アゼルに運転してもらって、だけど」また勝手なことを言っている。「言いにくいなら、ダリルにも言わなくていいわよ。“ハセンがケリーを迎えに”って部分は、“私がアゼルと一緒にあんたを送って”っていうので穴埋めできる。ケリーのことだから、あとからダリルに集会のこと話すだろうし、アルフレッドとか他の子の話で伝わりもするかもだけど、なんで言わなかったんだって責められたら、面倒を理由に私が止めたって答えればいい。ダリルは私やあんたを標的にはしないしね」
話を理解するためか、そして考えて結論を出すためか、ティリーは少しのあいだ沈黙した。そして少々遠慮がちに口をひらいた。
「アゼルにアシやってもらうって、かなり気まずくない?」
怒られるのは自分だけだ。けれどそれに代わる──かどうかは定かではないものの、フォローはできるはずだし、そもそもティリーが気にするところではない。「わかった。じゃあその気まずさをなくせる奴、もうひとり連れていく。あ、でも帰りは知らないわよ。私はあんたを送って、みんなのとこにちょっと顔出したらすぐ帰るから。帰りのアシは誰かに頼んであげるけど、最悪バス使ってよ」
ティリーの答えには、また少し時間がかかった。
「わかった」
通話を終えたとたん、赤白会議室のドアがとんでもない勢いで叩かれた。壊れるのではないのかと思うほどで、しかもそれは、ベラに昔のことを思い出させた。ベラがまだ中学二年生で、アゼルはもちろん、マスティやブル、リーズ、ニコラと共に、地元であるウェスト・キャッスルに居た頃のことだ。クリスマスの朝、アゼルと一緒に四人に対するいたずらを実行したあと、当時アゼルが住んでいた部屋のドアや窓が、こんなふうに攻撃された。
思い出さずに済んでいたことを思い出してしまったので、苛立ちに天を仰ぎ、溜め息をついてから、立ち上がってドアをあけた。
立っていたのはパッシだ。「やっと開けた」
なぜかエルバも一緒にいる。「ごめん。電話繋がんなかったから」
「友達から電話かかってきてた。なに」
パッシは早口で説明した。「ヤンカには話つけた。曲作りはいつでもやる、楽しみにしてるってさ。グレーヴも、プレッシャーかけないならオーケーだって。遅くても日曜には歌詞欲しいけどって。あとやっぱオレ、“Can I Have This Dance”はうたおうかと思う。あれを最初に持ってきてくれりゃいい」
「それは最初のつもりだけど、いいの?」
「あとから後悔しそうだし、来週火曜だけでお蔵入りってわけでもないだろ。うまくいきゃ、毎週じゃなくてもまたこういう企画やればいいし、そん時は別の奴にうたわせればいいから」
「ならいいけど」とベラ。エルバに訊く。「で?」
ベラの機嫌がよくないと察したのか、彼女は躊躇した。「いや──」
「手伝えることないかって言ってる」パッシが代わりに答えた。「オレが考えなしに、メインフロアでぺらぺら喋っちまったからだな。あとお前も、控え室でディックとヒルデに話しただろ。みんな笑えるくらい根掘り葉掘り訊いてくる」
ベラは呆れた。いつもなら秘密裏に話すことを、不特定多数の人間がいる控え室で話したのは、ミスでもなんでもない。そうやって公言しなければ、自分を追い詰められないと思ってのことだ。
しかしパッシまでそれをしてくれるとは、完全な予想外ではないとしても、やはり少々迷惑な気もする。噂だけならまだいいものの、手伝いたいと言われるのは面倒だ。役割を与えなければ引き下がってくれない。強く出れば解決はできるが、納得はしてもらえないだろう。それどころか不機嫌な対応をしてしまっているので、変に心配されてしまう。
再びの溜め息をつくしかなかった。詞を書き、曲を作らなければ話にならない。こんなことに割く時間はないのに。
「一回しか言わないからよく聞いて。私はね、なにも客やスタッフ、全員に踊ってもらおうなんてことは思ってない。対象にするのは一部の人間だけ。明日の土曜、ダンスタイムのことを客たちの前で発表して、常連限定で応募者を募る。カップル組から十組と、シングル組から十人。シングル組にはこっちで相手を用意する。クジでもなんでもなくて、単に私とヤンカ、エイブとケイト、ジェイドがひとりずつ指名する。常連の基準は、ヤンカ、ヒルデ、エイブが常連って認めたひとのみね。スタッフも応募はできるけど、選考基準は客と同等。私たちが踊ってほしいと思ったヒトだけ。
応募したカップルが選考をクリアしたとしても、当日に相手がいなきゃ意味ないから、それを早く知るためにも、簡単な参加チケットを作ってくれていい。デザインは任せる。少なくとも私は明日の営業時間内に自分の推薦枠を決めるし、ヤンカたちには日曜の閉店までに決めてもらって、応募者にチケットを渡してもらう。火曜のダンスタイムの時間は夜の八時半頃から、それもちゃんと言っておいて。宣伝方法も仕切るのも任せる。私は今日も明日も、どうしてもじゃない限りはステージに立つ気がないから、火曜まではほとんどまる投げする。相談は乗るけど、土曜の夜までしか受けつけない。日曜は休むから。以上」
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気づけば夜中の一時をまわっていた。一曲の詞をなんとか完成させ、今はふたつめ、Cメロ部分に悩んでいる。完成した詞に納得がいっているわけではない──ダンス・バラードミュージックは、意識して書こうとすればするほど、似たような内容になってしまう気がする。ぐだぐだ悩んでいたせいで、時間に気づかなかった。
サイレントモードにしていた携帯電話には、学校や地元の馴染みメンバーはもちろん、ブラック・スターの幹部やスタッフからも、メールや着信が届いている。赤白会議室のドアの外には、数時間前にパッシとエルバを追い返したあと、“一度でも邪魔をすれば火曜のイベントはなし”と貼り紙をした。金曜や土曜の夜というのは、幹部メンバーの誰かが残っている限りは、メインフロアやスタッフ用のスタジオを練習場所として使える。遅い時は午前二時頃まで残ることもあるらしく、今のこの時間も、誰かは残っている確率が高い。
“疲れた”とだけ、ディックにメールした。彼はそれだけで、ベラの訊きたいこと、言いたいことをわかってくれる。
ノートに途中まで書いた詩を読み返しながら口を尖らせていると、ドアがノックされ、ベラは開けた。ディックだ。「できたのか」と訊かれると、彼女は首を横に振った。
「ひとつは書けたけど、次が途中。ほんとにできるのかな」
「俺に訊かれても知らんが、うちに来るか? どうせメロディも作るんだし、リアルな音があったほうがいいだろ」
「ケイトは?」
「とっくに帰った。というか、俺がお前につきあうって言ったからな。今日はエルバとオレーシャ、三人で飲みに行くそうだ。女子会だと」
流行っているとかいないとかの、アレだ。「まだ起きてられる?」
「それはこっちの質問だ。無理しなくてもいいんだぞ。明日の閉店までにできれば問題ないわけだから」
「わかってるけど、余裕ぶっこいて明日慌てたくないんだもん」
ディックは笑った。「荷物まとめろ。ほとんどは帰ったんだが、マトヴェイとエイブ、バンドたちが何組か残ってる。鍵はあいつらに閉めさせりゃいいから」
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ディックの家──ベラがここに来るのはひさしぶりだった。ケイトに遠慮しているというのもあるが、ディックにとってはブラック・スターそのものが家のようなもので、機材も店のほうがレベルが高く、わざわざ家で曲を作る必要がない。店には厨房もあるし、酒も食料も持ち込むかデリバリーを頼める。営業日でなくとも集まりたければ店でじゅうぶんなのだ。ディックにとって家は寝るためと、ケイトとのプライベートな時間のためだけだ。ケイトの存在がなく白黒会議室に需要がなければ、そこにベッドを置いて自室にしているだろう。
ベラはすでに完成した詞と書きかけの詞をディックに見せた。彼は完成した詞はとりあえずいいと言って、書きかけの詞のメロディを彼女にうたわせた。すると彼がギターでヒントをくれる。ベラは辞書をひらくこともせず、そのメロディに合わせて言葉を当てはめていった。
こうなるたび、ディックこそが本物の天才なのだと実感する。ハードロックでゴシックロックなロックンロールバカのくせに、なぜこんなバラードの曲を作れてしまうのだろう。そしてなぜ、自分を向かうべき方向へと導いてくれるのだろう。ベラは今でも、それが本当に不思議でしかたがなかった。
「今日な、お前がバカなこと言いだしてから、仕事がまったく手につかなかった」リビングのソファでギターを抱えているディックが言った。「踊れるバラードの曲ってので頭の中がいっぱいだった。事務員雇うこと、本気で考えたわ」
向かいでベラは笑った。「それで、できたの?」
「いや、曲そのものは考えないようにした。ヒルデとヤンカにも渡すんだろ。俺が作りだすと一瞬でできちまう」
「そうだけど、一瞬で作ってもらったほうがグレーヴは安心するような」
彼は無視した。「ひとつ、男目線の曲を作ればいいんじゃないかと思ってな。ヒルデに渡すやつ。他の奴もコーラスで参加させるって言ってただろ。エイブとアックスの二人あたりにコーラスの録音させて、ステージではお前がうたう」
男目線の曲。それは考えていなかった。ベラが考えていたのは、女目線のバラードに男のコーラスを、というものだ。「確かに、ヒルデにはそっちのほうがいいかもしれない。ヤンカに作ってもらうほうに応える感じにできれば、もっといいよね」
「だな。今のこれ」テーブルの上にある、ベラが詞を書き込んだノートを指で示す。「これだって、俺がうたうのでもいいぞ。わざわざ失敗する可能性のあるグレーヴを出さなくても」
彼のそのセリフは、彼女には意外だった。「いいの? ケイトがいるのに」
「ケイトとのそれとステージの完成度、どっちを選ぶかって言われたら、ステージだしな。ケイトが踊りたいっていうなら、そのまえの三曲のあいだに踊ればいいだろ」
これはなんというか、ボスとしては当然の答えかもしれないものの、ケイトにとってはどうなのだろう。「わかった。ならあなたでいい。グレーヴには明日話す。火曜のイベントが成功したら、その次はグレーブに渡せばいいし」
「そういうことだ」ディックはなにかを思い返したような表情をした。「考えてみりゃ、メロディは考えるわけだから、曲作りに少々手を出したところで問題はないか」
ベラの口元はゆるんだ。この天才は本当に、どこまで貪欲なのだろう。「急ぎだしね」
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土曜日──二つの詞に、ヒルデブラントとヤンカ、それぞれと一緒にそれぞれの音をつけた。ヤンカのほうはともかく、ヒルデブラントのぶんは曲の流れをほとんど決めてしまっていたので、彼はなにやら不満そうだった。ディック用の曲はすでに完成している。朝まで起きていたので、ディックの家で少し寝てから彼と一緒に店に行き、控え室がうるさいことも気にせずソファでまた少し眠った。昼まえから曲を作って、営業がはじまるまえにデモをレコーディング、エイブたちに渡した。コーラスの録音は火曜までにできていればいい。
店を開けてから少しした頃、ベラは家に帰ってすぐシャワーを浴びた。濡れた髪を乾かすこともしないまま準備を済ませ、リビングでアゼルに電話した。
彼は、一度目の呼び出しには応答してくれなかった。気にせずまた電話をかける。散々待たされたあと、やっと繋がった。
「誰だっけ」と、アゼルはベラが予想していた言葉をそのまま言ってくれた。「うるせえよ」
彼女は無視した。「お願いがある。ちょっと面倒なこと」
アゼルは当然不機嫌だ。しかたない。連絡をとるのは一週間ぶりだ。「あ?」
「高校の友達、ティリーを連れて、ブラックギャングの集会に行きたい。すぐに帰るのでいいんだけど」
「──アシやれってか?」
「しかもそのまえに、ケイを拾って一緒に連れていく。ティリーはそのまま集会に参加、私たちは顔を出したらすぐ帰る。ケイもすぐ帰す。そしたら私はあんたの家に行く。明日は一日中、一緒にいる」
また沈黙があった。「明日って、日曜だろ」
「うん。仕事、休むから」
彼女は、もし彼が連れて行ってくれなければ、というのは言わなかった。どちらも数秒、喋らなかった。アゼルが静かに切りだす。
「今ツレのとこだから、三十分くらいかかる。一発ヤらせろ。ケイには八時半頃にナショナル・ハイウェイまで出てこいって言え。お前のツレをどうすんのかは知らねーけど」
ケイに対しては、時間はともかく、今彼が言ったことをそのまま言うつもりでいた。ティリーは──どうしよう。




