* Girls Talk
木曜のミュニシパル・ハイスクールでは、朝からダリルが、「あとでおもしろい話を聞かせてやる」と言っていて、彼女がその話を持ち出したのは昼、校内の学食スペースでランチをとり終えてからだった。ベラだけでなく、ティリーとエフィはもちろん、ケリーもいる。
ダリルのおもしろい話というのは、年越しの喧嘩祭りで知り合ったハセンのことだった。先週末、彼女はアルフレッド率いるブラックギャングの集会にティリーと一緒に参加、レジーも来てくれていて、数時間という限られた時間のほとんどを、ハセンと四人で過ごしたという。その時に電話番号とメールアドレスを交換、時々メールで会話していて、昨夜、暇だという理由で彼と電話で話したらしい。思ったよりも会話が弾み、家の固定電話まで使っての、三時間近くに及ぶ長電話になったそうだ。
「意外と気合ってたから、ちょっとびびった」口元をゆるめてティリーが言う。「タイプじゃねーんだろーなって思ってたのに」
ダリルは笑った。「あたしもびびったわ。確かに好みじゃねーけど。ツレとしてならぜんぜんアリだわ。レジーとは違う腹黒さだよな、あれ」
「レジーは最近、悪のままでいいのかイイ奴になったほうがいいのか、ってゆーか今まで自分がどうだったのかすらわかんねーっつってた。ベラのせいで」
みんななんでもかんでも自分を原因にしてくれるな、とベラは思った。「グレーでいいじゃん、グレーで」
ベラの左隣、ダリルは身を乗り出した。
「いや、まさにそれがハセンなんだって。グレーなんだよ。イイ奴なのに腹黒い感情も持ち合わせてて、微妙なことばっか言うんだもん。ムカつく奴がいたらさ、アルとかレジーとかなら、とりあえず殴っとけとか言うじゃん。ハセンは違う。ちょっと離れたとこから生卵投げればとか、ダブルチーズバーガーからチーズを抜いてやるとか言う」
ティリーとエフィは笑った。ケリーは愛想笑いだ。
「あーあ、やっぱあたしも行けばよかったかな」とエフィ。金曜はパーヴォとデートしていた。「パーヴォはあたしのしたいようにしていいって言ってくれて、フツーにデートすること選んじゃったけど」
楽しくなかったのかとティリーが訊いた。
「まさか! めちゃくちゃ楽しかったよ? 迎え来てくれて飯食って、単車のパーツ探しに行った。ふたりともネットで調べまくり。充電がそっこーでなくなって、しかも道に迷って。ストーン・ウェルまで行ったところで着替えの荷物持ってくるの忘れたことに気づいて、家に取りに戻るはめになったり」
今度はティリーとダリルがけらけらと笑った。
「また次、気が向いたら行けばいいじゃん」ティリーが言う。「レジーが、行きたきゃまた連れてってやるって言ってくれてた。アルフレッドはあんまダリルの相手できないだろうから、そういう時は呼べって。チームには入んないけどって」
ダリルはニヤついた。「お、いいねいいね。あたしはまあ、行くも行かないもアルしだいだけどね。来るかって訊かれたから行くっつっただけ。でも訊かれんかったら、自分からは行くって言わんわ。それより」愛想笑いしかしていないケリーに訊く。「ハセンと連絡とってないん?」
「んー? そんなに」
「そーなん? けどたまにメール送ってるんしょ? なにしてんのーって」
どうやらダリル、ケリーのまえでハセンのことをあれこれ話題にしたかったらしい。もしくは、ケリー抜きでハセンを含むブラックギャングと遊んだという事実も伝えたかったのだろう。
ケリーは少々、対応に困ったような顔をした。「あー、たまに送る相手間違えてんだよね。男友達に似てる名前の子がいて。どっちがどっちかわかんなくなるっていう」
「あっそ」どうでもよさそう、というかそんな言葉は信じないといった反応を返すと、ダリルはまた、ハセンだったりアルフレッドだったり、レジーだったりブラックギャングだったりの話をはじめた。
ケリーに対する、ダリルの直接的遠回し攻撃がはじまった。
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その日の放課後、ベラは少しだけならと言ってダリルの誘いに乗った。ティリー、エフィ、ケリーも一緒に、バスでセンター街まで行き、アーケードにあるファミリーレストランに入った。ダリルいわく、“学校では話しにくいこと”を話すためだ。予想はしていたものの、“下ネタ”だった。
「マジ無理! あたし無理!」ティリーは全力で拒否した。半個室になったボックス席なので、少々大声を出してもそれほど迷惑がかからない。「ぜんぜんわかんねーから! マジ無理だから!」とな。
ダリルは呆れた。「んじゃおめーは聞いとけ。誰と、とは言わんけど、そのうちヤるべ? ベンキョーにはなるんだから」
逃げたいのか、ティリーはなぜか上半身を傾け、壁にすがるような体勢になっている。「いや、そんな勉強いらんし!」
「はいはい」と答えると、ダリルはエフィに向かって悪戯に口元をゆるめた。「で、そっちはどーよ?」
エフィもぎくりとした。「いや、どうとか言われても──」助けを求めているのか、ベラへと視線をうつす。「ねぇ」
だが助けることなど不可能だ。同意を求める意味もわからない。「なに? どういう話がしたいのよ」ベラはダリルに訊いた。「あんたたちのベッド話なんて興味ないんだけど」
彼女は天を仰ぎながら叫んだ。「つまんねーなもう!」
「そもそもそんなことに興味持つ神経がわかんない」
顔をしかめた。「べつに興味があるわけじゃねーよ。どうでもいいわ。たださ、中三のときから半年──いや、一年近くか。ヤッてなくて。んで、アルが久々だったわけよ。したら、なんか、今までのとぜんぜん違うかったっていう」
「なにが?」
さらに悩むような顔をする。「だから──きもちよさとか?」
アバウトすぎだろう。「イッたってこと?」
ダリルはなぜか興奮しはじめた。「それ! たぶんそれ。わかる!? やっぱわかんの!?」
学校帰りのファミリーレストランで、なぜこんな話をしているのだろう。「わかるけど。なに? けっきょくノロケ?」そして店員はいつ注文を受けにくるのだろう。席に着いてすぐにコールボタンを押したのに。
「いやいや」今度はなぜか真面目な反応だ。「きもちいーってのはわかってた。ハジメテん時は痛くて死にそーだったけど、そのうちな。けど、アルはそれ以上だった。やさしーとかじゃない。めっちゃがんばってくれるとかでもない。わりとふざけるんだけど、最近──いや、遊ばれてる感覚は抜けんけど」
「それ、自分がドMだっつってるよーなもんだけど」
「はあ?」
ベラは無視した。「で」ケリーに向かって口元をゆるめる。「ケリーはどうだった? ハジメテのとき」
ケリーは当然身構える。「え」
ダリルもまたにやけた。「痛かった? 痛くなかった? ヒトによるらしいよね」
「ちなみに私も死にそうなくらい痛かった」と、ベラ。ケリーの嘘の感想など聞く気がない。「骨折れるかと思った。身体が裂けるんじゃないかと思った。二度としたくないと思うくらい」
ダリルはけらけらと笑った。「そんなに? 実際、どんくらいで慣れたよ?」
「ハジメテのとき、何度かがんばったからね。最初ぜんぶはいらなかったけど、そのうちぜんぶはいるようになった。連日がんばって、キモチイイってのもわかるようになった。で、イッた。失神した」
「マジか」ダリルは興味津々だ。「それ、いつ?」
「中学一年」
「早くね」
「夏だった。アゼルは中学三年。年を考えるとね、どっちもどっちで、どうなんだろうって思いながら」
「ずっとつきあってるわけだし、中学生ならまあ、べつにいいと思うけど。つーか」彼女はまた真剣な表情をした。「マジで訊くけど、アゼルが施設入ってたあいだ、本気で他の奴とヤんなかったわけ? 今の今まで、アゼルだけ?」
ジャックを含む数人がそう思い込んでいるだけで、実際はアゼルと別れていないことを、彼女たちには話している。ハンナたちにもそのうち知れるだろう。とはいえ、学校でアゼルの名前が出ることなどほとんどなく、“彼氏”という表現が使われることが多いので、ライアンやジャックと話していて矛盾が出てきたとしても、“新しいオトコができたのかも”などという、適当なことを言ってくれていいと伝えた。実際、ジャックがどういう立場になるかが変わるだけで、自分に恋人という存在がいてもいなくても、周りには特に影響しない。
ベラは笑った。「そうよ。だから他の男と比べるってのもできない。アゼル以外は知らないし、知りたくない。もしまた別れても、他の男と寝ることはない。アゼル以上に私を知ってる人間が存在しないから。アゼルができることを他の人間ができると思えないから」
ダリルだけでなく、エフィもティリーも、なんらかの衝撃を受けたようだ。
店員がやっと注文をとりに来た。ベラが奢ると言うと、みんなそれぞれに欲しいものを注文した。
「てかさ」ティリーが静かに切りだした。「男からしたら、処女ってやっぱ面倒なんかな?」
「ヒトによる」とダリルが答える。「処女好きな奴もいる。他の男のあとがイヤだとか。純粋すぎて嫉妬しちまうとか。あと、経験ない奴は処女がいいっつったり。うまくできなくてカッコ悪いのがイヤなんじゃん? そうじゃなくて、ただドSでってのもいるけど」
あまりの正直な返答に、ティリーはまたも衝撃を受けたようだ。
すかさずエフィが、少々慌ててフォローする。「いやいや、気にしんくていいと思うよ? そりゃ女慣れしてる男とか遊び人とか、わりと処女めんどくせーとか言うかもだけど。フツーに考えたら、好きな女が経験ないほうが、絶対絶対嬉しいはずだし!」
「なんだそれ。パーヴォの意見か?」
またもにやけたダリルの言葉に、エフィの顔は真っ赤になった。「違うし!」
「へいへい」とダリル。ティリーに言う。「で、あんたはレジーの、“処女メンドクサイ発言”を気にしてるわけ?」
大晦日にブラックギャングたちと集まったとき、レジーがそんなことを言っていた。ティリーはそれを全力で否定した。
ダリルのあまりのからかいっぷりに、ベラは苦笑った。
「まあ、気にしなくていいと思う。気にしてもしょうがないし、経験済みってのは、どうしようもないわけだから」ティリーに少々、無茶振りで遠まわりなアドバイスをしてみる。「私はね、もし自分が、経験のない男を相手にするようなことになったら。そいつを、完全に自分色に染めてやる、くらいの覚悟で相手する。相手が自分をハジメテの相手に選んでくれるのよ。それなら、経験済みなことを利用して、全力で相手に尽くす。経験がないこととか、それを相手にすることがかっこ悪いとか、面倒なんてことは思わない。気持ちがあればエフィの言うとおり、やっぱりそれは、相手にとっても嬉しいことだと思うわよ」
「ほんとベラはいちいちクールだな」と、ダリルはまた笑った。「けどさ、立場逆だからな、それ。ティリーがハジメテなわけだから」
「だから、そういうこと言ってる奴がいたってのを言えばいいんじゃない」
エフィは思いついたような顔をした。「おお、そうだよ。言えばいいんだ。あたしさっそく今日、パーヴォに話してみる。したらレジーちんに伝わるだろうし」
ティリーはまたもぎょっとした。「いやいやいやいやいや!」
「てか、あんたがティリーの立場だったらどーするわけ?」ダリルが訊く。「自分がハジメテで、相手──例えばアゼルが、処女嫌いだったりしたら」
最初につきあうことになった時、処女は嫌いだとアゼルは言っていた。が、それでもけっきょく手を出されたわけなので、自分たちのことは参考にはならないだろうとベラは判断した。
「けっきょく、なにを優先させるかよね。私なら、なにがなんでも落としてやるって言うところだけど、その意見がとおらないならもう、誰かと寝るしかないんじゃないの?」
今度はエフィがぎょっとした。本気にするとまずいと思ったのか、全力でティリーを止めにかかる。
「ダメだよ!? そんなことのために純潔捨てちゃダメ!」
しかしティリーはすでに放心状態だ。
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金曜のキーズ・ビル地下二階、赤白会議室。
「これうたいながらダンスパーティーってどうよ?」パッシが訊いた。彼は手に、ベラが作詞したものを印刷した紙を持っている。先日のディックの誕生日で浮かんだイメージを元にベラはどうにか詞を書き、ほとんどのメロディを決めてから、パッシと一緒に二日がかりで曲を仕上げた。エイブにつきあってもらってレコーディングを終え、先ほど戻ってきたところだ。
「おもしろいけど、それじゃあとが続かなくない?」パッシの向かいでチェアに腰かけているエイブが言った。「他にもそういうバラードを、しかも踊れるようなのを用意しなきゃいけないってことだろ? テーブルを片づけなきゃいけないし、飲み食いもできなくなる」
「やっぱ無理か」
「そもそも、お前はうたっちゃったら踊れないんだけどな」
パッシははっとした。「それもそうだ」
「私もやりたいとは思った」彼らのどちらとも視線を合わせずにベラが言った。踊るといってもテンションの高いダンスではない。バラード路線だ。「で、考えた。パッシとアナイのことだってイメージしたし、“Breaking Free”テイストでいきたかったからパッシを呼んだけど、うたうのは別の誰かでもいい気がする。でもエイブはちょっと違う。マトヴェイがうたうわけない。っていうのを繰り返した結果、辿り着いたのがエム・オーのグレーヴです」
二人はなるほどと声を揃えた。
「でも、やってくれるか微妙なとこだよね。バンドもがんばってるのに、こんなポップスバラードにつきあわせていいものかどうかって」
以前ちょっとした騒ぎを起こしてくれたアキーレが脱退したあとエム・オーは、新しいベーシストの影響や、“あんたたちの音楽は好きじゃない”というベラの発言のおかげで、スタイルをベラ好みのパンクロックにシフトしつつある。
「めずらしく乗り気じゃないな」
エイブが言うと、ベラは苦笑った。「あなたの言うとおり、確かにね、一曲でいいのかなっていうのはある。たった二、三十分、テーブルを移動させず、食事も中断させず、踊りたい何人かを踊らせるっていうのは、やろうと思えばできる。でもその二、三十分には、やっぱり五曲くらい必要だもん。私は詞を書いて曲を作って覚えてっていうの、できるかもだけど。誰かとのデュエットだと、相手にはそれも難しいだろうし──」
パッシが提案する。「お前が好きかどうかはともかく、バラードをうたえる奴だって一応いるわけだから、二曲か三曲はそっちに任せればいいんじゃね? なんならキュカたちと組ませるとか。そいつらしだいだけど、オーケーさえもらえればパート分けはこっちで考えて、デュエットにすればいいじゃん」
「それはそうだけど、キライな歌のパート分けなんかわざわざ考えたくないような」
「わがままだな。んじゃジェイドにやらせる。あいつにだってうたわせりゃいい。ヒラリーとジョエルもステージにあがらせるとかな」
彼女は笑った。「それもおもしろいけど、あのふたりは踊りたいんじゃない?」エルバはともかく、キュカとジョンのことは、少なからず頭にあった。
最初は真面目に答えていたはずなのに、パッシはだんだんふざけてきた。「ステージでうたいながら踊ればいいだろ」
「ジョエルがそんな器用なことできるとは思えないけどね」
エイブが言う。「わざわざデュエットにしなくてもいい気はする。この曲だけ最初にデュエットで、あとはベラだけでもいけなくはない。なんなら“All To Well”とか“Enchanted”でも踊れるわけだから。なんなら僕とヤンカがピアノ──キーボードを弾けば、それっぽくもなるだろ」
二人は同意した。
「もう少し考えてみる」と彼女は言った。「実行するなら再来週の火曜ね。アコースティックもいいかも。既存の曲はともかく、できたばかりの曲をすぐに弾けるのはディックしかいない。ケイトには悪いけど、ボスにも協力してもらわなきゃ。全曲つきあわせるつもりはないし」
「そもそも、そんなに急がなくてもいいような気がしてきた」
パッシの言葉にベラが応じる。「あなたとアナイの、結婚三ヶ月記念のお祝いも含んでるつもりだったけど、やめようか」彼はきょとんとした。「正確には来週で三ヶ月だったと思うけど、それだとまとまらない気がするし。っていうか曲を覚えてもらうのが無理だし」
エイブはくすくすと笑っている。意味を理解したのか、パッシはテーブルを支えに勢いよく立ち上がった。
「やろう! なにがなんでも火曜、来週の火曜に!」
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めずらしくもスタッフ用控え室。何事だと耳を澄ませるスタッフたちを尻目に、かなり無謀な──それも来週火曜の実現を目指しての──提案をベラがすると、ヒルデブラントは聞き間違いをしたのかというような顔をした。そうではないとしてそれがどういう意味なのかを理解しようと考えているようだ。一方ディックは疑いはしなかったものの、さすがのさすがに、無茶だと一蹴することすら忘れるほどに呆れたらしい。
説明を終えてから、軽く三分は経った。言葉が見つからないのか、なにも言ってもらえないので、彼女は作戦を変えることにした。
「私はこれからホーム(赤白会議室)に戻って詞を書いてくる。最低でもあと三曲。イメージをかためてメロディも決める。まだなにも考えてないからなんとも言えないけど、あなたたち二人とヤンカに一曲ずつ渡すつもり。一日で作ってもらわなきゃいけないから、私もできるだけのことはする」
どうやらディックの思考は停止しているらしく、本気なのだと理解できたのか、先にヒルデが口をひらいた。
「で、それがパッシたちへの祝い?」
かなりまぬけな質問のような気がするのは気のせいか。「それもあるし、それだけじゃない。おもしろいかなって思っただけ。もしかしたら今日は徹夜ね。今パッシとエイブが、ヤンカと、デュエットの最有力候補のグレーヴに話してくれてる。ステージにあがるのは極力私だけ。生演奏じゃなくていい。とにかく作ってみないとなんとも言えないけど、これは私が言いだしたことだし、他のみんなに負担かけるようなことはしない。でも、何人かにはコーラスで参加してもらおうと思ってる」
「ああ──」ヒルデブラントはやはりよくわかっていない。「まあ、作ればいいんだな」かなり省略した、わかりやすい結論だ。
「そういうこと。で、私、今日は呼ばれればステージにあがるけど、明日は店に来ても引きこもる。っていうか、曲作りを手伝う。そのあと、日曜は休みます」
「うん?」
これに関しては細かく言い訳するつもりがないので、ベラはもう一度、はっきりとした声で繰り返した。
「日曜は休みます」




