〇 Boy Friends
夜の二十時を少し過ぎた頃、ベラはアパートメントの前で一台のタクシーを迎えた。タクシーはベラから料金を受け取ることなく、紙袋を両手に抱えた彼らを降ろしてすぐに走り去った。
わけがわからないまま、ベラは彼らにハグをした。やはり怒られたが、とにかく話はあとだと言う彼らを連れて部屋に入った。
ゲルトとセテは、地元の男友達の中ではベラが最も仲がいい相手だ。セテとは小学校の時に四度、中学で二度同じクラスになっていて、彼ら二人はずっと仲がよかったし、小学校の時はベラも彼らと同じウェスト・キャッスルのニュー・キャッスル地区に住んでいたので、放課後はよく一緒に遊んでいた。なんでもすぐ恋愛感情に結びつけたがる同級生からの冷やかしをこれでもかというほど受けても、三人は気にしなかった。三人にとっては本当にお互い、大切な友達というだけでしかなく、この先もそれを変えるつもりがないからだ。
彼らはひととおり部屋を観察した。ベラは今日ソファをプレゼントしてもらったと報告し、この紙袋の中の大量のお菓子はなんだと訊いた。
新品のソファに腰をおろしたゲルトが答える。「おふくろにベラから連絡あったこと報告して、とりあえず説教してくるって言ったら、セテと一緒に買い物に連れてかれて」
「だからとりあえずお菓子」セテはさっそく、ベラがテーブルに出したビールに手をかけた。「お前はお菓子さえありゃ生きてける人間だし」
ベラは笑った。
「そうね。最近お菓子、あんまり食べてなかったけど」
「飯はちゃんと食ってんの?」
「食ってるよ。料理はぜんぜんしてないけど、時々はちゃんとしたもの食べる。落ち着いたら料理するかもだけど、なんたって家にいないのでね」
ゲルトもセテから受け取ったビールを飲んだ。
「部屋が俺らの学校の帰り道じゃなくてよかったな。ヘタしたらたまり場になってた可能性が」
セテも笑って同意する。「けどアニタとペトラと──カルメーラもか。一応帰り道にある、みたいになるだろ」
「だから教えたくない。っていうかほんとにもう、遊ぶつもり、あんまりないのよ。友達やめるとかじゃないんだけど、それよりバイトを優先したい」
ゲルトが呆れ顔を返す。「そんなの、あいつらが納得するか? ペトラやカルメーラはともかく、アニタは無理だろ」
それはベラにもわかっている。わかっているが、これ以上巻き込みたくはない。“いちばん大切な女友達”として彼女をそばに置いておけば、また彼女を傷つける可能性があるだけでなく、彼女になにかあった時に自分の怒りが爆発し、中学の時にやったようなことを再びやってしまうかもしれない。なによりも避けたいのはそれだった。“母親”に連絡されるような問題を起こしたくはないし、高校で目立つつもりもない。
ベラは溜め息をついた。
「あいつにもそれなりに自立してもらわなきゃ。なにかあるたび私に報告して相談してっての、もうやめてほしいの。なにかやらかせば、これからは確実に、連絡があのヒトのところにいくことになるんだし。高校ではおとなしくしてるつもりなのよ」
ゲルトがつぶやく。「確か中学に入るまえもそんなこと言ってた気が──」
「言ってた。けどけっきょく、どんどんバカなことやらかすようになってた」と、セテ。
彼女が反論する。「だからそういうのを、もうやめるのよ。入学式の様子しだいでは、ペトラに連絡する。それで、アニタを説得してもらう。学校は違うけど近いし、あいつのほうが物分かりはいいから、たぶんどうにかなる」
「んじゃダヴィたちは?」セテが訊いた。「あいつらはどうすりゃいいわけ? デボラのことはみんな知ってる。お前が消えたってのも、一応知らせてる。けどゲルトのとこに連絡あったってのは、まだ誰にも言ってないんだけど」
なにより面倒なのは、こういうことだ。ベラはもともと一匹狼のような部分があり、自分のテンションに合わせてくれる彼ら二人といるのでなければ、ひとりでいるのが好きな人間だ。だが中学の時、仲のいいグループとういのが、彼らやアニタだけにおさまらず、十数人で出来上がっていた。なにをどういう順番で、誰にどの程度を報告するかというのが、本当に難しい。優先度を間違えれば嫉妬にも繋がる。関係がこじれる。面倒事がキライな彼女は、そういうのを考えることすら苦手だ。新しくはじまる高校生活で避けたいのは、こういう人間関係を築くことでもあった。
少し悩んでから、ベラは曖昧な答えを出した。「家を出たってとこまでは言っていいけど──押しかけて来るタイミングがないと思うから、家を教えるのは無意味でしょ。イヴァンとはまた遊ぼうって言ってたから、どうしてもなら夏休みくらい、もしかしたらだけど──でもけっきょくは、アニタしだいだと思う。“同じ地元の友達”としてなら、遊ぶのはかまわないのよ、みんなでね。気遣わなくて、おばあちゃんの家に来てたノリで、夏休みに一度くらいなら、みんなで飲み会するのもかまわない。頼めば酒は買ってもらえる。雑魚寝でいいなら泊まってもいい。でも条件はある。それなりに防音にはなってるらしいから、わりと騒いでも平気みたいなんだけど、今まで以上に詮索されたくない。バイトのことは訊かれたくないし、精神的にだいじょうぶかなんて質問もされたくない。わかってると思うけど、心配はされたくないから。おばあちゃんのことを含めた思い出話、近況報告ってノリでそれができないなら、遊ぶどころか、もう連絡すらとりたくない」
二人は大きな溜め息をついた。彼らはベラの性格をよくわかっているが、本当に面倒だとも思っている。理解しているからこそ面倒で、そう感じる理由も理解できるから面倒。けっきょく彼らもベラと同じで考えるのが面倒になり、最終的に投げ出すこともある。
「んじゃとりあえず、入学式のアニタ待ちか」ゲルトが言った。
セテが続く。「けどさ、家を教えるのはあとからでもいいとして、とりあえず無事だってのは知らせといたほうがよくね? アニタのとこなんか特に、親は一応知ってるわけだろ? デボラのことも“母親”のことも。変に騒がれて捜索願とか出されたら──」
「入学式で会ったらそれはないだろ。そこまでは待つはず。あとアニタも、入学式には親呼ばないつもりでいる。もしベラが入学式に来たら、親は絶対こいつに説教するし、それはベラが嫌がるだろうからって。っていうメールが、さっきアニタから入った」
「そろそろお前に連絡しただろうなっての、わかったか」
「さあ。連絡あったら言っとけってことなんじゃないの」
「とりあえず、生きてるって報告はしといたほうがいい気がする」セテがベラに言う。「イヴァンは特に心配してる。と、思うぞ」
ベラはしかめっつらでうなった。
「ならどっちかの携帯電話で、この部屋の写真だけ撮って送れば? 私は写らないけど。誰の部屋でしょう、みたいな。でも女共には内緒にしてって言って。ペトラとカルメーラは平気だと思うけど、アニタはまたどんな嫉妬をするかわからないのでね」
「あ、そういやな。なんかよくわかんねんだけど、そのカルメーラ。イヴァンのこと好きだったらしいぞ」
セテの言葉に彼女はぽかんとした。「は?」
「なんか卒業式の何日かあとに、イヴァンにメールで言ったんだって。告ったっつーより、単にちょっと好きだった、みたいな。また遊んで、みたいな」
「なにそれ」
ゲルトが答える。「よくわかんね。つきあいたいとかじゃねえんだと。だから普通に友達として、みたいな。イヴァンがカルロに話して、カルロがぺらぺら喋ってくれた。あと一昨日か、ヤーゴとアウニが別れた。また喧嘩したとかで」
卒業式のあとに祖母の家で集まり、同級生たちと騒いだが、それ以降は入学説明会で一度アニタに会ったきり今日まで、ベラはまったくと言っていいほど、同級生の誰とも会っていなかった。連絡もほとんどとっていない。加えて祖母が亡くなってからは携帯電話の番号とアドレスを変えたこともあって、情報は完全にストップしていた。といっても、彼女はたいていのことに興味はないが──この数週間のあいだにも、彼らにはいろいろとあったらしい。
ベラが言葉を返そうとすると、玄関のベルが鳴った。
「ピザ届いた。手伝って」
食べながら飲みながら、ベラは彼らにいろいろな話を聞かされた。驚きもあった。
実は彼ら、下級生に告白されていたらしい。それも中学二年の時、ゲルトはひとりに、セテはふたりに。そして卒業式のあと、またも彼らは下級生から告白されていた。が、断ったという。そしてベラが入試の時にある女と知り合ったのと同じように、彼らも別の町の女二人組と知り合っていて、しかもメールアドレスを交換、春休みのあいだに一度遊んだのだとか。ずっと一部の時間を共有してきた三人だったが、すでにまったく別の時間が流れているらしかった。
セテは部屋の写真を撮って同級生であるイヴァン、ダヴィデ、カルロに送信した。誰の部屋だとは書かなかったが、すぐにばれた。次々と電話がかかってきて、女たちには内緒だと釘をさしつつも、ベラは彼らと少し話をした。ほとんど怒られただけだった。




