○ Underplot
翌日。
ベラはディックにつきあってもらってソファを買いに行った。二人掛け、スツールとセットになったソファベッドだ。引っ越し祝いにと、料金は彼が払ってくれた。一時間ほどで届けてくれると言うので、そのあいだに他の少々の買い物を済ませ、そのあとで新品のソファを家に迎え入れた。
それからはキーズ・ビルでレコーディング。パッシの予想どおり、彼女はアレンジを楽しんだ。
初営業をつかの間見にきてくれていた、キーズ・ビルのオーナー夫婦とその息子夫婦にも会った。ベラは、ディックが機会をうかがって切りだそうとしていた、ブラック・スターに所属するバンドたちに対する割引を、条件つきで勝手に提案、あっさりと了承された。ディックの名刺にベラがサインをし、それを受付で見せれば料金を半額にしてもらえるというものだ。全員では店が困ると思われるので、ベラの気に入っているバンドたちだけということになった。オーナーたちの前ではどうにかこらえていたものの、ディックは内心、笑いが止まらなかった。
夕方、早めに仕事を終えたらしいアックスのボーカル、ニックが、作詞に行き詰っているから少し手伝ってほしいと言ってきた。
ニックは今年二十五歳になる。この店に所属するバンドやスタッフの中でも、彼やアックスのメンバーは特に、ベラが十五歳だということに大変衝撃を受けていた。恋愛対象としてどうこうではなく、“Incomplete”の詞を書いたのが十五歳の中学三年生だということが衝撃だったのだ。一昨日、初開店の前に年齢を聞いたあとでも、聞き間違いではないことをエイブやパッシに再確認したほどだった。彼らが音楽に年齢は関係ないと諭したこともあって、けっきょく気にしないことにしたらしい。
「時々やる方法なんだけど」と言って、ベラはレポート用紙の新しいページを一枚取り、そこにいくつかの文章を書いていった。内容は詞とまったく関係がなく、大好きなソフトクリームに対する想いをそれっぽく表現しただけだ。書き終わると、それをニックに見せた。
「あれこれ考えながら並べていくんじゃなくて、とりあえず思いつく言葉を書いてみる。で、ストーリーや言葉を絞ってく。イメージを絞る。あとね」
言葉を切り、脇に置いてあるキャリーバッグから辞書を出してテーブルに置いた。
「これが意外と便利です。適当なところを開くのよ。で、そこから言葉を連想して作る。ひとつじゃ無理なら見開きからふたつとかで。もちろん開き直すのもあり。二度開いて、ふたつを繋げるのもあり。試しにどうぞ」
彼は辞書を手にとり、ぱらぱらとめくった。
「じゃあ──“feather”と──“favorite”」
「“Your soft feeling like feather is my favorite”」
「おお、さすが。もしかして買った? なんか新しい気が」
「買った。作詞専用」
「ほんとに? 探すより買ったほうが早いかな」
「なんならディックに買ってもらおうか。白黒会議室と控え室とスタジオに置いておくの。いつでも作詞補助ができるように」
ニックが笑う。「それもいい。いや、自分用はとりあえず買うけど。よし、ちょっと待って」
彼は再び辞書を適当なところで開き、単語を探した。ベラが単語を書き出すのもありだと言い添えると、それに従い、いくつかの単語をレポート用紙に書いて、そこから二人で言葉を作った。彼女は時々めちゃくちゃなことを言ったが、それがきっかけで他の言葉が出来たりもした。
そして、書きかけだった彼の詞が完成した。彼女はついでに、暇があればバンドメンバーと一緒に連想ゲームをすればいいと提案した。気に入ったフレーズをメモしていくようにと。彼はやってみると答えた。
「もうひとつ相談が」ニックが切りだした。
「なに?」
「ミニアルバムを作ろうかって話になってる。もちろんまだ曲は足りてないから、早くても夏の終わりくらいになるんだけど。土曜にうたった“Incomplete”が評判よくて──」
「作ったらCDちょうだいね。タダで」
「いいの?」
質問の意味がわからず、ベラはなにがと訊いた。
「あれは君が作詞したやつだよ。“Just Want You To Know”も、君に手伝ってもらってる。もちろんクレジット表記はちゃんとするけど──」
「いいわよ。“Just Want You To Know”は練習気分だったし、“Incomplete”は書けって言われたから書いたものだし。むしろ好き勝手書かれて、サウンドもエイブが趣味押しとおしたようなものなのに、そんなのでいいのって訊きたいところだけど」
「いや、あれはエイブが引っ張ってくれはしたけど、俺たちもああいうのが好きだし」
「ならなにも問題はない。エイブも賛成してくれると思う。でも私の名前を書く必要はないわよ」
「それじゃ空白になるじゃん」
ベラは肩をすくませた。
「なら“ブラック・ベリー”とでも書いといて。作曲は“アックス”と“ブラック・スターズ”。黒い果実と黒い星たち。意味わかんないけど」
彼は笑いながら了承した。
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鍵のかかっていない赤白会議室のドアがノックされて開き、パッシとエイブ、キュカとエルバが入ってきた。
ベラは彼らにレコーディングの報告をし、ニックはアックスのミニアルバムのことを話した。もちろん快く了承された。“ブラック・ベリー”の件は笑われた。
用意していた“4ever”の詞のコピーを彼女たちに見せる。音を聴くかと訊ねたら聴きたいと即答されたので、数時間前にレコーディングしたばかりの“4ever”のCDをコンポにセットして再生、彼女たちに聴かせた。やはり難易度が上がってるとつぶやくパッシを、ベラは脚で黙らせた。
曲が終わると、キュカはそわそわした様子で口を開いた。
「これを、うたっていーの? うちらが?」
「そっちがいいなら」と、ベラは答える。
「マジヤバイ」エルバが言った。「なにこれ。マジかっこいーんだけど」
パッシがおおげさに答える。「オレらの努力の賜物だよ。ベラの注文に従って、飯の時間を邪魔され寝る時間を削られ──」
エイブも遠い目をした。「ほんとに覚えてくれないんだもんな、PC操作。横からああだこうだ言うだけで──」
「楽しんでたじゃん」彼女が反論する。「私が言ったとおりにしたらなんか新鮮な感じになって、おおーとかって興奮してたじゃん!」
パッシはあっさり認めた。「うん、確かにおもろかった。クラブ的なノリだよな。超強烈。デビューにはもってこいだ」
「正確にはデビュー終わってるけどな」と、エイブ。
「これ、欲しい」ニックが言った。「このデモ、コピーしちゃだめ?」
「いいけど、他に広めないでね、めんどくさいから」
「わかってる」
エイブも便乗した。「じゃあ僕のぶんもついでに。ベラのこれはたぶん、かなり貴重だし」
呆れる彼女の隣でパッシも同意し、自分のぶんもコピーすると言いだした。
「今週だけで覚えてこられる?」エイブはキュカたちに訊いた。「もし覚えてこられたら、さっそく今週、土曜は無理でも日曜に。完璧に覚えろなんて言わない。好きにうたっていい。これはサンプルでしかないから。二人でどっちがどこを、どううたうか決めて、自由に」
キュカが質問を返す。「うちらが決めるの?」
「そのほうがいいと思うよ。コーラスを覚えるのは難しいだろ。ベラはコーラスだけ入れたCDも用意してるから、それを流せばあとは好きにうたえる」
パッシがつけたす。「こいつの注文ぜんぶ聞いてたら時間がなくなる。なにも言わないうちに自分らで決めたほうがいい」
「歌詞に黄色い下線が入ってるでしょ」ベラが言った。「それがコーラス部分。聴いてればそのうちわかると思う。でもほんと、自由にやってくれていい」
エイブはベラに、やっぱりレコーディングだけで満足したかと訊いた。
「した。相変わらずディックにはしつこいって文句言われるんだけど。彼もイメージが明確になってきたら、だんだんこだわってくるのよ。あげくに口出すの。喧嘩しまくり」
パッシが笑う。「今度オレたちもつきあわせろな、レコーディング。つっても時間ないけど」
「みんなでアックスのレコにつきあえばいいじゃない。それであれこれ口出すの」
ニックはぎょっとした。「なんでそんなプレッシャー?」
またふと思いついたことをベラが提案する。「あなたのところのギター、ブライアンも歌うまいわよね。今度なにか作ろうか。バンド放ったらかしで、っていうかバンドには曲だけ作ってもらって、パッシとエイブも入って、コーラスつけながらうたうの。一時的ユニット」
「それはおもしろそうだけど、パッシも歌うたうんだ?」
ニックとパッシは同じ歳だ。曲作りのためのPC操作をパッシが中心になって教えたこともあり、彼らは仲がいい。
パッシが答える。「特別うまいってわけじゃないけどな。今度ベラとなんか作ってみるかって話してる。こいつひとりだとどうもマイナスな歌にしかならないから、もうちょっとプラスなの。っていうか、メロディと詞を同時に作ってくって方法で。なかなか時間ないんだけど」
「とりあえず」と、ベラが言う。「今日はもう帰らなきゃ。友達が来るの。待たせると怒られる」
「お、とうとう教えたか」パッシが言った。
「とりあえず二人にだけ、ひととおりの報告を兼ねて。今日は説教しにくるのよ。朝には追い出すけど」
エイブは肩をすくませる。
「もったいない。ゆっくりすればいいのに」
「イヤよ。やることがいっぱいあるの」
「ちゃんと寝なよ。とりあえず送ってこーか」彼はパッシに言った。「で、夕食の調達」
「だな」
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練習するならこの会議室を使っていいとキュカとエルバに言い、ベラは帰り支度をして廊下に出た。するとウェル・サヴァランのメンバーと鉢合わせた。彼女はベンジーを引き止め、キャリーバッグから出した透明ケース入りのCD-Rを見せた。
ベンジーが受け取る。「これは、まさか?」
「“Brick By Boring Brick”。ついでに録音してきた」
「マジか」
「ついでにね、コピーコントロールかけてやった。だからコピー不可能です」
「なんだその中途半端な嫌がらせ」
パッシはまたもおおげさに反応した。「あれはライブのほうが断然いいのに──」
彼が慌ててフォローする。「いや、わかってるって! ただ──」
「うん、まあいいけどな」パッシは気にしていない。「そんなもんよりもっとレアなもんがあるから」
「え、なに」
「よけいなこと言うな」と、ベラ。「じゃーね」




